「コンピテンシー」とは?【知っておきたい教育用語】

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OECD Future of Education and Skills 2030 プロジェクト」では、現代の子どもが成長して世界を切り拓いていくためには、どのような知識やスキル、態度および価値が必要かを検討し、進化し続ける学習の枠組みとして「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」をつくりました。この枠組みの中に示されている、「コンピテンシー」=子どもたちが2030年以降も活躍するために必要な能力を表す言葉が注目されています。

※プロジェクトでは「生徒」という言葉を用いていますが、ここでは、学校現場で扱いやすいように「子ども」という言葉に置き換えて解説していきます。

執筆/創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴

「コンピテンシー」検討の経緯と今後の方向性

【コンピテンシー】
単に知識やスキルの習得にとどまらず、不確実な状況における複雑な要求に対応するための知識、スキル、態度および価値の活用を含む概念。

2015年前後には、社会のグローバル化や人口移動、気候変動、AIなどの技術的革新の動向を受けて、これからの教育のあり方について、世界の国々での議論が盛んになりました。予測が困難な社会を築く子どもたちにどのような力を育むべきか、そのためには学校教育はどのような方向を目指して、その制度や扱う内容、方法などを検討するべきか、当然、そのエビデンスが必要になります。

これを背景としてOECDでは、「Education 2030プロジェクト」を組織し、30を超える国から、政策立案者や研究者、校長や教師、子ども、関係団体などが集まり、マルチステークホルダーとして協議しました。その第1弾の成果として、「2030年に望まれる社会のビジョン」と、「そのビジョンを実現する主体として求められる子ども像とコンピテンシー(資質・能力)」を構造的に整理して「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」を提示したということです。

「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」は、2019年に報告されましたが、その後もOECD諸国において、どのような子ども像やコンピテンシーがカリキュラムに盛り込まれているのかという国際比較分析も行われてきました。

コンピテンシーの育成や、そのためのカリキュラムのモデル、カリキュラム改訂の方法などが検討されています。これらの社会を築く子どもに身につけてほしいコンピテンシーを具現化するカリキュラムを実効化するためには、指導や評価についての基本的な考え方やそれに伴う授業のスタイル、それを実現する教員の養成や研修などについて、引き続き、国際的な議論をが重ねられています。

組織経営の人材開発で用いられているコンピテンシー

コンピテンシーは、1970年代、アメリカの心理学者である、D.C.マクレランドを中心としたグループの研究に発して、組織における人材育成・管理の分野で発展したものといわれています。知識やスキルだけでなく、価値観や性格、使命感を包含していて重要な職務を遂行するための能力の開発に用いられてきました。

日本でも、1990年頃から人事制度に取り入れられてきました。高い業績を上げる人の行動特性をコンピテシーとして、その人に特徴的に見られる行動を類型化して、「できる社員の行動パターン」とか「行動のノウハウ」と表現し、ビジネス書のハウツー本として書店に並んでいるものを見てことがあるかもしれません。

業界の特性にもよりますが、例えば、ある高業績営業者の行動パターンの特徴を抽出すると、「扱う商品の特徴を徹底的に分析する」、「顧客の情報を収集し、分析する」、「当該顧客への最適な対応方法を検討する」、「実行し、その成果と課題を整理し次に生かす」などの「コンピテンシーモデル」が明らかになります。こういったモデルを社員の能力開発や人材育成の視点、方法に用いるということです。

このような人材育成のアイデアや手法は、教員の人事考課・業績評価制度にも用いられてきています。管理者である校長が、教育に関わる知識や指導スキル(技術)、教師としての態度などを評価指標として、さらには、それらを動かす教育観や行動特性、教師としての使命感や適性など、教師一人一人の状態を把握し、能力開発や育成する仕組みが整えられています。

日本の場合、教師の職務状況を評価する規準は、学校を設置する自治体が作成しています。校長は各校の実態を踏まえながら、その評価基準に照らして教師の職務行動を評価し、指導育成に生かしているのです。「人材育成指標」という名称で公表されている内容は、教師として期待されるコンピテンシーということができます。

つまり、もともとは、組織経営の人材育成で用いられてきたコンピテンシーという考え方を教育の世界に落とし込んだものといえます。不確実性が増している社会の形成者となる子どもに身に付けさせたい能力を整理し、子どもの学びはどうあるべきかを中心に置いて、これからの学校教育のあり方やカリキュラム編成、授業スタイル、それを動かす教師の養成や研修の仕方をコンピテンシーベースで再構築していく方向に教育界は動いています。

学校教育が目指す資質・能力とコンピテンシー

学校は、その時代、あるいは次の時代の要請に応えるための教育の実現に努めていますが、そこに掲げられる理想と学校現場の実情との間には乖離があり、常にそのギャップに困り感を抱いてきました。コンピテンシーという言葉にしても、現行の学習指導要領に示されている3つの資質・能力とはどのような関係にあるのか。それを把握できたところで、授業や行事の実践場面でどのように実践化していけばよいのか。主体的・対話的で深い学びを目指す授業のどこにどう位置づくのか。理屈と実践の往還は、たやすいことではありません。

現行の学習指導要領が示す「資質・能力の3つの柱」は、これまでみてきた教育におけるコンピテンシーと密接な関わりがあるでしょう。「生きる力」を育むために「何のために学ぶのか」という学習意識を重視し、以下の3つの力をバランスよく育むことを明示しています。

●学んだことを人生や社会に活かそうとする「学びに向かう力、人間性など」
●実際の社会や生活で生きて働く「知識及び技能」
●未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力など」

現行の学習指導要領の改訂作業の過程では、何を学ぶかという「コンテンツ・ベース」から何ができるようになるかという「コンピテンシー・ベース」への転換というコンセプトで議論されました。

あらためて、「OECD2030プロジェクト」の報告にあるコンピテンシーの定義に戻ってみます。コンピテンシーは、「単に知識やスキルの習得にとどまらず、不確実な状況における複雑な要求に対応するための知識、スキル、態度および価値の活用を含む概念」でした。

学校でその実践を試みている、学習の基盤となる知識や技能を身に付け、それを活用しながら思考力や表現力などを高め、その原動力としての学びに向かう力を向上させていく学習活動はコンピテンシーの獲得と強く関連しているといえます。

新たな教育用語が登場したとき、その解釈の仕方を柔軟にかつ具体的な事象と関連付けて行うことが大切です。OECD2030プロジェクトの報告では、教育の目的を個人と集団の「ウェルビーイング」の実現とし、そのための学習の枠組みとしての「ラーニング・コンパス」を示し、その構成要素の中核なものとなる「エージェンシー」など、現場として初めて出会う言葉が登場します。

その解釈と実践を振り返る時間に余裕もないのが現状です。しかし、これらの意味することは、これまでの日本の教育で実践されてきたことと関連しているものばかりです。教育実践の見方・考え方を変えるチャンスと捉えて、主体的に学ぶ力や態度などの「コンピテンシー」といえるものが、教師にも、学校組織にも求められているのです。

▼参考資料
文部科学省(PDF)「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」中央教育審議会、令和3年1月26日
OECD(PDF)「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030(仮訳)
小学館(ウェブサイト)「『キー・コンピテンシー』とは?【知っておきたい教育用語】」2020年4月27日
白井俊「OECD Education2030 プロジェクトが描く 教育の未来」2020年、ミネルヴァ書房

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