「学校のガバナンス」とは?【知っておきたい教育用語】
教育分野で度々耳にするようになった新しい用語を、深く掘り下げて解説します。今回は「学校のガバナンス」を取りあげます。
執筆・監修/筑波大学教授・浜田博文
目次
「ガバナンス」の新しい意味
教職員や教育行政の専門家などが中心となって運営していた学校はいま、それ以外の多種多様な立場で学校に関係している人々の参加を重視した運営の姿に変わってきています。それを象徴的に言い表す言葉が「学校のガバナンス」です
「ガバナンス」という言葉の元々の意味は「統治」「管理」「支配」ということです。しかし、1990年代半ば以降、様々な分野で関心を集めるようになったこの言葉には、ある社会的事業に何らかの利害関係をもつ人々が、それぞれの異なる立場から管理・運営に参画するという意味が込められています。
「学校のガバナンス」の場合は、学校教育に関わる政策の立案・策定・実施の過程や、学校で行われる教育活動の発案・実践の過程を、そこに関係をもつ多種多様な立場の人々(ステークホルダー)がコントロールしあうということになります。行政権限を与えられた国・地方の機関(ガバメント)だけではなく、学校に関係する多様な人々(教職員、保護者、地域住民等)の共同による管理・運営です。
学校のガバナンス(あるいは教育のガバナンス)が注目されるようになった背景には、企業の経営管理、地方自治体や国家レベルの行政管理、あるいは地域コミュニティなどにおけるネットワーク調整などで、ガバナンスという言葉が頻繁に用いられるようになったことがあります。
教育の「公」と「私」の関係を問い直した学校選択制
そのような時期に教育の世界において注目を浴びた施策があります。1996年12月に政府は規制緩和を進めるために、「学校選択の弾力化」を推奨しました。当時の文部省はそれを受けて1997年1月に「通学区域制度の弾力的運用」を促し、その後、公立小・中学校の選択制を導入する自治体が増えていきました。
子どもの居住地域に基づいて学校が指定されるという制度(「公」)は、個人の自由(「私」)を抑制するという面があります。学校選択制度は、このような「公」と「私」の関係を問い直す意味をもっていました。またそれに付随して、考えるべきいくつかの重要な事柄が出てきました。
保護者が学校を選ぶためには、各学校でどのような教育実践が行われているのかという具体的な情報を入手する必要があります。各学校はそうした情報をわかりやすく公表することを求められます。ここに、「透明性」や「説明責任」というキー概念が浮上してきます。各学校はそれらを意識しながら教育の質の保障を図ります。保護者のニーズや地域の実態を従来以上に把握してそれらに応えると同時に、教職員が考える教育理念とそれに基づく実践を保護者に理解してもらうことが必要となり、それを含めたマネジメントが重要になるわけです。教職員以外の人々による「参加」や「評価」というキー概念が必要とされる所以です。
ステークホルダーの参加するガバナンスへ
学校選択制は学校のガバナンスの必要性を示す一例に過ぎません。コミュニティ・スクールをはじめとして、学校評議員制や学校関係者評価など、過去20年ほどの間に実施されてきた施策も同様の方向性をもっています。
学校教育は「教育を受ける権利」をすべての子どもたちに平等に保障するという社会的使命を負っています。日本では長い間、その使命を遂行するためには学校教育は国・地方自治体という「官」に任せることが最善策だと考えられてきました。しかし、1990年代以降、公共的な事業のいくつかは、「官」の力だけに頼っていては十分に質を維持できないという事態が明らかになってきました。行政機関の機動力の不足、行政管理での不正や無駄遣いなどの事例は枚挙にいとまがありません。学校教育を取り巻く環境も、人々の意識や価値観の多様化、子どもが直面する課題の多様化・複雑化、学校が取り組むべき課題の広範化など、大きく変化しています。
以上のような時代の転換期にあって、学校教育および学校組織の管理・運営の仕組みは、「官」を中心したガバナンスからからステークホルダーの参加によるガバナンスへと舵を切ることになりました。
コミュニティ・スクールや「チーム学校」の登場
文部科学省によって積極的に推進されているコミュニティ・スクールの仕組みは、学校の新たなガバナンスを象徴するものといえます。2000年に出された教育改革国民会議の報告書では、コミュニティ・スクールは「地域独自のニーズに基づき、地域が運営に参画する新しいタイプの公立学校」と位置づけられています。そして2004年には、地域住民・保護者等を主要メンバーとする「学校運営協議会」を設置した学校という形で法制化されました(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)。そこには、地域や子どもの実態を踏まえて、子どもたちに必要な教育を教職員・保護者・地域住民の共同で創り出すという意図が含まれています。
同時にこの制度は、学校の教育課程は教育の専門家が編成し実施すべきもの、という旧来の認識を揺るがす要素を備えています。学校運営協議会には、教育課程を含む学校運営の基本的な方針を承認することや、教職員の任用について任命権者に意見を述べる権限などが与えられました。2017年には、「学校運営への必要な支援」についての協議が加えられる一方、教職員の任用に関する意見等は必ずしも扱う必要はないなどの法改正が行われました (地方教育行政の組織及び運営に関する法律(第47条の6)条文解説) 。
「チーム学校」という言葉が広く注目されているように、学校での教育が特定の専門家の力量と努力だけで遂行できる時代は過ぎ去ったといえます。いろいろな専門性をもつ人々が教育に関与することが必要とされています。さらに、子どもたちが育ってゆく道のりは平坦ではないという観点から、多様な立場の人や異なる世代の人たちが参加できる仕組みが求められています。
ただし、学校教育において教員の教育実践を根底で支える教職の専門性は依然として重要な意味をもっています。多様な人々が関わり合うガバナンスの過程において、教育実践の核心部分を受け持つ教員には、学校教育をリードする固有の役割が期待されます。
以上のことを踏まえて、望ましい学校のガバナンスのあり方を追求していく必要があります。
▼参考文献
佐藤晴雄著『コミュニティ・スクール―「地域とともにある学校づくり」の実現のために』、エイデル研究所、2019年
浜田博文編著『学校ガバナンス改革と危機に立つ「教職の専門性」』学文社、2020年