通常学級の発達障害児の「学び」を、どう保障するか~単行本記念特別インタビュー第1回~

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発達障害児の「学び」を学校と家庭と地域とが手を携えてどのように支え、環境を作っていくかということが今、重要になっています。
この度、単行本【 通常学級の発達障害児の「学び」を、どう保障するか~学校・家庭・福祉のトライアングル・プロジェクト〜 】の上梓を記念して、執筆された前文部科学省特別支援教育調査官である田中裕一さんに発達障害の支援についていろいろなことをお伺いしました。3回に分けてインタビューを紹介します。

※本記事は、全3回連載の第1回目です。

発達障害児の学びの田中裕一先生インタビュートップ写真

子どもの学びを充実させるには、教育と家庭、福祉との連携が重要

――『通常学級の発達障害児の「学び」を、どう保障するか』の本を執筆された背景を教えてください。

田中 大学卒業後、社会人野球をやっていて、そのあとに就職した福祉施設での経験が大きく影響しています。私が27歳頃のことで20歳も30歳も年上の障害の人たちと一緒に働いていました。その人たちのなかには50代や60歳を超えている人もいらっしゃいました。そこの施設長は福祉と教育とが手をつなぐことが大切だと常に言われていました。つまり障害者が学校在学中から福祉と教育とが手をつなぐことが重要だという考えでした。私もその当時は福祉側に立っていてそのように感じていました。

それが大本になっていて、特別支援学校、教育委員会と勤務して、その後、文部科学省に行きましたので、教育側に立ったとき、福祉と教育とが柔軟に手をつなぐことができないかと再び思いました。同じ時期、厚生労働省の専門官も同じように考えていたのです。そのようなときに、当時の丹羽秀樹文部科学副大臣と高木美智代厚生労働副大臣が、教育と家庭と福祉が連携することが重要だという共通理解があって、「トライアングル・プロジェクト」が動き出したのです。

――田中先生は、文部科学省時代、年間どれくらい全国を回っていらっしゃいましたか。

田中 年間、250日程は全国あちらこちらに行っていました。それは、障害のある子のことを考えてくださっている学校だけではなく、福祉の現場、医療の現場、労働関係の現場など発達障害の人を今支えてくれている人のところに訪問に行き、現状や考え、今後の見通し、特別支援教育に対する要望などの情報を得るようにしました。それをヒントにしながら、政策に反映できるとよいと思っていたのです。その中には、講演する場合もありましたが、情報交換だけということもありました。

6年間あちこちへ話を聞きに行きましたが、もっともっとたくさんの声を聞きながら進めていく必要があると思っています。話を聞かないでわかるのでしたら、私が文部科学省へ入省する前にいろいろなことが解決していたと思うのです。聞けば聞くほど、いろんな話があり、ケースが違います。100聞いてわからないことでも、1000聞いたらわかる可能性があるのです。

学校にもよく呼ばれましたが、あちこちに顔を出していることもあってか、作業療法士さんや心理士さん、言語聴覚士さんなどの会や福祉の関係、放課後等デイサービスの人など教育以外の施設から、学校のことを教えてほしいと声をかけられることが増えました。そのような、学校外の人たちが教育のことを知りたいと言ってくれるようになったのは非常にうれしいことです。

――通常学級に発達障害のある子どもの数はどれくらいでしょうか。田中先生が全国を回られていたときには、この質問がとても多かったそうですが。

田中  通常学級に発達障害児がどれくらいいるかという数字については、「わからない」というのが正直な答えです。実際に発達障害があるお子さんで診断があっても学校に伝えていない場合もありますし、診断がなくても受診すれば発達障害と診断されるお子さんもいらっしゃいます。手帳を持っている人の数はわかりますが、持っていない人で発達障害のある方の数はわかりません。

ただし、そのヒントとなる数字が平成14年と平成24年の文部科学省の調査の中で出てきます。それは、6.3%と6.5%という数字です。これは、学校の先生が勉強や友達関係で困っている子がいるかという複数の質問に答えた数字で、少なくとも、学校の先生がそう感じている子どもが学校にいるということです。発達障害という診断はされていないかもしれませんが、先生が大変気にしている子がいるという数字です。

