自由進度学習をフル活用する【あたらしい学校を創造する#15】

連載
あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員・蓑手章吾の学校づくり
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HILLOCK初等部スクールディレクター

蓑手章吾

先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。今回は、自由進度学習だからこそ可能になる学習の進め方についてのお話しです。

育むべき「学力」について考える【あたらしい学校を創造する 第14回】

8割をねらう課題を自ら立てる

前回お話ししたように、ヒロック初等部では、探究のストラテジー獲得に向けてカリキュラムを構成していこうと計画しています。その中心にあるのが自由進度学習です。今回は、探究のストラテジー獲得という観点から、自由進度学習の特徴と利点についてお話したいと思います。

自由進度学習では、自分でめあてを立て、行動を振り返るということを繰り返していきます。

めあてを立てるということは、どのレベルの問題ならできるか、決められた時間に自分がどれだけできるか、どのようにやればできるかなどを、自分自身に問うという行為から始まります。つまり「問う」→「仮説を立てる」→「行動する」→「観察する」という探究のストラテジーが自然と展開されていきます。

よく僕は子供たちに、「10割できることをやっても意味がない。それは既に知っていたということだから。でも5割しかできないことをやるのはしんどい。レベルが高すぎるから。だから、8割くらいを目指そう」と伝えています。認知科学で「ゴルディロックスの原理」というのがあり、「85%を達成できるような課題に取り組むことが最も効率的な学習である」とされていますが、僕の経験でも8割くらいをねらう課題を立てられるとよいと感じています。

ヒロックでの子供の様子

もちろん子供たちにとって「8割をねらう」というのは、最初は感覚としてつかみにくいかもしれません。しかし、回数をこなすうちに、8割程度をクリアできるようなめあての立て方がだんだんできるようになります。めあてを自分で選ぶのがうまくなってくるんです。自分の能力を正確に理解する力が、自然とついてきます。

「今日はこの単元をやる」とか、「今日はここまでやって、明日はここまでやる」というようにめあてを立てられるようになってくるのは、自由進度学習の効果のひとつです。めあてを立てられるようになると、「観察」(振り返り)の内容も変わってきます。自分がやってきた行動を内省しながら、次にどういうめあてを立てればいいんだろうと考えるようになります。

自分はどのように学習を進めるべきなのか。個人で学習するほうがいいのか、誰かと一緒に学習するほうがいいのか。たとえば「音楽を聴きながら学習してみたら、気持ちは上向いたけれど、結果としてぜんぜん学習が進まなかった」となれば、「じゃあ今度は音楽を聴かないで学習してみよう」と考えるようになります。

できたかどうかのフィードバックが自分でわかりやすいというのも、自由進度学習のよさです。自分は何ができ、何ができていないのか。手応えがあったのか、なかったのか。こういうことは、学校の一斉授業で勉強しているとわかりにくいことです。ずっと座って学習して「できた」と思ってテストを受けたらぜんぜんできなかったとか、聞いてもわからないから勉強を諦めようとかいう子が出てきてしまう原因ですね。

子供に学習の裁量権を与える

一般的な学校では、子供に課題の選択権はありません。授業の時間割は自分で動かしようがない。宿題も自分で変えようがない。子供に学習を選ぶ余地はほとんどありません。しかし自由進度学習では、やってみて無理であれば、自分で課題のレベルや量を落とせばいい。自分の学習や課題に対して裁量権があるから、できなくてもぜんぜん構わないのです。

学習レベルや課題を自分で選べることによって、探究のストラテジーが回りやすくなります。自分で試して、自分で動くから、リフレクションをすることができます。自分は次にどうすればいいかと考える余地があるからです。つまり「戦略が立つ」ようになるのです。

自分にとって簡単すぎる、あるいは難しすぎるめあてを立て続ける子がいたら、教員である僕らシェルパ(ヒマラヤ登山のガイドを意味する言葉。ヒロックでは教師をこう呼んでいる)が寄り添います。「自分はできるはずと思っていたけれど、5割しかできなかった」という場合には、まずその子が結果を受け止めるように促します。そして、間違えた5割の中のどこに原因があるのかを本人が見つけることができなければ、一緒に探ります。

例えば、「かけ算を間違えているから5割しかできなかった」のなら、「九九の七の段ができていないのが原因だね」というように、子供とシェルパが一緒に原因を見取っていく必要があります。やはり子供の分析力には限界がありますから、「じゃあ、九九を勉強し直そうか」とシェルパがコーディネートすることになります。僕が公立校で自由進度学習をしていたときも、そうすることで子供が課題を乗り越えていくという実感がありました。学習結果の分析に関しては、わりとマンツーマンに近い形で行うことになります。

間違いは伸びしろ、間違いは宝物

公立小学校にいたときに思っていたことですが、子供たちは、正解か不正解かということだけに集中しがちです。それしか興味がない。100点とれたら、「やった! 自分はできた」となり、70点だったら、「ダメだ。自分はバカだ」となる。失敗したことに向き合えない子や、間違えるのは自分に欠陥があるからだと思う子が多いのです。でもそれは結局、授業やテストで難易度を選べないからそうなっているだけなんじゃないかと思います。

僕は子供たちに「間違いは宝物だ」と話しています。間違えた分がその子の伸びしろになるからです。8割正解できたということは、2割間違えたということ。その2割の間違い(=宝物)を見つけるために学習しているといっても、過言ではありません。2割が見つかったというのは最高なことです。5割では間違いが見つかりすぎで、0割では間違いが見つからないわけですから、めあての立て方を失敗したということです。100点をとって褒められて満足する余裕があったら、もっとレベルの高いことをしないといけない。「わかっていることを確認するだけでは、時間がもったいない」と子供は考えるようになります。

問題に正解するよりも、間違いを分析する力のほうが大事なのです。僕たちシェルパは、子供が失敗したり間違えたりしたときに、「なぜ間違えたのだろう」と寄り添います。そうすると、子供はその場では「もう嫌だ」「もう最悪」といった反応を起こしがちですが、僕は「いや、最高じゃん」と語りかけます。一緒に子供の失敗の原因を紐解いてあげることによって、子供自身の力で次の課題へと進み、昨日より今日、今日より明日、できることが増えるようになるという実感を得られるようにします。学習というのは、本来このような成長の実感を得るためにするものであるはずなのです。

次回は、学校にとっての最大のステークホルダーである「保護者」との関係性についてお話しします。〈続く〉

蓑手章吾

蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。

連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック⇒
第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
第4回「多数決に代わる『どうしても制度』とは」
第5回「自分たちのスクール憲法をつくる!」
第6回「スクール憲法の条文づくり」
第7回「教師と子供をどう呼ぶべきか」
第8回「模擬クラスで一日の流れを試す」
第9回「学年の区切りを取り払う」
第10回「学習のロードマップをつくる」
第11回「教科の壁を取り払う」
第12回「技能の免許制を導入する」
第13回「カリキュラムの全体像を設計する」
第14回「育むべき『学力』について考える」

※蓑手章吾先生へのメッセージを募集しております。 学校づくりについて蓑手先生に聞いてみたいこと、テーマとして取り上げてほしいこと等ありましたら下記フォームよりお寄せください。
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取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK

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