「受益者負担」と「設置者負担」とは?【知っておきたい教育用語】
日本国憲法では、第26条で「義務教育はこれを無償とする」と定めています。義務教育は、小学校と中学校の9年間ですから、この間に国、地方公共団体(自治体)が設置する学校での教育に係る必要は、原則、無償となります。しかし、教科書ではない教材・教具や、移動教室・修学旅行などの費用については一般的には保護者が負担しています。学校を設置する者とその学校で公的な教育制度のもとに利益を享受する子ども(家庭)が負担する費用についての基本的な考えを見ていきましょう。
執筆/創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴
目次
「受益者負担」と「設置者負担」とは
【「受益者負担」と「設置者負担」】
学校教育における「受益者負担」と「設置者負担」の考え方は、教育制度の財政における負担の分担方法を説明するもの。教育を受ける側の「受益者」と、学校を設置・運営する側の「設置者」との間で、どのように費用を分け合うかを示している。
「受益者負担」の考えは、教育を受けることによって得られる利益(知識やスキルなど)を享受するのは子どもたち自身であり、その負担もある程度は必要だという考えに基づいています。簡単にいえば、教育を受ける人がその費用を支払うということです。一方、「設置者負担」については、教育は社会全体の利益であり、全ての子どもに教育の機会が平等に提供されることが社会的な責任であるという考えに基づいています。
このことは、公立学校と私立学校とでは異なります。
公立学校
●受益者負担
授業料は基本的に無料。
制服代や教材費、学校行事費などの教育費の一部に関しては、家庭が負担。
●設置者負担
学校の建設費や教員の給与、教育活動に必要な設備費などの多くの費用は、国や自治体が税金を使って負担。
私立学校
●受益者負担
授業料を含めた学費としての教材費や学校行事費、施設費などを家庭が負担。
教育費用の負担には、「受益者負担」と「設置者負担」のバランスが重要です。すべてを設置者が負担する「完全な無償教育」となると、社会的負担が大きくなります。行政施策としてはできるだけ受益者負担を少なくすることをめざしつつ、教育にかかる費用の一部を家庭が負担する形をとっているのが現状です。
「受益者負担」と「設置者負担」の法的根拠
日本国憲法の第26条では、教育の権利と義務について規定し、教育を受けることが国民の基本的な権利であることを明確にしています。この規定によって、教育は無償で提供されるべきであるという原則が確立されています。
教育基本法では、教育は「平等に提供されるべき」であり、「すべての国民が平等に教育を受ける機会を持つべき」という立場が強調されています。この観点から、義務教育(小・中学校)の段階では受益者負担が過度に重くならないようにするための法的な枠組みが必要とされています。さらに、学校教育法とその関連法では、義務教育は公立の場合、基本的に無償で提供することとし、受益者負担が原則として制限されています。
公立学校における受益者負担に関する具体的な規定は、主に自治体の条例や教育委員会の規則に基づいています。各自治体は、その財政状況や教育施策に応じて、教材費、校外学習費用などについての負担割合を決定しています。
教科用図書(教科書)の無償化
設置者負担の最もわかりやすいものに「教科書の提供」があります。学びの主たる教材としての教科書は、国公立、私立の義務教育諸学校の全ての子どもに無償で提供されています。これは、平等に教育を受ける権利を保障するうえで重要なこととして法でも定められていることです。
義務教育の9年間、全教科の教科書を年度ごとに無償で提供することは、財政的にも大きな負担です。しかし、教科書は学習指導の基盤となるものであり、子どもたちにとって重要な学習ツールです。
国や自治体が教科書を無償で子ども(受益者)に提供し、日本全国のどこでも一定水準の学習が保障されるように、教科書には検定制度が設けられています。検定制度は、文部科学省主導のもと、教育基本法等の趣旨の実現、学問としての正確性の担保、教育内容の一定の統一などを目的として実施されています。
受益者負担軽減が進みつつある義務教育
近年、義務教育段階での学校給食の無償化の議論が盛んになっています。給食を作るための施設や人員、運搬に関わる費用などはこれまで設置者負担で、食材費などの一部を受益者負担とすることが一般的でした。しかし、家庭の経済負担を軽減し、全ての子どもが適切な栄養をとりながら学ぶ環境を整える行政施策が注目されているのです。貧困家庭などについては、これまでも給食費の補助をする制度がありましたが、これは自治体の学校に通う、全ての子どもの給食を無償とする動きです。
2024年度現在、東京都の多くの区市町村、福岡市、名古屋市、京都市などの大都市で一定の条件のもと学校給食が無償提供されており、無償化の動きが徐々に広がっています。しかし、無償化が進んでいない自治体もあり、地域格差が存在します。これは、自治体の財政状況や政策方針のちがいによるものです。無償化を進めるためには、国からの支援や自治体の財政運営の工夫が必要です。
例えば、東京都は市町村に補助金を出し、2025年は都内の全ての学校で給食の無償化を実現する施策を打ち出しています。全国の自治体でも実現できるよう国の施策として実施することを求める声も強くなっています。
幼稚教育や高等学校教育でも進む受益者負担の軽減施策
就学前教育機関の幼稚教育や義務教育後の高等学校教育の無償化、つまり受益者負担の軽減施策も進みつつあります。
幼稚園や保育園などの就学前教育機関の無償化は、2019年に国が示した「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」に基づいて実施されています。その背景には、少子化対策や女性の就業促進、さらには教育機会の平等化があります。子どもが教育を受けるためにかかる経済的負担を軽減することで、家庭の負担を減らし、子育て支援を強化することが目的です。
また、高等学校(進学率が約99%)における授業料の無償化に取り組んでいる自治体もあります。東京都では、2024年度から国公私立学校を問わず、高等学校の授業料を無償化する取組を家庭の所得制限を撤廃して実施しています。ここでも、財政格差による教育の機会均等らしき公平性がゆらいでいる状況が生まれています。
義務教育における「受益者負担」と「設置者負担」の問題を整理し、教育に公費を注ぎ込んで、未来の社会の創り手となる子どもへの教育の機会を確実にしていく意義を確認してきました。その考えは、少子化や女性の社会での活躍の保障などの社会変化に応じ、義務教育にとどまらず、教育全般における「受益者負担」の考えも変化しつつあるといえます。
しかしながら、日本経済の行く末、具体的には「国民の税金をどこに重点的に配分していくか」「未来の社会づくりへの投資をどう考え、具体化していくか」といったことが、国民の意識や政治のしくみなどと密接に関わっていることを私たちは自覚し、今後の教育動向と関連づけて注視していくことが大切でしょう。
▼参考資料
法令リード(ウェブサイト)「義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律」昭和37年3月31日公布
文部科学省(ウェブサイト)「教科用図書検定規則(平成元年4月4日文部省令第20号)」
こども家庭庁(PDF)「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」平成30年12月28日