不登校の子どもに本気で向き合う!「かまくらULTLAプログラム」~知りたい!令和7年度の概算要求~<後編>
文部科学省の令和5年度「ギフテッド」の実証研究事業に、鎌倉市教育委員会の「かまくらULTLAプログラム」が採択されました。この事業のターゲットは、学校に通うのがつらいと感じる子どもたちです。どんな事業なのでしょうか?
「かまくらULTLAプログラム」を推進している鎌倉市の元・教育委員会教育長であり、現在は文部科学省で学校の教育課程に関する施策を担当する学校教育官の岩岡寛人さんに聞きました。
なぜ、「ギフテッド」の実証研究事業のターゲットが、学校に馴染めない子どもたちなのか? については、文部科学省「ギフテッド」支援事業。3年目の大きな変化とは?~知りたい!令和7年度の概算要求~<前編>の第3項、「『ギフテッド』を理解する2つの重要ポイント」をお読みください。
目次
子どもたちが学校に行けなくなる「本質的原因」とは?
不登校児童生徒数は増加の一途だが……
不登校30万人時代、誰もが「何とかしなければ!」と思っていますが、打開策は見つかっていません。鎌倉市教育委員会は、そんな現状に対し、こんな「問い」を持ちました。
子どもたちが学校に通うことを「つらい」と感じてしまう本質的原因に迫れているのか?
岩岡 全国で不登校の子どもたちが学校に行けなくなった理由や背景についての調査を行っていますが、そのデータを見ながら、1つの疑問が生じました。
例えば、不登校の要因が「学業不振」とされる子どもに対して、勉強を丁寧に教えるサポートをしても、なかなか学校には戻れません。友人関係がきっかけで学校に来ることができなくなった子供を友達と仲直りさせたとしても、やはり学校に来るのが難しい場合もあります。
無気力、不安とされた子どもたちに対しては、そもそも打ち手すら分析できませんし、家庭に係る問題に学校が立ち入ることは困難です。
このように考え始めてみると、「子どもたちが学校に通うことを『つらい』と感じてしまう本質的原因に、私たちは迫れているのだろうか?」との疑問が生じます。
そして、対応するためには今までとは違う発想が必要なのではないかとの考えを抱きました。
子どもたち一人一人に、ユニークな学び方がある
岩岡 ULTLAとは、「Uniqueness Liberation Through Learning optimization and Assessment」の略で、日本語訳は以下となります。
ULTLA とは、学びの最適化と評価による個性の解放
岩岡 ULTLAのベースにある考え方は、「一人一人にユニークな個性・特性・学び方がある」です。
その子の「ユニークな個性・特性・学び方」が「学校特有の環境・価値観・学び方」とマッチすればハッピーな学校生活ですが、ミスマッチが起こると不登校に繋がるのではないか? という仮説・モデルを考えました。
そして、子供が生涯付き合っていくのは、学校特有の環境ではなく、むしろ自分のユニークさです。
岩岡 そうであるなら、学校に通うのがつらい子どもたちに対し、学校の環境の一部を提供するような支援だけでは不十分で、一人一人のユニークさを科学的に把握し、それぞれに合った学び方によって、個性を最大限発揮できるような支援が必要ではないか? そうすることが子どもたちの真の自立につながるのではないか? と考えました。
かまくらULTLAプログラム、3つの基本構成
岩岡 かまくらULTLAプログラムは、以下の3つの柱で構成されています。
- 特性アセスメント
- 探究ワークショップ
- 成果発表会 ULTLAインパクトディ
1 特性アセスメント
自分のユニークな学び方を知る「自分学」
岩岡 プログラムの出発点となるのは子どもたち自身の個性・特性を把握することですが、そうした個性や特性を、教師や親御さんといった大人たちが、「あなたは、こうだよね」と判断するのではうまくいかない、と考えました。
大人の見取り(見立て)は、「こうなって欲しい」という大人の願いと関係しやすく、子どもたちはそれを敏感に察知するからです。
ですからULTLAでは、客観的な手法を使って子どもたち一人一人のユニークな関心領域・認知特性・学習特性(=個性)をアセスメントします。
アセスメントで把握することは、主に「興味関心領域」「思考のスタイル」「認知特性」「好奇心スタイル」の4分野です。
岩岡 子どもが1人1台持っているタブレット端末を活用し、ULTLAプログラムの前後にアセスメントを1回ずつ実施します。アセスメントの結果は、その時の心理状態、興味関心等によって変化していきますので、探究ワークショップの前後で変化することもありますが、そうした自己認識の変化も重要です。
最短で高度な教育実践を生み出すため、事業者と連携
岩岡 アセスメントは、多重知能理論(※)など発達心理学の知見も必要なため、専門的な知見・技術を持つ株式会社SPACEから提供していただきました。
アセスメントにおいては、子どもたちが自分自身の「学びのくせ」を知るため、6つの大問に回答していきます。子どもの自己認知に基づく回答なので、グラグラしたり、変わっていくこともありますが、それは全く構いません。
※多重知能理論 ハーバード大学大学院教育研究科の心理発達科学者であるハワード・ガードナーが提唱した理論。学校で重要視される能力は、主に「読み・書き・そろばん」だが、それは人間の一部の知能に過ぎないという考え方。読み・書き(言語知能)、そろばん(数学的論理知能)の他には、空間、身体運動感覚、音楽、人間関係、内省、自然といった「知能」もあるとした。
2 探究ワークショップ
地域の大人と一緒にやろう!
