提言|田中博之 2023年度1学期に学校が重視すべき活動とは? 【「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営 #2】

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「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営
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コロナ禍は小中学生の子どもたちにどんな影響をもたらしたのかを知り、2023年度に学校は何をする必要があるのかを考える7回シリーズの第2回目です。コロナ禍により子どもたちが身に付けられなかった力を育むために、今から学校はどんな活動を行う必要があるでしょうか。全国のたくさんの学校の授業開発に関わってきた早稲田大学教職大学院の田中博之教授に聞きました。

田中博之(たなか・ひろゆき)
1960年北九州市生まれ。大阪大学人間科学部卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程在学中に大阪大学人間科学部助手となり、その後大阪教育大学専任講師、助教授、教授を経て、2009年4月より現職。2007~2018年度、文部科学省の全国的な学力調査に関する専門家会議委員。現在、21世紀の学校に求められる新しい教育を作り出すための先進的な研究に取り組んでいる。『NEW学級力向上プロジェクト』(共編著、金子書房、2021)など著書多数。

本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
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 提言|田中博之 2023年度1学期に学校が重視すべき活動とは?(本記事)

今は「嵐の前の静けさ」

コロナ禍では、「間隔を広く取りなさい」、「手を洗いなさい」、「黙食をしなさい」など、学校生活で守らなければならない決まりやルールがたくさんあり、子どもたちは先生からの指示に対して従順であったと思うのです。コロナ前に比べると、子どもたちは静かになり、子ども同士のトラブルも減りましたので、先生方にとっては、管理がしやすく、指示が通りやすく、楽だったのではないでしょうか。そのせいか、先生方はコロナ禍による子どもたちへの影響について、特に危機感を持っていないように見えます。しかし、これは嵐の前の静けさなのではないかと感じます。先生方には見えていない潜在的な問題があるからです。

私が最も懸念するのは、クラスの子ども同士の人間関係ができていないことです。コロナ禍に子どもたちが「いい子」になって、ルールを守り、トラブルが減ったことは、必ずしもいいことではないのです。なぜなら、子どもたちは学校で、友だちとの意見の違いによる小さい衝突やズレなどを経験しながら、人間関係をゼロから構築する力や、トラブルを解決する力関係を修復する力などを身に付けていくからです。

子どもたちにそのような力が育っていない中で、新型コロナウイルス感染症が2023年5月8日に、感染症法上の「5類」に引き下げられました。学校はこれから、平常に戻っていくわけですから、このままいくと、今までの静けさが嘘のように、あちこちでたくさんのトラブルが生じることが予想されます。そして、子どもたちはまだ、トラブルをうまく解決できないわけですから、いじめや不登校が増える可能性もあります。それを防ぐためには、2023年度は人間関係づくりを学校経営の核として進めていく必要があります。

学級づくりをどう進めるか

学校として1学期から積極的に取り組んでほしいのは学級づくりです。そのために提案したいのは、以下の2つの活動です。

①人間関係づくりのゲームやワークショップを行う

特別活動の時間や、総合的な学習の時間などを使って、意図的、計画的に人間関係づくりに取り組む必要があります。できれば、今までの2倍ぐらいの時間を取り、しっかり行ってください。

例えば、「顔の表情を伝える」ゲームをしてみてはどうでしょう。ゲームの間だけマスクを外し、子ども二人が向き合って立ちます。そして、一人が楽しい顔、怒った顔、悲しい顔などをして、もう一人が顔でどんな気持ちを表現しているのかをあてていくのです。最初はこのような顔の表情をつくるトレーニングから始めていき、さらに人間関係づくりのゲームやワークショップに取り組んでみてください。今は学級づくりに使えるゲームやワークショップなどがいろいろあります。私が考案した「学級力向上プロジェクト」もあります。このようなプログラムを使って、相手を理解し、尊重し、自分の意見も出すけれども、折り合いをつけて合意形成を図る、そういう経験を子どもにさせていくことが重要です。

②授業の中で対話活動を行う

コロナ禍では、「主体的・対話的で深い学び」の「対話的な学び」を、全国の小中学校ではあまり行ってこなかったと思うのです。しかし、対話活動を早くから解禁していた地域では、マスクを着けたまま積極的に行ってきました。ですから、地域によって子どもたちの対話力にはかなり差がついています。これまで対話活動をしてこなかった学校は特に、2023年度は授業の中にしっかりと入れて、子どもたちの対話力を育む必要があります。

