転校生の家庭にDV疑惑!?【5年3組学級経営物語9】
通称「トライだ先生」こと、2年目教師・渡来勉先生の学級経営ストーリー。今回は、DV(家庭内暴力)をめぐるトラブル対応です。
子どもの健全な成長を阻害するDV。『絶対に許さない!』という熱い想いが、解決の道を切り開きます。わずかなサインも見逃さず、心の叫びをしっかり捉えましょう。
さあ、子どもたちの明るい未来のために、DV対応にレッツ トライだ!
文/大和大学教育学部准教授・濱川昌人
絵/伊原シゲカツ
8月①「DV対応」にレッツ トライだ!
目次
<登場人物>
トライだ先生(渡来勉/わたらいつとむ)
教職2年目の5年3組担任。 真面目で子ども好きの一直線なタイプ。どんなことでも「トライだ!」のかけ声で乗り越えようとするところから、「トライだ先生」とあだ名が付く。トラブルに見舞われることが多く、学級経営の悩みが尽きない。特技は「トライだ弁当」づくり。
しずか先生(高杉静/たかすぎしずか)
5年1組担任で、今年はじめて学年主任に抜擢された、教職10年目の中堅女性教諭。ベテラン教諭に引けを取らないリーダーシップぶりは、剣道五段の腕前に依るところも。産休明けで、子育てと仕事の両立に日々奮戦中。
オニセン(鬼塚学/おにづかまなぶ)
教職生活4年目の5年2組担任。祖父と父が有名校長で母も教師という教育一家出身。イケメンでなおかつ優秀な成績で教育大学を卒業したという、典型的な〝オレ様〞タイプの教師。しかし、昨年度、学級内のトラブルに十分対応できず、再び5年担任を任じられたという経緯をもつ。
転出校から気になる引継ぎ事項
『…今日はユキが来る日だが、娘が熱を出して…』
閑散とした夏休みの職員室。受話器の向こう側で、高杉静先生が困り声でつぶやきます。
その電話に応える渡来勉先生。
「私が指導しますから、今日は娘さんの看病を…」
受話器を置くと、鬼塚学先生が問いかけます。
「あの転校生か…。自然体験を欠席した子だな」
表情の乏しいユキを思い出し、無言で頷く渡来先生。黙々と、個別指導の準備を進めます。
1組のユキには、前の学校からの引継ぎ事項がありました。
-母が家出して、父と二人暮らし。その父からのDV(家庭内暴力)疑惑-
そんなユキを、1組担任の高杉先生はずっと見守り続けました。しかし、なかなか実態が掴めません。…ポイント1
そして夏休み…。個別指導を名目にした安否確認を続けることを、高杉先生は決めたのです。
ポイント1【DVの見守り】
DVは巧妙に隠蔽され、子ども自身もなかなか被害を訴えません。しかし、あざや怪我等の外傷や衣服の汚れ、また近隣住民からの通報等から異変を察知することが可能です。DVの疑いがある場合は、細かな事象にも気を配って継続的に対応する必要があります。とくに長期休業の際は、安否確認の機会を定期的に持つことが不可欠です。
異変のはじまり
「小数の掛け算も満点だ。よく頑張ったな!」
渡来先生に褒められ、微笑むユキ。長袖シャツを着た小柄な体を伸ばし、計算ドリルを受け取ります。そして、心配そうに尋ねました。
「高杉先生、今日は学校に来ないの。…病気?」
「娘さんの看病だ。でも、ユキに謝っていたよ」
過去を思い出したのか、軽い溜息をつくユキ。
「私も、病気の時にお母さんが…。懐かしいな」
沈黙したユキを慰めようと、左肩にそっと手を置く渡来先生。突然、悲鳴が響きました。
「い、痛いっ。…触らないで!」
肩を庇うユキに、状況がつかめず驚く渡来先生。
「ええっ…!? どうした。ケガをしてるのか?」
黙ってうつむく姿に、不吉な思いが膨らみます。
「先生に、見せてくれないか…。君の左肩を」
じっと考え、シャツの襟元を露わにするユキ。そこには、…無残な蒼黒いあざがありました。
DV疑惑を追え!