岩岡 自分の学び方を知った後、その学び方を試す場が必要です。試して、失敗したり、うまくいったりというプロセスを保障する場として、探究ワークショップを作りました。
探究ワークショップは、鎌倉の地域資源を使います。「海のプログラム」「森のプログラム」、それぞれ3日間のプログラムです。もちろんその3日間だけで子供の人生を支えられるわけではありません。
そこで気付いたこと、感じたことを、地域で学び続けられることが大事です。ですから地域外のキラキラした大人を連れてくるのではなく、地域に住むユニークな大人に関わっていただいて探究プログラムを作ることが、子どもたちの365日の学びに繋がっていくと考えました。
鎌倉といえば、やはり「海」と「お寺」です。「海のプログラム」では、地元の漁師さんや海のダイバーシティを研究している方々に協力をお願いしました。
岩岡 体験が楽しいと感じるだけではなく、「学びが楽しい」ことに気付いてもらうため、ワークショップには、意図的に各教科の学びに近い内容を組み込んでいます。
例えば、「タコ」をテーマにするのなら、「生物としてのタコ」というテーマを考えてみたり、「タコの墨を使ってアートを作る」といった活動をしてみたりします。このように各教科の切り口から、1つのテーマを掘り下げていくわけです。
探究プログラムの中には、「座学で 1時間」情報インプットをする時間もあれば、「実物を実際に触ってみる」時間もあるというように、情報インプットの方法を数種類用意しました。
情報のアウトプットにおいても、書く場面、喋る場面、絵を描く場面など、多様な場面を用意しました。子どもたちは、さまざまな場面を体験することで、「自分は、この方法が苦手だな」とか「この方法だと、自分はやりやすい」といったことを感じ取っていきます。
大人のサポートポイントは?
岩岡 学校であれば、「子どもたちに学ぶ意欲がある」という前提で授業が進みますが、ULTLAでは「飽きてしまった」「つまらない」と言う子どもの反応も、いったんは受容します。
― 意欲があることを強要されず、「飽きた」「つまらない」もいったんOKというのは良いですね。
岩岡 そんな時は周囲の大人が、「なぜつまらないんだろうね?」と問うてみます。「さっきはワクワクしていたのに、なんで、このやり方だとワクワクしないんだろう?」と。
探究ワークショップを通じて、「自分の得意・不得意」や「何に心が動くのか・動かないのか」といったことを子どもたち自身が分析し、把握できるようになることが大事だと考えています。
アセスメントで得た「自分のユニークな学び方を理解する」という視点を、実際に試してみるのです。
自分を理解するスキーマ(情報を理解するための枠組み)を作るといったイメージでしょうか。
周囲の大人は、その子の”素”の気持ちを受け止め、「学びって何だろうね?」「つまらないと感じているのであれば、何をどうすればいいのかな?」などと一緒に考えます。
例えば書くのが苦手な子に対しては、「話して伝えればいいんだよ」と提案したり、耳から学ぶのが苦手な子に対しては、「これに関しては動画を一緒に調べてみようよ!」と提案したりします。
そういったことを大人が子どもと一緒に考え、一人一人が「自分が得意な学び方」を理解できるようサポートします。
3 成果発表会「ULTLAインパクトディ」
学びの成果を共有する
岩岡 自分のユニークな学び方を知る「自分学」、自分のユニークな学び方を試す場を保障する「探究ワークショップ」を体験した後、最後は答え合わせです。
ー 答え合わせ、ですか?
岩岡 それらの成果が友達の役に立ったり、信頼している大人から賞賛されたりといった「嬉しい体験」と繋がることで、初めて「これでいいんだ」と思えるんだと考えています。それが成果発表会であるULTLAインパクトディです。
令和5年度は、地域の文化的な拠点である鎌倉能楽堂を会場にしてULTLAインパクトディを行いました。プログラムに参加した子どもたち10名、保護者12名、鎌倉市小中学校職員10名をはじめ、計73人が参加しました。
参加者の反応は?
