DV父親と職員室での攻防【5年3組学級経営物語10】
通称「トライだ先生」こと、2年目教師・渡来勉先生の学級経営ストーリー。今回は、DV(家庭内暴力)をめぐるトラブル対応です。
DVの父親が娘のユキを連れ帰ろうと、職員室に乗り込んできて…。粗暴な父親に、5年の先生たちはどう対応するのか!?
さあ、子どもたちの明るい未来のために、DV対応にレッツ トライだ!
文/大和大学教育学部准教授・濱川昌人
絵/伊原シゲカツ
8月②「DV対応」にレッツトライだ!
目次
<登場人物>
トライだ先生(渡来勉/わたらいつとむ)
教職2年目の5年3組担任。 真面目で子ども好きの一直線なタイプ。どんなことでも「トライだ!」のかけ声で乗り越えようとするところから、「トライだ先生」とあだ名が付く。トラブルに見舞われることが多く、学級経営の悩みが尽きない。特技は「トライだ弁当」づくり。
しずか先生(高杉静/たかすぎしずか)
5年1組担任で、今年はじめて学年主任に抜擢された、教職10年目の中堅女性教諭。ベテラン教諭に引けを取らないリーダーシップぶりは、剣道五段の腕前に依るところも。産休明けで、子育てと仕事の両立に日々奮戦中。
オニセン(鬼塚学/おにづかまなぶ)
教職生活4年目の5年2組担任。祖父と父が有名校長で母も教師という教育一家出身。イケメンでなおかつ優秀な成績で教育大学を卒業したという、典型的な〝オレ様〞タイプの教師。しかし、昨年度、学級内のトラブルに十分対応できず、再び5年担任を任じられたという経緯をもつ。
DVは真実か作り話か…
「た、高杉先生。大丈夫ですか、娘さんは?」
渡来先生に頷き、父親と向き合う高杉先生。
「担任の高杉です。不在で大変失礼しました」
ソファに座り、父親に着席を促します。ドスンと腰を降ろし、皆に鋭い視線を向ける父親。
言葉を噛みしめながら、話を始める高杉先生。
「今日は娘の看病で…。学校からの連絡で駆け付けて、ずっとユキさんと話をしていました」
不愉快そうな父親に、はっきり告げました。
「あなたが怖い、会いたくないと言っています」
「そんなのユキの作り話だ…。俺は父親だぞ!」
鬼塚先生は高杉先生をチラリと見て頷くと、怒る父親にデジカメ画像を見せました。…ポイント1
「あなたに殴られた痕だ、と聞きましたが…」
背中や脇腹に、蒼黒いあざが点々とついています。再びテーブルを叩き、頭を掻きむしる父親。
「それは、ユキの不注意が原因だ。疑うのか!」
両手で顔を覆う父親に、問いかける渡来先生。
「体罰は教育、そう言われました。違いますか」
「…そんな意味で言った訳じゃない。誤解だ!」
「こんな酷いあざがあるのに、どうして病院に行かなかったのですか。…正直にお答えください」
高杉先生が、真剣な表情で父親に迫ります。
「子育てが大変なこと、私にも分かりますが…」
「そんな話はもう沢山だ。直ぐにユキを返せ!」
親同士の会話を、わずらわしそうにはね退ける父親。
ポイント1【証拠の確保】
DV被害者は、衣服に隠れた部位に傷やあざを負っている場合が多く、時間の経過と共に消えていきます。被害を発見した場合、本人の同意を得たうえで写真に記録しておく必要があります。被害者が女児の場合は、女性教員が対応します。また、被害の記録は複数で収集、吟味していくことで客観性が増します。それらの蓄積が、加害を暴く際に効果を発揮するのです。
暴かれたDV!
