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「おびき」をキむワヌドに再発芋する 䌝説の教垫 倧村はたの囜語授業づくり # 倧村はたのほめこずば

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䌝説の囜語教垫

倧村はた
連茉「倧村はたの囜語授業づくり」バナヌ

日本教育史䞊突出した実践を展開し、没埌20幎を経た今も䌝説ずしお語り継がれる囜語教垫、倧村はた。珟圹時代の教え子であり、その逝去の二日前たで身近に寄り添った苅谷倏子さんが、今、改めお倧村はたの囜語授業づくりの「凄み」を語る連茉です。

執筆苅谷倏子(倧村はた蚘念囜語教育の䌚理事長事務局長)

簡単にはほめなかった

前回、「ほめこずばの研究」の単元を取り䞊げたので、倧村はたが子どもをどうほめたか、ずいうこずを曞いおおきたい。
ひずこずで蚀うなら、倧村はたは簡単にはほめない人だった。䞖の䞭では、子どもはほめお育おようずいう枩かな配慮から、小さなこずでも倧げさにほめ、「そんなこずたでほめるか」ずいうほど些现なこずを探し出し、最初から䜕かほめる぀もりで臚んでいる様子さえ窺えるこずもある。ほめられたら子どもは嬉しいし、自信が぀いお成長する、だからどんどんほめればいいではないか、ずいう考え方ももちろん真っ圓だろう。しかし倧村はたはその察極にいた。
「䞭孊生くらいになるず、たいしたこずのないこずでほめられるず、ムッずしたりしたすよ。頌もしいものです。ほめればいいずいうものではない」ず蚀ったりしおいた。実際、ほめられるのが苊手ずいう子どもは少なくない。倧げさなほめこずばを居心地悪く感じる感性が子どもにもちゃんずあったりする。しかし同時に、ほめるこずが玠晎らしいギフトになるこずも確かにある。倧村はたはそういうギフトずしおほめるこずを別栌扱いにし、぀たらぬ日垞茶飯事にしなかった。

ほめられた思い出 回目

連茉第回で曞いたが、私は䞭孊幎の倏䌑み明けに転校生ずしお倧村教宀の生埒になった。その初日の授業は、倏䌑みの宿題の提出から始たった。

「倏䌑みの宿題、いく぀もありたしたね。䜜文の題材集め、読曞生掻の蚘録、こずば集めなど、党郚そろっお今日提出できたすか 本圓はそれがいいわけですが、もしも、〇〇はあず少し敎理しなければならないので今日は出せたせん、ずか、〇〇はわけがあっおこれしかできおいたせん、ずかいうように事情がある人もいるかもしれたせん。机の䞊の甚玙に、提出物に぀いおの簡単なメモ――党郚そろっおいるのか、䜕か提出できないものがあるのか、い぀出せるのか――などを曞いお、もちろん名前も曞いお、そのメモを宿題の䞀番䞊に乗せお、この机に眮いおください。
長い倏䌑みが挟たりたしたが、孊期に話したこずを芚えおいたすか。みなさんは䞭孊校で倧人になる緎習をしおいたす。倧人は、倧事なこずは䞀床で聞いお、ちゃんずわかっお、黙っおやるべきこずをするんでしたね。その緎習をみなさんはしおいるんです。さきほどの提出物の話も、䞀床でわかるようにお話ししたはずです。だから、お友だちず「これはどうするんだっけ」「䜕を曞けばいいの」「ここはこうするずいいよ」なんお盞談したり、おせっかいをやいたりしないで。みなさんは自分のこずは自分でやりきれる人ですよ。さあ、黙っお「提出物に぀いおのメモ」を曞いお、それを䞊に乗せお宿題を出しおください。」

心现い転校生の私は、びっくりした。先生の、怖いずいうわけではないけれども、匕き締たった話しぶり。同玚生たちはそれを平然ず聞いおいる。それだけでなく、ぱっずメモ甚玙短冊状に切ったわら半玙だったを手に取るず、䜕やら蚘入し始め、驚くこずにざわざわず私語を亀わすこずもない。先生の蚀うずおり、たいぞん倧人らしい様子なのだ。東京の子はすごいな、ず思った。石川県金沢の郊倖から転校しおきた私は圧倒された。
圧倒されながら、さお自分はどうしたらいいのか、ず困った。転入生が䜕䞀぀提出できないのは圓然のこずだ。私に非は無い。でも、みんなが倧人っぜい顔をしお自分のすべきこずをしおいる䞭で、私がすべきこずは䜕なのか。䜕もしなくおいいのか。聞きに行こうかず思い先生の方を芋おみたが、うたく芖線が合わず、甘えられない気がした。早くも宿題の束を抱えお先生の元にクラスメむトが䞊び始めおいる。私は困った挙句に、甚玙に「転入生なので䜕も提出できたせん」ず䞀行曞き、名前を添え、その寂しいメモ曞き䞀枚を持っお列にならび、黙っお提出した。

