PC 1人1台時代の「個別最適化」─子どもが授業以外で学べる環境整備を
文部科学省の方針を踏まえ、学校はどのように個別最適化を進めていけばいいのでしょうか。様々な学校現場に関わりながら、教育の情報化に取り組んできた東北学院大学の稲垣忠教授に話を聞きました。
稲垣 忠(いながき・ただし) 1976年愛知県生まれ。東北学院大学文学部教授。専門は、情報教育、教育工学。文部科学省のデジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究有識者。共訳に『情報時代の学校をデザインする 学習者中心の教育に変える6つのアイデア』(北大路書房)がある。
目次
「誰一人取り残すことのない、個別最適化された学び」とは
最初に確認しておきたいのは、文部科学省の文書に見られる「個別最適化」に関連した表現の変遷です。平成30年6月に文部科学省から出された「Society 5.0 に向けた人材育成」には、「公正に個別最適化された学びを実現する」と書かれています。令和元年12月、文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」(GIGAは、Global and Innovation Gateway for Allの略)の目的は「誰一人取り残さない、公正に個別最適化された学びの実現」とされていましたが、その後、「誰一人取り残さない、個別最適化された学び」という表現が増えてきました。
個別最適化という言葉には、以前は「公正に」が必ずついていました。これは「公正にチャンスをつくる」ことだと私は解釈していますが、GIGAスクール構想になってからはあまり使われなくなり、その代わりに「誰一人取り残さない」というキーワードがつきました。「誰一人取り残さない」には、不登校の子どもたちや、障害のある子どもたち、外国籍の子どもたちなども含まれるはずです。そう考えると、個別最適化は単に教室で子どもが1人1台の端末を使って何をするかということだけが重要なのではないということです。多様性を意識したうえで子どもたち一人一人のニーズに応えていこうとするものであり、もっと広い意味で捉えることが求められます。
家でも端末を使える環境整備が重要
新型コロナウイルスの感染拡大により、学校を取り巻く環境が大きく変わりました。たとえ学校が休校になっても子どもの学力を保障していくには、端末を家でも使えるようにする必要があります。
端末を学校が管理せず、子どもにずっと持たせておくことは、諸外国ではすでに行われています。BYOD (Bring your own device)という言い方をしますが、日本でも高校では自分の端末を自分で管理することが、GIGAスクール構想の前提となっています。日本の私立の小・中学校ではすでに取り組みは広がっています。もはやできるかどうかを議論する段階ではなく、公立の小・中学校でもいずれそうなることは確実であり、いつどの段階で始めるか、という話になっています。
家庭で端末を使用するとなると、インターネット環境がない家はどうするか、という問題が出てきます。 家庭にWi-Fiルーターを貸し出す、LTEや5Gの端末を配る、などの方法も考えられます。あるいは、公民館、町の集会所など、地域の拠点となる場所へ行けばWi-Fi につなげられるようにするなど、各自治体で工夫してほしいと思います。その分、各自治体が負担する費用が増えるかもしれませんが、新型コロナウイルスだけでなく、少子化や社会構造の変化を見据えて検討し、整備していくべきでしょう。
ドリル系アプリ・動画系アプリ どう扱うか
個別最適化を支援するICTは、①ドリル系アプリ、②動画系コンテンツが代表的です。それぞれの特徴をご紹介します。
①ドリル系のアプリ
ドリル系のアプリを、授業中に使う必要はないと私は考えています。授業ではせっかく子どもたちが集まっているのです。教室の中で子どもたち全員が端末に向かい、黙々とドリルをしていたら、それはもったいない話です。一斉授業の中に無理やり組み込み、「最後の5分間必ずやりましょう」などという活用だけでは、個別最適化は実現しません。ドリル系のアプリでは、一人一人が自分のペースで取り組むことが重要だからです。家庭学習や朝学習など、授業以外で自由に取り組めるような時間や機会をつくる必要があります。
ドリル系のアプリでは、ここ数年で、子どものつまずきの分析や、先生側で学習状況をモニタリングするテクノロジーがだいぶ良くなってきています。私が共同研究を行ってきた「やるKey」の場合、先生用の管理画面に、全単元の全問題の一覧があり、クラスの誰がどの単元のどの問題まで終わっているのか、どのレベルの問題を間違えたのか、などが可視化されます。もちろん、モニタリングできる学習履歴は授業時間中だけではなく、登下校中や家庭で行ったものもすべて見られます。紙のドリルのように、先生が丸つけをしなくても、どの子どもに個別に指導する必要があるのかを発見しやすくなりました。
②動画系のコンテンツ
動画系のコンテンツは、NHK for Schoolのように多様な教科向けの番組や、短時間の動画クリップのように、個別の興味・関心に応えられる教材が豊富にあります。一方、個別に学習ペースに応じるための動画を活用した指導法として、反転授業があります。これは、子どもが家で動画を見て個別に学習し、教室の授業ではみんなで練習問題などに取り組むという、従来の授業と宿題を反転させた授業スタイルです。
かつて私はある先生と組んで、日本で最初に小学校で実証実験をしたことがあります。子どもが家で動画をどのように見たのか、全部記録が取れるシステムを使ったところ、1本5~10分程度の動画を、1回だけ見て終わりの子ども、何度も見る子ども、小刻みに止めながら見る子ども、途中まで見てやめる子どもなど、いくつかの視聴パターンがあり、視聴の仕方に個別最適化が起こることがわかりました。学力の高い子どもは頻繁に止めて、考えながら見ていました。逆に、学力に課題のある子どもは、途中で見るのをやめていました。しかし、単元テストでは、下位層の子どもたちも点数が上がりました。それは、授業中に学び合ったり、先生から個別指導を受けたりする時間が増えたからです。実証実験の結果、学力保障にもつながることが明らかになりました。授業の役割の変化の一つとして、こうした取り組みの広がりを期待しています。
新型コロナウイルスへの対応で、学校で授業動画をつくって配信する試みがされていると聞きます。自作にこだわりすぎず、すでに公開されている動画を利用することで、子どもとのコミュニケーションの質を高めることに集中する考え方もあります。
学校はいらなくなる!?
