荒れた子供たちが変わる、教師も変わる「特別活動」
人と信頼関係をつくること、社会にかかわり、よりよくすること、自分のよさを伸ばしていくこと。特別活動で育てようとしているのは、こうした力です。子供たちが今後、社会で生きていく上で必要不可欠なものばかりです。
元文部科学省視学官で、特別活動について全国の学校を指導している杉田洋先生(國學院大學教授)が推薦する、大阪府池田市立秦野小学校の特別活動の実践を紹介します。さまざまな学校の「人間関係形成」「社会参画」「自己実現」を育む実践を取り上げていきます。
監修/國學院大學教授・杉田洋
目次
あいさつレンジャー活動で学校の空気が柔らかくなった
今回紹介する大阪府池田市立秦野小学校(山際博校長、児童数722人)は、しぶたに学園と称して幼稚園、他の小学校や同市立渋谷中学校と連携する隣接型の小中一貫校で、開校145年目を迎える地域の伝統校。祖父母の代から3世代にわたって当校に通った、あるいは通うというような家庭が多く、地元の人々から愛されている学校です。
挨拶もそこそこに山際校長が、「あいさつレンジャーを見てもらいましょう。ちょうどこれから5年生があいさつレンジャーに扮して1年生の学級に突然現れ、挨拶することを奨励するんです。急ぎましょう」と言います。
その学級に向かうと、廊下に仮面をつけたあいさつレンジャーが潜んでいました。1人が記者に向かってしーっというしぐさをします。
「わたしたちは、あいさつレンジャーだ」
「きちんと挨拶するようにしようね」
彼らが1年生の子供たちの前に現れると、一斉に歓声が起こりました。
「子供たちが変わり、空気が柔らかくなったんです。ぜひその話を聞いてほしい」とうれしそうな笑顔で校長が言います。
「どうして子供が変わったのですか」と聞くと、「それは、うちの教師が変わったからです」と校長は明快に答えました。
学校に広がっていた「子供のやらされている感」
秦野小学校は、特別活動を研究実践して今年度で4年目になります。地域の応援が根強く安定した学校と思われるのに、なぜ特別活動の研究に取り組むことになったのでしょうか。
校長はこう語ります。
「本校に赴任して2年目に、いくつかの学級が大変なことになったんです。どの学級の先生も熱心で子供に一生懸命です。なぜそのようなことになるのか戸惑いました。授業をエスケープする子供もいました。教師と子供の関係が崩れてしまう学級も現れました。
これは教師レベルの問題ではないと直感しました。ちょうど研究テーマの更新の時期でしたが、私は教職員を前に、自分の興味関心も大切だが、本校の根本を見直す研究をしなければいけない。全員の意見を聞きたいと言いました。
その場が、次年度の研究を話し合う校内研究会です。長い沈黙の後、『子供にやらされている感があるのではないか』という意見が出ました」
教職員の記憶が甦ります。 その校内研究会を開く3か月ほど前に5年の学年集会がありました。そこで突然、子供Aが「学習発表会をやらされる!」と大声で叫んだのです。担任は「こんなときにマイナス発言か。かなわんな」と思いつつ、「A、それは何で?」と尋ねました。すると、Aは「いつも何か、やらされてる。学習発表会もやらされるやろ!」とまた叫びます。一生懸命に取り組んでいると思われた子供たちの心の底を、Aが吐露したのだと5年の先生は気づきました。
「校内研究会で全員が見出した本校の課題は、子供の主体性の欠如と子供の横のつながりの薄さでした。子供にやらされている感があるなら、この2つは必然的な帰結です。子供の実態に合っていない課題設定を教師がすることで、それに対して前向きに取り組めない子供たちが生まれていたのです。そこには、課題を自分たち自身で解決するような教育に十分取り組めてこなかったという私たちの問題がありました。
つまり、子供たちの意識や行動は教職員自らがつくり出してきたものに違いないと私たちは結論づけました。
集団づくり、子供の人間関係形成が私たちの課題になったことで、特別活動を研究することにしたんです。子供たちが学校生活の問題に真剣に向き合い、それを協働して解決する。その活動を真面目に繰り返していきました」(山際校長)
教師の意識が変わり、子供たちが変わった
すべての学級で学級会を行うことにした研究1年目。一学期のころから担任が学級会の話を職員室で語るようになりました。
