総合「自己の生き方を探る学習」で自己開示ができる温かな学級づくり【6年3組学級経営物語4】

連載
学級経営のポイント満載の学級小説「4年3組~6年3組 学級経営物語」

通称「トライだ先生」こと、3年目教師・渡来勉先生の学級経営ストーリー。
神崎のぞみ先生が、自身の障害を教材にしてインクルーシブの授業を実施することになった6年生。チーム6年で授業準備に熱が入ります。リアルな体験談を通して語られる授業に、子どもたちの心はどう動くのか。神崎先生が気にかけている、クラスにうまくなじめないでいるヒデと学級との関係性をどうつなぐか…。さあ、「インクルーシブ教育」の推進にレッツトライだ!

文/大和大学教育学部准教授・濱川昌人
絵/伊原シゲカツ

5月②「インクルーシブ教育」にレッツトライだ!

<登場人物>

トライだ先生(渡来勉/わたらいつとむ)
教職3年目の6年3組担任。 真面目で子ども好きの一直線なタイプ。どんなことでも「トライだ!」のかけ声で乗り越えようとするところから、「トライだ先生」とあだ名が付く。今年度は、新採のメンターも務める。特技は「トライだ弁当」づくり。


しずか先生(高杉静/たかすぎしずか)
6年1組担任で、学年主任2年目、教職11年目の中堅女性教諭。ベテラン教諭に引けを取らないリーダーシップぶりは、剣道五段の腕前に依るところも。一児の母、子育てと仕事の両立に日々奮戦中。


オニセン(鬼塚学/おにづかまなぶ)
教職生活5年目の6年2組担任。祖父と父が有名校長で母も教師という教育一家出身。イケメンでなおかつ優秀な成績で教育大学を卒業したという、典型的な〝オレ様〞タイプの教師。学級内のトラブルに十分対応できず、再び5年担任を任じられた昨年度、しずか先生率いるチームに育てられ、渡来先生とぶつかりながらも今や切磋琢磨しあう良き仲間に。


神崎のぞみ先生

神崎先生(神崎のぞみ/かんざきのぞみ)
高学年の音楽・家庭科の専科講師。インクルーシブ教育にも携わる。大学4年生のときに交通事故で片足をなくし、入退院で休学、留年(渡来先生と同じ年齢)。一度諦めかけた教師の夢へと一歩を踏み出し、西華小の常勤講師に就く。大学時代は陸上選手として活躍し、体力には自信あり。


葵ゆめ先生

ゆめ先生(葵ゆめ/あおいゆめ)
教職5年目。2年担任。2年後輩のトライ先生を励ましつつも一歩リード。きまじめな性格で、ドライな印象を与えてしまうことも。音楽好きでピアノが得意。


最上英雄先生

チャラセン(最上英雄/もがみひでお)
新採教員で、2年を担任。教育実習のときに付いたあだ名は「チャラセン」。”チャラい”言葉を使うイマドキな新任教師。クラスでは、ふだんは子どもたちから「ヒーロー」と呼ばれることも。

気になる子どもたち

「失くしたはずの手足に感じる痛みか…。この幻肢痛の説明には、視覚資料が要るな。他に…」

助言を続ける鬼塚先生。プレ発表の熱気が残る1組教室、満足そうな表情で尋ねる高杉先生。

「なかなかのインパクトだ、いい授業になるぞ。…来週、予定通り実践するか。まずは3組だ!」

嬉しそうに頷き合う、神崎先生と渡来先生。

「さあ、助言が終われば次の打ち合わせだ…」

学年会はテキパキと進み、定時で終了。夕暮れの廊下で、渡来先生を呼び止める神崎先生。

「少しいいですか。ヒデ君のことでお話が…」

ああ、という顔で応えます。一年前に転校してきたヒデ。個性的で前の学校から集団に馴染めないとの引継ぎがありましたが、5年生では問題なし。ただ特別支援担当から、「アスペルガー症候群」の可能性を指摘されていたのです。・・・ポイント1

「気が付きましたか先生も。現在保護者と話合いの最中です、…一度、検査を受けてほしいと」

小声の渡来先生に、首を横に振る神崎先生。

「そこではなく学級内の支援です。障がいの確認も大切ですが、眼の前の困り感にどう向き合い、支援するかが大事かなと。困り顔のヒデ君が気になって…。余計な話をして、すみません」

