特別支援教育とインクルーシブ教育。兼ね合わせる? 移行させる?

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タバティのLet’sスマイル (レッツスマイル)学校づくり
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前埼玉県公立小学校校長

田畑栄一

今の時期は、可愛い新入生を迎える「就学時健康診断」が行われる学校が多いのではないでしょうか。
保護者・本人との面談を踏まえて市の就学指導員会の結果が学校に寄せられている頃ではではないかと思いますので、今回は「特別支援教育とインクルーシブ教育」について少し考えてみたいと思います。
世界的には、日本の「特別支援学級制度」は国連障害者権利委員会から廃止の要請を受けています。学校経営の立場から、どう考えるべきなのでしょう?
ちなみに、初めて入学を迎えるお子さんや保護者はとても緊張しています。ぜひ、優しい笑顔と丁寧な対応で信頼関係を作りましょう。出会いの印象がその後に大きく影響していきます!

【連載】タバティのLet’sスマイル(レッツスマイル) 学校づくり #26

始まりは養護学校から

私が大学を卒業後に教諭として最初に赴任したのが、埼玉県立K養護学校(今の県立特別支援学校)でした。そこは、埼玉東部の広範囲の地域から、肢体不自由の子どもたちが通う学校でした。様々な障害をもった個性豊かな子どもたちとの出会いは、「教育とは何か」という本質を考えるきっかけになりました。私の教育活動の実践の基軸はここにあります。
忘れられないエピソードはたくさんありますが、そのうちの一つを紹介します。
勤務して5年目の時の出来事です。当時担任をしていた小学2年生のある保護者から、こんなことを相談されました。
「今度の春、3年生に進級したら、地元の小学校に転校したいと考えています。今はこうしてスクール・バスに乗って、遠いK養護学校に通っていますが、この子は将来、おそらく地元で暮らしていくことになります。そのときに、地元に友達がいないというのは、とても心配で不安です。やはり、小さい頃から地元の子どもたちと接することで、大人になってからも、この子は地元の子どもたちと自然に交流できると思うのです。そう考えて、教育委員会とも相談し、地元の小学校の通常学級に転校したいと考えています。先生はどう思いますか?」
咄嗟に、私は聞き返しました。
「特別支援学級ではなく、通常学級ですか?」
当該児童は、車いすで介助が必要でしたし、発語がほとんどなかったからです。
お母さんは、
「そうです。毎日一緒に過ごすことで、この子のことを理解してもらえると思いますので、通常学級に入れます」
そう毅然としてお話しされました。
お母さんのお考えは、今でいう「インクルーシブ教育」そのものであったと思います。
こうして、この車椅子の児童は3年生から地元の小学校通常学級に通い始めたのです。
その後、いただいた年賀状の文面に
「クラスの子どもたちがこの子を受け入れてくれ、笑顔で楽しく過ごしています」
とありました。今、大人になって、どんなふうに過ごしているのだろうかと、時折思い出します。

合理的配慮と多様性の尊重

(*下線は田畑が記しました)

「特別支援教育」は、障害のある子どもたちが適切な指導や支援を受けながら、学習や生活の困難さを軽減し、自立した社会参加を目指す教育です。一人ひとりの子どもの発達段階や障害の程度に合わせて、適切な指導や支援等をすることを目的としています。
学びの形態には、通常学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校など個々のニーズに応じた学びの場が保障されています。これにより、障害のある子どももない子どもも「学ぶ機会」が保障されています。
さらに学校や教育機関等には、障害のある子どもたちが学ぶ権利を守るため、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が2013年6月に制定され、2016年4月1日から施行されました。その中で、「合理的配慮」を行うことが法律で義務付けられました。障害のある人が仕事や学業、日常生活を適切に行えるように、状況に応じた配慮を行うことを合理的配慮と言います。

これに対して、「インクルーシブ教育」は、「子どもたちの多様性を尊重し、障害の有無にかかわらず、『すべての子どもを包含する』教育方法」を指します。
障害のある子もない子も一緒に教育を受けることで、「共生社会」の実現を目指すことが大きな目的です。2006年の国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)は2008年5月に発効されました。みんなと同じことも大切にしつつ、「みんなと違うこと」を受け入れる心を育むことを大切にしています。
特別支援教育とインクルーシブ教育は、共に子どもたちの成長と発達をサポートするために重要なアプローチであることにはかわりません。しかし、二つには大きな違いがあります。それを以下で整理していきます。

特別支援教育とインクルーシブ教育は相容れないのか?

