第58回 2022年度 「実践! わたしの教育記録」特選作品 北島幸三さん(沖縄県今帰仁村立今帰仁中学校教諭)
クラウドファンディングを通して中学生が学んだこと
〜ICTを活用したPBLの可能性〜

目次
1 はじめに
コロナウイルスの流行は、子どもたちから多くの教育機会を奪っていった。全国一斉休校に始まり、その後も学級閉鎖が繰り返された。職場体験、修学旅行、運動会、合唱祭、各種部活動の大会…さまざまな行事や大会が中止や縮小に追い込まれた。
2021年度、私の校務分掌は3学年主任。中学校生活を通して、コロナ禍の影響を色濃く受けてきた学年を受け持った。感染対策のため一度も送り出す立場で卒業式に参加することのないまま、彼らは自分たちの卒業式を迎えることになった。
卒業式を一月半後に控えた1月終わり、ある提案がPTA役員会から私のところに届いた。「コロナでさまざまな制限を受けた彼らに、せめて最後は思い出深い卒業式をプレゼントしたい。卒業式でバルーンリリースを行えないだろうか。予算はコロナの影響で使えなかったPTA予算の中から捻出できる。どうだろう」そんなお話をいただいた。大変ありがたい申し出ではあったが、お話を伺った時、「このまま、やってもらうだけで終わりにしていいのだろうか」…という思いが私の中に生まれた。それは、コロナの影響をあらゆる場面で受けてきた彼らだからこそ、「できなかった」「やってもらった」という思い出ではなく、「コロナがあったからこそ…挑戦できた!」、その実感を持って卒業させることはできないだろうかという思いであった。
私はPTA役員会に取り組みを待ってもらうことをお願いし、子どもたちに「予算集めも含めて、自分たちでこの企画を動かしてみないか」と投げかけてみることにした。
2 クラウドファンディング(下準備)
2022年2月2日(水)放課後、卒業を迎える3年生96名中、推薦等で進路の決まっていた27名に集まってもらった。私からは、①PTAが卒業式で30個程度のバルーンリリースを提案していること。②その予算はPTAが出してくれること。③しかし、私はPTAではなく、君たち自身でこの企画を実現できるのではないか、君たちならそれができるのではないかと考えていること。④必要な予算集めについては、君たち中学生によるクラウドファンディング(以下クラファン)を考えていること。⑤ただし、PTAから企画を引き取った後、クラファンで予算が集まらなかった場合は、企画は実行できないこと。⑥その上で、もし君たちに自分たちの手でやりたいという思いがあれば、PTAには断りを入れること。⑦その是非について意見を出し合い、話し合ってもらいたいこと。⑧もし「自分たちでやる」となった際には、私が世話人として活動をフォローすること。⑨ただし、それは大人の介入が必要な部分(クラファン業者への申請や口座の指定など)に関して関わるのであって、クラファンページの作成・運営や、その他の協力の呼びかけ等の実務に関しては手を貸さない(ただし、時にアドバイスとしての口出しはする)ことを伝えた。
私の提案を受けて話し合いが行われ、その後27名全員がそれぞれの意見を表明した。その意見を踏まえて多数決が行われ、結果、全員が「自分たちでやる」を選択した。その決定ののち、企画を先頭に立って動かしていく実行委員に10名が立候補。中学生によるクラファン&バルーンリリースの企画は、最初の一歩を踏み出した。
3 クラウドファンディング(前半)
コロナはさまざまな機会をこの子たちから奪いはしたが、その一方で「コロナがあったからこそ身につけられた、伸ばすことができた能力、分野」もあった。その代表的な能力が端末操作とクラウド環境を活用したICT活用の能力であり、より習熟が進んだ分野が、PBL(プロジェクト型学習:学校、地域や社会の中で、それぞれが意味を見出した課題に取り組むことで、より主体的に、広く、深く学んでいく学習形態)の分野である。卒業生たちは、コロナ禍の授業を通して身につけてきた、このICTの活用能力とPBLの手法を通して、自分たちの企画を形にしていった。
(1)教師の活動
まずクラファン業者との連絡、調整に関することは、世話人である私が適宜学校長の許可を仰ぎながら行った。また、クラファンページに名前や顔写真をアップすることの可否を保護者・本人に確認する公文書の作成等も私が行った。それらの段取り後に私が生徒に指示した内容は、①バルーンリリースの目標個数を設定し、それに応じた目標額を決定すること。②クラファンページには必ず何のために行うのかの「目的を明確にして示す」こと。③目的を作成する際は、自分たち(=卒業生)、お金を出す人たち(=賛同者)、周囲の人たち(=後輩や保護者、村民など)、その三者、みんなにとって意味ある、価値のある「三方よし」の形になっているものを作成すること。
(2)生徒の取り組み
2月3日(木)以降、実行委員の具体的な取り組みが始まった。5日(土)、学校は休みであったが実行委員は朝から学校に集まり、取り組みの目的とクラファンページを完成させるための話し合いを行った。ページ作成はクラウド環境を利用し、家庭でも作業が進められていた。また、目的の作成についてもクラウド上のアプリにそれぞれが予め書き込んでいた意見やアイデアを、直接ホワイトボードに書き出していき、ブレーンストーミングやKJ法の手法を使って意見の調整を行っていた。夕方まで作業は続き、取り組みの目的がまとめられ、クラファンページも完成した(https://readyfor.jp/projects/nakichu19)。