「本人の意思です。娘さん、…ユキは渡せない」
達観して言い放つ高杉先生。立ち上がった父親の顔面が、だんだん蒼白になっていきます。
「自然体験学習…、本人は行きたかった。けれど家事をさせるために休ませた。…違いますか」
「な、何を証拠に…。名誉棄損で訴えるぞ!」
動揺する父親に、さらに事実を突きつけます。
「殴られ蹴られて、父親に酷使される日々。…そんな地獄に、ユキを戻すことはできないな」
「誤解だ、暴力などふるっていない。俺は…」
鬼塚先生が、ポケットからICレコーダーを取り出して父親に見せながら言いました。
「『痛い目にあわなければ、子どもはまともに育たない』。発言は全部録音しています、ここに…」…ポイント2
じっと見返す瞳に、狂気が宿っていました。鬼の形相で廊下に飛び出す父親、咄嗟に追いすがる渡来先生。しかし簡単に払いのけられ、壁に衝突。備品の防犯用のサスマタと共に、転倒しました。
「ユキは転校だ。力づくでも取り戻すぞ!」
父親はそう叫び、サスマタを拾い大きく振りました。周囲を威嚇し、歩き出す父親。しかし想定外の出来事に、その歩みは止まりました。高杉先生が、父親にゆっくり近づいていったのです。
DV親父 vs 高杉先生!
「前の学校でも同じことを…、だが暴力では何一つ解決しない。担任としてこんな事は許さん」
「俺の娘だ。…どうしようとオレの自由だ!」
距離を縮める高杉先生、激しく動揺する父親。
「俺は本気だ。それ以上近づくと知らんぞ!」
その言葉を無視して、右手を伸ばす高杉先生。獣の様に唸る父親、転倒したまま叫ぶ渡来先生。
「あ、危ない…。逃げてください。高杉先生!」
ヒュンと風を切る音。振り下ろされたサスマタが、高杉先生を直撃。
…しかし次の瞬間、信じられない事が起こりました。高杉先生が両手でアームの部分を拝み取りしたのです。
つかんだアームをそのまま左に傾けると、勢いよく廊下に転がる父親。気づいた時、高杉先生に奪われたサスマタが喉元に突きつけられていました。
錯乱状態の父親を睨み、言い渡す高杉先生。
「己の粗暴さを諫め。そして親となる修行を積め。改心するまで、一緒に住む資格などない!」
ポイント2【対応の記録】
加害者の虚言や都合のよい解釈と対峙することが多いDV対応では、記録が不可欠です。時系列や各事案に沿った形で、再現性のある分かりやすい記録をします。その蓄積と効果的な活用が、以降の対応に役立つのです。また状況によって、学校に常備された監視カメラや、ICレコーダーの活用等も想定しておく必要があります。
切ない結末…、諦めない教師たち
夕暮れの運動場、通用門に向かう保護施設の自動車を見守る先生たち。教頭先生がみんなに言いました。
「葵先生のノックの合図で、校長先生とスムーズに連絡でき、対応方針が決められた。保護施設とも早期連携できた。その間、鬼塚先生、渡来先生はよく対応してくれた。高杉先生も病気の娘さんを置いて・・・。十分打ち合わせができない状況だったが、みんなの協力でユキをDV被害から救い出せたよ」
「同じ親として、父親に反省を促したかったのです。けれど、施設に一時保護されて、これでよかったのだと・・・」
寂しそうな表情で呟く高杉先生。
「これからどうなるんでしょう。・・・ユキちゃんは」
不安そうな葵先生に、応える高杉先生。
「まずは心と体を癒してから…。その後、帰宅を検討するが、父親があの様子では可能性は低いな。…別れた母親にも、連絡を取るそうだが」
「ユキが手を振っています! …車の中から!」
渡来先生の声に反応する先生たち。保護施設の車に乗るユキが、懸命に手を振っています。
「頑張れ、ユキ!」「先生が応援しているぞ!」
運動場に響く、先生たちの悲痛な叫び。通用門を出る自動車を見送り、鬼塚先生がつぶやきます。
「切ないな…。これが、学校教育の限界なのか」
厳しい表情で、先生たちを見渡す高杉先生。
「できることはまだある。校長先生、大河内先生が会議室で待っておられる。これからユキの今後のことを考える」…ポイント3
「我々も参加します。…ユキの幸せのために」
渡来先生の言葉に、全員が頷きました。太陽の最後の輝きが、運動場を照らしていました。
ポイント3【関係機関との連携】
DV事案では、役所、児童相談所、警察等と連携する場合が少なくありません。学校で事実関係を正確に把握し、校長の判断に基づき適切に連携していくことが早期の問題解決に繋がります。子どもの安全性や保護者の養育態度に課題がある場合は保護措置になりますが、その際も学校は子どもの支援等を該当施設と連絡を取り合い進めていく必要があります。
(次回へ続く)