【出版記念スペシャルインタビュー】全国調査から見える青少年の「性の悩み」生の声
2023年度に実施された青少年の性行動の全国調査をまとめた『「若者の性」白書-第9回 青少年の性行動全国調査報告-』が出版されました。その白書の執筆者の1人である明治学院大学社会学部教授・加藤秀一先生に、現代の若者が性について何に悩んでいるかや教師の向き合い方について伺いました。性の悩みについて、興味深い内容が分かります。
目次
「性に対するネガティヴな感情」は女子に顕著
――青少年の性についての「悩み」のなかで、加藤先生が特に注目すべきポイントとしてどのような内容が挙げられますか。
加藤 私が特に注目したポイントとして「性に対するネガティヴな感情」「性別違和と性別拒否」「エイズへの言及の減少」「デジタル性暴力/セクスティング被害」の4点を挙げたいと思います。この4点というのは、私が分析を担当した自由回答の質問「あなたは、現在、性について悩んでいることはありますか。下の欄に何でも自由に記入してください」の自由回答全体を網羅的に見て、非常に興味深い問題が垣間見えたポイントになります。
――注目ポイント1点目の「性に対するネガティヴな感情」の概要を聞かせてください。
加藤 「性に対するネガティヴな感情」は、圧倒的に女子に特徴的なことですね。『「若者の性」白書』(以下、白書)の自由回答で、具体的に拾った語句としては「嫌」「怖い」「不安」「気持ち悪い」が多数見られます。また、数は少ないのですが、「痛い」という具体的な表現があります。
これらの言葉を回答に書かれた記述に即して見ていくと、様々な文脈で出てきていることが分かります。性に関わること全般が「嫌に感じられる」という漠然とした嫌悪感があります。それから、後ほど出てきますが、性暴力や性被害などにも関わってきます。そのほか、例えば、「胸が大きいことをからかわれた」「胸が大きいのが嫌だ」などや、逆に「胸が小さいのが嫌だ」などという記述が見られます。また、「性感染症」や「妊娠について怖い」「生理が不快」などもあります。
このような何らかの意味で、ネガティブな記述というのは、男子にもありますが、圧倒的に女子に目立ちます。
――注目ポイント2点目の「性別違和と性別拒否」の概要を聞かせてください。
加藤 「性別違和と性別拒否」は、言葉通り、非常に広い意味での「性別違和」です。精神医学的な定義に当てはまるかどうかという厳密な分析はしていないのですが、何らかの意味で「自分が男である」「女である」ことに嫌な感じを抱えている「性別違和」というのが目立ちます。
「性別違和」と重なっているところもありますが、別の意味の書き込みとして、「性別はそもそもなくなってしまえばいい」「男にも女にもなりたくない」「子供を産める体ということが嫌」など、人間に性別があること自体が耐えられないというような言葉もあります。それらは「性別拒否」と呼べるのではないでしょうか。
第6回(2005年)から第9回(2023年)までの過去4回分の調査データを比べると、「性別違和」に言及する自由回答は少しずつ増えていますが、「性別がそもそもなくなればよい」や「子供を産める体ということが嫌」など、性や生殖などの強い否定の言葉は今回が初めてでした。
それと関連して、「トランスジェンダー」「ゲイ」「レズビアン」という言葉は比較的前から使われていましたが、今回、「Xジェンダー」「Aセクシュアル」「Aロマンティック」「ジェンダーレス」「パンセクシュアル」(またはこれらの略語)など、性に関わるアイデンティティを表す新しい言葉が見られます。実際に前回の2017年調査では全く見られなかった言葉がこの6~7年の間に、若者たちにも共有され、それを使って自分のあり方を表そうとする傾向が目立ちます。
――注目ポイント3点目の「エイズへの言及の減少」の概要を聞かせてください。
加藤 今回、「エイズ」「AIDS」ということに言及する回答が減っています。なぜ減っているのかということについては青少年の性行動調査のデータだけでは分析できません。推測できることの1つとして、1980~90年代半ばくらいまでは、「HIV感染」はすぐに死を連想させるような非常に怖い対象でしたが、徐々に認知されるようになり、「すぐ死ぬ」という受け止められ方はしていないということが考えられます。
もう1つの解釈として、「エイズ」「HIV」という言葉自体は知っているが、実践的な知識として身に付いていない可能性があるということです。仮に若者たちの性感染症に関する知識不足や予防に対する意識の低さを示唆するとすれば、これは見過ごせないことです。
「デジタル性暴力」は悪質な大人のほか同年代からも