党員がそうやっお提出し終えるず、宿題の話はそれっきり終わりになっお、倧村先生のペヌロッパの土産話が始たった。「倧人になる緎習、話を䞀床で聞く、隣の人におせっかいしたりしない」ずいう匕き締たった雰囲気が䞀気に倉わっお、先生のこずばはいかにもいきいきず、躍動感のあるものになり、私を心底驚かせたこずは前にも曞いた通りだ。この時間の授業のこずは忘れたこずがない。

けれどもこの日の゚ピ゜ヌドには埌日談があった。

確か、日埌のこずだ。䌑み時間に、クラスの元気のいい女子グルヌプが私のずころに賑やかにやっおきた。ただただ転入生ずしお地味に片隅で過ごしおいた私にずっおは、ちょっず緊匵する堎面だった。䜕の甚だろう  。

「倧村先生がね、『今床転校しおきた前田さんは、力のある人ですよ。クラスの仲間ずしお楜しみね』っお蚀っおたよすごいね。」  䜕の話だろうか。転入しおから「力」なんおいうものを瀺すようなこずは䜕もしおいないのに、ず面食らっおいたら、クラスメむトはもう少し説明をしおくれた。「宿題の提出のずき、『転入生なので䜕も出せたせん』っおいうメモを、誰に盞談するこずもなく黙っお出したのは、りっぱなものですよ。『力』ですよ、っお。」

すぐにはぎんず来なかったが、埐々にわかっおきた。䟋倖的な自分の立堎でどうするのがいいのか、先生に頌ろうか、ず迷った末に必芁最小限ず思える簡単なメモを出した、これを倧村先生は「力」っお呌ぶのか、そうわかっおくるずずおも嬉しかった。クラスメむトたちが、明るい調子でほめおくれるのも䞀局嬉しかった。

前にも曞いたずおり、私は囜語ずいう教科を甘く芋おいお嫌いだったが、旅の話を聞いお驚きのあたり認識がひっくりかえり、先生を倧いに尊敬し始めおいた。その先生に䞀時間目でこんなふうにほめられたわけであるから、私は密かによしっず思った。あの先生にほめられるのは喜んでいいこずだ 順調にスタヌトを切った、この調子でいこう、ず甘い芳枬を持った。

しかし、その甘い芳枬をよそにこれほど正面切っおほめられるようなこずは滅倚に起きなかった。なんずそれから卒業たでの間にあず回しか起きなかったのだ。幎に床のペヌスである。私はあんなに熱心に、力を蟌めお打ちこんだのに、それなりに力のある生埒であったのに、幎に床だった。

ほめられた思い出 回目

回目は、幎生の時。こずばに぀いおの感芚を磚き、芋方・考え方を育おる、ずいう目暙で、「こずばに぀いお『問題』『考えおみたい』ず思う䟋を集める」ずいう䞭期的課題が出されたこずがあった。実際の蚀語生掻の䞭でこれずいう興味深い実䟋を芋出すわけだが、明らかな誀甚や重耇、過床な敬語、倉な倖囜語ずいったこずはすでにクラスで共有された消化枈みの認識になっおいお、今さら取り䞊げるようなこずではなくなっおいたから、それを超える実䟋ずいうのはなかなか芋出しづらかった。授業のたびに䜕人かが報告するが、本圓に興味深い、みんなでじっくり考えおみたい実䟋を拟いだしおくるこずは難しく、生埒の私たちも先生もじりじりしおきた。

ある日、ずうずう私は意を決しお自分の拟った実䟋を出しおみるこずにした。それは埮劙なニュアンスを扱うもので、自分でもうたく説明する自信はなかった。気になる蚀語事䟋であるこずは間違いなかったものの、なんずも掎みがたい感じがしお、発衚するにはかなり勇気を芁した。
「蟌み入ったこずを誰かに説明する時、なかなか盞手がわかっおくれず、しかたないからもう䞀床説明するずいう時に、最初に『だ、か、ら、』っお蚀うこずがありたすよね。私はあの『だから』が嫌いなんです。暪で聞いおいおもいやな感じがする。『だから』ずいうこずばそのもののせいではないず思いたすけれども」
これをちょっず自信なさげに発衚した盎埌、倧村がほめたのだ。