国連障害者権利委員会は2022年に9月、日本における障害者の権利保障の状況に関する報告書を発表しました。その中で日本の学校における「特別支援学級制度」の廃止の要請を受けました。障害者権利委員会は、障害をもった子どもたちを分離する特別支援学級制度に大きな懸念を示したのです。すべての子どもたちが共に授業を受けられる「インクルーシブ教育」の推進を日本政府に強く求めたのです。
これに対して、文部科学省は勧告に応じてインクルーシブ教育を可能な限り推進していくと述べましたが、同時に、「特別支援教育を中止することは考えていない」と特別支援学級の整合性を主張しています。これを踏まえて文科省は2023年4月、特別支援学級に在籍する子どもたちには、週の半分以上の授業を特別支援学級で学ぶことを促す通知を、全国の教育委員会などに発出しました。「特別支援学級に在籍している児童生徒が、大半の時間を通常の学級で学んでいる場合には、学びの場の変更を検討するべき」としました。しかし、一部の地域や、学校関係者、保護者からは、「障害をもっている子が通常の学級に在籍する子どもたちとともに学ぶ機会が奪われる」と懸念する声もあがりました。
これに対してさらに国連障害者権利委員会が2023年9月に日本政府に対し、障害を持っている子どもたちを分離している現状の特別支援教育をやめることとあわせて、4月の通知を撤回するように強く求めています。 国連障害者委員会の捉え方は、日本の特別支援教育は分離教育と捉えています。つまり、健常者と障害者を分けて教育していることは、インクルーシブ教育の理念に反すると捉えています。一方、文科省は、特別支援学校や特別支援学級は、インクルーシブ教育に包括されるという捉え方なのです。それぞれの良さについて具体例を示します。

特別支援学級を新設したこと

埼玉県のH小学校には、特別支援学級が4クラスありました。地域の学校には特別支援学級が設置されていないため、他の学区から本校の特別支援学級への入学がたくさんありました。
他地区から通っているある保護者は、
「姉は地元の小学校に通っていますが、障害のあるこの子は、姉とは異なるH小学校に通うことになります。これは理不尽だと思っています。通常級の子どもが増えると、地元の小学校では校舎を増設して受け入れてくれます。しかし、障害を持っている子は、特別支援学級がないので他校で学んでください、と対応されます。そこに不満と疑問を感じています。各小・中学校に特別支援学級を設置してほしいと思います」
とお話しされることがありました。
胸が痛みました。毎日、保護者が送迎する、時間的・経済的負担感は計り知れません。
特別支援教育を推進するのであれば、地元の学校で受け入れてくれるのが保護者の願いだと思います。
この話を受け、私は次の異動で特別支援学級がない学校に配置になったら、新設しようと決意していました。5年間勤務したH小学校から異動した先は、隣の学校、K小学校でした。
K小学校には特別支援学級がなく、K小学校地区からH小学校区に通ってきている子どもたちが多くいました。
着任1年目に先生たちと協議し、合意を得て教育委員会と交渉を始めました。
先生たちからは、
「子どもたちが、学校前のバス停を使う障害をもった人と出会うと、『変な人』がいると言って報告に来たり、逃げてきたりしています。本校には、特別支援学級がないので作ったほうがいいと思います」という意見が多く聞かれ、賛同を得ることができました。
そして翌年には、初の特別支援学級を設置したのです。
これがまさに「特別支援学級制度」に基づいた特別支援教育です。保護者・子どもたちには大変に喜ばれました。学校は温かく変わっていきました。

インクルーシブ教育の推進校に思うこと

今年の6月に校内研修指導で訪問した大阪市のN小学校は、今年度よりインクルーシブ教育の理念を具現化していました。特別支援学級が5クラスありますが、それぞれ保護者との話し合いを積み重ねて合意形成を図り、親学級で学ぶ時間や、交流時間を増やしているといいます。
これにより、1年前に訪問したときより、学校全体の雰囲気が温かくなっていることを肌感覚として感じました。先生たちも子どもたちも余裕ある様子で、しかも笑顔が多いのです。
道徳の授業を参観しましたが、特別支援学級在籍のAさんが先陣を切って発言していました。とても意欲的なAさんで、学級のムードメーカーになっています。これに釣られて多くの子どもたちも手を挙げて発言していきます。授業を進める担任と、子どもに寄り添いながらサポートする特別支援学級の担任が、綿密に情報交換をしながら進めていました。
複数の教員で創り上げていく教室の姿は、これからの教育のあるべき姿だと感じました。日頃から二人の担任で子どもたちを守っています。校務に関しても、支え合いながら進めているそうです。
もちろん、N小学校のように、特別支援学級の先生が常時いて支援ができるどうかは、各学校の実態によって様々だと思います。しかし、可能な限り保護者と本人の希望に沿いたいものです。保護者と学校・担任が話し合い、合意形成を図りながら進めていくことが「インクルーシブ教育」の理念につながっていく第一歩になると体感できた訪問でした。

