コロナストレスで眠れない子どもの増加 教師のとるべき対策とは
学校は今後、どのように子どもの心のサポートをする必要があるでしょうか。阪神淡路大震災、東日本大震災など、災害後の子どもの心のケアに長年取り組んできた兵庫県立大学の冨永良喜教授に話を聞きました。
冨永良喜(とみなが・よしき) 阪神淡路大震災(1995年)で被災児童生徒の心のケアに取り組み、東日本大震災で岩手県教委、熊本地震では熊本県教委のスーパーバイザーを務めた。専門は災害臨床心理学。著書に『ストレスマネジメント理論による こころのサポート授業ツール集』(あいり出版、2015年)がある。
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子どもはストレスを感じている
全国の小中学校の一斉休校、学校再開、「新しい生活様式」の導入というように、子どもを取り巻く状況は約半年の間にめまぐるしく変わりました。現在は感染者が少ない地域にある学校と、感染者がずっと出続けている地域にある学校では、「新しい生活様式」に取り組む姿勢が若干異なっているのではないかと思われますが、それでも子どもたちは、日常的にマスクをして過ごし、以前のように友だちと気軽に話せない、触れ合えない状況が続いています。「新しい生活様式」を強いられることで、子どもたちは日常的にストレスを感じていると思われます。
私は阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震の後に、被災した子どもたちの心のケアに取り組んできました。地震や津波の後には、校庭に仮設住宅が建ったために、校庭でスポーツができない、遊べないことによるストレスが出てきましたが、他の場所で友だちと遊んだり、話したりすることはできました。ところが、今回は人と人との直接的な接触が制限されています。しかも、新型コロナウイルス感染症は「ポスト」ではなく、「アンダー」です。今後も続くのです。学校は、日々我慢を強いられている子どもたちに対し、心のサポートを行う必要があります。
子どもたちの中には、家族や親戚を亡くした者もいます。その場合、最期の看取りができず、お別れが十分にできていないのです。これは心理学では「あいまいな喪失」と呼びますが、このような体験をした子どもは悲しみからの回復のプロセスが止まってしまうのです。そういう子どもがいることを知っておいてほしいと思います。
さらに、子ども自身が感染したケースでは、その子どもたちを誹謗中傷や差別などから守ることが求められます。
このように子どもたちの様々な感情、あるいは状況に対して、学校がきちんと手当てをしていかないと、子どもたちは学校で安心して過ごせないと思われます。
また、新型コロナウイルスには、自分が感染するかもしれない、家族が感染するかもしれないというリスクに加え、もしも自分が感染したら知らないうちに誰かに感染させてしまうかもしれない、というリスクがあります。この「知らぬ間に他者に感染させてしまうのではないか」という不安は、自責感と呼ばれます。
5月下旬に、北九州市の小学校で子どもが新型コロナウイルスに感染し、クラスターが発生した事例がありました。厚生労働省のクラスター対策班は、感染経路の調査を行い、教室で着席した子どもたちが体の向きを変え、近い距離で話をしていたこと、一緒に遊んだり下校したりしたことなどを、感染拡大の要因に挙げました。
もしもこれをそのまま伝えられたとしたら、当事者の子どもたちはどう思うでしょうか。「自分は友だちに迷惑をかけたかもしれない」と、自責感を抱えた子どもがいてもおかしくありません。子どもが「自分が悪いんだ」と自分自身を責め続けると、抑うつを引き起こします。PTSD (心的外傷後ストレス障害)のリスク因子にもなるのです。感染の拡大を防ぐためとはいえ、子どもの心に深い傷を残すような対応は避ける必要があります。政府レベルの感染症対策ではもっと子どもの心への配慮をお願いしたいですし、学校が子どもへメッセージを出す際には、スクールカウンセラーなどに相談し、子どもの心に配慮した適切な言葉で表現することが望まれます。
オンライン教育の整備を
精神的ショックや恐怖が原因で起きる心の傷をトラウマと呼びますが、新型コロナウイルスのトラウマからの回復に役立つものとして、「トラウマ事態から回復を促進する5つの体験」というものがあります。これは9・11同時多発テロの後、アメリカの精神保健専門家が集まって検討した結果をまとめたものです。
具体的には、①安全感、②落ち着くこと、③効力感、④絆、⑤希望、これらの5つの体験がトラウマ事態からの回復を促進するとされていますが、問題は、「新しい生活様式」の下では学校で絆を深めながら安全感を培うことが困難である点です。
