戸ヶ﨑勤教育長⑷|学習指導要領は「日常使いする分かりやすい手引き」へと変えていく必要がある 【教育キーパーソンにインタビュー! 令和の教育課程「その課題と未来」#06】

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教育キーパーソンにインタビュー! 令和の教育課程「その課題と未来」
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戸ヶ﨑教育長
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前回は、中央教育審議会(以下、中教審)や分科会、部会などの委員を務める埼玉県戸田市の戸ヶ﨑勤教育長に、ICT活用や働き方改革に関わる問題を中心に話を聞きました。最終回となる今回は、カリキュラムの問題や地域・保護者への伝達、さらにこれまで日本の教育が大事にしてきたよさなどについて聞いていきます。

 カリキュラム・オーバーロードとワーク・オーバーロード

前回、働き方改革に関わるお話をしましたが、これに関わる問題として、カリキュラム・オーバーロードとワーク・オーバーロードがあります。「この2つは切り離せないものなので、一体的に考える必要がある」と仰る方は少なくありません。確かに切り離せないものではありますが、教育課程について議論をしている間の一旦は、切り離して考えるべきだと私は思っています(編集部付加資料1参照)。

【資料1】カリキュラム・オーバーロード改善に向けたキーレッスン

資料1
今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者会議(第8回)におけるOECD作成資料より抜粋。

教師の環境整備などを理由に、子供が学ぶべき内容や時間と教育条件などとがバーター関係となり、教師の事情で子供たちの未来が左右されることには到底首肯できません。単に授業時数を減らせばよいなどという短絡的な議論は極めて危険だと思っています。また、私の知る限り、カリキュラム・オーバーロードは、国内では「教育課程や学習内容の過積載」という漠としたイメージがもたれているだけで、問題の背景や要因などの共通理解がほとんどされていないように思います。分析は大変むずかしいのも理解していますが、厚い教科書・入試の影響・授業づくりの実態など、「教育課程や学習内容の過積載」や教師の負担感の正体は何なのかをもっと考える必要があると思っています。

もしかしたら学習指導要領自体の問題ではないかもしれません。内容が増えただけでなく、それ以上に教師に授業のオーナーシップがないことによる「やらされ感」が影響している可能性もあります。大量の内容を教え込むのではなく、内容を大ぐくり化して、教師の裁量を高めていくことや「Less is more」の考え方を一層重視していくこともさらに検討していくべきと思います。前回、教科書の問題を考察しましたが、教師主語の部分を減らしながら、児童生徒が主語の部分を豊かにする、行政も学校現場もそうしたイメージをもって臨むことが大切ではないかと思っています。

子供や保護者にも学習指導要領の理解を

先に学習指導要領の伝達講習会の方法の見直しについてお話をしましたが、学習指導要領の趣旨を実現していくためには、学校や教育委員会だけでなく、保護者や地域の理解を図っていくことも必要です。保護者はもちろん、地域も巻き込んでその趣旨を理解していかないと、「社会に開かれた教育課程」だけをとっても、真の実現はむずかしいと思います。そのためには、今後は新たに、地域や家庭向けの学習指導要領の伝達講習会なども行ってもよいと思います。学習指導要領の趣旨を、専門用語を少なくして、分かりやすく保護者や地域に説明するのです。

例えば、第4期の教育振興基本計画(2023年6月16日閣議決定)の中では、「well-being」という言葉が前面に出てきていますから、今後、学習指導要領が改訂されるときには入ってくるかもしれません。訳語も定かでなく、概念も多義的なこの言葉が今後の学習指導要領でどう用いられるのか注目しています。そもそも、「well-being」という言葉の本質的な意味をきちんと理解している人がどれくらいいるでしょうか。幸福感や良くある状態などと直訳しても、「well-being」が達成できている子供像を考えるには不十分で伝わらないでしょう(教育振興基本計画には可能な限りの説明がなされていますので、是非ご確認ください)。(編集部付加資料2参照)

【資料2】第4期教育振興基本計画リーフレット

資料2
文部科学省作成の同計画に関するリーフレットにも、何度もウェルビーイングというキーワードが出てくる。その中から教育との関連を説明した部分を抜粋。

昔から「楽しい学校にしよう」とか、「笑顔あふれる学校にしよう」というようなことは現場ではよく言ってきています。それと「well-being」はどう違うのでしょうか?