一礼して立ち去る神崎先生。的確な指摘が心に刺さり、渡来先生は立ちつくしていました。

ポイント1 【 アスペルガー症候群 】
自閉症スペクトラム障がいの中に位置づけられています。社会的コミュニケーションの困難さや特定の事柄への強い興味、感覚過敏等の特徴があります。空気を読めない、感情表現の難しさ等により、集団に適応するの困難な場合があります。ただアスペルガー症候群の著名人は数多く、個別の支援により適応できるという事例も多く報告されています。

神崎先生のインクルーシブ教育

「病室で目覚めた時、生きていることが嬉しくて泣きました。でも直ぐに変な感じがしました。左脚を触ろうとして、何もないことを知って…」

3組教室、事故後の様子を語る神崎先生。そのリアルさに、身動き一つしない子どもたち。

「陸上競技への道は閉ざされ、長期入院で何もできない。私は、…違う理由で泣き続けました」

シンと静まる教室、涙を拭う子どもたち。高まった感情を抑えて、再び語り始める神崎先生。

「…でも病院には、いろんな患者さんがいる。私と同じ怪我をした人、もっと重症の人、そして、…長く生きられない人。みんなで励まし合い、精一杯生きるために頑張っている。自分の力で…。だから、私もちゃんと生きることにしました。一度は諦めた教師を目指すことに…」

教室後方で、ハンカチを探す渡来先生。噛みしめるように、まとめの言葉を述べる神崎先生。

「…どんな時も前を向くことが大切。自分や他の人の命や心を大切に、助け合い支え合えば前を向ける。一度だけの人生、大事にしましょう」

大きな拍手に、会心の笑みで応える神崎先生。ヒデも、真剣な表情で拍手を続けていました。

合理的配慮の実践

『転校後、馬鹿にされたことはないです。でも、すぐに話が合わなくなって…。そんな時はしゃべらない』

ヒデの言葉を思い出す渡来先生。あれから何度か悩みを聞き、励ます機会を設けてきました。

けれど…、人との関わり合いを閉ざしてトラブルを避けるというヒデの行動が、適切とは到底思えません。合理的配慮を早急に実践していかねば…、と渡来先生は少し焦っていたのです。・・・ポイント2

神崎先生の話を踏まえた意見交換は、佳境に入っていました。6年では、キャリア教育に位置付けた「自己の生き方を探る学習」を、総合的な学習で実施。今回もその一環でした。

「オレだったら、いじけて終わりだ。反省します」

タカの素直な発言に、サキも同調します。

「私も…。でもみんなの優しさで前を向けた」

ファシリテーター役の渡来先生が問います。

「誰でも長所や短所はある。励まし合えば前を向ける…、神崎先生の言葉はどう考えるかな?」

突然ヒデが立ち上がり、発表を始めました。

「神崎先生の話を聞いていると、僕も言いたくなりました。・・・ポイント3 僕は前の学校でいじめられていました。ここでは大丈夫ですが、空気が読めないとか、ちょっと違うとか…、時々言われます。そんな時は自信を失います。やっぱりみんなとは違うのかなって…。今度、発達検査というのを受けます。僕は3組が大好きだから、みんなといられるように、もっともっと頑張ります」

そう言って着席したヒデ。その思い切った自己開示に驚き、誰も応えられません。その沈黙を、ヒロが破りました。

「もっと気配りするよ。オレたち仲間だからさ!」

「そうよ、困った時は言ってよね。自分から!」

マリが続けると、全員が一斉に同調します。

「ありがとう、みんな。僕は本当に嬉しいよ!」

喜ぶヒデに、言葉を詰まらせる渡来先生。漸く合理的配慮の小さな一歩を踏み出した3組。後方で見守る神崎先生も、微笑んでいました。

ポイント2 【 合理的配慮 】
障がい者が何かの支援を求める意思を表明した場合、過度な負担になり過ぎない範囲で社会的な障壁を取り除くために必要な便宜のことと、「障害者権利条約第2条」に記されています。一方的な支援ではなく、障がい者自身の必要感や意思に基づく適切な配慮を考えていくことが大切です。

ポイント3 【 自己開示 】
自分の思いや考えをありのままに伝えること。「本音で語る」とも言いますが、子どもたちと話していて、このような状況になることは時折あります。教師としてはプライバシー保護と共に、自己開示に至った子どもの心情をしっかり受け止め、真摯に対応する必要があります。しっかりと対応することで、信頼関係はさらに強固になります。

(次回へ続く)

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