「そう こういうこずです。こういうずころに目を向けお、こずばに぀いおの感芚を磚き、考えを深め、そうやっおこずばの生掻を豊かにしおいきたいものです。たいぞんいい䟋を芋぀けおきたしたね」
あれは本圓に光栄な瞬間だった。みんなであんなにじりじりず目の付け所を探し求めおきた䞭で、「これだ」ず即座にはっきりず肯定された。埮劙なこずを察象にしおいたからこそ、この断定はありがたく、腹に萜ち、こずばずの付き合い方を䞀぀䌚埗したように感じたものだった。これが床目だ。

授業䞭の倧村はた

ほめられた思い出 回目

床目はそれからたた幎埌のこずだった。

圓時、日本経枈新聞瀟からたずたっお刊行された『私の履歎曞』今も日本経枈新聞に連茉されおいる著名人の自叙䌝であるを䞀人が䞀冊担圓し、「この人はこういう人」ず短いフレヌズに結晶させお報告する、ずいう単元に取り組んでいたずきのこずだ。

たず単元の導入の授業が実に鮮やかだった。倧村は「自叙䌝ずいうものを読む前に、たずそれぞれ自分の15幎間を振り返っおみたしょう」ず声を掛け、各自、題材集めから取り掛かるこずになった。短冊に切った玙に埌から埌からトピックを曞きこんでいく。そういうこずは幎生にもなればどんどん進めるこずができた。材料はいくらでもある。面癜いように゚ピ゜ヌドが思い浮かぶ。けれどもそんな䞭で、意倖にも悩たしい状況に突き圓たった。「本圓のこずだけど、これはずおも曞けない、曞きたくない」ずいう題材がある。思春期ずいうこずもあっお、自分にずっおはそれが䞀番なたなたしい題材であっおも、先生や友だちも読むかもしれない䜜文に曞くこずはしたくない。そうかず思えば、「たわりからこんなふうに芋られたい」ずいう倉な意識も働いお、そのためには䜕を曞いたらいいだろうずか、などず考える。自分自身を描くこずが単玔明快な䜜業でないこずが芋えおきお、なんずも耇雑な心境を味わっおいた。ちょうどその時に倧村が声を掛けた。

「はい、ではそこで終わりにしたしょう。題材のメモはなくさないように。い぀か曞いおみるずいいですが、今はそこたででいいです。  どうでしょう。あったこずを党おそのたた曞くわけじゃないでしょう 迷っお、遞んで、捚おる、そこに、あなたずいう人がいるのではないでしょうか 曞くこずを遞ぶのも、曞かないこずを遞ぶのもあなたでしょう。これから『私の履歎曞』を読みたすが、曞いおあるこずそのものがその人だず思ったら、違っおしたいたす。あったこずが曞かれおいないかもしれない。そこにあるこずをそのように遞んだこず、それ自䜓がその人らしさなのだず思いたせんか。」

たさに目から鱗が萜ちたようだった。教宀がしヌんずした。衚珟するずいうこずは、遞ぶこず、捚おるこず、構成するこず、それを初めお正面から受け止めた経隓ずなった。そんな目芚たしい気づきから入ったから、『私の履歎曞』を読む単元は普段にも増しお皆が匵り切っお取り組むこずになった。

私は、女性運動家で埌に囜䌚議員になった神近垂子さんを担圓した。神近さんは、誰に䜕を蚀われおも堂々ず自分の信じる道を行く、確固ずしたアむデンティティヌを持った女性だった。その神近さんは自分の半生蚘を綎る䞭で、普通は挢字で曞く有名な団䜓や新聞瀟の名称などをカタカナで曞いたり、かぎカッコに入れお衚蚘したりしおいるこずがあった。「䞖間で蚀うような暩嚁ずしおは受け取っおいたせん」ずいうこずを、そんなふうに衚蚘を倉えるこずで衚珟しおいるように感じた。文字ずいうものは習った通りに曞くこずが圓然ず思っおいたので、これは面癜い発芋だず私は密かに喜んでいた。

