ハルシネーションが起こりやすい材を扱うことで直接取材の重要性などに気付ける

前回から、日本生活科・総合的学習教育学会の福島大会で、大阪市立東田辺小学校の光田匠教諭が発表した、生活科「まちたんけん」の授業で、子供たちの身体性を大事にしつつ、生成AI(以下、AI)のハルシネーションを逆手に取り、情報活用の仕方も身に付けていくような授業を紹介しています。後半の今回は、学習のゴールである他校との交流の後、子供たちが学習の深まりから主体的に探究していったことや、ハルシネーションを逆手に取るような実践の可能性についても紹介をしていきます。

執筆/大阪府大阪市立東田辺小学校教諭・光田匠
目次
宝来山古墳に心を寄せたことが学びの深まり
子供たちの学習は、AIも活用しながらハルシネーション問題にも気付くことで、本や人といった情報ソースの重要性にも改めて気付きつつ、奈良文化財研究所の専門家を招いて直接、質問することで大きく深まっていきました。その後2025年11月に、和歌山県の小学校と「自校の宝」を紹介し合ったところで、当初予定をしていた学習は終わりの予定でした。しかし、子供たちの励起された関心は尽きず、交流後、改めてみんなで古墳を訪れようということになったそうです。
「改めて古墳を訪ねたとき、子供たちは『こんなに古墳って大きかったっけ』とその大きさに心を動かされていました。ちょうどそのとき、古墳の調査をしている人を見かけ、子供たちは周濠の外側から、『すみません、何をしているんですか?』と大声で、何度か声をかけたのですが、チラと一瞥されただけで無視されてしまいました。しかし、その姿に子供たちの興味と、対象に対する切実さを感じることができました(資料1参照)」
資料1

さらに、子供たちの学習活動はここで終わらず、古墳の周濠にポツンとある小さな円墳に関わる内容まで深めていったと光田教諭は話します。
「実は、最初に宝来山古墳を訪ねたときから、子供たちは周濠の中に小さな島のような円墳がポツンとあることに気付いていました。それを学習過程で子供たちがAIなども活用し、小さな円墳の主が田道間守(たじまもり)という垂仁天皇の忠臣であることや、彼が天皇の命で不老不死の果実『非時香菓(ときじくのかくのみ)=橘』を求めて常世国へ渡り、数年後に持ち帰ったこと。しかし、すでに天皇は崩御しており、それを悲しんだ彼は御陵に非時香菓の果実を捧げて殉死したという伝説があることなどを調べていました。
それと並行し、一人の子供は、自分のおばあさんから同様の話を聞いていました。地元のおばあさんのお話と、AIの回答がほぼ同じだったことから、『これはどうも本当やないか』という話になりました。そこで、その子がもう一度おばあさんにお話を聞いて調べていくと、どうやら田道間守が持ち帰ったと言われる『大和橘』の再生プロジェクトがあって、今、絶滅に瀕している大和橘を再生し、増やしていく活動があるらしいということなども知ります。
そうした学習内容を共有していたクラスの子供たちは、彼らが『不死身の実』と呼ぶ大和橘を探して食べてみたいというねらいももっていました。結局、彼らはそれを見つけ、再生活動をしている方の連絡先を調べてきて、私に電話をしてくれと言うのです。そこで、私が電話をして、『子供たちが大和橘のことを調べており、実を狩って食べたいと言っている』とご相談したところ、実際に狩らせていただくことができて、それぞれが家に持ち帰って食べることができたのです」
味は、決して美味とは言えなかったそうですが、「不死身の実を食べた」と思っている子供たちは、皆「おいしかった」と言っていたそうです。それくらい、宝来山古墳に心を寄せたことが学びの深まりだと光田教諭は話します。
「生活科の学習ですから、どれだけ宝来山古墳に心を寄せたかが、『気付きの質の高まり』だと思いますし、総合的な学習の時間(以下、総合学習)であれば、学びの『深まり』であり、そこは十分にできていたかなと思います。先輩方からは、『生活科としては、そこまで質にこだわらなくても自分の好きなものをもっと浅く広く集めていってもよかったのではないか』という評価も受けました。確かに、生活科としてはギリギリだったのかなと自省もしていますが、できれば次年度の総合学習で担当して、探究を続けたかったところです」と笑う光田教諭。
現在行われている学習指導要領の改訂議論では、子供の主体的な探究や、探究の質の重視が明確にされており、こうした取組の可能性も考えることが必要ではないでしょうか。
