学年の区切りを取り払う【あたらしい学校を創造する #9】
先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。今回は、無学年制についてのお話しです。
目次
あえて学年を聞かない
ヒロック初等部では、どんな授業が行われるのですか? そんな質問をいただく日々が続いています。そこで今回からは、ヒロック初等部で実践していきたい授業の試みについて、何回かに分けて述べてみたいと思います。まず今回は、無学年制についてです。
前回お話しした模擬クラスは、すでにヒロック幼稚部に在籍する内部生の子供たちが対象でしたが、それと並行して、ヒロック初等部に入学を考えている外部の子供たちを対象にした模擬クラスを行いました。
内部生対象の模擬クラスでは子供たちは互いに顔見知りでしたが、外部生対象の模擬クラスでは子供たちは初対面です。集まった子供たちは、年長組から小学1・2年生までと幅がありましたが、子供たちには年齢も学年も知らせず、あえて僕らから「何年生?」と聞くこともしませんでした。
はじめは緊張していた子供たちでしたが、すぐに打ち解けた様子で遊び始めました。そしてようやく1日も後半になってから、子供たちの間で、
「何年生なの?」
「え? 2年生なの?」
などという会話が聞こえてきました。子供たちは年齢や学年の差など意識することなく仲良くなれるということを、改めて感じました。
一般的な小学校では、学年で子供を分けるだけでなく、「きみは小1だから」とか「きみたちは最高学年」とか、教師が子供たちに学年を意識させることが多くあります。そして子供たちは良くも悪くも、自分たちは学年で分けられている、学年には上下がある、何年生の自分はこうあらねばらない、といった思い込みが強くなりがちです。
模擬クラスの子供たちを見ていて、小学校にたった1年かそこら通っただけで、そういった先入観みたいなものができるのだということを感じました。そして、あえて僕らが「きみは何年生?」と聞かずにいたことはよかったのだと確信しました。もしそういう言葉を口にしていたら、おそらく「おまえ、1年生だろ」「自分は年下だから……」というような意識が子供たちに出てくる可能性があったと思います。
学年意識の弊害
学年を意識することは、私がヒロック初等部で実践していきたい「自由進度学習」にとっては阻害要因だと思っています。「何年生なのだからこれぐらいできて当たり前だ」とか「何年生のくせに何でこんなことできないんだ」とか、そんなレッテル貼りは学習にとって余計なものです。
どの学校のどの学級でも、塾に行っている子の学習進度はもちろん早いでしょうし、ゆっくり学んでいく子もいるでしょう。日本の場合には、中学や高校に行っても、1つ年齢が違うと先輩と後輩の間で敬語を使わなければいけないといった傾向が強いけれど、そういう文化はもっと柔軟でいいのではないかと思っています。学びというのは、そのときの自分からその次の自分への「一歩」があるだけです。
先述したとおり、小学校では子供たちを学年で区切ります。ある学年には4月生まれと3月生まれがいるので、ほぼ1歳違う子がいるわけです。それだけでなく、発達のスピードもそれぞれ異なります。するとどうなるか。極端にいえば、早生まれの3月に生まれた子は、同じ集団の中で、「いつもビリだな」「おまえはダメだな」というような扱いを受けがちです。一方、その子の1か月後に生まれた4月生まれの子は、ひとつ下の学年で「なんか、すごいね」と周りから一目置かれる扱いを受けます。
たったひと月の差で、集団からの扱われ方がガラッと変わるという構図があるのです。早生まれのアスリートが少ないというデータもありますが、学年集団における劣等感を感じ続けるということが関係するのかもしれません。
生まれた早さで区切ることは、どちらかというと悪いほうに傾くことが多いという印象が私にはあります。だからヒロック初等部は、少人数制だけれど学年制をとらず、縦割りにして子供たちを全員一律に扱っていきます。2年生の3月生まれと、1年生の4月生まれが、同じ学びの空間にいることになります。2年生が1年生を教えるかもしれないし、もしかしたら逆になるかもしれない。そんなことを、実現させたいと思っています。
次回は、学習をロードマップにして子供たちに見せることについて述べていきます。 〈続く〉
蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。
連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック⇒
第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
第4回「多数決に代わる『どうしても制度』とは」
第5回「自分たちのスクール憲法をつくる!」
第6回「スクール憲法の条文づくり」
第7回「教師と子供をどう呼ぶべきか」
第8回「模擬クラスで一日の流れを試す」
取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK