安心・安全な場所を保障するリスタートマニュアル①「最初の3日間 指導のポイント」
例年とは違う今年の夏休み。夏休み明けの学級リスタートは、どんなところに注意しながら行うべきでしょうか? 3部構成で、それぞれ経験豊かな教員が指南します。
ここでは「学級経営」に視点を当てておおくりします。
執筆/新潟大学附属長岡小学校教諭・畠山明大
目次
自販機から見える学級経営
突然ですが、下にある自動販売機を見て、「おかしいな」と思うところを探してください。
いかがでしょうか。極端に安価な飲み物にはすぐに気付きます。そして同じお茶なのに値段が違うことにも気付いたことでしょう。
自動販売機の傷やへこみ、故障などの大きな変化はすぐに分かります。それは学級経営も同じです。教師は学級全体を俯瞰して、落ち着きがない、雰囲気が悪いことを容易に感じ取ります。そして、安価な飲み物や他と比べて値段がおかしい飲み物のように、明らかに表情が暗い子や落ち着きがない子など、いわゆる「目立つ子」も見付けます。
学級経営を自動販売機で例えるのはおかしいかもしれませんが、構造は一緒です。学級経営は言葉の通り、「学級」を一つのまとまりとして経営することです。そして、「集団」や「チーム」という言葉がよく使用されるように、「全体」というイメージが強いものです。一方で、構成員である子供たち一人ひとりを「個」として見ることも疎かにできません。自動販売機全体も見つつ、その中の飲み物もよく見るということです。つまり、「全体」と「個」の両方を見てこその学級経営です。
「個を見る」の誤解
では、「一人ひとりの子供をていねいに見ている」でしょうか? 具体的にどのように見ればよいのでしょう。実は最初のイラストには、もう一つおかしなところがあるのです。お分かりですか? 「あっかた〜い」となっています。思い込みで「あったか〜い」と読んでしまった方も多いでしょう。これも夏休み明けの学級経営で気を付けたいことです。
まずは教師の先入観を捨てる
私たちは夏休み前までの様子から、「あの子は、こういう子」とどこかで思い込んでいるところがあります。さらに、これまでの教師経験から、「一年生ってこんな感じ」「二年生ならこれくらい当然」という自分の物差しをもっています。経験はプラスに働く一方で、先入観というマイナスになる場合もあります。一度、思い込みを捨てて、一人ひとりを見直すこと。これが夏休み明け最大のポイントと言っても言い過ぎではありません。
ところで、「個を見る」と言ったとき、何をどのように見ればよいのでしょう。例えば、次のようなことでしょうか。
目に見えて分かる変化
・夏休みの生活が目に浮かぶダラダラ態度
・昼夜逆転の寝不足な表情
・テレビ、ネットの影響? 言葉遣い
・暴飲暴食? 急激な体形の変化
・登校渋り、不登校
明らかな外見の変化を見ることは大切です。先ほどの自動販売機の話然り、むしろ見ようとしなくても目に入ってきます。こうした外見から分かることに加えて重要なのが、見えない内面を見るということです。
低学年の子供たちの多くは、元気いっぱいに笑顔で先生方に近寄ってくるでしょう。そして、「先生、あのね!」「夏休みにね!」といろいろなことを教えてくれることでしょう。
また、何か心配なことがあれば表情が暗くなったり、泣いたりすることで、私たちにメッセージを送ってくれます。ですが、もし表情や態度には出さないけれども、夏休み明けの学校生活に不安や悩みをもっている子がいたらどうでしょう。見た目からは分からないその子は、誰からも気付いてもらえず、我慢し続けるしかないのでしょうか。「個を見る」とは、決して外見の変化だけを見ることではありません。子供たちの内面を引き出してこそ、本当の「個を見る」ということです。外見だけで「個を見た」とするのは不十分だと言えそうです。
おしゃべりで笑顔に
内面を引き出す簡単な方法があります。「おしゃべり」です。朝のちょっとした時間や休み時間などに何気ない話で楽しむ、たったそれだけです。おしゃべりするときの距離や体の向きなどに配慮しつつ、とにかくできるだけ多くの子とおしゃべりを楽しみます。
そもそも冗談を言ったり、好きなものの話をしたりするだけで、子供との心理的な距離がグンと縮まります。「先生とおしゃべりすると楽しい」「先生と話すと心がすっとする」という積み重ねが信頼関係をつくります。そうすることで、「先生に話を聞いてもらいたい」と内面を話すようになるのです。