経済産業省の未来の教室事業に、私は教育コーチという形で関わっています。個別最適化のドリルを使っているある学校では、単元の学習がこれまでよりも短い時間で終わったため、その分、発展的な課題にみんなで取り組む時間が増えたといった成果が報告されています。
気になるのは、個別最適化が先にあって、指導の時間が短縮できたから発展問題に取り組む、という発想です。私はむしろ逆のベクトルが大事だと思っています。おもしろいプロジェクト学習や探究的な課題があって、それに取り組んでいく過程で、「算数のあの単元がわかっていないと気づいたから、戻ってやってみよう」など、子どもが個別最適化に自分で戻っていくようにしないと、個別最適化の行きつく先は、結局、コンピュータに学ばされるだけの子どもを育てることになります。
端末のアプリを授業の中心にして、それさえ学んでいればOKというようなやり方は、私は避けたほうがいいと思います。そうしないと、「学校はいらない」という話になってしまうからです。
導入初期段階の注意点
端末にどのアプリを入れるのかを決めるのは、多くの場合、教育委員会だと思いますが、導入の初期段階では、基礎的な学力を保障するドリル系のアプリを選択肢に入れておいてほしいと思います。最終的には子どもにとって、コンピュータは文房具のような存在になっていきます。先生が「これを使ってこれをしなさい」といちいち指示をしなくても、学習の中で子どもが必要に応じて自在に扱うようになるでしょう。しかし、今はまだその段階にはない学校のほうが多い状況です。授業時間外でも使えるドリル系のアプリを入れておき、使う子どもも、その学習履歴を管理する先生方も慣れていくべきでしょう。
これまでは授業の中に紙の計算ドリルや問題集などを使って、習熟させる時間が確保されていたと思いますが、ドリルが授業の中心ではなかったと思うのです。コンピュータが1人1台になったとしても、それは同じです。朝学習や、家庭学習など、授業時間以外で自律的に学ぶために使うことをおすすめします。
なお、アプリを学校ごとの判断で入れてよい、としている自治体もあります。公立学校の場合は、少なくとも市町村、あるいは教育事務所の範囲で共通部分を考えておくべきです。最初はみんなでノウハウを共有し、意見交換をしながら、より良い活用法を模索していく必要があります。さらに、学校間で使い方などの情報を共有し、異動しても同じツールが使える環境を整えるためでもあります。
ICT専任の担当者が教育委員会にいない自治体も少なくありません。そのような自治体がGIGAスクール構想の枠組みの中で主体的に準備を進めていくのは容易ではありません。地元の企業に丸投げするのではなく、近隣の教育委員会と情報交換を密に行い、協力し合って進めていくべきです。
学習履歴をどうするか
最後に管理職の先生方にお願いしたいのは、校内研修などを通して、ドリル系アプリなどの学習履歴の見方を、先生たちに共通理解していただくことです。今後、先生たちは子どもの学習履歴を管理し、個別の学習支援をすることになります。これまで見えなかったことが「見える化」されるという意味では、機械が先生たちに有益な情報を提示してくれることは間違いありません。
ただ、そこから何を読み取り、子どもの見取りとどう結びつけるかが重要なのですが、情報量が多く、ベテランの先生と新人の先生では同じデータでも全く違うことに気づいているかもしれません。学年ごとに全クラスで、同じ時間に同じように使いましょう、という形で進める学校も出てくるかもしれませんが、それでは本来の個別最適化から遠ざかることになります。あくまでも「こういうデータが出た場合は、このような指導をすると、子どもたちが自律的に学んでいくうえで助けになります」といった話を、多くの先生方と議論する機会をもっていただきたいと考えます。
これからアプリが改良されていく中で、先生方に提供される情報はどんどん洗練されていくと思います。しかし、データを徹底的に分析することよりも、子どもたちの学びの質を上げるような創造的な授業づくりをしたり、先生でなければできないことをしたりすることに貴重な時間を使ってほしいと願っています。
それから、情報教育担当の先生をサポートする体制づくりも重要です。1人1台となると、このままではどの学校も情報教育担当の先生の負担が非常に重くなることが予想されます。負担を軽減するためにも、1人1台配備に取り組むメンバーを増強する必要があります。また、地域の方や保護者の中には、コンピュータに詳しい方が必ずいらっしゃるはずです。本来はICT支援員が1校に1人常駐するくらいが理想的ですが、まずはボランティアの方々と仕事の分担の仕方を決めていくことは、学校の管理職の仕事として今後重要になるでしょう。
取材・文/林 孝美
「総合教育技術」2020年6月号より