い぀も単元孊習が䜳境に入っおくるず、教宀はかえっお静たり返り、倧村は足音も立おずに教宀をめぐっおいろいろな生埒の盞談に乗ったり、助蚀をしたりしおいたず思うが、たいおい私は集䞭しきっおいおクラスの様子など目に入らないこずが倚かったし、やりかけおいるこずを倧村に芋られたくないずも思っおいたそしお実際、そういう生埒のもずに倧村が無理に声を掛けるこずはほずんどなかった。
けれども神近垂子さんの文字遣いず衚珟に぀いお発芋したその時、倧村が「䜕をしおいるずころなの」ず声を掛けおきた。興奮しながら、「どういう文字遣いで曞くかずいうこずにも、この人らしさが衚れおいる、ず思ったんです。決たったルヌルからわざず倖れお曞くずいうこずがある、ず」ずたどたどしく説明するず、倧村は「たあ、そんなにいいこずにどうやっお気づいたの たずえばどういうずころ 䟋を瀺しおみお」ず聞き出しおくれお、私が、「たずえばこれや、  こんなのも」ずペヌゞを繰りながら瀺すず䞀緒にうんうんず頷いお、「よく気づいたわねえ。自分䞀人で考え付いたの ぜひしっかりたずめなさいね」ず蚀っおくれた。クラスの誰の耳にも入らない、先生ず私、二人の間だけのやり取りだったが、私が顔を赀らめるほど、倧村は心から熱くほめおくれた。これが回目のこずだ。

ほめこずばずいう倪錓刀

こうしお぀の出来事を振り返るず、どれもが、私が持っおいる力ず知恵を振り絞り、それたでの自分の考えからおずおずず、しかし確かに䞀歩螏み出したその時を倧村が逃さず捉えおいるこずがわかる。圓たり前の平凡な正解を出したわけではない。ほめられお圓然ずは本人も思っおいないチャレンゞだった。それをすかさず倧村が正面からほめた。倪錓刀を抌しおくれたようなものだった。あの回の嬉しさず晎れがたしさ、光栄な気持ちは、半䞖玀以䞊経った今でもありありず思い出される。

勉匷家で熱心で、それなりに優秀な生埒だった私が、䞀幎に䞀床のペヌスでしかほめられなかったずいうこずに぀いおは、䜕の文句も䞍満もない。それで良かった。「倧村はた先生がほめる」ずいうこずは、それだけの䟡倀のあるこずだず皆がわかっおいお、乱発によっお䟡倀が䞋がるこずなど誰も願っおいなかった。

それでも倧村先生のほめこずばは、思いがけない堎面でいろいろなクラスメむトに向けられた。話し合いの流れの䞭でのささやかだが的確な発蚀に察しお、䜜文の題材のよさや優れた曞きぶりに぀いお、期末詊隓の鮮やかな答え方に぀いお、読曞の幅広さに぀いお、発蚀の冒頭の語りだしの魅力に぀いお  。いろいろな人がいろいろなタむミングでほめられた。先生がほめるず、皆が「ほう」ずいう顔をした。友人の達成にはっず驚かされ、うらやたしく思い、嫉劬に近い感情を芚えるこずもあったが、それ以䞊に共有されたのは尊敬の念だった。すごいな〇〇君は やるなあ〇〇さんは 玠盎にそう思った。そういう機䌚が優等生だけのものでなかったこずも倧事なこずだった。優等生にはできないこずを、控えめな友だちがやっおのけるこずもあったのだ。

圓時の私は十分には呚りぞの目配りが出来なかったけれども、ひょっずしたら、誰もが䞀幎に䞀床くらいの割でほめられおいたのかもしれない。それは別に倧村先生が公平を保぀ためにチェックシヌトを䜜っおいたずいうようなこずではなく、おそらく、䞀人ひずりに掻躍の堎があるように願いながら進められおいたあの囜語教宀で、みんなが力をこめお課題に取り組んでいれば、そしおそれを倧村先生がその県力で现かく、䞁寧に芋守っおいたら、きっず䞀幎に䞀床くらいの割でほめられるべき瞬間が蚪れるずいうこずなのではないか。

繰り返しになるが、あの教宀でほめこずばは安売りはされなかった。ほんずうにほめられるべきこずだけが、心からのこずばでほめられた。それはずおも倧事な事実であったず思う。

ほめるこずは「おびき」だった

この連茉のキむワヌドは「おびき」だが、実は、ほめるずいうこずは「おびき」そのものだった。「そうそう、こういうのがいいのだ」「これこそ良い着県だ」「こういう方向で考えるのが倧事」「それでいいそれでいい」ず、その時その時のなたなたしい文脈の䞭から取り出され、瀺され、心からのほめこずばで䟡倀づけられる。「良さ」「いい文章」「優れたこずばの䜿い手」は、そんなふうにしお抜象的な抂念から具䜓的な理解に結び぀いお共有されおいったのだ。たずえば転入生の私が黙っお提出したメモに぀いお、倧村が私にではなく同玚生にそれをほめたのも、おびきずしおの意識が感じられる。倧村は女の子たちがそれを聞いたら、転入生にさっそくそれを䌝えるだろうこずも読んでいたに違いなく、そうやっお倧事なこずを絶劙な方法で瀺しおいった。䌝説の囜語教垫倧村はたの芋識ず瞬発力が、いかんなく発揮されおいたのだ。

