話合い活動「文殊の知恵」で自主性・協調性・寛容性を育む!
元文部科学省視学官で、特別活動について全国の学校を指導している杉田洋先生(國學院大學教授)が推薦する、東京都新宿区牛込仲之小学校の特別活動の実践を紹介します。 牛込仲之小学校の独自の活動である「文殊の知恵」は、将来、社会で生きる力につなげたいという思いから生まれた実践で、学級会で折り合いをつける話合いを通して、自主的、実践的な子供の育成を目指します。
監修/國學院大学教授・杉田洋
目次
「文殊の知恵」独自の活動で支持的風土をつくる
牛込仲之小学校で令和元年度から始めた取り組みに、「○人寄れば文殊の知恵」という活動があります。例えば、5年1組に在籍する子供は23人だから、5年1組では、「23人寄れば文殊の知恵」と呼ばれています。中学年では「牛仲ほっとタイム」、低学年では「おしゃべりタイム」という名称で同じような内容の活動を行います。
その活動内容は、自分の悩み等を学級のみんなに聞いてもらい、それに対して学級の子供たちがアドバスするというもの。
自分の悩みについて学級の友達のアドバイスや共感を聞き、自分の心を開示し、考え方を広げ、友達の悩みとの共通点や考え方の違いに気づき、自己開示や共感を楽しむことを目標とします。
こうした自己開示、他者理解、自己理解を繰り返す中で、学級の支持的風土の根幹を醸成することをねらいとしています。
これは富山県の小学校で行われている「くらしのたしかめ」という実践を参考にして、本校の子供の実態に合わせて独自の活動を開発したものです。
「文殊の知恵」に取り組む理由について、導入にかかわった田中主任教諭はこう話します。
「学級会の話合いでは、勉強のできる子だけが意見を言うことができるという雰囲気が学級を覆っていました。これでは、学校の成績さえよければいいというような価値観が支配するままに、子供たちは中学、高校と進んでしまいかねません。そのことに非常に危惧を感じました」
同じく導入にかかわった梶主任教諭も次のように話しています。
「勉強のできる子が意見を言うと、他の子は意見を言えなくなるような状況でした。反対意見が出ると、それを論破して言い負かそうとします。表面的に人の意見を受け入れるふりをするだけで、その人の価値観を尊重しているわけではない。合意形成をして学級のみんなでよりよいものをつくろうという意識が低いと感じました」
事前に教師だけで「文殊の知恵」を行ってみる
教師の間にそのような問題意識はあったものの、この活動がどれほどのものかは、やってみなければわかりません。そこで、校内研究の時間を使い、教師だけで試しに「文殊の知恵」を行ってみました。校長や副校長も参加しました。
まず、田中主任教諭が話題を提示。
幼いお子さんを持つ田中主任教諭は、仕事と家庭の両立をどうしたらいいかという悩みを打ち明けました。妻の家事を手伝いたいけれども、なかなか仕事が忙しく、それができませんでした。
それに対して、参加した同僚たちは、
「悩むのは、どんなとき?」
「奥さんからどんなことをお願いされるのか」
「できていることと、できていないことは何か」
などを質問しました。
質問とその回答がある程度集まったら、次はアドバイスの時間。最も共感を得られたのは、仕事優先の日と家庭優先の日を分けるというアドバイスでした。
「いいアドバイスをしようと、あのときの自分はどうしたとか、自分の人生を振り返ったりして、こちらも真剣に考えます。自己開示、他者理解、自己理解の中の自己理解というのがよくわからなかったのですが、実際にやってみて、自己理解の意味がわかりました」(佐藤校長)
参加した教師は皆、すごく楽しかったと感想を漏らしました。
「悩んでいるなら、一丁、真剣にアドバイスしてみようか」という気持ちになったそうです。教師の間でも、自己開示をしたことがなく、踏み込んだ会話をしたことがなかったことが影響しています。この経験により教師たちがつながりを感じることができました。
学級での実践は担任の自己開示から始める
「文殊の知恵」は朝の会などを利用して行われています。時間は15分。やり方は、以下のようになります。
