インタビュー/岩本紅葉さん|教師自身の楽しみの先に広がる世界が授業を変える【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」vol.7】
「楽しいことしかしたくないんです」と、キラキラした笑顔で語る姿が印象的な岩本紅葉先生。ICTを活用した画期的な図画工作科の授業実践などを中心に注目を集め、東京新聞教育賞受賞、『ICT夢コンテスト2019』文部科学大臣賞受賞、教育界のノーベル賞と言われる『グローバル・ティーチャー賞』で2020年度トップ50に選ばれるなど、その輝かしい成果や精力的な活動から目が離せません。第2子出産を控えた今、これまでの道のりと今後のビジョンについて伺いました。
東京都新宿区立富久小学校主任教諭
岩本紅葉(いわもと・もみじ)
2018年に東京新聞教育賞、2019年にICT夢コンテストにて文部科学大臣賞を受賞。プログラミングソフトでつくるプロジェクションマッピングや、ICTを活用した新しい図画工作科の授業実践などが評価され、教育界のノーベル賞と称されるGlobal Teacher Prizeで2020年に最終候補者の50人に選ばれた。著書に「よくわかる図画工作科 ICT・プログラミング活用事例集」(開隆堂出版)がある。
Instagram:https://www.instagram.com/momiji_iwamoto/
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楽しみの延長線上にある、人との出会い、活動の広がり
小学生のときから図工が好きで、学校の先生かアーティストになりたいと思っていた岩本先生。子供時代はいわゆる転勤族で転校が多く、どの学校も楽しかったと語るものの、やはり新しい人間関係を構築するときは、毎回、不安や緊張があったそうです。
「2年生のときに転校した小学校で、まだ不安を抱えながら過ごしていたころ、担任の先生が、それを察してくれたのか『紅葉さんは絵がうまいね!』『工作が得意だね』と、褒めてくれたんです。そしたら、そこから周りの子たちが私に興味を持ってくれて仲良くなり、学校生活が急に楽しくなったという経験をしました。思えばそれが、先生になりたいと思うきっかけだったかもしれません。いろいろな人の良いところを見付けられる仕事っていいな、そんなことを思い始めたのです」
本格的に図画工作科の教師をめざし始めたのは大学時代。東京都では図工専科教員の採用があると知り、「大好きな“アート”と“先生”が合体した運命の仕事だ!」と開眼。念願の図工教師になってからは、自身の専門、デザインで使い慣れていたICTを活用し、画期的な図画工作授業を次々と開発してきたとのことで、悩みもあまりなさそうな岩本先生。
「そうなんです、楽しいです(笑)。『楽しいことしかしたくない』というのが、私の仕事の主義なんです。でも、教師という仕事は忙しいので、ともすると校務分掌や責任が山積みになって増えていきますよね。本当は、面白い授業を考える時間こそが、教師の最も楽しい時間なはずなのに、そこに割くべき時間がどんどん減っていくという現実があります。それではいけないと、校務分掌などを効率的に終えられるよう、テクノロジーを駆使していろいろと工夫してきました。授業を楽しくするだけでなく、仕事効率化のためにも、テクノロジーはとても良い味方だと感じています」
子供のときの経験から、新しい人との出会いが好きな岩本先生は、「楽しそう!」という気持ちを発端に、学校外にも活動の輪を広げてきました。
「職場も楽しいのですが、新しい知識を得るためには、職場以外にも、いろいろな人と出会うことが必要です。そのために、若い頃から飲み会やイベントには積極的に参加してきました。そこでほかの学校の先生と知り合って、それが結果的に企業ともつながっていくきっかけになりました。楽しみの先で、人とつながり、活動が広がっていった感じです」
転機になったピアニスト・中川賢一さんと子供たちのコラボアート授業