――注目ポイント4点目の「デジタル性暴力/セクスティング被害」の概要を聞かせてください。
加藤 「デジタル性暴力/セクスティング被害」については、年齢の低い子供たちに一番関わっている大人が把握しておかないといけないテーマだと思います。警察統計では、中学生、高校生のどちらも多いのですが、特に、デジタル性暴力について認知された中学生の被害が多いというのは衝撃的でした。
小学生はスマートフォンを持たせてもらってない子供が多いと予想できますので、直接被害に遭う人数としては多分少ないだろうと思います。しかし、スマートフォンを持たされて、保護者がその危険性を理解してない場合には小学生がその危険にさらされる可能性は高いので、深刻な問題になる恐れがあると推測できます。しかし、その実態は分かりません。
デジタル性暴力の問題を考えると、本人が性的なことを意識するような発達段階に達していなくても、否応なくこの性的な視線にさらされ、単に視線にさらされるだけではなくて、性的な働きかけに巻き込まれるリスクを負っています。何らかの形で危険な目に遭わないようなことを教えて、行動の仕方を学ぶことが必要だと改めて感じました。
デジタル性暴力は、中高生に対して悪質な大人が働きかけをしてくるケースも多いのですが、今回の自由回答の中身を見ていると、特に親しいわけでもない顔見知り程度の同学年の男子から「裸の写真を送れ」というメールが送られて困った、怖かったという声が散見されます。
デジタル以前に、面白半分でいやらしいことを言われるからかいは昔からあります。過去4回のその自由回答の中身を見ていると常に一定数出てきています。女子たちのいるところでわざと男子たちがセックスの話を大声でして反応を楽しむというタイプのハラスメントは以前からあり、その一部がデジタル性暴力に姿を変えて行われているという面があります。
知らない大人から身を守るというだけではなく、女子たちは同じ学校や同じクラスの男子の一部からもそういう目に遭わされているということも見逃せない状況です。
――これらの「悩み」を少なくするというのは大変難しいことなのですよね。
加藤 大前提として「悩み」があるのは人間として当然のことで、それは仕方のないことと言えるでしょう。例えば、4つのポイントの1つである「性別違和」について、男女の取り扱いの区別には必要な部分もあることを踏まえたうえで、男子と女子とをことさら分けて扱うことをもう少し緩和できれば、それに合わせて性別への違和感も緩むという傾向があります。近年では、制服が自分で選べる状況も見られますが、もっと制服の扱い方の幅を広げて、子供たちが着たいと思うような具体的な対処がなされていくことが大切です。これはあくまでも1つの例で、制服以外にも男女の二分法を押し付けるべきでないことはたくさんあります。
大きなスローガンとしては「多様性や一人一人の思いを大切にする」という言葉になり、男女の強力な二分法を緩める方向で子供の気持ちをくみ取るという一般論になってしまいます。
――小学校現場では、高学年になると、男女が手をつなぐなど接触する場合は男女を分けてほしいという保護者からの要望があるケースがあると聞きます。
加藤 性暴力の被害や性的な危険にさらされる被害をどれだけ最小化するかということを突き詰めていくと、確かに男子を女子から遠ざけるという分離主義にならざるを得ないのです。しかし、それは男女という枠にあまりこだわらないで済むような社会をつくっていこうという、男女共同参画やフェミニズムなどの流れに逆行する面があります。
「男子と女子を接触させないでほしい」という感覚は、男女の区別をあまり強調しないように性別役割分業を緩めていくということへの一種の反動として強まっている部分があると思います。それは女性が性的被害に遭うことに対する警戒心から出ているので、一概に否定されるべきものではないのですが、ただそれを極端に推し進めれば男子と女子の分離になってしまいます。難しい問題でもあります。
人間が生まれる原理を知ることに弊害はない
――小学校で性教育を充実させることが重要な課題だと思われます。充実させるためのアドバイスをお願いします。
加藤 「性教育」というと小学校では誤解や偏見があるように思われます。5~6歳の子供にセックスの仕方を教えるようなイメージは明らかに偏見ですが、「子供がどのようにしてできるか」「自分がどのようにして生まれてきたか」を早くから知ることを妨げるべきではありません。例えば、イギリス・ロンドンにある自然史博物館に行くと、人間というものはどういうものかという大きな展示があります。何十メートルもあるトンネルをくぐりながら人間が生まれて死ぬまでのことを見学できるのです。最初は「パパとママが愛し合って性行為をしてあなたはできた」という内容の言葉が書かれてあります。何歳からでも人間がどういうふうに生まれるのかということを知ることに何の弊害もないと思います。