その際のキーワードは合意形成です。国語科では、合意形成を目指すための話合いの仕方を学ぶ単元が、小学校も中学校も、どの学年にも必ず2個程度入っています。その単元を使い、話合いの仕方を丁寧に教えていく必要があります。例えば、A君とB君がいるとして、A君とは違う意見をB君が言っても、A君は途中で話を遮ったりせず、怒り出したりせず、最後までB君の話をしっかり聞き、「反対意見を聞いてください」と落ち着いて言えるように指導していくのです。司会の子どもがA君とB君、それぞれの意見のメリットとデメリットを書きだし、それを基にみんなが意見を出し合い、対話を行って最終的にどちらの意見を採用するのかを決定する、そういった話合いの仕方を練習します。

さらに、道徳科でも対話の練習ができます。道徳の授業は、コロナ禍では対話ができなかったため、先生による一斉授業に戻ってしまった学校が多いようです。先生が教材を読み、感想を書かせて、子どもが挙手して発表し、いろいろな考えを板書して終わり、というスタイルです。

そこから脱却するために、今はまだマスクをしたままでいいので、1学期は対話活動をたくさん取り入れた授業をしっかりと行ってほしいのです。

道徳教材の中には、悲しい、つらい、残念だ、嫌だ、などの他者の気持ちを想像して、どんな行動をしなければいけないかを考える教材が、小学校も中学校も、どの学年にも2、3個ずつあります。内容項目でいうと、「相互理解、寛容」や「思いやり」に該当します。これらの教材を使い、自分のしたことが相手にどんな悪い影響を与えるのかについて考えさせ、対話の時間をたっぷりとって授業を進めてほしいと思います。さらに、授業と関連づけて「他者尊重週間」などを設定し、子どもの意識を高めてみてはどうでしょう。

このように授業で「対話的な学び」を行い、徐々に対話力をつけていきましょう。まずは国語と道徳から始めて、少しずつ算数や社会、理科にも広げていってほしいと思います。

子ども個人へのケアが重要

私が懸念していることが、実はもうひとつあります。それは子どもの家庭環境の変化です。コロナ禍で経済状況が悪化した家庭が間違いなくあります。家庭によっては、世帯の所得が減る、保護者が職を失うなどの深刻な変化が起きており、そのイライラを子どもにぶつける保護者もいることでしょう。保護者から強く叱責され、不平や不満を感じた子どもは、その思いを学校に持ってきます。そして、いじめやからかい、仲間外れを行う可能性があります。今のところはまだ、子どもは学校で大人しくしているかもしれませんが、先生の気づかないところで、不平不満の気持ちがたまっている子どもも中にはいて、その気持ちがいつ外に出てきてもおかしくない状態であることを知っておく必要があります。

だからこそ、校長先生にお願いしたいのは、学校として、困難を抱える子どもへのケアを進めることです。どの学級でも、何らかの困難を抱える子どもが5人程度はいるものです。家庭環境に課題がある子ども以外にも、コミュニケーションに課題のみられる子ども、他者とけんかになりやすい子どもなど、そのタイプは様々です。放っておくと、2学期以降、この子どもたちからいじめや不登校が始まり、学級が崩れていくことが予想できます。それを防ぐには、1学期が勝負です。担任が一人一人のつらさに焦点を当てた学級づくりをしていくことが重要です。

具体的には、各学級でこのような困難を抱える子どもを1学期の早い時期に見つけ出し、一人一人のケアを意図的、計画的に行うことが重要です。ケアとは、担任とのコミュニケーションの回数を増やすことを意味します。例えば、教育相談を行う、子どもと交換ノートをする、いいところを褒めるような声かけを頻繁に行うなど、きめ細かく丁寧に対応する必要があります。

それにはまず、この5人を探し出さなくてはいけないわけですが、担任の勘に頼るのでは限界があります。ではどうするのかというと、ツールが役に立ちます。例えば、Q-U(楽しい学校生活を送るためのアンケート)や、私が考案した「学級力向上プロジェクト」の無料ソフト「学級力プロット図」を使うのもいいと思います。
https://www.kanekoshobo.co.jp/news/n40063.html(金子書房サイトよりダウンロード)

大事なのは、校長先生が各クラスの担任に働きかけ、困難を抱える子どもを特定し、丁寧な個人のケアを学校として進めることです。

子どものマスクをどうやって外すのか

それから、子どものマスクをどうやって外していくのか、これも校長先生にとっては悩ましい問題だろうと思います。子どもがマスクをつけることの悪影響は、相手の顔の表情から、困っている、嫌がっている、つらそうにしている、悲しそうにしているなどの感情を読み取れないことです。そのため、「今、言ったことは悪かったから、ごめんねと言おう」と思って謝ったり、「〇さんは、今日は元気がないね。相談に乗るよ」などと優しい言葉をかけたり、といったことができないので、人間関係がつくれなくなります。ですから、本来ならば、子どもはマスクを外し、相手の表情から人間関係をつくる力を育むことが大切なのです。

