「初心忘るべからず」とは?〈前編〉能楽師・安田登の【能を知れば授業が変わる!】 第十幕
前編の今回は「初心忘るべからず」の前段階で、「グーグル・レンズ」の話と、そしてそれが一般的になったときには宿題も授業そのものも変わるだろうという話です。高校教師から転身した筆者が、これまでになかった視点で能と教育の意外な関係性を全身全霊で解説します。
※本記事は、第十幕の前編です。
執筆
能楽師 安田 登 やすだのぼる
下掛宝生流ワキ方能楽師。1956年、千葉県生まれ。高校時代、麻雀をきっかけに甲骨文字、中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師時代に能と出合う。ワキ方の重鎮、鏑木岑男師の謡に衝撃を受け、27歳で入門。能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演など国内外で活躍。『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)他著書多数。
「グーグル・レンズ」は道具なのか
今回は、世阿弥の言葉として最も有名な「初心忘るべからず」についてお話をします。
さて、その前に……。
おそらく夏休み中に先生方の間でも「グーグル・レンズ」というものが話題になったのではないでしょうか。スマホであればアンドロイドでもアイフォンでも使える機能です。もし、まだの方がいらっしゃったら、ぜひ試してみてください。
アンドロイドではカメラアプリでそのまま使えますし、アイフォンの方は「グーグル・アプリ」等をインストールすることで使えるようになります(以下、インストール前でも問題なくお読みいただけます)。
準備ができたら、「グーグル・レンズ」の「宿題」タブを選択して、次の中学生の数学の因数分解を写してみます。あ、その前に、お時間があればまずはご自分で解いてみてください。
すると「Mathway」というサイトに導かれます。そこには答えも、そして解き方も詳しく説明されています。まるで先生が教えてくれるようです。
https://www.mathway.com/ja/popular-problems/Algebra/260540
これは中学生の問題でした。今度は小学生の文章題です。これも「グーグル・レンズ」で写してみましょう。こちらも解いてみてください。
すると次のサイトに導かれます。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12219364407
こちらも答えだけでなく、解法も教えてくれています。
この「グーグル・レンズ」の「宿題」サービス、「すばらしい!」と言う先生もいるでしょうし、「けしからん!」と思う先生もいるでしょう。
このサービスは、まだ始まったばかりです。これからどんどん進化するはずです。
この数年、大学入試でスマートグラスを使った不正が何件か摘発されています。通信機能を持っためがねで問題を見ると、それが遠くにいる人の元に送られ、その人が問題を解き、まためがねに送る。このような不正が日本だけでなく、世界中で問題になっています。
しかし、摘発されているということは、これでうまくやっている人もいるということを意味します。
スマホの機能を搭載したコンタクトレンズも開発されました。これが売り出されれば、不正の摘発などはほぼ不可能です。
「しかし、このような方法では勉強は身に付かないし、だいたいずるい」
そう思う方もいらっしゃるでしょう。
まず、手軽に使うことができる道具を使えばできることを、それを使わずに無理して行う必要があるでしょうか。
私たちにもっとも親しい「道具」のひとつが「文字」です。
明治になるまで日本では、数字は漢数字を使っていました。漢数字で「三百六十五かける二百五十二」を、他の道具を使わずに計算できる人はごくわずかです。これを計算するには、それこそ「そろばん」という、新たな「道具」が必要になります。
しかし、「アラビア数字」という道具を使えば、「かけ算九九」と「足し算」と、そして「紙」という道具だけで計算することができるようになります。
「グーグル・レンズ」は、アラビア数字や紙と同じような役割をもつ、新たな道具であると考えることもできます。
時代は大きく変わる!「ずるい」と言っている場合ではない
また「ずるい」に関しては、宿題や学校の勉強を親から教わったり、塾で教わったりする子供はどうでしょう。
「親ガチャ」という言葉がありますが、私の両親は子供の教育にまったく興味がありませんでした。宿題や学校の勉強でわからないことがあっても、一度も教えてくれたことがありませんでした。育ったところは海辺の漁村で、卒業した中学では高校進学率が40%を切っていましたし、うちの周りはさらに低かったのです。だから塾もなければ、教えてくれる人もいませんでした。
教えてくれる親がいる家庭や、塾に行くことができる環境にいる子と、そうでない子が同じ土俵に立っているだけですでに「ずるい」。
私が子供のころにこのサービスがあったら、もっと楽に勉強ができたはずですし、もっと学校の授業も理解できて、成績も上がったかもしれません。
「グーグル・レンズ」は最初のひとつにすぎません。これからこのようなサービスは続々と出てくるでしょうし、その精度も上がるはずです。時代は大きく変わりつつあり、そしてこのサービスが一般的になったら、宿題も、そして授業そのものも変わらなければならなくなるでしょう。
構成/浅原孝子
「初心忘るべからず」とは?〈後編〉に続く
※第六幕以前は、『教育技術小五小六』に掲載されていました。
安田先生初となるファンタジー小説
『魔法のほね』
小学5年生のたつきは、ある日、迷い込んだ町で「オラクル・ボーン」(魔法のほね)を見つける。それは、なんと3300年以上前の古代文字が刻まれた、未来を予知するものだった! たつきは友達と古代中国へタイムスリップするが……。人一倍弱虫だった少年が、試練を克服することで強くなるという、小学高学年におすすめの物語だ。
著/安田 登
出版社 亜紀書房
判型 四六判
頁数 224頁
ISBN 978-4-7505-1733-9