その活動の幅を一気に広げるきっかけとなったのは、三鷹市の小学校にいるときにピアニスト・中川賢一さんと行ったコラボアート授業だそうです。
「ご縁があって、2018年に三鷹市スポーツと文化財団の人から、『ピアニストの中川賢一さんと子供の絵とコラボする授業をつくりませんか?』とのお誘いを受けて、彼の演奏から子供たちがイメージする絵を描く、という授業を自分の学校で実施しました。6年生は、viscuit(ビスケット=プログラミングアプリ)を使って中川さんの演奏に合わせて動く絵を描く授業を、5年生は、今までの学習で使ってきた画材を自由に使って音楽に合う絵を描く授業をしました」
写真(下)は、子供たちの作品をつなげて、コンサート会場でプロジェクションマッピングの発表会をしたときのもの。同様の発表を学校で行ったときには、保護者も子供も感動の渦に巻き込まれたそう! 表現活動の可能性を改めて感じた瞬間だったと、岩本先生は言います。
「子供たちが事前に描いた抽象画を見て、中川さんが即興で作曲してくれたり、逆に、音楽から発想した絵を子供たちが描いたり。子供たちの想像力が、自分の想像をはるかに超えていて、私にとっても素晴らしい経験となりました」
その授業が高く評価されたことから、岩本先生はマイクロソフト認定教育イノベーターとなります。そこから今のように、自ら発信する側に転換していったとのこと。挫折はないかのように見えますが……。
「実は、この授業をする前には大体のことをやり尽くしてしまった感があり、意欲が停滞していたんです。教師になって約8年目のことでした。すでに東京都の“教師道場”や“教育研究員”(※)などは経験していて、多くの研究授業もやり終えてしまった。
さて、これからどうすればいいのかな、と悩んでいた矢先に中川さんとの出会いがあり、それがマイクロソフト認定教育イノベーターへの道につながりました。それにより、また新しい世界が一気に開けて、自分の勉強不足を感じましたし、『もっと新しくて良い授業をやっていくにはどうしたらいいだろう?』『もっと広い世界を知りたい!』と、再び意欲が湧いてきました」
そして、マイクロソフト認定教育イノベーターの先輩方に触発され、2020年にGlobal Teacher Prize(グローバル・ティーチャー賞)に応募、トップ50入りを果たします。しかし、それまでは賞の存在すら知らなかったそう。
「Global Teacher Prizeは、欧米、アジア、アフリカ、中東など世界各国から参加があり、教育のノーベル賞とも言われるコンクールですが、日本ではまだあまり知られていませんよね。「知る」ことがすべての始まりなので、どんな情報に触れるかは大事だと思います。
参加者は、みなさんそれぞれの国に合った教育で応募されていて、大いに刺激になりました。日本には素敵な先生が多いので、恐れずに参加すれば、きっと受賞者はもっと増えるはずです。英語で論文を送り、英語での面接&プレゼンはあるのですが、受賞のトップ10に選ばれた先生でも、英語をあまり話せない先生もいますから」
と、日本の先生たちの背中を押します。
かく言う岩本先生も、オンライン審査では、想定される質問を事前に調べておき、パワーポイントの同時翻訳機能を使って、“日本語字幕で読みながら、用意した英語で話す”という形で乗り切ったそうです。
※東京教師道場:東京都教育委員会が2006年より開催している授業力向上のための研修。
教育研究員:東京都の教育の質を向上させるために、都内各地区の教育研究活動の中核となる教員を育成することを目的としている研修制度。
《参考》東京都公立学校教員採用ポータルサイト
教師だからこそ、自分の人生を楽しくすることを優先して
成長意欲が止まらない岩本先生。その意欲の源は、目の前の子供たちなのだそう。「子供がこんなに吸収しているのに、(このままでは)自分は追い越されてしまう!」という焦りもあるのだと笑顔で語ります。
しかし一方で、いろいろとやりたいことはあっても、目の前の忙しさで大変な思いをしている先生が多いのも事実。日本の先生全体の約7割が仕事を回すだけで手いっぱい、2割が家庭のことも含めて大変な状況――すると、授業を楽しむ余裕がある先生は、残りの1割弱しかいないかもしれません。