こども基本法が制定され、その基本理念の1つに、「こども自身に直接関係する全ての事項に関して、年齢や発達の程度に応じて、こどもの意見を表明する機会と多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」が規定されました。こどもまんなか社会の実現に向けては、今後の学習指導要領は、子供に向けても分かりやすく説明して意見をもらう必要もあるのかもしれません。どんなにすばらしい答申や学習指導要領を作成しても、それに関わる一人一人に伝わらなければ、それは画餅に帰してしまうことにもなりかねません。だからこそ、学ぶ主役である子供たちも含めて全ての関係者に伝え、理解してもらえるよう我々教育委員会や学校も言葉を尽くす必要があろうと思います。それは簡単ではないと思いますが、そうしていかなければならないと思います。

授業研究が「ほめ合う場」になってしまっていることを危惧

最後に、ここまで思うがままに課題を指摘しながら改善の方向性についてもお話ししてきましたが、日本の教育には世界に誇れる優れたところがたくさんあります(現行学習指導要領への改訂に向けた中教審答申や「令和の日本型学校教育」の答申にも同様の記述がある)。

まず、教師による教材研究と授業研究です。先に1時間の授業だけで考えることはよくない、単元で考えなければならないというお話をしましたが、基本的に日本の教師は大変真面目ですから、「子供たちのために教材研究をしよう」という伝統が息付いています。また、1つの授業を複数の教師で見合って授業研究をして、授業力を高めていこうという文化もあります。最近、この授業研究が「ほめ合う場」になってしまっていることを危惧しています。

また、授業に関わる部分で大事にしていくべき場面に、「練り上げ」があります。この「練り上げ」とは、一人一人の子供が自分の考えを発表し、対話しながらよりよい考えに「練り上げ」ていく指導手法であり、まさに今で言うところの「対話的で深い学び」です。

さらに、日本の教育は、異なる他者との共同の学びにも力を入れてきました。そもそも、学ぶということには負荷をかけていくところがあります。人と人とのつながりも自分の生身をさらすのはすごく抵抗があり、アバターなどを使えば、少し抵抗が下がるのだろうと思います。しかし、自分にとって異質なもの、抵抗感があるとか、違和感があるというもの、それこそが他者なのだろうと思います。それも外界から受ける抵抗であり、負荷の1つかもしれません。そうした負荷を受け入れたり、乗り越えたりするところに学びがあります。

そもそも「令和の日本型学校教育」の答申の中でも、「これまで、日本型学校教育が果たしてきた役割を継承しつつ」(「はじめに」より抜粋)と書いてあり、これは日本の教育に昔からあるよさを補完してつくった旨を言っているわけです。もちろん、「練り上げ」のような個別の言葉が示されているわけではありませんが、そういう考え方や言葉が日本の教育の中に脈々と息付いているということを意識することも重要だと思います。

さらに日本の学校教育では、卒業後に忘れても構わないような「学校知学力」ではなく、「真正な学び」を通して社会に出ても役立つ力を付けていこうと、日本全国どの教師も努力をしてきていました。それは日本の教育のお家芸で、古くは生活単元学習の時代から取り組まれてきていたことでもあります。

しかし、OECDの質問調査を見ると、「実生活における課題を数学を使って解決する自信が低い」という結果が出ています。それについては、これまで日本の学校教育が取り組んできたよさを認識し、こだわって教育をしてきていれば、もしかしたら結果も変わっていたのではないかと思っています。教育の在り方を見直そうと、新しい言葉でどんどん上書きされてしまうのはいかがなものかと思うのです。もし既存の考え方やそれを意味する言葉にまさに本質があるのであれば、わざわざ新しい言葉をつくる必要はないのではないかとも思っています。

国の答申や審議のまとめなどは、教師の実感と経験に基づいたアクチュアルな言葉が希薄になっています。霞ヶ関文学や行政文書の言葉は性格上、抽象的になりがちで、ときに意味不明となっています。聞き心地のよい言葉が過剰に浸透すると、教師たちは自らの教育を語る言葉を失ってしまいます。このことは、「教師の授業づくりのオーナーシップ」の発揮が阻害されることにもつながりかねません。

繰り返し申し上げていますが、伝えることと伝わることは異なります。学習指導要領の趣旨を職員室に浸透させていくためには、分かりやすさが何より重要です。学習指導要領は、日常的に使われてこそ意味があります。「全部載せの堅いマニュアル」から脱して、「日常使いする分かりやすい手引き」へと変えていく必要があると思います。現場を預かる身としては、学習指導要領側の言わば歩み寄りが、教師が指導要領を我が事と捉え、授業づくりに欠かせないモノとなるために重要であると考えています。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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