日本初開催! ギフテッド教育の国際会議に密着! ~アジア太平洋ギフテッド教育研究大会2024ルポ・前編~
2024年8月17日~20日の4日間、ギフテッドをテーマにした国際会議「第18回アジア太平洋ギフテッド教育研究大会(APCG2024)」が、香川大学(高松市)で開催されました。ギフテッドの国際会議が日本で開催されるのは初めて‼ その様子を密着レポートします。
目次
26の国や地域から、ギフテッド教育の研究者が集結
今回の研究大会では、世界の26の国や地域から、教育に携わる研究者が集結しました。
日本からも研究者はもちろん当事者、保護者、教員、医師などが集い、才能教育の実践事例など、約170件もの発表がありました。
来場者受付
来場者の受付→ワークショップ→オープニングセレモニーの様子を時間軸に沿ってご紹介しましょう。
インドのギフテッドも悩みは同じ!?
「ギフテッドの生活における仲間」ワークショップ
トップバッターであるインドの研究者、バロミタ・ロイ博士は、ギフテッド同士の交友関係について考えるワークショップを開催していました。
異国の人と話ができるグルーピング
事前申込制のワークショップだったので、なるべく異なる国の人同士で話し合いができるようなグルーピングがされていました。
インド・サウジアラビア・オランダ・香港・台湾・オーストラリア・ロシア・日本などの国の人たちが簡単な自己紹介の後、各グループに渡された議題について20分のグループワークを行います。
議題はこんな感じです。
<議題例> ギフテッドの自尊心と自己概念
- ギフテッドは友達関係についてどう考えているのか?
- 高い知能は人間関係にどのような影響を与えるのか?
- 友達関係は、ギフテッドの社会的・情緒的な発達にどのような影響を与えるのか?
- 「ギフテッドである友人」と「そうでない友人」、ギフテッドに与えるそれぞれの影響はどのようなものか?
- 友達との関係は、ギフテッドの自尊心と自己概念にどのように影響するのか?
<議題例> ギフテッドの社会性や感情
このグループの議題は「ギフテッドの社会性や感情」で、こんな話がされていました。
ギフテッドはASD(自閉症スペクトラム)と誤診されるケースも少なくないが、多くのギフテッドはとても社会性が高い。
ただ、子供の頃はギフテッドに共通して見られる抽象的思考の発達が先立ち、周囲と話が合わない場合もある。本来、多くのギフテッドは人間関係を上手に作る力を持っているのに、もったいない!
グループワークの後は、「菊・桜・菫・菖蒲・蓮」と、日本の花の名前がつけられた5つのグループが、それぞれの成果を全45分かけて発表し合います。その後、それらをロイ博士がコメントしつつまとめていきます。
様々な国の人の意見を聞きながら、筆者はこんなことを思いました。
どこの国のギフテッドも、似たようなことで困っているんだな…
ロイ博士のコメントの中で、下記が印象に残りました。
「通常の教室」にいるギフテッドは、(彼らの育ちに必要な)教育的ニーズを満たしてもらえていなかったり、仲間から排除されていたりするなど、環境要因による社会情緒的ネグレクトやトラウマリスクが高い可能性があります。一方で、ギフテッドは標準グループと比較すると心の回復力があり、心理社会的適応が優れていることが示唆されています。
今回の研究大会のテーマは、「才能ある子供たちの心、生活、コミュニティを変革する教育環境」です。
ギフテッドに対して、「教育的ニーズを(まだあまり)満たしていない」とか「仲間から排除されるリスクに対してケアをするという発想が(まだあまり)ない」と感じられる日本の現状は、世界的には社会情緒的ネグレクトという状態なんだと気が付きました。
頭では理解していた「ギフテッドは世界で議論されているテーマである」という「知識」が、このワークショップを通じて、実感として理解できた気がします。
「教員養成」と「教員研修」におけるギフテッド教育
同じ時間帯、別の教室では神戸大学のエルッキ・T・ラッシラ博士による、教員養成についてのワークショップが行われていました。
幼少期に接する教員の態度は、ギフテッドの子供たちに大きな影響を与えます。にもかかわらず、国際的にみても一般の教員に対してのギフテッドに関する研修は充分とは言い難い現状があります。
ギフテッドを指導・支援するために必要な資質能力はどういうものかをミニ講義で紹介してから、「一般的な教員養成カリキュラムのうちに、ギフテッドについてのトピックをどう組み込むのか?」という課題を巡り、解決するためのアイデアを出し合う、対話形式のワークショップでした。
日本では令和5年度に初めて教員研修用のビデオが作成され、ギフテッドに関する研修は始まったばかりです。教員研修用のビデオパッケージ完成を取材した記事は、以下のリンクからお読みください。
ギフテッドへの合理的配慮、担任が最低限知っておくべき2大ポイントのリンクはコチラ。
なお、ラッシラ先生は自身の授業で才能教育を希望者(教員)に紹介し、現役の教育者向け研修活動も行っています。
おうちSEM(個別化・個性教育のカリキュラムモデル)
次のタームでは、今回の研究大会の中で唯一、日本人に向けての日本語のワークショップがありました。講師は日本スクールワイド・エンリッチメント・モデル協会の代表理事 知久麻衣さんです。
知久さんが紹介するのは、ギフテッド教育の権威、アメリカ・コネチカット大学のレンズーリ教授らが開発したSEM(The Schoolwide Enrichment Model・全校拡充モデル)を学校外の場所でも実践できるようにした「おうちSEM」です。
SEMは、個別化・個性教育のカリキュラムモデルです。ギフテッド教育に起源はありますが、もはやアメリカでは当たり前のように行われ、世界中でも行われている教育モデルだそうです。
それは、どのようなモデルなのでしょうか?