(3)生徒が作成した「目的」文
このプロジェクトは卒業式当日に中庭でバルーンを飛ばすのが目標です。このプロジェクトの資金は、最初は「コロナの影響で使われていなかったPTAの予算から出す」という話が上がっていました。しかし、「与えられるのではなく自分たちで資金を集めよう」「自分たちで新しいチャレンジをしよう」という意見が出ました。より記憶に残る卒業式にするために資金調達から自分たちで行うことを決めました。このプロジェクトを通して、コロナの状況が続く中でも、地域が明るく元気になればいいなと思います。
自分たち19期生は、今回のクラウドファンディングを通して、一生の思い出となる卒業式を創り上げたいと思います。卒業後は親元、地元を離れ県外の高校や寮生活となる友人も少なくありません。離れ離れになる19期生ですが、それぞれの場所できっと頑張っていくはずです。そんな仲間が20歳の成人式や、同窓会で再び集まった時には、きっとこのバルーンリリースの話題で思い出を語り合えるはずです。また、義務教育を終える自分たちと親たちの、子ども時代の最後の大きな思い出づくりができるはずです。
この取り組みが成功するかどうかはわかりません。でも、自分たちで決めて挑戦してみたクラウドファンディングはきっとどんな結果に終わろうと、19期生の自信と誇りになるはずです。きっとそれぞれの道に進む19期生たちの自己実現に繋がっていくと思います。
後輩たちにも「私たち中学生でも、こんなことができるんだ!」ということを見せて卒業式を迎えたいです。それが後輩たちの可能性を広げていくことにも繋がると思います。
今帰仁中のスローガンは「一生懸命がかっこいい」。私たち19期生が卒業前に、もう一つ、最後まで、一生懸命に挑戦することで、その文化をきちんと引き継いでいきたいです。
(4)クラウド環境の有効活用
生徒たちの作業同様、教師からの指示に関しても多くの部分でクラウド環境を活用した。まずは実行委員と共に立ち上げたバルーンリリースに関するGoogle Classroomに、いくつかの取り組み課題を添付した。実行委員は各々が別の時間、別の場所(非同期・非対面)でも企画案や意見を書き込み、書き込まれたそれぞれの企画案を基に、クラウド上(同期・非対面)であったり、直接(同期・対面)に意見を交わしたりしながら、一緒に企画に取り組んでいた。私は職員室にいて、その他の事務的な作業や会議への参加をこなしながら、また、家庭で自由になる隙間時間を利用しながら、必要に応じて彼らの話し合いが活性化するよう、コメント機能を使って質問や指示を投稿した。途中コロナの濃厚接触者となり登校できない実行委員もいたが、彼らはリモート機能(同期・非対面)を活用して、その状況も問題とせず、企画を前に進めていた。