自分に合っていたと感じる学び方
岩岡 ULTLAに参加した子供たちに、学び方についての事後調査を行いました。
参加した子どもたちの多くが、「活動を通して学ぶ」「教科ごとの時間割がない」といった学び方が合っている、と感じたようです。
岩岡 一方で、「教科書を使わない」学び方を「合っている」としたのは約半数です。つまり、半数の子どもたちは「教科書を使う」学び方の方が合っている、と感じているわけです。
ある子どもが「選択肢があるのはいいけれど、何でも自分で選択するとなると意外とつらい。選択肢は3つくらいがちょうどいいよね」と言っていて、「なるほどな」と思いました。
「何でも自由にしていいよ」ということではなく、子どもが自己決定していけるような環境を整えていくことが大切だなと感じています。
ULTLAで学び続けたいという声
岩岡 参加した子どもたちと保護者に、「ULTLAでの学びを続けたいか?」についても聞いてみました。参加者の中には、不登校で普段は家にずっとこもっていた子どもたちもたくさんいます。その子たちが親御さんから離れ、3日間ずっと友達と一緒に学ぶというのは、とても大変なことです。終わった後はヘトヘトだったはずですが、「ULTLAで学び続けたい」と回答した子が約9割に達しました。
親御さんに至っては、「参加して良かった」という声が100%です。2024年現在、ULTLAプログラムは4年目ですが、参加者からのフィードバックは過去4年間、同じような結果です。
全ての子どもたちを包摂する仕組みを整える
かまくらULTLAリサーチサボ
岩岡 ULTLAは2021年から研究実施が始まりましたが、2年が経過した2023年から「かまくらリULTLAサーチラボ」が立ち上がりました。
ー リサーチラボとは、どんな取り組みですか?
岩岡 ULTLAプログラムの要素を地域に根付かせることを目的としたワークショップ研修です。
岩岡 講師は、鎌倉市教育委員会と実証研究を一緒にやっている株式会社SPACEです。2021年度、2022年度の実践内容を教材にしながら、有志の教員や地域コーディネーター、そして多様な学びに関心が高いNPOやフリースクール関係者などを対象にして実施しました。
「広報に力を入れた」という訳ではなかったのですが、昨年度は40人~50人の参加者が集まりました。リサーチラボは、以下のような流れになります。
リサーチラボ3つの組み立て
リサーチラボ今後の課題
岩岡 かまくらリサーチラボ実施後のアンケートを見てみると、「リサーチラボに参加して良かった」「リサーチラボのような場が必要」などの継続を求める声、「ULTLAで実践している要素について理解を深められた」「自分のフィールドでも実践してみたい」など理解したことを実際に活用したい! という声が多く見られます。
一方で、「課題への具体策を学べる内容構成が必要」という意見も多く、参加者がそれぞれのフィールドで活用していくためには、さらに具体的なケースを想定した研修が必要だと考えています。
「学校外」の取組を、いかに「学校内」に持ち込むのか?
2025年度開設予定「学びの多様化学校」の新教科「ULTLA(仮)」
岩岡 ここまでは、不登校の子どもたちに対する「学校の外」での取組の話でした。今後は、ULTLAを「学校の中」の仕組みにしていくために、どんな手立てが必要かを考えていきます。
その1つとして、2025年度、鎌倉市に開校予定の「学びの多様化学校」において、「かまくらULTLAプログラム」のエッセンスを取り入れた新教科「ULTLA(仮)」の実施を検討しています。
この学びの多様化学校は、「自分らしく学び、自分らしく成長できる学校」という理念の下、鎌倉市立の中学校の分校として開校します。一人一人丁寧に見ていく必要があるので、定員は30名(各学年10名)程度が限界です。
校内フリースペースと教育支援センターを整備
岩岡 現在、鎌倉市内の小中学校には、不登校児童生徒が300名以上います。「学校に行けるか・行けないか」という境界線で苦しんでいる子どもたちのために、鎌倉市内の全ての公立小中学校内に、IKEAと連携する形でフリースペースを整備しました。
「フリースペースは学校の中にあるから行けない」という子どもたちの中には、学校外の教育支援センターが必要な子もいます。そして、少し元気になってきた子どもたちに対しては、校内でULTLAのような取組を行うことも有効です。
様々なフェーズにいる子どもたちが一人も取り残されないよう、細かい網の目のように居場所の選択肢を確保し、有機的に組み合わせていくことが大切だと考えています。
ULTLAは比較的派手に見える取組で、メディアに取材に来ていただくことも多いのですが、改めてその根本にある考え方をお伝えしておきます。
子どもたちを「学校特有の環境・価値観・学び方」に合わせるのではなく、一人一人の子どものユニークさに応じた学びを提供する。
「全ての子供を包摂する教育制度を、鎌倉市全体として整えて行こう! 」というのが鎌倉市教育委員会の姿勢です。
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筆者は、鎌倉市教育委員会の取組について、ダイナミックでスピード感があると感じました。
今後も先進的な取組を続ける教育委員会の取材を通じて、「ギフテッド」や「不登校」支援の方向性を引き続き追っていきます。
楢戸ひかる(ならと・ひかる)
ライター。「ギフテッド」や「学校に行かない選択をした子供たちのためのフリースクール」取材を通じて、新しい学びの選択肢を探究している。自身のサイト主婦er内に「ギフテッド関連記事のリンク集」がある。