基本的には性に対する十分な知識をもった若者のほうが、自己抑制が利いて危険な行動をしないようになるというのが世界中で知られています。例えば、オランダでは、5歳から性教育をして、10代の妊娠中絶が減少したということも分かっています。
日本の小学校では「生命(いのち)の安全教育」として授業があると聞きます。自分の体を守り、自分と他人の境界線というものを意識して、勝手に他人の体に触ると相手は嫌かもしれないし、それは自分がされても同じかもしれません。人によって「嫌」という感覚は違うのだから、他人の体を勝手に触ったり、好き勝手にしたりすることはいけないという意識を教えていくような活動がされていると思います。例えば、助産師の方に講義してもらうという学校も見受けられます。また、同じ外部講師が保護者と子供たちに同じ内容の性教育の講義をするということを行っている学校もあります。
――小学校で性教育の授業を行う場合、留意点を教えてください。
加藤 これは現場の先生方が常に苦労されていることで、小学生に教えた経験のない私がアドバイスをするなどおこがましい限りです。ここでは、何かの示唆になるかもしれない点を1つだけお話ししたいと思います。『カランコエの花』という短編映画の話です。ある高校で、「性的マイノリティという人たちがいるので、既存の男らしさとか女らしさに当てはまらない人を差別してはいけません」など、付け焼き刃でLGBTQの話を先生がしました。すると、生徒たちが、「誰がレズビアンだ」とか、「誰が実は男になりたがっている」ということを詮索し始めて、かえって当事者が追い詰められるという様子を繊細に描いたものです。
そういうことまで踏まえて性教育というのは行わないと、善意がかえって当事者を追い詰めることになることもあります。これは、実際のことではありませんが、こういう状況がありうるということです。たとえ、いじめでなくても本人がむしろ苦しい思いをさせられるということを強化してしまうかもしれません。そういうことにも気を付ける必要があると思います。
また、小学校や中学校で性教育の授業を行う場合、保護者への事前説明が必要だと思います。「こういうことを教えます」と通知を送り、意見を回収するやり取りを授業のプロセスの中で組み入れておくようにすればよいのではないでしょうか。手間がかかりますが、このステップを省いてしまうと、いらぬトラブルが生じかねません。例えば、外部講師として助産師の方に来ていただく講義に、「保護者のみなさまもぜひ参加ください」という働きかけを行うことも重要だと思います。先生方には外部講師の情報なども知っておいていただくとよいと思います。

加藤秀一(かとう しゅういち)
1963 年生まれ。1992 年東京大学大学院社会学研究科Aコース単位取得退学。現在、明治学院大学社会学部教授。第4・7~9回青少年の性行動全国調査委員。専門はジェンダー/セクシュアリティの社会学、生命の社会学。主著・論文に『性現象論』(勁草書房、1998 年)、『〈恋愛結婚〉は何をもたらしたか―性道徳と優生思想の百年間』(ちくま新書、2004 年)、『〈個〉からはじめる生命論』(NHK ブックス、2007 年)、『はじめてのジェンダー論』(有斐閣、2017 年)、『自由への問い8 生―生存・生き方・生命』(編著、岩波書店、2010 年)、『争点としてのジェンダー:交錯する科学・社会・政治』(共著、ハーベスト社、2019年)、『若者の性の現在地―青少年の性行動全国調査と複合的アプローチから考える』(共編著、勁草書房、2022 年)、「「非同一性問題」再考」(『現代思想』2019 年11 月号)、『「若者の性」白書-第9回 青少年の性行動全国調査報告-』(共編著、小学館、2025年)などがある。
取材・文・構成・撮影/浅原孝子
好評新刊 現代の若者の性の実態をリアルに映し出す

『「若者の性」白書-第9回 青少年の性行動全国調査報告-』
編/日本性教育協会 刊/小学館
2023年8月から2024年3月にかけて、全国の中学生・高校生・大学生、約1万3000人を対象に実施された「第9回 青少年の性行動全国調査」の結果をまとめた論考集。この調査は、50年以上にわたり継続されている、国内外でも類を見ない調査であり、青少年の性行動や性意識の変化を捉えるうえで欠かせない基礎資料です。