一言で言えば、「『好き』を基点にした学びの拡充モデル」といったところでしょうか。
おうちSEMは、SEMの核であるETM(拡充三つ組モデル)をもとに作られたプログラムで、それを体験的に理解するワークショップが行われました。
拡充三つ組モデルとは?
拡充三つ組モデルを使うと、どのように「好き」を拡充していくのか? についてイメージしやすくなると感じました。
- TYPE1 「好き」探し。新たな世界を探検する拡充活動
- TYPE2 「好き」の深掘り。深掘りに必要な学習、あるいは全く独立した学習、訓練、練習等のスキル磨き
- TYPE3 探究者ならではの本物の課題を見出し解決していく高度な拡充プロジェクト
「おうちSEM」については、別の機会を設けて詳しく紹介したいと考えています。どうぞお楽しみに!
開会式
ワークショップが終わった夕方5時前から、学会のメイン会場でオープニングセレモニーが開かれました。
開会宣言
APCG2024 実行委員会・委員長 隅田 学教授の想い
隅田教授は、2006年の第9回アジア太平洋ギフテッド教育研究会(台湾開催)に初めて参加された際のエピソードをはじめ、今回、日本初開催に至った想いまでを語りました。
多くの方に、世界的な文脈で、ギフテッド教育研究が扱う対象や領域、テーマの多様さと奥深さ、優れた実践例、最新動向を広く共有したく、日本大会の誘致、開催を決意しました。
APCGクラウドファンディング(目標額達成済)より抜粋
筆者は、こう感じました。
百聞は一見に如かず。APCG2024で垣間見た「世界のギフテッド教育」は凄い!!!
若手アーティスト 石村嘉成さんの版画
隅田教授が右手で掲げているのは、若手アーティスト・石村嘉成さんの版画がプリントされたバッグです。大会資料などが入った状態で、研究大会の出席者全員に配付されました。
作家・演出家の鴻上尚史さんに、「作品をひと目見て『欲しい!』と思い、わがままを言って買わせてもらいました」と言わしめた版画には、生命の躍動感が溢れています。
2歳で自閉症と診断された石村さんの「版画は僕のことば」と題されたオフィシャルサイトはコチラ。
文部科学省からのビデオレター
続いて、文部科学省初等中等教育局教育課程課学校教育官の岩岡寛人さんから届いたビデオレターも紹介されました。
- 現在日本では、これからの変化の激しい社会を生きていく、多様な子供たち一人ひとりが、それぞれのもつ個性や才能を伸ばしていくことができるような教育を目指しています。
- その方策の一つとして、この多様な子供たちの中に、特定分野に特異な才能をもつがゆえに、学校での学習や生活の中で困難を抱えることがある子供たちもいることにも着目し、その困難を解消し、才能をのばしていけるよう、関係者の理解を深めたり、学校での実践を広めたりするための施策に取り組んでいるところです。
- 文部科学省においては、このような子供たちに着目した議論が2021年に始まり、昨年度から国としての施策が始まったばかりでありますので、今後もより一層こうした子供達への支援のための取組を進めていきたいと考えております。
- こうした中で、日本において、研究者の方々をはじめとする多くの知見ある方々にお集まりいただき、その知見を共有するとともに、各国の方々とつながることができる、このような会議が開催されることを大変嬉しく思っております。この会議を通じて、各国で多くの子供たちが、その才能ゆえに抱える困難を解消するとともに、それぞれの才能を伸ばして活躍できることにつながる教育活動が進展することを願っています。
文部科学省の方が国際会議の場で、国の施策として「ギフテッド」支援を語ってくれる日が来た!
でも、国の施策はまだ始まったばかりです。今後、ギフテッドの困難を解消し、才能を伸ばしていくには、どのようなことが必要なのでしょうか?
APCGルポの後半では、そのヒントを、30年以上の歴史があるギフテッドの国際会議から探ります。
取材・文/楢戸ひかる
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