3年の担任が、「今日の学級会はうまくいかなかった」と話しているのを見かけました。学級会で係活動の係を決めることになったのですが、比べ合う場面で、子供たちが他者の考えた係を強烈に否定したり、自分の係を強情に主張したりということがあったのです。授業後、「一生懸命に係を考えたのに、すごく反対されて悲しかった」とある子が泣き出すと、別の子が、「じゃあ、全部やったらいい」と取りなしたので、とりあえずやってみようということで学級がまとまったといいます。
子供の主体性と関係性に目を向ける姿勢が担任に浸透していると校長は確信しました。
それと並行して、子供たちも変わっていきます。
校長が、子供が変わり始めていると感じたのは、二学期の4年の学級会を見たときです。 遊びがドッジボールに決まろうとすると、
「ドッジボールはBさんができないから止めたほうがいい」
という意見が出ました。Bは支援学級に在籍していますが、一緒に学んでいる子です。子供たちは全員が楽しめる会にしたいと考えていました。
「Bさんができるルールを考えよう」という提案が出ました。
「Bさんをねらわないようにする」
「それなら、参加していることにならない。Bさんをねらうときはコロコロと転がせばいい」
と、Bがいるからドッジボールができないとなるのではなく、Bをよく知る学級の友達だからこそ考えられるルールが話し合われました。そのやり取りを見ていたBはうれしそうに大きな声を上げました。
楽しさは連鎖、教師は様々なことに挑戦
今度は、担任の先生に子供たちの変化を強く感じた場面を聞いてみましょう。
研究主任の岡村英樹教諭が取り上げたのは、昨年度の5年4組の学習発表会です。
秦野小学校では、毎年11月に学習発表会を開いています。子供たちは「歌や演奏を通して、見ている人を感動させたい」と音楽科の学習と関連づけて合唱やリコーダー奏を発表することにしました。
教師が指示しなくても、子供たちは練習を怠りません。
本番当日を迎えました。発表はうまくいきました。しかし、体調不良や極度の緊張で舞台に立てない子供が2人出たのです。
その後の振り返りでは、
「一番いい歌や演奏を届けられた」
と満足した感想も聞かれましたが、
「参加できなかった2人は悔しかったんじゃないか」
「全員そろって舞台に立ちたかった」
「心残りだ」
落胆する空気が漂いました。
本番に出られなかった子供やお家の人の気持ちを、子供たちは忘れていなかったのです。子供たちは発表の出来よりも、全員そろって活動することのほうが大切だと思っているようでした。
「2人も入れた4組だけで、もう1回学習発表会をやったらいいやん」
という声が誰からともなく上がりました。
「いいやん、それ!」
「家の人も招待してあげようよ」
その場の雰囲気ががらっと変わりました。もう、やることに決まったも同然です。
どんな曲を披露するかという話合いの場面でも子供の成長を感じました。多数決で決めようという意見が出ると、
「いろんな意見が出ているのに、多数決で決めるのはよくない」
「個人の好みで手を挙げる多数決はよくないと思う。そうじゃなくて、どの曲がより感動を伝えられるかで手を挙げてほしい」
「それなら、感動を届けたいという提案理由を達成できるかという視点だからいいと思う」
この調子ならこの活動は乗り越えられると岡村教諭は思いました。担任の助言は必要最小限にすることに決めました。
「5の4学習発表会」が昼休みを使って行われました。最前列の真ん中には、出られなかった2人が立っています。子供たちの粋な計らいでした。
「日ごろ、子供たちは『4組の課題は協力することだ』と言っていました。それができたのが、『5の4学習発表会』でした。会を終えて子供たちは『感動を伝えるつもりが、自分たちが感動した』『自分たちに人を感動させる力があることがわかってうれしい』 と振り返っていたのが印象的でした。自分たちの可能性に気づけたことは大きな成果だと思います」(岡村教諭)
指導する杉田教授は、幸せの話を語って聞かせることがあります。人の幸せには、できるようになる幸せ、してもらう幸せ、与える幸せがあるが、最も質の高い喜びは与える幸せであるという話です。子供たちは、他者を喜ばせることに喜びを感じる体験をしました。