学級で最初に「文殊の知恵」を実践するとき、担任は自分が小学生のころに抱えていた悩みを提示し、子供たちからアドバイスをもらうというやり方でこの活動を始めました。
田中主任教諭は、小学4年生のときの悩みを話しました。
転校して全校児童の前で転入の挨拶をすることになりましたが、「4年○組に入った田中です」というひと言が緊張して言えませんでした。ふだんは人前でも話せるのに、大きな舞台だとまったく話せなくなる田中少年に向け、みんなにアドバイスしてほしい。
と提案しました。
子供たちからは、「いつも緊張するのか」「対策はしていなかったのか」などの質問が出され、それに答えたあとには、アドバイスが次々に出ました。すぐに子供たちは「文殊の知恵」のイメージをつかむことができました。
この活動には答えがありません。悩みを打ち明けてくれたのだから、その人のためにアドバイスしてあげようという気持ちになり、子供たちは口々にこの活動は楽しいと語ったそうです。
担任の自己開示からこの活動を始めてよかったと担任は手応えを感じました。「先生が小学生のときにも、自分たちと同じように悩みがあったんだ」と子供たちが担任に共感し、子供たちと担任の間の垣根が低くなりました。
1.話題提示(1分)
話題提示者(1人)が黒板の前に立ち、例えば、「成績が上がらなくて困っている」などと自分の悩み等を打ち明ける。
話題提示は学級の子が全員経験できるよう順次行うようにする。
2.質問タイム(3分)
学級の子供たちが、「1日に何時間勉強しますか」など自由に質問をする。
3.共感・アドバイスタイム(8分)
話題提示者に「途中に休憩を入れたりして効率的に勉強したらどうですか」などさまざまに助言をする。
4.お礼のスピーチ(3分)
話題提示者が共感やアドバイスをしてもらったことに対して感想を述べる。
また、司会、書記、教師も感想を述べて、終わる。
子供たちが変わっていく印象的な場面
梶主任教諭が鮮烈に記憶している「文殊の知恵」は、内村弘一郎教諭の学級6年1組で行われたものでした。女の子が、どうしてもお母さんに反発してしまうという悩みを相談しました。
いつ反発しますか?
毎日です
どうして反発するのですか?
わかっていることを言うから
どう反発するのですか?
ちょっとだまってとか言います
やめてって言わないのですか?
言います
なぜお母さんは怒りますか?
わかりません
活発にやりとりが行われる中で、「言う側の気持ちを考えたことはありますか?」という質問が出たことに注目しました。それに対して本人は、「お母さんは私のことを考えてくれてるのかもしれないということが、友達とのやりとりで気づくことができました」と答えました。
梶主任教諭は、多感な時期の高学年の子が親に反抗してしまう話題や、勉強に関する話題をみんなの前で話せる姿を目の当たりにして、徐々に子供たちが自分をさらけ出すことに抵抗がなくなっていると感じました。
田中主任教諭は、ある女の子が友達に話しかけられないという悩みを相談した「文殊の知恵」が記憶に残っているといいます。
どんなとき、話しかけられないですか?
盛り上がっているときです
絶対に話せない人はいますか?
いません
積極的に話しかけられる人はいますか?
ほぼいません
話しかけようと思ったことはありますか?
あります
それに対するアドバイスは次のようなものがありました。
話を聞いて共感するといいと思います
相手を観察して、長所を褒めてあげて話しかけるといいと思います
無理しないで、盛り上がっていないときに話すといいと思います
楽しそうな話題をつくっておくといいと思います
話題を提示した女の子の振り返りシートには、自分は友達を増やしたいという気持ちで悩みを相談したが、みんなからアドバイスをもらって、仲良しではない人とも仲良くなれたと書かれていました。
そこには、その女の子のなりたい自分に近づいたという自己実現の様子が見てとれると田中主任教諭は話します。
取材・文・写真の一部/高瀬康志
「教育技術小五小六」2020年4/5月号より