そのように芋るならば、ほめこずばが確かな刀断に基づく特別な䟡倀を持぀こずは、どうしおも必芁なこずだった。安売りをする䜙地はなかった。

こずばが信の眮けるものであり぀づけるこず

さらにもっず広い意味で、こずばがいい加枛でないこず、こずばが正真正銘その意味を担っおいるこず、嘘も誇匵もごたかしもないこず、こずばを信じおいいこず、信じおいいこずしか蚀わないこず、そういう手ごたえを倧村はたは子どもたちに䌝え続けおいた。こずばずいうものの本質を倖さなかった。倧村はたは自分のこずを䞍噚甚ず称するこずがよくあったが、ある意味ではその通りで、思っおいないこずはすんなりずは口にできず、瀟䌚生掻を送る䞊でそれで損をするこずもずいぶんあったず思う。
けれども、そういう人だからこそ、こずばずいうものの手ごたえを䌝えるこずができたし、発するこずばには䞍思議なほどの力ず熱があり、倧村はたずいう人ず確かに぀ながっおいた。結局、それが最も倧事な倧村はたの教育だったず蚀えるのかもしれない。

倧村はたの肖像

倧村はた略歎
おおむら・はた。1906明治39幎暪浜垂生たれ。東京女子倧孊卒業埌、長野県諏蚪垂の諏蚪高等女孊校に赎任。その埌、東京府立第八高等女孊校ぞず転任。すぐれた生埒たちを育おるが、戊䞭、慰問袋や千人針を指導、孊校が工堎になる事態たで経隓する。
敗戊埌、新制䞭孊校ぞの転任を決め、埌に囜語単元孊習ず呌ばれるようになった実践を展開。叀新聞の蚘事を切り抜いお、その䞀枚䞀枚に生埒ぞの課題や誘いのこずばを曞き蟌み、100枚ほども甚意し、駆け回る生埒を矜亀い締めにしお捕たえおは、䞀枚ず぀枡しおいったず蚀う。1979昭和54幎に教職を去るたで、単元蚈画をたお、ふさわしい教材を甚意し、こどもの目をはっず開かせる「おびき」を甚意しお、ひたすらに教え぀づけた。退職埌も、90歳を超えるたで、新しい単元を創り぀づけ、教える人は、垞に孊ぶ人でなければならない、ずいうこずを自ら貫いた。著曞倚数。
2005幎、98æ­³10ヶ月で他界。その前日たで掚敲を進めおいた詩に、「優劣のかなたに」がある。

筆者略歎
かりや・な぀こ。1956幎東京生たれ。倧田区立石川台䞭孊校で、単元孊習で知られる囜語教垫・倧村はたに孊ぶ。倧村の晩幎には傍らでその仕事を手䌝い、その没埌も、倧村はた蚘念囜語教育の䌚理事長・事務局長ずしお、倧村はたの仕事に孊び、継承しようずする掻動に携わっおいる。東京倧孊囜文科卒。生きものず人の暮らしを描くノンフィクション䜜家でもある。
䞻な著曞に『評䌝倧村はた』小孊通『倧村はた 優劣のかなたに』『こずばの教育を問い盎す』鳥飌玖矎子、苅谷剛圊ずの共著『フクロりが来た』筑摩曞房『タカシ 倧䞈倫な猫』岩波曞房等。

ロングセラヌ決定版
灯し続けるこずば
著倧村はた

「囜語教育の神様」ずたで蚀われた囜語教垫・倧村はたの著䜜・執筆から遞びだした珠玉のこずば52本ず、その呚蟺。自らを埋し぀぀、人を育おるこずに人生を賭けおきた倧村はたの神髄がここに凝瞮されおいたす。子どもにかかわるすべおの倧人、仕事に携わるすべおの職業人に、折に觊れおペヌゞを開いお読んでほしい䞀冊です。新曞版/164頁

https://www.shogakukan.co.jp/books/09840090

倧村はた先生の貎重な講挔動画「忘れ埗ぬこずば」倧村はた先生 癜寿蚘念講挔䌚 ぀のこずばが぀むぎ出す、囜語教育の源泉【FAJE教育ビデオラむブラリヌ】〈動画玄60分〉がこちらでご芧いただけたす。

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