4 クラウドファンディング(後半)
(1)教師の活動
クラファンページの申請から認可、公開までは1週間程度必要なため、7日(月)からの1週間、その間に取り組むべきことの指示を行った。①クラファンページにまとめたことを土台に趣意書を作成すること。②その趣意書の効果的な活用方法を考えること。③実行委員以外の3年生にも目的の共有を図る方法を考えること。④その他、できることを考え、企画案にまとめ、提出すること。
(2)生徒の活動(学校を巻き込む)
趣意書に合わせて、ポスターの作成も行うことを決める。趣意書は最初Googleドキュメントへの打ち込みで作っていたが、「手書きの方が伝わるのでは」という意見が出て、手書きで作成。目的の共有に関しては、実行委員だけでなく、3年生全体、学校全体に企画への思いを共有してもらうため、まずは実行委員長から進学先の推薦内定者に説明、思いを伝え、次にその説明を聞いた内定者が、今度は分担して1〜3年生の教室や職員室を回り、趣意書を配りながら思いを伝えていくようにした。趣意書やポスターの印刷は学校長の許可をもらって学校で刷らせてもらったが、その後、「みんなに見てもらうためには色付きの方がいい」という意見が出たので、色鉛筆で全てに色付けを行った。色付けは3年生のみんなにも協力を依頼。放課後、分担して行った。

(3)生徒の活動(地域を巻き込む)
卒業式当日にバルーンリリースを行うこと、そのための資金集めでクラファンを行っていることを周知するための活動として、実行委員が小学校と役場(村長、教育長)を訪問し、取り組みのプレゼンテーションを行う旨の企画案が出された。管理職から小学校、役場に連絡を入れてもらい、相手側の許可を得たのち、生徒のみで分担して訪問、プレゼンテーションを行った。小学校では、3年前に卒業した生徒がこのような企画を自分たち主体で進めている様子を見せることができ、その成長が喜ばれた。
同じく役場訪問では、実行委員からの村長、教育長へのプレゼンテーションを実施。その場で村長から役場の各課を回って説明、協力依頼を行う許可を得て、生徒たちは役場の各課を回っての説明も行った。


(4)生徒の活動(マスコミを巻き込む)
役場を訪問するアポイントメントをとった際に、役場広報の担当者から、「新聞社に連絡を入れ、訪問の様子を取材してもらうこともできるが、どうだろうか」という提案をいただいた。実行委員にその旨伝えると、「クラファンの周知ができるので取材をしてもらえる方がいい。でも、せっかくなので取材依頼も、やってもらうのではなく、自分たちでやりたい」との意見にまとまった。私からは、まずは取材依頼文書を作成し学校長に見せ、許可をもらうことを指示する。その後、自分たちで作成し、学校長から許可をもらった文書を送付して、県内新聞社2社、テレビ局3社に取材を依頼。結果、新聞社2社と、最終的には取材依頼は出していなかった全国ネットの報道番組も含めて、テレビ局2社に取り組みを取り上げてもらった。