マジョリティー中心教育の課題

日本の教育は、マジョリティー(多数)を核とした教育です。「健常者」と言われる子どもたちを主眼においた教育活動です。障害を持っている子どもたちは、特性に応じて市町村の就学指導委員会を経て、最終的に保護者の意向に基づいて学校が決まります。その多くは、就学指導委員会の助言を受けて、特別支援学校か特別支援学級に入学します。
一人一人の特性や個性に応じて、少人数で教育を受けることができるのはメリットだと思います。「障害のある子どもたちに、丁寧な少人数指導で一人一人を伸ばしている」と言えます。また、特別支援学級に在籍しつつ親学級で学習を行うことも併用されており、インクルーシブ的な効果も上げています。文科省が「特別支援教育を中止することは考えていない」という根拠はここにあります。
しかし、国連障害者権利委員会は、「すべての子どもたちが共に学ぶ」というインクルーシブ教育の理念からすると、日本の障害児教育は分離教育であると指摘しています。インクルーシブ教育は、「日頃から日常的に関わること」を理念としているからです。
例えば、いじめの多くはマジョリティーがマイノリティー(少数)に対して、個性をからかうところから始まります。人には、マイノリティーに対して「違和感」を覚え、マジョリティーに属することで心理的安全性が担保される、という傾向が多かれ少なかれあります。
マジョリティーだけの教育を受けていると、自分たちと「違う個性」「見慣れない個性」などに触れたときに違和感を持つ感性が育ってしまいます。
すると、自分たちと異なる個性を指摘して、誂(からか)って笑いを取ろうとしたり、意にそわない相手を排除したり、除外したりすることにつながるのです。
2021年3月に自殺した旭川市の中学校2年生広瀬爽彩さんは、クラスの中で、彼女の特徴的な行動を指摘され、癖をまねされ、笑われるといういじめを受けました。それによって教室内で孤立感を深めていき、教室外の人間関係に依存するようになっていったそうです。
彼女は自閉的スペクトラム障害(ASD)の特性を持っており、クラスで受けたいじめが「タイムスリップ現象」として繰り返しフラッシュバックしたそうです。
いじめの多くは、何気ない誂いから始まり、次第にその誂いが日常化して、被害者は常に苦しみ悩むことになり、取り返しのつかないことへと悪化していきます。
これを予防するには、日頃から「多様性を尊重する人権感覚」・「関係性づくりの感性」を育成することです。それぞれの個性や特徴を相互承認し合う関係性が育まれていくのです。
「インクルーシブ教育」の理念に向かって、多様性を相互に認め合う教育が必要な時に来ているのは、確かです。日本教育界の大きな課題ではないかと捉えています。

緩やかで余裕ある実施を

文科省は2023年4月、特別支援学級に在籍する子どもたちには、週の半分以上の授業を特別支援学級で学ぶことを促す通知を、全国の教育委員会などに発出しています。「特別支援学級に在籍している児童生徒が、大半の時間を通常の学級で学んでいる場合には、学びの場の変更を検討するべき」と記しました。
ここはあくまでも文科省の指針であると捉えることが大切です。
忘れてならないのは、「週の半分以上の授業を特別支援学級で学ぶこと」ではなく、障害のある子の状況や特性、発達段階などを総合的に踏まえて、管理職・担任等と保護者・本人と話し合いを積み重ねて計画、実施されることが望ましいのです。
単なる数字上の問題ではなく、あくまでも目安と捉えて寛容に幅を持たせて対応したいものです。
それがインクルーシブ教育の理念に近づく実践です。数字にこだわりすぎると不満や、トラブルが発生します。教育は画一的にはいかないのです。そして、それが教育の魅力であり、面白さなのです。

おわりに

特別支援教育は、保護者や子どもたちの「学びの場を選択できるシステム」を尊重し、柔軟に対応することが大切です。それが信頼関係を生むことにつながります。学校は人間関係づくりを学ぶ場です。多様な個性を認め合い、その過程を通しながら一人ひとりが自信をもって生きていけるような教育を推進することです。これが「共生社会」実現に向けて期待される学校像です。
まずは、それぞれの学校において、保護者や本人の意向を可能な限り傾聴し、学校のできる範囲で「インクルーシブ教育の理念」を踏まえて具現化に向けて進めていきましょう。

イラスト/坂齊諒一


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田畑栄一

<プロフィール>
前埼玉県公立小学校校長。
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)、『クラスが笑いに包まれる! 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)、『学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)。 NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校国語科講師/一般社団法人「Lauqhter(ラクター)」教育コンサルタント/一般社団法人「アルバ・エデュ」参事/こしがやFM86.8 教育パーソナリティーなど。
最新の教育活動についてはこちら(他サイトが開きます)。


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