だからといって、学校の方針として子どもに指示を出し、強制的に一斉にマスクを外させれば、それで解決するわけではありません。ベースとなる人間関係がつくれていませんから、マスクを外して人との距離が近くなれば、イライラする子どもが増え、トラブルも増える可能性があります。保護者や子どもたちからの反発も招くでしょう。

では、自然に任せればいいのかというと、それも問題があります。特に小学5年生ぐらいから、女子児童は自分の容姿を非常に気にしますので、簡単にマスクを外せない子どもがいるからです。

学校が1学期にすべきことは、マスクを外すための段階的指導のプログラムを考え、校長先生のリーダーシップの下で意図的、計画的に進めていくことです。それをしないと、2学期になってもマスクを外したくない子どもの数は減らないと思います。

その段階的指導のプログラムで、学校が取り組んでいくのは「マスクを外しても大丈夫な学級づくり」です。教科の指導の中で、マスクを外さないでできる対話活動から始めて、次は短時間だけ外してみる時期、もっと長い時間外す時期、というように3段階ぐらいで進めて、ゆっくりと、外せる子どもは外していってほしいと思います。

短時間だけマスクを外す活動としては、例えば、小学校の外国語活動で、先生が顔の表情が描かれたイラストを見せて、「smile」と言ったら笑う、「crying」と言ったら泣きまねをするなどして、顔の表情で感情を伝える練習をしてみるのもいいと思います。あるいは、図工の時間にマスクを外して友だちの似顔絵を描いてみるのもいいかもしれません。

先ほどご紹介した、人間関係づくりのゲームやワークショップ、「学級力向上プロジェクト」などを行い、さらに国語や道徳科で対話活動を行っていけば、マスクを外したときにスムーズに対話ができるはずです。

先生たちも人間関係づくりをする必要がある

ここまでは子どもの人間関係づくりについて話してきましたが、人間関係づくりが必要なのは子どもたちだけではありません。先生方の人間関係もできていないからです。

そうなってしまった原因として、先生方の懇親会ができなかったことの影響は大きいと思います。勤務時間が終わった後に集まり、若い先生が悩みを打ち明けて先輩がなぐさめたり、アドバイスをもらったり、本音で教育について語り合ったり、ときには愚痴を言い合ったりする中で、お互いを知り、人間関係がつくられていくのですが、コロナ禍ではそのような機会がつくれなかったからです。

職員室の人間関係ができていないわけですから、今後、先生方がマスクを外し、距離が近くなると、トラブルやいじめが増えるかもしれません。それだけではなく、たくさんのトラブルを抱えているクラスの先生は、そのことを誰かに話す機会がなく不満を溜めている可能性があります。いつ爆発してもおかしくない危機的な状態になっているのは、子どもだけではないのです。放っておけば今後その先生は、子どもに厳しく当たったり、辞職や休職をしたりするかもしれません。ですから、校長先生がリーダーシップを発揮し、教員間の人間関係をよくするために、コミュニケーションの場をつくる必要があります。例えば、放課後、紅茶とケーキやお菓子などを用意し、定期的にお茶会を開催してはどうでしょうか。先生方が集まって話ができる機会を、ぜひ作ってほしいと思います。

今後、学力向上をどう進めるか

コロナ禍では多くの学校で「対話的な学び」ができなかったので、2023年度は、本当の意味で小学校でも中学校でも、新学習指導要領が完全実施となるわけです。おそらく「コロナ前と同じように、学力向上に力を入れたい」と考えている学校もあるでしょうが、それは時期尚早だと考えます。

もしも1学期から、学力向上を積極的に進めていくなら、人間関係という学校としての基盤ができていないわけですから、2学期以降、複数のクラスで学級崩壊が起こり、いじめも不登校も増えるでしょう。GIGAスクール構想の1人1台端末を使って、学力向上の取組を行うことも重要ですが、それは2024年度から本格的にスタートすればいいように思います。

なぜなら、学力向上は団体戦だからです。高校の先生たちに話を聞くと、「受験は団体戦」だと言います。学級経営がうまくいっているクラス、男女の仲がいいクラスほど、進学実績が高いのは常識です。つまり、問題の出し合いや教え合い、学び合いなどが自然と行われるクラスをつくれば、学力は向上するのです。これは小中学校でも同じです。「学級力が高いクラスは学力も高い」、というデータはすでにあります。みんなで教え合いをして、いじめが少なく、合意形成ができて、他人の気持ちが想像できる、そんな温かいクラスをつくれば、学力は上がってくるものなのです。学校として2023年度に人間関係づくりをしっかりと行えば、おそらく学力は来年度から上がり始めるはずです。

取材・文/林 孝美

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