日本を離れ派遣教師として子どもを教えるということ~ドイツ・デュッセルドルフより~

連載
日本を離れ派遣教師として子どもを教えるということ

世界には在外教育施設派遣教師として、異国の日本人学校で教壇に立つ先生方が数多くいます。なぜ日本人学校の教師に? 赴任先の教育現場はどんな感じ? 日本の教育事情との違いは? ここでは、現地で活躍している先生の日々の様子をお伝えします。今回登場するのは、ドイツ連邦共和国・デュッセルドルフで子どもたちに指導をしている杉山貴彦先生。海外で教職の研さんを積みたいと考えているあなたへ、先輩教師からのメッセージです。

執筆/デュッセルドルフ日本人学校教諭・杉山貴彦

日常が『当たり前』ではないと気づかされたコロナ禍

私が在外教育施設への勤務を志望したのは2022年度でした。それ以前の2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で、通常の学校運営が困難となりました。それ以降「ウィズコロナ」「ソーシャルディスタンス」「アフターコロナ」といったテーマが教育現場でも話題になり、変革が求められました。

例えば、学校へ行けない状況が続くなかで、オンライン学習の重要性が高まりました。家庭にいながらも教育活動をどのように進めるか、そして環境整備を進める必要がありました。一方で、タブレット学習そのものが目的化しないよう、対面でのオフライン学習とのバランスを考慮することも大切でした。この時期、三密を避けながら教科ごとの授業の進め方やオンライン学習の進め方、従来の教育活動との調整など、多くの課題がありました。

以上のように2020~2022年度の間に、教育活動は大きく変化しました。私は「当たり前に存在するものは決して当たり前ではなく、変化に対応する力が必要だ」と強く感じるようになりました。社会の大きな変化を目の当たりにし、その変化に対応するためには、現状から飛び出して挑戦することが重要だと考えました。

そこで、長年興味を持っていた日本人学校での勤務を決意しました。海外での勤務は誰にでもできることではありません。まず、所属する学校長の推薦を得て、所属する自治体や文部科学省の面接に合格する必要があります。日々の業務と並行して日本人学校への準備を進めるのは非常に大変でしたが、勤務していた学校の教職員の皆様は応援してくれたり、手助けしてくれたりしたことが大きな支えになりました。

日本との違いを肌で感じる異文化交流と学び

現在、ドイツのデュッセルドルフ日本人学校で勤務しています。先進国の一つであるドイツでは、生活に困ることはほとんどありませんが、言語の壁を感じることは多々あります。ですが、学校職員や近所にはドイツ語と日本語を話せる人たちがいます。その方々に助けてもらいながら、新天地での生活を楽しんでいます。新しい環境での挑戦は、関わる人々の温かさを実感する機会でもあり、人とのつながりの大切さを改めて認識しています。

デュッセルドルフ日本人学校の1日のスケジュールは、日本の学校とほとんど変わりませんが、いくつか異なる点があります。その一つが、現地理解教育の一環として「ドイツ語」と「英語」の学習が小学部1年生から行われることです。日本では小学校3年生から外国語学習が始まりますが、こちらでは2年早く始まります。デュッセルドルフでは英語が広く通じるため、グローバルスタンダードの言語として英語学習にも力を入れています。

また、現地校や姉妹校、地域住民との交流、さらには現地の公共施設での学習なども通じて、学校外で自然と外国語学習ができる点も日本人学校ならではの特徴です。例えば、小学2年生の活動の一例として、デュッセルドルフのサッカーチーム「Fortuna Düsseldorf(フォルトゥナ デュッセルドルフ)」との交流があります。ドイツのサッカーは世界的に人気があり、この「Fortuna Düsseldorf」はとくに地域の方々に絶大な支持を受けているチームです。試合の平均観客数は40,000人に達し、日本代表の田中碧選手(2024年8月イギリスサッカークラブへ移籍)やアペルカンプ真大選手、女子チームの天野実咲選手なども所属しています。日本人選手の在籍という点もまた、子どもたちにとって非常に魅力的な活動となります。

