教え子たちからのラストサプライズ…教師という最高の職業【6年3組学級経営物語25】
通称「トライだ先生」こと、3年目教師・渡来勉先生の学級経営ストーリー。今回は、「最高の卒業」にトライします。
主体的な卒業式への取り組みで「最高の卒業式」を無事終わらせることができた西華小の5・6年生。卒業生たちと担任は感動を胸に、最後の時間を送るため、それぞれの教室へと戻っていきます。3組の教室に戻った渡来先生を待っていたのは、なんと、隣の2組のケンタ。「お願いです。少し連絡する時間をください!」…。ケンタは何をしようというのか!? 「最高の卒業」に、西華小卒業生全員でレッツトライだ!
文/大和大学教育学部准教授・濱川昌人
絵/伊原シゲカツ
3月③「最高の卒業」にレッツトライだ!
目次
<登場人物>
トライだ先生(渡来勉/わたらいつとむ)
教職3年目の6年3組担任。 真面目で子ども好きの一直線なタイプ。どんなことでも「トライだ!」のかけ声で乗り越えようとするところから、「トライだ先生」とあだ名が付く。今年度は、新採のメンターも務める。特技は「トライだ弁当」づくり。
しずか先生(高杉静/たかすぎしずか)
6年1組担任で、学年主任2年目、教職11年目の中堅女性教諭。ベテラン教諭に引けを取らないリーダーシップぶりは、剣道五段の腕前に依るところも。一児の母、子育てと仕事の両立に日々奮戦中。
オニセン(鬼塚学/おにづかまなぶ)
教職生活5年目の6年2組担任。祖父と父が有名校長で母も教師という教育一家出身。イケメンでなおかつ優秀な成績で教育大学を卒業したという、典型的な〝オレ様〞タイプの教師。学級内のトラブルに十分対応できず、再び5年担任を任じられた昨年度、しずか先生率いるチームに育てられ、渡来先生とぶつかりながらも今や切磋琢磨しあう良き仲間に。
神崎先生(神崎のぞみ/かんざきのぞみ)
高学年の音楽・家庭科の専科講師。インクルーシブ教育にも携わる。大学4年生のときに交通事故で片足をなくし、入退院で休学、留年(渡来先生と同じ年齢)。一度諦めかけた教師の夢へと一歩を踏み出し、西華小の常勤講師に就く。大学時代は陸上選手として活躍し、体力には自信あり。
ゆめ先生(葵ゆめ/あおいゆめ)
教職5年目。2年担任。2年後輩のトライ先生を励ましつつも一歩リード。きまじめな性格で、ドライな印象を与えてしまうことも。音楽好きでピアノが得意。
チャラセン(最上英雄/もがみひでお)
新採教員で、2年を担任。教育実習のときに付いたあだ名は「チャラセン」。”チャラい”言葉を使うイマドキな新任教師。クラスでは、ふだんは子どもたちから「ヒーロー」と呼ばれることも。
イワオジ先生(大河内巌/おおこうちいわお)
教職20余年の経験豊富な教務主任。一見いかついが、 温かく見守りながら的確なアドバイスをしてくれ、 頼れる存在。ジャグリングなど意外な特技も。
まだ終わらないぞ…、卒業式
卒業式が終わった直後、2組のケンタからの突然の相談に驚く渡来先生でしたが、簡単な事情説明を受けると、ケンタに発言を許しました。
「欠席したスミレの卒業式を開きたい。日時や場所は未定ですが、参加協力をお願いします!」
当惑する3組の子どもたち。ヒロが質問をしました。
「2組全体で考えたのか?…鬼塚先生は?」
「全員で話し合った。鬼塚先生も…。先生は、自分一人でもやるって…。だから他のクラスに協力してもらおうと、みんなで手分けし合って…」
ザワザワする教室、渡来先生が話を始めます。
「これは2組だけの問題じゃない。先生はスミレのためにトライしようと思う。だが春休みだから、参加は義務ではない。自分で決めねばな」
「私学進学者は、…春休みに登校日があります」
残念そうにハジメが言うと、何人かが頷きます。渡来先生が、ニコリと笑って提案します。
「そんな場合は、手紙で参加という方法がある」
「出かける人もいるよな。一度、各学級の代表が集まって計画を立てた方がいい。それに校長先生や他の先生方の許可、協力が必要だと思う」
ヒロの前向きな提案に、嬉しそうなケンタ。
「ヒロの言う通り、スミレの卒業式にレッツトライよ! 私も、先生たちと一緒に参加する!」
マリの積極的な発言に、賛成意見が続出。同じ頃、1組でもこの提案は了承されていました。
「スミレの卒業式」実行委員会
「お世話になりますが、よろしくお願いします」
翌日の放課後、会議室で頭を下げる鬼塚先生。校長先生に大河内先生、5・6年の先生方と各学級の代表の子どもたちが参加しています。
「校長先生の許可を得、講堂で実施出来ることになりました。スミレも回復に向かっています」
「式場は確保した。だが校長先生の御予定が…」
大河内先生が、校長先生の動向を気にします。
「卒業証書の授与は校長の仕事。…これは最優先の予定だよ」
校長先生の心強い一言に、感激する参加者たち。話合いの結果、実施は2日後に決定。そして各学級の子どもたちへの伝達、教職員への参加依頼等、各々が自主的に活動を開始します。会議後、早春の大空を見上げて呟く鬼塚先生。
「教職員や子どもたち、保護者の方々までこんなに協力してもらえるなんて…。最高の気分だよ」
「『幸せは、自分の心が決める』という言葉があります。成長の結果ですよ、鬼塚先生の心が…」・・・ポイント1