「そんなことは毎日している」と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、子供たちの内面を効果的に引き出すコツがあるので紹介します。
①自己開示と②話題、この二つです。
①お返しを期待する自己開示
子供たちが思っていることを話してくれるようにするには、先生方自身も自分のことを話すようにします。簡単に言えば自分のことを相手に伝えるということです。これを自己開示と言います。この自己開示には、自分が受けたことと同程度の自己開示が戻ってくるという「お返し(返報性)」の効果があります。つまり、「先生がそこまで話すなら、私も……」といった具合です。
先生「先生ね、昨日テレビで〇〇っていうアニメを見たんだけど」
子供「あっ! 先生、私も見た見た!」
ただし、子供が暗くなってしまうような悲しいものや、返答に困ってしまう話題がNGなことは言うまでもありません。おしゃべりが盛り上がる自己開示を心がけましょう。
②興味を引く話題
おしゃべりの話題についてもコツがあります。それは、子供たちがノッてきそうな話題を選ぶことです。先生が好きな話題でおしゃべりするのではなく、子供たちが好きなことを話題にするのです。もしアニメが好きな子がいるなら、先生もそのアニメを見てみます。はやっているゲームがあるなら、先生もやってみます。そうやって子供が好きなことで共通の話題をつくります。子供によって当然、好きなものは異なりますから、クラスに30人いれば30通りのおしゃべりをします。
子供たちがどんなことに興味をもっているのかを知るためには、個をよく見なければなりません。低学年の子供たちは、特に自分が好きなことや興味をもっていることなどを話すときは笑顔で嬉しそうに話してくれます。
私たちが当たり前のように国語や算数の教材研究をするように、学級経営の視点で考えれば、これだって立派な教材研究と言えるのではないでしょうか。
焦らず、心穏やかに
学校行事の延期や中止など教育課程の変更、活動制限のかかる学校生活、ICT活用やプリント学習といった学習スタイルの変化、家庭での学習時間増など、4月から子供たちが経験した変化は挙げればきりがありません。いつもと状況が異なる今年の夏休み明けは、いつも以上に子供たちをていねいに見る必要があります。そして、安心して楽しく学校生活が送れることに全力を注ぎます。
①リスタートは、笑顔を増やす3日間
例年ならば当然と思うことも、一度立ち止まって考えてみてください。
・夏休みの思い出発表会
・夏休みの課題をしていないことへの注意
・課題の回収、お便りの配付。そして下校
・進度が気になって、すぐに授業再開
子供たちは夏休みをどのように過ごしたのでしょうか。旅行やイベント事はできずとも、それなりに楽しい思い出ができたのでしょうか。子供たちの家庭での生活は、課題を十分にできるような環境だったのでしょうか。
今、改めて思うことは、子供たちがいるから学校なのだということです。子供たちがいなければ、どんなに楽しくて、質が高い活動を計画しても教育活動は成り立たないのです。ですから、そんなに焦らない。夏休み明けのリスタートは、短距離走のようなスタートダッシュをしなくてもよいのです。
②ダッシュよりマラソン
年度末のゴールまで、じっくりゆっくり進みましょう。
先生方は子供の学校生活が再開する数日前から準備を始めます。この間、忘れかけていた学校生活のリズムを取り戻し、心身ともに「学校生活モード」へと切り替わります。一方、子供たちは、いきなり「学校生活モード」への切り替えを求められるわけです。
先生方の張り切る気持ちや、ご自身の不安な気持ちも十分理解できます。ですが、ドタバタや焦りは無用なイライラやミスを誘発させてしまいます。
まずは初日、全員が学校に来られただけでOK。「みんなよく来たね」と笑顔で迎えてあげます。先生方の笑顔が何よりも子供たちに安心を与えることでしょう。
私たち教師にとっても先行き不透明で、どうすればよいか手探りの状況だと思います。子供たちが予想以上にストレスを抱えている可能性も考えられます。だからこそ、個をよく見て内面を引き出し、意図的に笑顔をつくり出すことが重要ではないでしょうか。
イラスト/コダシマアコ
『教育技術 小一小ニ』2020年9月号より