具体的な内容としては、生活科の学習とドイツ文化に触れる機会を兼ねたスタジアム見学や、選手の練習を見学、交流が行われます。スタジアム見学で子どもたちにとって一番印象的だったのは、エキサイトしたサポーターを隔離する独房のような場所があるということでした。ここで気持ちを静めさせたり、最悪の場合、警察に引き渡したりするそうです。サッカーに対する熱い気持ちが、文化の違いを感じさせてくれます。そのほかにも選手の練習の様子を見学したり、サインが書かれた下敷きをもらったりするなど、様々な交流を通じて、「Fortuna Düsseldorf」が多くのサポーターに支えられていることを学べる貴重な機会となります。また、事前にチームのスタッフによる出前授業が行われるので、当日の見学ではさらに意欲も高まります。

左/子どもたちが印象に残ったという、スタジアム内にある独房のようなスペース 右/ドイツのサッカー熱が伝わってくるスタジアム内を見学
選手の練習風景を見学したり、交流できたりするのはとても貴重な経験

もう一つの例として、デュッセルドルフで毎年2月に行われるカーニバルが挙げられます。ドイツのカーニバルは春の訪れを祝うとともに、カトリック教会が定めたイースター前の断食期間を前に、おいしいものを食べたり、歌ったりしながら楽しむお祭りです。毎年11月11日に始まり、灰の水曜日(教会暦でイースター前46日めの水曜日のこと)に終わる「第5の季節」とも呼ばれる特別な行事です。

カーニバルでは豪華な山車(フロート)が市内を練り歩き、カラフルな衣装や仮装をした人々が音楽に合わせて踊りながら、観客にキャンディや小物を投げます。日本文化の発信をテーマに、日本人学校の小学2年生も、保護者の協力を得て法被を着てパレードに参加しました。また、現地校で行われるカーニバルのお祭りにも参加し、全員が仮装して出し物やダンスを楽しみました。子どもたちは英語やドイツ語で現地の子どもたちと交流しますが、「言葉が通じなくてもジェスチャーや表情で伝わる」と活動の振り返りで話す子も多く、異文化交流の貴重な体験を積んでいます。

保護者の方の協力のもと、日本の伝統である法被を着てドイツの街を練り歩きました
現地校で開催されたカーニバルでは子どもたちが仮装して参加し、交流を深めました

教員同士の連携が鍵! 日本人学校で広がる小中連携の教育現場

外務省の「海外在留邦人数調査統計」によると、デュッセルドルフ在住の日本人はヨーロッパのなかで、ロンドンとパリに次いで3番目に多い人口となっています。そのため、日本語の通じる病院、美容院、レストランが多く、デュッセルドルフ中央駅近くの「リトルトーキョー」と呼ばれるインマーマン通りには、日本の生活に欠かせない店舗がそろっています。このため、授業で使用する教材や教具も比較的手に入りやすく、他の日本人学校と比べて授業準備に困ることは少ないです。このような環境から、子どもたちやその家族も安心して過ごせる点は大きな利点です。

リトルトーキョーと呼ばれるインマーマン通り
インマーマン通りには日本語の看板を掲げるお店が並びます

とはいえ、デュッセルドルフも異国の地であり、アジア人は現地の人々から目立つ存在です。そのため、安全面については、日本国内よりも注意が必要です。「安全面の配慮」と「ドイツ文化に触れる校外活動とのバランス」を慎重に考慮し、保護者の期待に応えながら進めていく必要があります。

例えば、小学5年生の有志が放課後活動の「将棋愛好会」を自主的に設立しました。将棋を通じて日本文化を深く理解し、それを現地に発信していくことが目的です。しかし、日本文化の発信活動が増えると、校外での活動も多くなるため、安全面の配慮はますます重要になります。地域の方々や保護者のご協力を得ながら、慎重に進めていきたいと考えています。

デュッセルドルフ日本人学校は、小学部と中学部を合わせて約470名の児童生徒が在籍しており、ほかの日本人学校と比べて規模が大きいです。学校規模に応じて教職員の数も異なり、規模が小さな学校では教員が専門教科以外の授業を担当することもありますが、当校では比較的多くの教職員が配置されており、適材適所の配置がなされています。