傍らで誉める渡来先生、赤面する鬼塚先生。
卒業式は終わりました。しかし、もう一つの卒業式が進行していました。みんなの力で…。
ポイント1 【心の在り方】
「しあわせはいつも自分の心がきめる(相田みつを)」には、「自分の心の在り方で相手の対応も変わる」というコミュニケーションの基礎基本が含まれている。私はそう考えます。素直かつ誠実に接すれば、相手も心を開いてくれる―それを子どもたちに伝え、適切なコミュニケーションを構築できる力を育んでいくことは、教師の大事な仕事です。教師自身がしっかり実践し、子どもたちに伝えていきましょう。
一人のための卒業式
「スミレ~、会いたかったよ!」
「元気になって本当に良かった!」
「最高の卒業式にしよう!」
春の陽が注ぐ朝。正門に集合した卒業生が、母親と登校してきたスミレに声を掛けます。我が子を取り巻く友だちの輪に、涙ぐむ母親。卒業式と同じ服装の高杉先生が、みんなを講堂前に誘導します。そこには多くの卒業生が並び、参加できない子どもたちからの手紙が掲示されていました。略礼服姿の鬼塚先生が号令します。
「さあスミレの卒業式。気合を入れていくぞ!」
大きく開いた扉の向こうに、数日前と同じ光景が広がっていました。そして、2組を先頭に入場が始まりました。有志参加の5年生、教職員、保護者の盛大な拍手が沸き起こりました。
壇上で、校長先生から卒業証書を手渡されたスミレ。クルリと振り返り、思いを告げます。
「私のために卒業式を開いていただいたこと、一生忘れません。病気に負けず、強い心で頑張ります。そして、世の中の役に立つ人になります!」
深々と礼をするスミレに送られる大きな拍手。鬼塚先生はもとより、神崎先生や葵先生、最上先生たちの涙腺は、完全に崩壊していました。
ラストメッセージを胸に…
「みんなで最高の卒業式ができた。だけど、もっと話がしたかったな。先生たちと…」
講堂の片付けを手伝いながら、寂しそうに呟くマリ。その言葉に、椅子運びや雑巾がけをする卒業生たちが無言で頷きます。卒業式のままの講堂の片づけを、自ら申し出た卒業生たち。先生たちと一緒に、作業を続けていきます。
「そうだな、最後に伝えたかったよ。お礼の言葉とか」
溜息をついたカズに、妙案を思いつき耳打ちするヒロ。大きく頷いたヒロが、周りを気にしながらタカに…。伝言ゲームが次々と続きます。
そおっと講堂を出ていくヒロ。直ぐに戻ったヒロに続いて、ジュンが同じ行動をとります。繰り返される子どもたちの行動に、全く気付かない渡来先生。
最後のタケシが戻った頃、全ての作業が終わりました。帰宅していく卒業生たちを、正門まで見送る渡来先生。去り難い気持ちで暫く佇んでいると、ハンカチ片手に鬼塚先生が近づいてきました。そして、昂った声で訴えます。
「教室に行ってみろ。あいつら、あいつら…」
驚いて教室に駆け戻ると、廊下で神崎先生が泣いていました。急いで教室に飛び込むと…。メッセージが、黒板全面に書かれていました。
「もっと担任してほしかった」
「先生のお陰で前向きになれた」
「最高の担任でした」
「先生の様な教師を目指すよ」
「嫌だ、卒業したくない!」
『い、いつの間に、こんなメッセージを…』
一つ一つを食い入るように眺めていると、次第に黒板がぼやけてきました。涙が溢れ出し、止まらなくなり…、渡来先生は声をあげて泣き始めました。心に空いた大きな穴、その喪失感に翻弄され続けます。暫く泣き続けた後、傍らに大河内先生が立っていることに気づきました。
「私も大泣きしたぞ、初めての卒業式の時に…」
涙に濡れた顔の渡来先生に、言葉をかけます。
「こんなに感動できる仕事なんだ。教師って職業はな…。だから少々辛くても辞められない。…私も次の赴任校、課題の多い学校でよりよい学級、学校づくりに取り組むよ。共に頑張ろう」
「私も教師になり、この感動を体験したいです」
教室に入ってきた神崎先生が、決意を表します。…渡来先生の心に、新たな思いが生まれてきました。涙を拭って、それを言葉にします。
「この3年間、教師の在り方や魅力を学びました。何よりも、子どもたちから『トライだ先生』という素晴らしいニックネームをもらいました。それは経験を活かし、失敗を乗り越え、子どもたちのためにトライする教師なんです。だから私はトライだ先生として、次も、その次も最高の学級を目指します。トライし続けるんです!」・・・ポイント2
そう言い切り、もう一度ラストメッセージを見つめる渡来先生。教え子たちの温かな励ましが、先生の背中をギュウッと押していました。
ポイント2【教師の在り方とは】
学生や新任の頃は、誰もが「教師とは」についてよく考えます。しかし年月を経れば、厳しい現実が理想を駆逐していく場合が少なくありません。自分はどんな教師を目指しているのか。その達成度と理想にどう近づくのか等は、自己教育として保ち続けたいものです。自分への様々な評価に真摯に向き合い、「理想の教師像」に少しでも近づく気持ちと実行力。それだけは、何歳になっても失いたくないものですね。
「4年3組学級経営物語」から始まった本連載企画。卒業をもって、お話は幕を閉じます。長い間、応援ありがとうございました。
そして……気になるあの人のその後のエピソードにつながるファイナルストーリーを次回お届けいたします。お楽しみに。