【宮口幸治先生インタビュー】 コグトレで子供の学力の土台となる力を鍛えよう
『子どもの認知機能をグングン伸ばす! マンガコグトレ入門』の出版記念として、インタビュアーに発達障害支援のNPO法人えじそんくらぶ代表の高山恵子氏を迎え、同書の著者である宮口幸治氏にコグトレについてお聞きいただきました。
目次
境界域を気づかれないままの非行少年たち
高山 宮口先生は医療少年院に勤務されていたそうですが、少年院には境界知能の少年が多いと聞きます。その状況をお聞かせください。
宮口 知能検査としては、WISCが代表的なものですが、現状では、少年院在院者の平均IQが約88という調査があり、それからすると85以下が4割程度と推定されます。IQの平均が100ですので、結果的に知的能力の低い子が多いということになります。これはくれぐれも誤解しないでいただきたいのですが、現状の調査がそうあって、知的能力が低い子が少年院に行くということではありません。
高山 はい、よく分かります。現状として、境界知能の少年が多いということですね。境界知能のことを教えてください。
宮口 境界知能というのは、IQ70から84ぐらいの領域を言います。現在、知的障害と診断されるのはおおよそIQ70未満ですので、この境界域の少年たちは、本来、支援が必要だったのに、支援がされてこなかったのが現状です。普段の生活はできますし、小学時代も学習が少し遅いくらいで、先生方には支援が必要なことを気づかれないのです。そして気づかれないまま大きくなり、問題行動を起こして初めて気づかれることも少なくないのです。その気づかれていないということが、一番の問題点だと思うのです。
高山 境界知能のことをあまり知られていないことに課題を感じますね。
コグトレの開発は約5年をかけて
高山 そして、宮口先生は、少年院の少年たちの再生の力になりたいという思いで、コグトレを開発されたのですね。開発の背景や開発時の壁などをお聞かせください。
宮口 そういった認知機能の弱い非行少年が多いという現実を知って、これは何とかしなければいけないと思いました。図形を写す、2つの絵の違いを見つける、などといった市販の教材を探し、いろいろな教材を組み合わせて実施していきました。しかし、市販の教材は1冊だけではなく、何冊も取り組む必要がありますので、予算が膨大になり、これは自分で作るしかないと決心しました。
高山 いつ頃そのように思われたのですか。
宮口 1年過ぎたあたりからそのように思いまして、結局、完成するまでにそれから約5年かかりました。手作りで800枚ぐらい作りました。手作り感そのままのプリントでした。
高山 作るのは大変な作業だったのではないですか。
宮口 ひたすらこもって作っていましたが、ときおり「いったい私は何をしているんだろう」という思いにかられることもありました。さらに少年院の同僚から「少年たちが(トレーニングを)嫌がっている」と噂されたこともあり、当初は作ることよりも理解者が得られないことのほうが辛かったですね。
コグトレの効果について
高山 大変な思いをされて開発されたコグトレですが、コグトレの最大の特徴とは、何でしょうか。
宮口 コグトレは、学習面、社会面、身体面の3方面から包括的に子どもたちを支援するという特徴があります。学習面では基礎学力の土台づくり、社会面では対人スキルの向上、身体面では身体的不器用さの改善を図ります。この3方面からの包括的支援は、なかなか他にはないところです。
高山 では、コグトレを行うとこのように変化があったという子どもの事例をお聞かせください。
宮口 コグトレの認知機能強化トレーニングを行うと、学校の成績がぐんと上がるように思われているところがありますが、それは違います。運動で言うところの基礎体力が認知機能に相当する部分です。コグトレの認知機能強化トレーニングは、学力の土台づくりを目的としています。図が写せないから写せるようにトレーニングし、写せるようになった。数えられないのが、数えられるようにトレーニングし、数えられるようになったということです。
高山 勉強がすぐできるということではないのですね。学力の土台というところを鍛えるのですね。これは子どもにとってとても大切な部分です。
宮口 その通りです。少年院でコグトレを試して、ガラッと変わったという少年がいます。その少年は、突き詰めて考えることがとても苦手でした。しかし、コグトレの課題に取り組んだことで、物事を論理的に考えるようになり、考える習慣が身に付いたと言います。
「自分がなぜ少年院に入らなければならなかったか、最初はまったく分からず反発していたが、今は分かるし、先生が叱ったのは、自分のためを考えてくれたからということも分かってきた」ということも言っていました。コグトレの認知機能強化トレーニングは、一般小学校において境界域児童らのシートの正解率が伸びて平均に追いついたという検証結果もあります。
小学校で楽しくコグトレ
高山 全国の小学校でコグトレが実践されていると聞きますが、どのような広まりがありますか。また、広まりの理由はどのように考えられていますか。
宮口 コグトレは最初、少年院の少年たちの認知機能の力を強化するためのトレーニングだったのですが、小学校の子どもたちにも、学力の土台づくりができると分かり、いろいろな地域の小学校でコグトレが実施されています。
学校への広まりとともに、特別支援学校用の課題シートや通常学級用の課題シートなど、いろいろな子どもたちに向けて幅広く課題シートを作成しています。朝の短い時間でできるというのも広まりの理由の一つだと思います。また、コグトレはクイズのように楽しく、子どもができなくてもあまり傷つかないところもよいところです。学校のテストとは少しイメージが違っています。
高山 「楽しい」というのはとても大切なキーワードですね。子どもたちが楽しく取り組めるところがすばらしい。
宮口 子どもがパッと見て「楽しそう!」と思うことが大切な要素です。
子どもに合った課題に取り組もう
高山 学校でコグトレを取り組むときの留意点を教えてください。
宮口 一番の留意点は、目の前の子どもに合った課題を行うということです。どんな教材であっても正しく使わないとその子どもの力を伸ばすことができません。子どもがなかなかできないようなら、課題をやさしくしたり、ヒントを与えたりといったことを先生が工夫していくことが大切になります。
高山 使い方の問題がありますね。子どもに合わせることが大切なのですね。
宮口 使い方を間違えると目の前の子どもが被害者になってしまいます。教材には多様なものがあってよいと思いますが、その教材の意義を理解にして、先生が正しく使いこなすことが重要ではないでしょうか。
高山 『マンガコグトレ入門』の特徴を教えてください。
宮口 マンガでコグトレの実施方法が全部分かるという画期的なものです。マンガには子どもたちと先生が登場し、教室でコグトレを実際にやって、どのように進めるかが、具体的な場面ごとにわかるようになっています。そのため、コグトレの手順が簡単にイメージできます。本書には、コグトレの代表的なトレーニングが網羅され、しかも課題シートもダウンロードできるようになっています。ぜひお試しいただければと思います。
取材・文・構成/浅原孝子 撮影/北村瑞斗
プロフィール
宮口幸治 みやぐちこうじ
立命館大学教授・児童精神科医 一般社団法人日本COG-TR学会代表理事
京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「日本COG-TR学会」を主宰。医学博士、子どものこころ専門医、日本精神神経学会精神科専門医、臨床心理士。著書『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)が大ベストセラーになる。
プロフィール
高山恵子 たかやまけいこ
NPO法人えじそんくらぶ代表
アメリカの大学院で教育学を学ぶ。1997年に同団体を設立し、日本の特別支援教育を牽引する存在として文部科学省の委員などを長年務める。教育技術MOOK『オールカラーで、まんがでわかる! 子どものよさを引き出し、個性を伸ばす「教室支援」』(小学館)が好評発売中。
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A5判/224ページ
ISBN978-4-09-840218-2