“男”を選んだ母親に捨てられて<後編>~スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド⑥~
虐待、貧困、毒親、不登校──様々な問題を抱える子供が、今日も学校に通ってきます。スクールソーシャルワーカーとして、福岡県1市4町の小中学校を担当している野中勝治さん。問題を抱える家庭と学校、協力機関をつなぎ、子供にとって最善の方策を模索するエキスパートが見た、“子供たちの現実”を伝えていきます。
Profile
のなか・かつじ。1981年、福岡県生まれ。社会福祉士、精神保健福祉士。高校中退後、大検を経て大学、福岡県立大学大学院へ進学し、臨床心理学、社会福祉学を学ぶ。同県の児童相談所勤務を経て、2008年度からスクールソーシャルワーカーに。現在、同県の1市4町教育委員会から委託を受けている。一般社団法人Center of the Field 代表理事。
夫の介護、孫の問題行動にいっぱいいっぱいの祖母
弟が生まれると、母親と継父(と言っても未入籍)は赤ちゃんにつきっきりで、真人君は蚊帳の外。あたかも最初から存在しないような扱いでした。
精神状態が不安定になった真人君は神経過敏になり、学校で様々な問題行動を起こしました。机をガタガタ揺らしたり、周りの子たちにいきなり「うるさーいっ!!」と怒鳴りつけたり。自分に注目させたい気持ちが、こうした行動を引き起こしたようです。
見かねた祖父母が、真人君を祖父母宅に引き取りましたが、問題行動は収まりませんでした。
学校に呼ばれた祖母は「うちではとくに問題ないけ、どうしたらいいのか……」と疲れ切った表情です。
真人君を引き取ってすぐ、祖父が体を壊し、障害者認定を受けるようになりました。祖母は食堂の営業に、祖父の介護、真人君の子育てが加わり、いっぱいいっぱいの状態。その上、真人君が学校で問題を起こしているとなり、祖母も限界近くまできていたのでしょう。
食堂に行くたびに、祖母の話を聞いたり、真人君と遊んでいたりしていた私は、このままでは祖母まで体を壊してしまうと感じ、真人君について専門医に相談することを祖母に勧めました。自分の娘のせいで孫が辛い目に遭っていることに罪悪感を感じ、真人君を甘やかしていることを祖母自身もわかっていたようですが、「病院に連れて行くまでは、ちょっと……」とためらっていました。
ある日、いつものように食堂で真人君と遊んでいた私は、「おいちゃんと一緒に病院に行ってみる?」と尋ねると、真人君は「いいよ」。祖母も納得し、3 人で病院に行きました。診察の結果、知的障害や発達障害はありませんでした。ただ、周りから入ってくる情報や音を少なくした環境にした方がいいだろうと医師からアドバイスを受け、学校と相談し、少人数で学べる特別支援学級に転籍することになりました。その後、静かな環境で学ぶことで、真人君は少しずつ落ち着いていきました。安心した祖母も、余裕を取り戻していきました。
母親の親権停止を申し立てる
一方で、祖母と母親の確執は続いていました。母親は全く真人君を養育しないにもかかわらず、真人君の児童扶養手当など “もらえるもの” はちゃっかり自分たちで使っていたのです。
祖父が働けなくなり、食堂は今までのようにフルで営業することができなくなっていました。収入減に加え、祖父の医療費と介護費、さらには真人君の養育費がかかるため、祖母にとって、児童扶養手当はなくてはならない支給です。そこで、役場に真人君の養育の実態を説明し、児童扶養手当を祖母に移すようにしました。
児童扶養手当が振り込まれないことに気づいた母親は、役場に抗議の電話を入れてきました。担当の私が電話に出ると、母親はすごい剣幕でまくし立てました。
「児童扶養手当が振り込まれなくて困っているんですけど」
「実際に養育しているのは祖母だから、児童扶養手当は祖母に支給するのが妥当だと判断しました」
「ばあちゃんからどんな話を聞いているのかわからんけど、しつけなのにいじめだととらえたり、ばあちゃんはすぐ大げさに言うけ。私だって一生懸命子育てしとるのに、ひどいんじゃないの!?」
「では、真人君をすぐに戻してお母さんが養育するということですか?」
「え? 今すぐ引き取るのはちょっと……。まだ幼い子に手がかかるし、お腹に赤ちゃんもおるから……」
「お母さんが真人君の養育をするのは難しいということなんですね。ということは、引き続き祖母が真人君を養育していくわけですから、児童扶養手当は祖母に支給されるのが妥当ですよね? 行政の判断に不満があるなら、こちらに来てきちんと説明してください」
こうしたやりとりをするうちに、母親はキレて電話を切ってしまいました。
その後も、母親は祖母に執拗に児童扶養手当を渡すように迫りました。このままではいつまで経っても泥仕合です。児童扶養手当の支給について、母親に反論する余地を与えないためには、祖母が真人君の親権を持つこと。それには、祖母が母親の親権停止を申し立て、未成年後見人となる必要があることを祖母に説明しました。祖母は少し考え込みましたが、「真人にとっては、それが一番いいのかもしれんね」と決心しました。
私は、家庭裁判所へ申立てをするための草案づくりをサポートしました。借金の履歴や養育の実績、祖母の考えをまとめた資料が認められ、母親の親権停止が認められました。
親権停止は、司法によって親と子供を引き離す制度です。本当に、母親と真人君を引き離してもいいのか、私自身も迷いました。しかし、母親は審理中の聴取に応じることはなく、審判の確定に対して即時抗告を行うこともありませんでした。
母親と内縁の夫、そのふたりの間に生まれたふたりの弟──母親が描く “家族” の中に、真人君は含まれていなかった。ならば、真人君は、“家族” の呪縛から解かれ、新しい一歩を歩き始めてもいい──私はそう考えています。
*子供の名前は仮名です。
取材・文/関原美和子 撮影/藤田修平 イラスト/芝野公二