5 クラウドファンディング(結果)
クラファンは最終的に当初目標額の400%余り、28万円の資金を集め、PTAが計画していた30個を10倍上回る300個のバルーンリリースを実現した。さらにその上で残った資金10万円弱の金額を、在校生たちに寄付の形で残すことができた。
(1)実行委員の感想(一部抜粋)
初めてのメンバーで、初めての取り組み。はじめは手探りで、他の人のものを参考にしながら作ってみたり、自分の携帯からクラファンにログインし、どうやったら支援が集まるのかを考えたりした。取り組み中は、お金が一番の目的になってしまっていないかなど、みんなで案や意見を出し合った。意見が割れた際には、相手に納得してもらう方法を考えたり、逆に納得させられたりということも数多くあった。それまで自分の意見を全然まげず、否定から始まりがちだった私が、相手の意見を聞くようになった。私自身の大きな変化を感じた。役場に行った際には共同代表二人のサポートに回った。新聞記者やテレビ局の人には、自分の言葉でこの企画のことを伝えた。少し前の私ではできなかったと思う。自分は成長したと思う。私は、言葉は出てくるけれど、それを文章にまとめるのは苦手だ。これはまだ治ってはいないけれど、少しマシにはなったと思う。それは何よりも、この取り組みを通して、「伝わればいいだろう」という考え方から、「伝わるようにしたい」という考えに変わったからだと思う。
この1か月は中学3年間で最も濃い1か月となった。あまり話さない人とも話し、その人の価値観を知り、互いの価値観を伝え合った。今後もこういった取り組みをしたいと感じている。バルーンを飛ばす前日はワクワクで眠れなかった。この1か月があっという間ですごく惜しく感じる。卒業してもまたみんなと集まりたい。
実行委員の掛け声で一斉にバルーンを飛ばした時には、「すごい!」とかそんな言葉しか浮かばなくて、「これは一生記憶に残る」と思った。この企画で目標に掲げていた“最高の思い出づくり”ができたのではないかと思う。


6 終わりに
卒業生たちは学んできたことを生かし、自分たちの手で周囲の協力を得ながら企画を実現した。
その実現には彼らが身につけたICT活用の能力が大きく貢献した。対面・非対面、同期・非同期、コロナ禍で与えられた条件をデメリットにすることなく、どのような状況、条件にも彼らは対応していた。
また、プロジェクト型学習(PBL)への習熟も成功の大きな要因となった。彼らは「目的を立て」「個々が目的意識を持って調べ、意見を出し」「互いの異なる意見を調整し、形にしていった」。そして、その学習過程で「社会や大人と関わりを持つこと」で、企画をより意味のあるものに、広がりのあるものにしていた。私の当初の意図を大きく超え、生徒たちは企画を自分たちのものにしていき、真摯に取り組む姿を通して周囲の援助を得ながら、企画を実現していった。
コロナ禍という未曾有の状況があった。そして卒業していく彼らがこれから生きていく社会は、今後も予測不能なことが数多く起こるだろう。そんな時代に生きる彼らだからこそ、「変化に対応する力」は今後さらに重要になっていくはずだ。「〜だからできない」ではなく、「〜だからこそ挑戦できる」という思いが、今後の彼らの人生をより有意義なものに変えていくはずだ。
卒業式の日、みんなで見上げた無数のバルーンが大空へ舞い上がっていく風景は、「〜だからこそ挑戦できる」「挑戦する価値がある」、その思いを共有させてくれたし、忘れ難いものにしてくれた。

受賞の言葉

沖縄県国頭郡今帰仁村立今帰仁中学校教諭・北島幸三
風船がすべて空に舞い上がったのを見届けて、視線を落とした。目を横に移すと、すぐそこに実行委員たちが立っていた。目が合った彼らと強く、硬く握手した。
コロナ禍の卒業式、予行練習の際、登壇する時のみマスクを外すよう指示をした。予行練習では学年主任の私が校長に代わり、一人ひとりに仮の証書を渡した。一緒に過ごしていながら2年以上、マスクをとった顔を見てこなかった。一人ひとりの名を呼び、一人ひとりの顔を見て証書を渡していく。中止と制限の繰り返しの中学校生活。もっと何かできたのではないか、してあげられたのではないか、そんな思いが繰り返し襲っていた。証書を渡しながら涙が溢れた。数日のち、卒業式本番を迎えた。
本論文はその卒業式に向け、彼らが何を目的にし、何に挑戦してきたのかの記録である。読んでいただいた方には語る必要はないだろう。彼らは「何かしてもらう」ことではなく「自分たちでする」ことを選び、行動した。その行動を通して、私の思いなど軽く超えて成長し、巣立っていった。そんな彼らの実践を、このような形で評価していただけたことが、すごく、嬉しい!! ありがとうございます。この喜びを糧に、これからも目の前にいる子供たちに向き合っていきます。
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