「服の下に、こんなに酷いあざが…。それを隠すために、真夏なのに長袖を着せられていたのよ」
葵ゆめ先生が、デジカメ画像を見せながら蒼ざめた顔で報告します。一年生の仕事をしていた葵先生に、ユキの身体検査を頼んだのです。
「不注意でぶつけたり転んだり…。最初はそう言っていた。でも肩や背中、脇腹のあざのことを何度も尋ねると、…お父さんにやられたって」…ポイント2
「もしかして、自然体験を欠席した時の…?」
顔をしかめて画像を見る鬼塚先生に、険しい表情で頷く葵先生。悲痛な状況報告が続きます。
「休んで家事をしろと命令された。でも行きたいと言い張ると、思い切り左肩を殴られて…」
「そんな父親の元には戻せません。危険だ…」
憤る渡来先生。鬼塚先生が困り顔で呟きます。
「高杉先生は不在。大河内先生や校長先生は、研究発表会に参加していて全日出張。だから、教頭先生と我々だけで対応するしかない…」
しんと静まる職員室、その静寂を電話が破ります。応答した教頭先生が、深刻な表情で内容を伝えます。
「ユキの父親が学校に来る。対応策を立てねばならんぞ…」
ポイント2 【事実関係の聞き取り】
被害児童は心理的に加害者(親でもある)に支配されている場合が多く、DVの被害実態を明かしたがりません。しかし、辛く苦しい状況から抜け出したい気持ちは十分にあるでしょう。そこで、まず被害児童と信頼関係を築き、児童の今後の身の安全を保つ配慮をします。そのうえで、悩みや苦しみをしっかり受け止めていくことが大切です。
緊迫の初期対応…
「父親が迎えに来たんだぞ。娘を出せよ!」
会議室のソファで声を荒げるユキの父親。
努めて冷静に対応する教頭先生。その横に控え、汗だくで推移を見守る鬼塚、渡来両先生。
「応急手当をしています。実は、体中に酷いあざがあって…。ご存じでしょうか、お父さんは?」
教頭先生の意味深長な言葉に、表情が固まる父親。異様な沈黙の時間が、暫く続きました。
突然、ノックの音が響きました。出張先の校長先生と連絡が取れたという合図です。渡来、鬼塚両先生に目配せし、教頭先生が頭を下げます。
「…申し訳ありませんが、少しお待ちください」
今後の対応策を練るため退室する教頭先生に、射るような視線を投げる父親。そして残った先生たちに、鬱憤をぶつけます。
「俺の教育方法に、いちいち文句をつけるなよ!」
「力で抑えつけるのは、…教育ではありません」
我慢できずに、怒りがあふれ出す渡来先生。
「愛の鞭だ。痛い目にあわせないと、子どもはまともには育たん。みんなやっていることだ!」…ポイント3
「親でも許されません。DVは犯罪行為です」
バンッ!!
会議室に、大きな音が響きました。父親が両手の平でテーブルを叩き、立ち上がったのです。
「教師と思って遠慮していたが、許さんぞ!」
のけ反る渡来先生、固まる鬼塚先生…。その時、ドアが開き高杉先生が姿を現しました。
ポイント3【「愛の鞭」への対応】
教育論を学ばずとも親にはなれますが、偏った考えに基づく子育てや精神的に未成熟な保護者は少なくありません。「愛の鞭」という体罰容認の考え方の保護者は、ほぼ自己の経験に基づく教育観に支配され、「学校教育は生温い」と批判しがちです。しかし、体罰は人権蹂躙。教育的に間違いであると啓発すべき教師が、「愛の鞭」を容認してはならないのです。
(次回へ続く)