6年3組の「感謝プロジェクト」という昨年度の事例を挙げてくれたのは、辻本凌太教諭です。
昨年の9月、6年生の折り返し点を迎えた子供たちに「何かやり残したことはないか」と聞くと、「6年間の感謝の意味で、学校に感謝の気持ちを伝えたい」という意見が出ました。
教諭が、「ちょうど学校で『あおぞら de はたのフェスタ』という地域のバザーが開かれる。そこでお金を稼いで感謝のものを買うのはどう?」と提案すると、子供たちは「やりたい」 と飛びついてきました。
そのバザーで子供たちが、お米の販売、ヨーヨー釣り、家で不用になった物の販売を行うと、利益は約7万円に。 自分たちのために使う2万円を引いた5万円が予算となりました。
学校に感謝の気持ちを伝えるために、その5万円で何を贈ろうかと学級会で話し合いました。
最初の段階では、譜面台、本棚、ホワイトボード、ハンガーラック、黒板消しクリーナーなどが出ましたが、最終候補には、本棚、ハンガーラック、黒板消しクリーナーが残ることに。
ハンガーラックを全学級分買うと、本棚と黒板消しクリーナーのどちらかを諦めなければなりません。しかし、全部必要です。どうすればいいのでしょう。ここから2つの意見で対立しました。
1つは、
「予算は超えるけど、自分たちに使う予定の2万円を充てれば、全学級にハンガーラックが入れられる」
その理由は、活動目的は感謝を伝えることだから、自分たちのお金を残すより、喜ばれるほうを優先したほうがいいというもの。
もう1つは、
「予算の5万円を超えるのはいけない。低学年だけにハンガーラックを入れる」予算の5万円というのは、学級会で決まったことです。だから、その金額の中で贈り物を決めなければいけないことを根拠としていました。意見がぶつかり合います。
結局、みんなに喜んでもらいたいという理由から前者の主張が通り、すべての学級にハンガーラックを贈ることに決まりました。しかし、辻本教諭の高校の同級生の会社が厚意で値段をまけてくれたので、5万円で購入することができたのです。
「私はずっと子供たちに感謝したり、感謝されたりする体験を実際にさせてみたいと思っていました。子供たちは、達成感を味わうとともに、感謝のつもりで贈ったのに、1年生から感謝の手紙をもらったことが心に残ったようでした」 (辻本教諭)
校長は「これは、子供たちに社会の中での自己実現を味わわせてくれたと思います。バザーでは、何袋もお米を買わされました」と笑います。
高学年が変わる姿を見て、低学年も変わっていきました。
田中里奈教諭は2年3組担任だった一昨年度の「びっクリスマスツリー」の事例を紹介してくれました。
子供たちは「学校中の人をびっくりさせたい!」という願いから、「びっクリスマスツリー」 をつくることに。クリスマスツリーを飾る場所は学校で人通りの一番多い玄関ホールに決めました。そこで、玄関ホールに椅子を持ってきて円座になり、みんなで玄関ホールにある柱を見ながら、ツリーをどのくらいの高さにすればびっくりさせることができるかを話し合いました。
比べ合う場面。子供Cは真っ先に「天井までの高さがいい」と主張しましたが、その意見には、
「高すぎると、バランスが崩れやすいと思う」
「大きすぎると倒れて、けがをするから心配」
「高いほうがびっくりすると思うけど、大きすぎるとつくれるか、わからない」と反対意見が多く出ます。
Cは、「つくるのは大変かもしれないけど、そこはみんなで頑張ったらいい」と反論します。教師が、「どうにかして解決する方法はないかな」と問いかけると、中間の大きさがいいという中間説が出ました。
まとめる場面では、工作の得意な子供Dが、
「クリスマスツリーの下に重しをつけたら倒れないと思う」
と提案します。みんなの前に出ることが苦手な子だが、 ホワイトボードに描きながら説明しました。
司会が残り時間を告げます。子供たちは意見をまとめられず、多数決となりましたが、Cの意見を受け、できるだけ大きなツリーをつくることを決めることができました。
「話合いはまとまりませんでしたが、CもDも支援学級に在籍する子供です。その2人がこの学級会で輝く存在となったことがよかったと思います」(田中教諭)
校長は「2年生でこれだけできれば、今後が楽しみです」と微笑みながら言葉を結びました。
取材・文・写真(一部)/高瀬康志
『教育技術 小五小六』2020年7/8月号より