子どもたちの幸福感に関心を向けていますか?【赤坂真二「チーム学校」への挑戦 #36】

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赤坂真二の「チーム学校」への挑戦 ~学校の組織力と教育力を高めるリーダーシップ~
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上越教育大学教職大学院教授

赤坂真二

多様化、複雑化する学校の諸問題を解決するためには、教師一人の個別の対応ではなく、チームとしての対応が必須である。「チーム学校」を構築するために必要な学校管理職のリーダーシップとは何か? 赤坂真二先生が様々な視点から論じます。
第36回は、<子どもたちの幸福感に関心を向けていますか?>です。

執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二

まるで、ドラマ

ある自治体の話です。その自治体は、近年の学力調査で高い正答率を維持しています。学力向上で成果を収めたので、次は学級の質的向上をねらおうと、集団づくりを教育の重点に決めたと言います。

しかし現在、その自治体の教育委員会が関心を払っているのは、集団づくりではなく、集団の「立て直し」だそうです。ある学校で新採用の先生のクラスが荒れました。それをなんとかしようとした学年主任が、そのクラスにかかわっているうちに自分のクラスも荒れてきて深刻な事態になりました。そこで教育委員会の支援チームに援助を求めたのですが、あちこちで火の手が上がっていて、支援チームの訪問が後手後手に回ってしまっていると言います。

順番が逆だと思いませんか。なぜ学力調査の正答率を上げてから、集団づくりなのでしょうか。すごく青臭く非現実的なことを敢えて述べますが、子どもたちの学習環境を整えてから、学力向上をすべきではないでしょうか。いや、授業の充実も学習環境の整備ですから、少なくとも同時進行で取り組むべきではないでしょうか。まず学力調査の数値を上げる、という選択をする自治体はここだけではありません。こうした話をお聞きする度に、学校の「良心」や公教育の「大義」は、どこにあるのかと言いたくなります。

ある自治体では、教育長が挨拶で教育委員会に対して、地域の学力向上に関して次のように述べたと言います。

「みなさん、学力調査に関しては、私が議会で述べることは決まっています。お分かりですね。よろしくお願いします。」

まるで、権謀術数が渦巻く世界を描いたドラマを見ているようです。「学力に対して『向上した』『成果があった』と答弁するつもりですから、結果を出しなさい」と言っているわけです。こういうことを耳にすると、子どもの幸福感や精神的健康などはどうでもいいのだろうか、と思ってしまいます。もちろん、教育にかかわる(それも上層部の)人たちが、子どもたちの幸せを願わないわけはないと信じてはいます。しかし、こうした意思決定及び、そこから始まる施策の数々が、現場の教師や子どもたちを追いつめることになっていくとは考えないのでしょうか。

新たなる排除

小学校で特別支援学級を担当する加茂勇氏は、近年の教育現場の「ゆがみ」を生々しく報告しています※1

「オレはバカだからここにきたんだ。みんなに迷惑をかけるから。イライラしてパンチするから」

「グーピタピンができないから、ここに来たんだって。でも、グーピタピンなんかしてたら、すーっごい疲れるから、無理だから」(「グーピタピン」とは、座ったときに、手をグーにして、両足を床にピタッとつけ、背筋を伸ばす学習規律)
4月に自閉症・情緒学級の子どもたちが私に伝えた言葉だ。

学力調査が始まってから、あちこちの自治体で作成が始まった学習スタンダードは、子どもたちの躾に迷う新採用教師及びその指導教員たちに歓迎される節もありますが、一方で学習する場所が制限される子どもたちを生み出しているようです。 

また、全国から講演依頼が殺到する特別支援学校教諭の川上康則氏は、教室における「マルトリートメント」の存在を指摘します。「マルトリートメント」の「マル」は悪い、「トリートメント」は扱いという意味ですので、大人から子どもへの「不適切な関わり・養育」というような意味になります。虐待をも含む包括的な意味をもちます。具体例としては、言葉の暴力、体罰、激しい夫婦ゲンカなどが挙げられます。また、スマホ・タブレットを子どもにずっと与えていたり、授乳中もLINEをしたり動画を見たりすることも該当します。川上氏は、教室における教師による不適切なかかわりによって「教室マルトリートメント」と呼ぶべき事態が起こっていると言います。

あちこちの教室を訪れて思うことは、掲示物の貼り方、授業の進め方などが揃えられているにもかかわらず、教室の空気に大きな格差があることです。それは、教室に足を踏み入れればすぐに分かります。

ある教室では、教師が終始笑顔で授業をし、温かな声で子どもたちの名前を呼び、子どもたちの頑張りを見付ければ、惜しみなく喜びを表現し感謝を伝えています。そこでは、子どもたちが笑顔で伸びやかに学習する姿があちこちで見られます。

その一方で、壁一枚隔てた隣では、疲れた表情の教師が、淡々と授業を進めています。子どもたちが頑張ろうが、授業に協力しようが、ほめることも労うこともありません。また、別な教室では、教師がのべつ幕無しに甲高い声で喋りっぱなしです。ほめることがあっても感情がこもっていません。基本的に固い表情で、怒っているようにすら見えます。これらの教室では、子どもたちが自ら発言することはほとんどありません。同じ時間を過ごすなら、どちらの方が幸せなんだろうと考えさせられます。

近年の学校は、特定の授業スタイル、スタンダードなど、子どもたちに「させること」や「守らせること」が増えました。それらを徹底するために教師は子どもたちに不必要な圧力をかけたり、疲れ切ったりしているようです。「子どもたちのため」という美名の下になされることによって、立場の弱い子どもたちの居場所がどんどん失われているように思います。「チーム学校」は、こうした現状に立ち向かっていけるのでしょうか。問題提起をして3年目の連載を閉じさせていただきます。

※1 加茂勇「インクルーシブ教育のもとでの特別支援学級の変貌」教育科学研究会編『教育』1月号、NO.888、2020、pp.33-39

『総合教育技術』2020年3月号より


赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現職。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。『スペシャリスト直伝! 学級を最高のチームにする極意』(明治図書出版)など著書多数。


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