遠足に弁当をもってきていない子【4年3組学級経営物語5】
5月②「絆づくり」にレッツ・トライだ!
文/濱川昌人(よりよい学級経営を考える大阪教師の会)
絵/伊原シゲカツ
新任で4年3組を任されることになった渡来勉先生。 教師になってから初の遠足! しかし、その中でも問題が発生します。だれとも打ち解けず、遠足中も勝手な行動が多い一人の児童。はたして、渡来先生はどう向き合っていくのでしょうか。
目次
<登場人物>
風雲児にトライだ!
「マリ、一緒に食べよう!」
傍に腰をおろした渡来先生 。
リュックを開け、弁当を取り出しながら、チラリとマリの様子をうかがいます。
「…弁当食べないの?」
先生はリュックをのぞき込み、そして…、驚きの声をあげました。
「ど、どうしたんだ。弁当無いぞ…!」
空のリュックを、じっとにらみ続けるマリ。
見守る渡来先生 。
ジュンたち3組女子も、お箸が止まりました。時間だけが流れていきます。
数分後、大きなため息をつき、マリは右拳を突き出しました。
汗に濡れた五百円玉が1枚、広げた手の平にピカリと光っていました。
「これ…、私の弁当代」
小さな声で呟きます。
昨夜、マリの母親は深夜に帰宅。
今朝は弁当どころか朝食を作る時間もなく、途中のコンビニで自分で買うよう五百円玉を渡されたのです。
「だから…、コンビニへ行こうとしてたのか」
言葉に詰まる渡来先生と3組の女子たち
無理やり、明るく軽い調子で話しかける先生。
「ちょうどいい! 今朝、気合い入れ過ぎて弁当2つも作っちゃって…。1つ食べてくれよ!」
取り出した弁当を、マリの膝の上に置きます。
「いらない! 私のことなんか放っておいて!」 *ポイント1
4年生の児童心理とは
幼児期から少年期への著しい成長が始まる時期です。個人差はありますが、この時期は「考える力」「感じる力」等や、「運動能力」が発達します。できる事が増えますが、自他を客観的に捉えることが、逆に「自信喪失」や「劣等感」につながる場合もあります。さらに、成長の過渡期ゆえの迷いや悩み、心身の成長バランスの崩れ、第二次性徴の始まりなども微妙に関わります。このような変化が、子どもたちの日頃の言動に影響を及ぼしていきます。支援・援助が必要な時期なので、発達的特徴や実態、家庭や地域の影響などをしっかり把握し、適切に指導しましょう。
怒り出すマリの機先を制し、先生は弁当のふたをサッと開けました。
中には卵焼きや、焼肉、タコ型ウインナーなどが見事に並んでいます。
「美味そうだろ。先生、弁当づくりが超得意なんだ。よく一人旅とかするから」
「……」
言い返そうとしたマリのお腹が、その瞬間グゥーッ、グゥーッと派手に鳴りました。
「マリ、一緒に食べよう!」
ジュンが誘います。
「私も一つ欲しいな。トライだ弁当のおかず」
タイミングよく、マリを取り囲む女子たち。
「よかったな、マリ。友達と仲よく食べろよ」
みんなでワイワイ食べながら、表情が和らいでいくマリ。
先生はフラリと立ち上がりました。
「絆づくり」にレッツ・トライだ!
「トライだ先生、マリがいないよ!」
〝弁当2つ持参”は真っ赤な嘘…。
腹ペコでフラフラの渡来先生に、女子たちが知らせに来ました。
一緒に遊んでいた男子たちや、他の先生たちも集まります。
詳しい状況を、大急ぎで把握します。
険しい表情で、腕組みしている大河内先生。
「気づかなかったのか、君は…」
主任のボソリとした呟きに、慌てて渡来先生が答えます。
「と、と、とにかくあちこち捜してみます…!」
「いや、待て!」
主任が鋭く制し、広場の向こう側を指差します。
「まず、マリの行動の推測だ。確か、この先に弁当屋があったな…。渡来先生、こっちの方向を捜してみてくれるか」
とにかく駆け出し、広場の端まで全力疾走。
でも、息が続かずに座り込んでしまう渡来先生。
その時、遠くから呼び声が聞こえました。
「トライだ先生!」
ビニル袋を抱えて走って来るマリを、渡来先生の両眼が捉えました。
「マ、マリ…。いったいどこへ…!」
叱ろうとした先生に、マリは弁当袋を突き出しました。
「だって先生のお腹、グーグー鳴ってたもん…」
「ええっ…!」
演技力の乏しさを改めて自覚。
「先生の昼ご飯、どうしても買ってきたかった。でも、集合時間に遅れてホントにゴメンね…」
ペコリと頭を下げるマリ。
先程までの刺々しい表情が完全に消え、本当に素直な謝り方です。 *ポイント2
「今朝…コンビニで弁当買いたかったこと、気付けなくて…先生こそゴメン。でもな…」
泣く一歩手前の渡来先生に、そっと答えるマリ。
「分かってる、これからは迷惑かけない。…できるだけね!」
駈け寄ってくる3組の仲間たち。
マリと渡来先生は、大きく手を振りました。
4年生の育て方とは?
近年の社会の急激な変化や各家庭の状況なども、彼らの成長に大きく影響しています。以前は子どもたちの力で解決してきた様々な課題も、子どもだけでは乗り越えられなくなり、その能力を培う場所や機会も失われています。このような実態をふまえ、4年生児童の指導には次のような配慮を心がけましょう。
① 子どもの「思い」や「悩み」に、日頃からしっかり寄り添う。「自分や友達のよいところを知り、尊重する」というポジティブな考えを基盤に、自信をもたせていく。
② 「認め合い、支え合い、高め合い」ができる集団育成をめざす。学級生活全てで、日頃から個々の「よさ」を認め合い、互いに磨き合える「よりよい学級づくり」の実践に努める。
③ 保護者、地域などの全てが「総がかり」で、よりよい教育をめざせるよう努める。
反省会にも……トライだ!
「マリと〝心の絆”を結べたことは、大ホームランだ。でもな…」
帰校後の1組教室に響く主任の声。鋭い視線が、渡来先生に向けられます。
「反省点も、山盛りあるぞ。…メモとペンの用意はできているだろうな」
腕まくりして黒板に猛スピードでチョークをはしらせる主任。大慌てでメモを始める渡来先生。
『遠足の反省会、なかなか終わりそうにないわ…。でもこれが教師修行なのよね』
横で見守る葵先生は、心の中でそっとエールを送りました。
(6月①につづく)
『小四教育技術』2017年8月号増刊より