21年度の文部科学省の予算の中にこの調査の検討のための予算が組み込まれていましたので、近いうちに調査の結果が出てくると思われます。

――実際はもっと多いと思われますか。それとも少ないと思われますか。

田中 発達障害のある子と言われるとわかりませんが、学校で困っている子どもの数は恐らくもっと多いのではないかと思います。子どもが困っているが、先生が気づいていないというケースがたぶんあります。特にLDのある子は気づきにくいのです。勉強ができないと見られている子どものなかには、努力していない子と努力してもできない子の2通りいます。

先生は努力していることが見えてできない子は「たいへんだ」と思ってくれますが、努力していなさそうに見えると「努力不足だ」と判断して、困っている子どもとは判断されません。また、頑張っているところを大人に見せるのが恥ずかしいという子もいるでしょう。

今回の調査も方法が大きく変わらないのであれば、同じように6%台だと思います。もっと大きな数字が出れば、先生が気づきはじめたということかと思います。

――LDの傾向がある子どもは努力していないように見えるのでしょうか。

田中 もちろん、LDだけではありません。ADHDの不注意型の子もきちんと聞いていないように見えるので、一概にLDだけというわけではありませんが、特に多いように見受けられます。LDで聞き取りの弱い子は、大人に言われた頑張りではない頑張りをしている子もいるでしょう。そういう子は頑張っているように見てもらえないのです。

また、先生に言われても自分のやりかたがこだわりになっていてやめられない子もいます。努力の方向性が間違っているから「もっとちゃんとしなさい」ということになり、その子が困っているようには見てもらえない場合があります。

――発達障害のある子どもの範囲を教えてください。

田中 発達障害の範囲については、医療での範囲があります。それは医師が診断して決めます。LDについては、医療と教育でその範囲に大きな差があり、教育では診断よりも広く考えています。教育現場には、診断がないけれども困っている子はたくさんいるわけです。発達障害の範疇かどうかは別として、学校教育では学びに困っている子どもは支援しないといけない子どもたちに入ってきます。

診断がないけど、学校で判断するLDがあります。その子どもたちは診断のある子どもと別ということでなく、診断されている子の地続きの上にいます。ですので、診断がある子の支援は、診断はないが学校で読み書きに困っている子に活用できると思います。

講演では、範囲も数もよく質問に挙がりますが、「教育は医者や福祉サービスの範囲と違います。障害があってもなくても、学びに困っている子どもの学びを保障するのが学校の仕事です」ということをお伝えしていました。教育のほうが範囲は広くなります。

――ほかにどのような質問が多いのですか。

田中 教育関係者からよくある質問は、「先生の仕事って、どこまですればよいの?」ということです。それに対して、「教員というのは、専門家ですよね」という話をします。教育の専門家というのは、子どもたち全員がわかるように授業にするのが第一。そのためにいろいろなことを知らないといけません。それは、目の前の子どもたちによって変わるので、それを勉強してほしいということです。

できないことはできないと言うのも専門家の役割です。それは、ただ「できない」と言うのではなく、これはなぜできないのかという理由をルールに基づいて説明することが大切です。

教員は、「わかりました」と言ってしまうことが往々にしてあります。「それは学校の仕事ではないですよ。学習指導要領にこう書いてあるので、やろうと思ってもできないのですよ」ということや「その仕事は福祉の仕事なので、福祉につなぎます。福祉と一緒に話しませんか」というように、他の人につなぐことも重要です。一般的に、教員は何でもする人のように思われがちですが、教員は教育の専門家です。「それは教員の仕事ではありません」と根拠を示して言うことが大切です。

