<連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~ ♯6 千葉県船橋市立田喜野井小学校5年1組①<後編>
菊池実践を追試している3つの学級の授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートします。3学級の担任は、徳島の堀井悠平先生、高知の小笠原由衣先生、千葉の植本京介先生。それぞれの学級をローテーションでレポートしていきます。 今回は、千葉の植本学級における、6月下旬の授業レポートの後編。子供たちに負荷をかけ、「考え合う」力を育てていくための教師の前振り・言葉かけについて考えることができる必読回です。
目次
子供たちに “楽しい負荷” を与える
菊池先生が、黒板に<木こり3>と書くと、みんなが「ええっ!?」と驚いた。
木こり1と2の様子を見ていた木こり3は、わざと斧を落とした。
女神が出てきて、「金の斧か銀の斧か」と尋ねると、木こり3は「いや、違います、鉄の斧が自分の斧です」と答え、3本の斧をもらった。
その後、木こり3はまた鉄の斧を落とした。再び女神が出てきて、同じやりとりを交わし、また3本の斧を手に入れた。木こり3はそれらの斧を町に売りに行き、お金をたくさん稼ぎました。
めでたしめでたし。
「木こり3について、いいと思う人は○、だめだと思う人は×をつけましょう」
「ええっ、どっちだろう!?」
と子供たちは悩みながら、黒板の<○><×>のスペースに自画像マグネットを貼った。
○……11人
×……18人
みんなの考えが分かれた。
「2時間目の国語の授業で、教科書をもとに話し合ったとき、植本先生が<理由と根拠>と書き、『理由付けをして主張しよう』と話しましたね。でも、この話は教科書のように、引用する言葉は書かれていません。ということは、どうしてそう考えたのか、『理由付け』が勝負になります。相当考えないと、勝てないぞ」
菊池先生が話すと、みんな大乗り気だ。子供たちは同じ意見同士3~4人でチームを作り、意見を交換した。
2分後、そのままの位置で発表。
「手を挙げていない人も指していい?」
子供たちがうなずくと、
「私は発表する人よりも、聞いている人の方を多く見ます。『あ、背筋が伸びているな』『今の意見に対して何か言いたそうだな』という人を探すのが趣味なんです」
と話すと、聞く子たちの姿勢がピシッとなった。
「では、どうぞ」
と菊池先生が最初の子を指名すると、最初に指名されるとは思っていなかったその女子は驚き、言葉に詰まった。
「大丈夫だよ。言えなくてもきっと誰かが助けを出してくれるから。それがチームだね」
と菊池先生が声をかけると、女子がチームの子たちを見つめ、周りの子も、
「大丈夫、言っちゃえ」
と小声でエールを送った。
手を挙げた人が指名される「挙手指名」、自分から立って意見を述べる「自由起立発表」は、ともすれば一部の子供だけが発表する場になりがちです。全員が参加する話し合いを成立させるためには、強い空気感が必要です。1学期のこの時期には、教師が意図に基づき、半ば“強制的”に子供たちを指名していくことも必要です。
子供たちは、「いつ指名されるかわからない」「反論するには相手の意見も聞かなければならない」と緊張感を持って話し合いに臨むようになります。
子供たちに負荷を与えているわけですが、納得解の話し合いは、何を言ってもいい “楽しい負荷” です。強制的ではあるけれど、発表する内容は、自分が考えた意見だから一人ひとり違って当たり前。むしろ他の子と違う意見を発表しようと、理由付けを一生懸命ひねり出して考えるので、客観的なデータに基づく話し合いでは出てこないユニークな意見が出てきます。
そうした答えを、教師が面白がり、認めることで、子供たちの話し合いの自由度を高めていくのです。
○派
●金儲けはよくないけど、別に嘘はついていない
●誰にも迷惑をかけていないし、売って他の人に喜ばれている
●誰かに迷惑をかけていないし、悪いことはしていない
●他の人に売っているから、自分の物にはならないし、自分の得になっていない
●人のためにやっているし、人が喜ぶことをしている
菊池先生が発表の合間に、
「今、聞きながら反論を考えているんだよね? 考えている人は体つきや表情が引き締まってくるんですよね」
とさらに負荷をかけた。
●木こり2が石の斧をなくしたから、(木こり3が)買ってあげた
●そもそもわざと落としたことに気付かない女神が悪い
●木こり3はお金がなくて困っていたかもしれない
×派
●わざと落とした時点で悪いし、しかも何回もやってお金にしているから悪い
●神様をお金目当てで利用した
●木こり2を見て、普通は「俺はそうならないぞ」と思うものなのに、そうじゃないところが煩悩の塊だと思う
図書委員会の男子が興奮しながら、さも意味深げな言葉を使って発表すると、菊池先生が、
「やるなあ、図書委員会」
とほめ、みんなもつられて大笑い。
●女神様が何度も上がったり下がったりするのは大変だ
●自分だけしか得をしていない
●木こり3はわざと落としているので、木こり2と同じ
●わざと落としてお金にしたからよくない
双方が発表したところで、作戦タイム。
「強い理由付けをして、相手の意見を潰すんだぞ」
と菊池先生が言うと、子供たちは再び同じ意見同士で話し合った。
途中、2人が「×から○に意見を変えたい」と訴えた。
●木こり3はお金に換えたけれど、誰かのために使うのなら、それはそれでいいことだと思ったから
●金の斧か銀の斧かと尋ねられたとき、嘘はついていないし、お金に換えたのも、人に「ずるい」と言われることではない
菊池先生がにっこりとうなずき、
「意見を変えた2人に、×派は拍手で送り、○派は拍手で迎え入れましょう」
と話すと、みんなが大きな拍手をした。
要所要所で的確な前振りを出す