これを可能にするのは、オンライン教育です。オンラインであれば、友だちと自由に意見交換をしたり、グループディスカッションをしたりすることで、安全に絆を深めることができます。
現在、日本は、諸外国に比べてオンライン教育の整備が遅れています。その整備を急がないと今後も子どもたちのストレスフルな状況は続きます。これからは「新しい生活様式」とオンライン教育、両方を行っていく必要があるのです。
チェックリストを活用しよう
全国の小中学校では、毎日子どもの体温をチェックするなど、健康観察が行われていますが、子どもの心の動きにまで注意を払っている学校は少ないのではないでしょうか。子どもたちは、イライラや怒り、悲しみなど、様々な思いを心の中に抑え込み、誰にも言えずにいるかもしれません。そうすると、その思いが行動化、身体化という形で突然、噴き出してきます。
行動化とは、例えば、不登校になることです。身体化とは、体の不調を訴えたり、ケガをしたりすることです。
このような行動化・身体化を抑制するには、マイナスの感情を適切に表現し、「見える化」する機会をつくってやる必要があります。その際に役立つのは下の「心とからだのチェックリスト」です。この中の2番目のストレスチェックの項目に〇をつけるという行為は、子どもにとってはひとつの表現になります。
ただし、子どもに表現させるだけで終わりにしてしまうと、かえって恐怖を与えることになります。項目の内容について考えることで、子どもたちはつらい経験を思い出してしまうからです。大事なのは、子どもが表現したことに対して、担任がなんらかのレスポンスをすることです。これをきっかけに、子どもとコミュニケーションを図ることが重要なのです。
例えば、先生方が授業中に居眠りをしている子どもを見つけたら、普通は起こして注意すると思うのです。この場合、「ストレスチェックで『眠れない』に〇がついていたけれど、その後どうかな?」と言葉をかけ、担任や養護教諭、スクールカウンセラーなどが話を聞いてやってほしいと思います。そして、「先生、実はゲームが止められないんです」のように子どもが素直に語れる関係を築くことが重要です。
その際に注意してもらいたいことがあります。阪神淡路大震災で家族を亡くした子どもが一番嫌だったことは、「担任の先生から一人だけ呼ばれて『お前は大丈夫か』と聞かれたこと」だと報告してくれているのです。担任は心配な子どもだけを呼んで話を聞くのではなく、クラスの子ども全員と個別面談をしてほしいのです。そして特に問題のない子どもに対しては、「大変な状況の中でよく頑張っているね」などと労いの言葉をかけてやることが重要です。
これは東日本大震災後、熊本地震後にも活用されたものであり、以前の災害後の状況とどう違うのかをデータで比較することができます。データ分析のツールも提供しており、データを入力すると児童生徒一人一人にアドバイスシートが出るようになっています。アドバイスシートをただ児童生徒に渡すのではなく、担任やスクールカウンセラーなどが話を聞いてやることが重要です。
眠れない子どもが増加
もうひとつ、チェックリストを使ってできることは心の健康の授業です。
6月はじめにこれを活用した中学校の中で、数値データ公表の許可が得られた4校(1159名)のデータを分析したところ、「この一週間に、なかなか眠れないことがどれぐらいあったか」という問いに対し、54.2%の生徒が、「少しある・かなりある・非常にある」と答えました。そのうち「かなりある・非常にある」と答えた生徒は17.3%もいました。同じ質問に対して、東日本大震災の半年後に「ある」と答えた中学生は32.9%、「かなりある・非常にある」と答えたのは8.7%でした。両者を比較してみると、今回のデータがいかに高い数値であるかがわかります。
教科教育が重要であることは理解していますが、クラスの約半数が夜、あまり眠れていないとしたら、その子どもたちに対して授業を行って、果たして学習内容が頭に入るのでしょうか。心の健康は、子どものすべての活動のベースになります。管理職にはぜひ、今年度は保健の「心の健康の授業」の優先順位を上げてほしいのです。
そもそもストレスチェックは、一方的に先生が子どものストレス状況を調査して情報を収集したり、高ストレスの子どもを発見したりすることが第一の目的ではありません。対処を学ぶために行うのです。だからこそ、ストレスチェックには対処法のキーワードを盛り込んであります。養護教諭やスクールカウンセラーなどを活用し、心の健康の授業の中で「眠れないときには、眠りのためのリラックス法がある」ことを伝え、リラックスの練習をするなど、望ましい行動を提案していくといいと思います。
構成・文/林孝美
『総合教育技術』2020年9月号より