「学校の文化や体制などもあると思いますが、個人として努力できることもあります。例えば『要領の良さ』。先生の仕事は終わりがありませんから、真面目になりすぎると、切り捨てができなくなります。あれもこれもではなく、優先順位をつけられることが、効率化の第一歩。『時間は有限』という意識を、私も心がけています」
具体的には、共有するべきデータがクラウド上になく、先生個人のパソコンのみに保存されていないかなど、効率化されていない細かい部分を是正していくことです。打ち合わせをする際も、「人の時間を奪っていないだろうか?」と客観的に考える感覚をもつことも重要です。
「効率化することで、先生の心にゆとりが生まれ、プライベートが充実すれば、日々の授業にもやる気が出て、子供とも絆が生まれます。好循環ですね。逆に、疲れすぎて自分のメンタルを健全に保てなければ、先生の笑顔が失われ、教室での子供の心理的安全性を奪ってしまい、人間関係も上手に築けず、授業もうまくいかない、という悪循環になってしまいます」
教師として献身的であることは尊いこと。ですが、先生自身が人生を楽しむことが、ひいては学級の子供たちの幸せにもつながるということを忘れないようにしたいものです。また、他の学校の先生と交流することも、おすすめだそう。
「他の学校の先生の話を聞くと、自分の学校のおかしな部分や改善点に気付けると思います。できるだけ学校の外に出て、自分の仕事を相対化して見ることが有効です」
自分が子供の親になって気付けた保護者の気持ち
取材時現在、第2子を妊娠中の岩本さんは、子供を産んで教師としての心構えも、子供や保護者への気持ちも大きく変わったと語ります。
「今までは、保護者に対して『もうちょっと家でしつけをしておいてほしいな〜』など、正直思ったりすることもあったんです(笑)。ですが、自分が親になってみて、『子供を小学生になるまで育てられただけで、すごいことだ!』と思うようになりました。
そして、子供の存在により、自分の命より大切なものが世の中に存在するということも、実感しています。こんなにも大事な子供を学校に預けている保護者がいて、そんな大切な子供たちに対して、教師としていい加減な授業はできないと、より思うようになりました」
これからの図画工作科の真価と評価の仕方
図画工作科は、「答え」がない授業です。それゆえに評価するのも難しい教科ですが、だからこそ、これからの時代に大事な授業とも言えます。AI時代を生きていく子供たちにとって、人間にしかできないこと、人間にしか考えつかないことを生み出す力は必須です。「図工」こそ、それらを育むために大切な教科なのだと岩本先生は信じています。
「答えのない教科で成績表の評価をつけることは難しいのですが、現実的には学習指導要領に沿ってつけなければなりませんよね。ですが、本心ではみんな◎!という気持ち。授業中に子供に伝える評価は別と考えています。どの子供にも、『みんなすごいよ!』『いい表現できているね!』『よくこんなこと思いついたね、天才!』と、それぞれの作品を認める声かけをし、全員に肯定的な評価を授業で伝えていくように心がけています」
最後に、こうあればいいなという学校の未来の姿を、次のように語ってくださいました。
「学校がもっと社会に開かれた空間になっていけばいいな、と思います。学校が塀で囲まれた閉じた場所ではなく、他の学校の先生、地域の人、保護者、企業などに開かれ、各方面とつながりながら、子供たちを育てられる場になればいいな、と思います。教師がさまざまな人と手を取り合って、子供のために豊かな教育活動ができる場になっていけば素敵ですよね」
“開かれた学校”づくりは、まずは一人ひとりの先生ご自身が、楽しみを求める気持ちで、一歩外へと踏み出すことから始まるのかもしれません。
取材・文/田口まさ美(Star flower)
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