2人が意見を変えて移動し、反論タイムがスタートした。
○→×への反論
●お金に換えちゃだめだと言うが、お母さんが病気かもしれないし、人を助けるために使うかもしれないから、だめとは言えない
●斧の準備が大変と言うが、女神も上がり下がりは慣れているから大変ではない
「相手の意見を引用して反論する。そうやって、相手の意見を小さくするんだね」
と、菊池先生が声をかけた。
●「女神の気持ちになって」と言うけれど、女神は誰かに言われてやっているわけではない。仕事かもしれないし、趣味かもしれない
●お金にするのがだめなら、メルカリとかもだめだということになる
●お金にしておもちゃを買いたかったのかもしれないし、わざとはやったけれど正直に言った。女神の気持ちと言うけれど、気付けない女神が悪いと思う
×→○への反論
●人のために使うなら、お金持ちになるのでなく、もっと人のために使っているはず
●人助けと言うが、優しいならやめておくはずだし、そもそも斧すら投げないはず
作戦タイムの前に、「相手を潰せ」「いちゃもんをつけろ」など、子供たちを挑発する前振りを入れ、話し合いの空気を上げていきます。
ある学校では、3年生が「異議あり!」と反論を楽しむ姿もありました。
「お母さんが病気かも」「女神の趣味かも」など、「もし〇〇なら」という子供ならではの発想が多く出たのは、木こり1の話し合いのとき、たった一人で✕をつけた男子が堂々と意見を述べ、それを教師(私)が価値づけて認めたことが大きかったのではないでしょうか。
どんな意見もあり、という空気をつくっていけば、子供たちは◯✕2択にこだわらず、もっとフラットに物事を考えられるようになります。
「とりあえず◯」と(仮)で立場を決め、「本当は◯だと思うけど、少ない✕の立場に行こう」と “散歩” に行くという選択も楽しむようになっていきます。
反論タイムを終え、みんなが自分の席に戻ると、菊池先生が天使と悪魔が飛び交う狭間で悩んでいる人間のイラストを見せながら、
「さっき、<煩悩>という意見も出ましたが、これ、なんて読むかわかる人?」
と言い、黒板に<呵責>と書いた。
かせき、あせき、こんらん、ほんのう、かっとう……子供たちは思いつくまま口々に言った。
「人のために使うならいいかもしれないけれど、わざと落とすのはどうなのか。この(イラストの)ように悩む様子を<良心の呵責(かしゃく)>と言います。みんなのことを考えて、本当に正しいのか正しくないのか、何がいいことなのかよくないことなのか、ずっと考えて悩む様子を言います」
菊池先生がそう説明し、黒板に書いた。
<人としての良心を大切にして生活し合う教室を>
「ルールを破ってはいないけれど、人としていいのか、よくないのか考え続ける。ときには良心の呵責に悩むこともあるかもしれません。でも、そういうことを大切にして学級力を上げてほしい」
子供たちは納得した表情だ。
「理由付けによって、主張は○になったり×になったりします。今後、このクラスではディベートをしていくことを植本先生から聞きました。
相手が考えている意見を、最後までひっくり返し合いながら、自分たちがどうあるべきかを考え続けるみなさんになってほしいから、この授業をしました。今日の授業でも、彼のように思わず『煩悩』という意見が出たように、今後も白熱してほしいと思います」
真剣な表情でうなずく子供たちに、
「この木こり3……本当はいません」
と菊池先生が笑いながらオチを話すと、子供たちがずっこけ、みんなの笑い声が教室にあふれた。
(※次回からは、堀井学級での授業レポートです)
菊池省三先生による授業解説
全国の話し合いの授業を参観しながら気になることがあります。
2つの立場に分かれて意見を戦わせるとき、意見を述べる子以外の子供たちがみんな座る(しゃがむ)ことです。
座ったほうが、誰が意見を述べているのか明確になるし、話している内容をメモに取りやすいのかもしれません。
しかし、座った時点で、発表している子と向き合う子はいなくなります。それどころか、机に隠れて話している相手すら見えなくなることもあります。次第に “自分に言われている” 感覚が薄れ、話し合いの輪から外れていきます。
話し合いが終わるごとに自分の席に戻るのと同様、座ることで話し合いが遮断されるのです。
これが迫力のない話し合いを生み出す一つの要因なのではないでしょうか。
意見を戦わせるとき、立ったままでいることは、「いつでも相手の意見を受けられる」という臨戦態勢なのです。
座れば発表者の視界から外れることができる、手を挙げなければ発表しなくて済む……。これでは話し合いに緊張感が生まれるわけがなく、当然、白熱した話し合いにはなりません。
手を挙げていなくても指名する、他の人と全く同じ言葉は使わない、仲が良い友達だけでなく、「この人の意見を聞いてみたい」と思う友達のところに行って意見交換をする──。
このような前振りをして、子供たちに負荷を与えることで、子供たちの緊張感が高まります。そうした緊迫状態が、話し合いの迫力につながっていくのではないでしょうか。
話し合い活動の技法を細かく再現できても、教師の微細な視点による前振りの意図を理解しなければ、話し合いのレベルはいつまでも変わりません。 子供たちの姿を見ながら、要所要所でズバッと言葉をかける。
単に「静かに聞いていたね」とほめるのではなく、「今、相手の意見を潰すことができたのは、さっき相手の意見をしっかり聞いていたからだね」と価値付けてほめる。
聞くことの先にある、「考え合う」ことを意識させる前振り、言葉かけが、話し合いの指導の核になるのです。
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取材・文/関原美和子
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。