もう一つ言うと、常にリバイスをかける、見直していくことが重要です。昨年40人学級ですごくいい学級ができた、よい授業ができていたとします。昨年と同じ方法で今年行っても子どもが違うためにうまくいかないかもしれません。40人だったのが、1人だれかが入れ替わった、1人抜けて39人になったということでもまた違ってきます。しかし、昨年の方法が無駄かというと無駄ではありません。一部は使えます。先生は、授業も学級経営も常にリバイスをかけ、よりベターな方法を常に見つけていくことが、教育のプロと言えるでしょう。教員の仕事に終わりはないのかもしれません。だからプロなのです。

――発達障害のある子どもに対して、田中先生は「誤解がある」とおっしゃっていますが、どのような誤解があると思われますか。

田中 脳の機能障害という話は一般的に広がっていると感じますが、自閉症と診断があれば、「こういう子ね」というように、診断名や障害名がその子を規定してしまっているかのように思うときがあります。例えば、自閉症の田中くんという診断がついた瞬間に「これはこだわりね」みたいに見られることがあるのですが、診断名は、その子の一部がわかったというだけです。好き嫌いがあるし、長所短所もあります。診断がついた瞬間にその好き嫌いや長所短所が抜け落ちるように思います。同じ診断名でも、その子に個性があることを忘れてはいけません。

また、診断がこれだから、こういう合理的配慮をするというイコールにはなりません。子どもを見て、その子がどうすれば一番学べるかということを考えることが重要です。これは親の会でもよくあることです。自分のお子さんでうまくいった方法があると、その方法を他の人にしゃべります。それを聞いた人はうちの子もその方法を使いたいと思います。しかし、うちの子と隣の子は違うわけです。ディスレクシアだから、パソコンでノートテイクということにはなりません。

診断というのはカテゴリーなので、当然一定の特徴があるのですが、まったく同じというわけではありません。ディスレクシアの状況も違う場合がありますが、鉄道好きのディスレクシアとか、ドラえもん好きのディスレクシアとか。ディスレクシアという点では重なっているけれど、その他の部分は重なっていないのです。

――同じ診断でも人によって違うのですね。

田中 そうです。それも微妙に違います。聴覚の過敏の人でも高い音が苦手とか、雑踏みたいな音が苦手、消しゴムの消す音が気になって勉強できないといったことがあります。例えば、こんなことがありました。シャープペンシルの芯をカチャカチャ鳴らす音が気になるという子が2人いました。

1人はそれが見えていたら大丈夫ですが、もう1人は見えていたら気になって、見えていないと安心するというのです。見えていると安心する子は、一番後ろの席に座ることが配慮になるかもしれませんし、見えていなかったら安心するという子は一番前の席に座ることが配慮になるかもしれません。それは本人に聞かないとわからないことです。経験則だけでは計り知れないことがあるのです。

プロフィール
田中 裕一  前文部科学省特別支援教育調査官
1970年生まれ。兵庫教育大学大学院特別支援教育コーディネーターコース修了。企業の社会人野球チームに所属した後、兵庫県内の知的障害者施設、県立特別支援学校(知的障害)に勤務。2014年から文部科学省に勤務。文部科学省初等中等教育局特別支援教育課特別支援教育調査官を歴任後、2020年、兵庫県教育委員会に戻り、特別支援教育課副課長。

〈第2回に続く〉

※本記事は、全3回連載の第1回目です。

第2回目の記事「校長を巻き込んでオールスクールに!」はこちらから

第3回目の記事「目的を意識しよう」はこちらから

取材・文・撮影・構成/浅原孝子

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通常学級の
発達障害児の「学び」を、どう保障するか
〜学校・家庭・福祉のトライアングル・プロジェクト〜

通常学級の
発達障害児の「学び」を、どう保障するか

〜学校・家庭・福祉のトライアングル・プロジェクト〜

障害を支える考え方や子どもの学びを支える事例、子どもと一緒に学びを作る事例など学校、家庭、福祉の連携で子どもをどのように支え、どうすれば「学び」の保障ができるかが紹介されています。発達障害児を持つ保護者、教育関係者、教師が知っておきたい内容が満載です。

四六判 208ページ
ISBN978-4-09-840213-7

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