私はこれまで小学校教員として勤務してきた経験があり、デュッセルドルフ日本人学校でも小学校教員として学校運営に携わっています。そのなかでとくに学びが多いのは、中学部との密接な連携です。例えば、理科の教材研究で行き詰まった際には、中学部の理科教員が相談に乗ってくれ、専門的な知識だけでなく、中学校への橋渡しに必要な指導方法を教えてもらいます。また、体育の指導においても中学校の成長段階を考慮し、小学校低中学年での基礎的な体の動きを経験させることの重要性を再認識できます。

中学部の授業や生徒の様子を直接見ることで、小学校でどの段階でどのような力を身につけるべきかを改めて考えるきっかけとなります。中学部の生徒たちの成長を見ながら、小中一貫教育の必要性を実感しています。日本国内でも小中一貫教育を本格的に導入する自治体もありますし、小学校と中学校のつながりをどう構築するかは重要な課題です。教職員が個々に実践できることと、組織としての大きな仕組み作りの両方が重要だと感じています。私の勤務する自治体でも、中学校教員との交流や中学校教員による出前授業など、様々な工夫が行われています。

デュッセルドルフ日本人学校での経験を生かし、日本に戻っても小中一貫教育を推進していきたいです

家族と心の健康を守る—ドイツの休日文化から学ぶ時間の使い方

ドイツには「家族や友人との時間」や「心の健康」を大切にする文化があります。例えば、日曜日には法律(Ladenschlussgesetz)により、デパートやスーパーなどの小売店が閉店します。この時間を利用して、家族や友人とリラックスした時間を過ごすことが推奨されており、心の健康を重視する文化が根付いています。「日曜のパパとママは僕らのもの(Sonntags gehören Mami und Papi uns!)」というキャッチフレーズも存在するほどです。日曜日には多くの人が散歩を楽しんだり、公園で遊んだりしています。

私自身も最初は日曜日にお店が閉まっていることに、不便さや戸惑いを感じていましたが、今はすっかり慣れました。土曜日に買い物を済ませないといけないので、計画的に買い物をすることができますし、日曜日はお店がやっていないので必然的にゆとりある時間が生まれます。その時間は、家族との時間や友達、同僚との時間を有意義に使ってリフレッシュすることができています。

また、ドイツの各州によって異なりますが、長期休み中に宿題を出すことを法律で禁止しているところもあります。これも、「家族との時間」や「心の健康」を大切にする考え方の一環です。日本には、忙しく働くことで得られる多くの利点がある一方で、ドイツのように、ゆったりとした時間を持つことも良いのではないかと感じました。

日曜日は同僚や家族と私の好きなサッカーの試合をよく観に行きます

海外で教師を目指すあなたへ

挑戦の先にある素晴らしい経験—勇気を持って新しい道を開こう

「思い立ったが吉日」という言葉があります。思い立った瞬間が、一番モチベーションが高まる時期だと言われています。そのタイミングで、勇気を持って挑戦することが大切です。私自身も、何度か日本人学校の勤務に興味を持つ瞬間がありましたが、仕事や家族のことを考えて一歩を踏み出すのをためらうことがありました。しかし、日本人学校で勤務を始めてから、「このような素晴らしい経験ができるなら、もっと早く始めればよかった」と感じることが多くありました。

挑戦することで、多くの人が応援してくれたり、支えてくれたりします。そのような温かい支援に触れることで、新しい道に進むことへの勇気が生まれます。同じように挑戦してきた仲間たちが全国から集まり、ともに働くことで多くの刺激を受け、学びを得ることができます。異国の地で一生懸命に勉強している子どもたちがあなたの挑戦を待っています。ぜひ、勇気を持ってチャレンジしてみてください。

杉山貴彦(すぎやまたかひこ)●1991年生まれ 兵庫県公立小学校教員。グローバルティーチャーのコミュニティ『X海研』の一員。所属自治体では、社会科の副読本の編集員をしたり、小学校体育連盟常任理事をしたりしている。2024年度デュッセルドルフ日本人学校 運動会実行委員長。

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