「令和の日本型学校教育」の構築で持続可能な教育への転換を図る【連続企画 「持続可能な学校」「持続可能な教育」をどう実現するか? #03】
GIGAスクール構想による1人1台端末の導入は、授業および学習に変革をもたらしただけでなく、「持続可能な教育」を実現する重要なツールとなった。今回は、GIGAスクール構想がもたらした「持続可能な教育」を実現する可能性から「持続可能な社会の創り手」に必要とされる資質能力、「持続可能な学校」づくりを後押しする学校の働き方改革までを、文部科学省初等中等教育局長の矢野和彦氏に語っていただいた。
文部科学省初等中等教育局長
矢野和彦
1965年生まれ。青山学院大学法学部卒業後、1989年に文部省(現文部科学省)に入省。入省後は、文化庁文化財部記念物課長、高等教育局私学部私学助成課長、初等中等教育局財務課長、初等中等教育局初等中等教育企画課長、大臣官房会計課長、大臣官房審議官(初等中等教育局担当)、文化庁次長、大臣官房長、独立行政法人日本学生支援機構理事長代理などの役職を経て、2023年8月から現職。
この記事は、連続企画「『持続可能な学校』『持続可能な教育』をどう実現するか?」の3回目です。記事一覧はこちら
目次
「令和の日本型学校教育」の構築の先に持続可能な教育がある
持続可能な学校の指導・運営体制の構築を実現するうえで語らなければいけないことが「令和の日本型学校教育」の構築です。はじめに、中央教育審議会において「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」を令和3年1月に取りまとめました。
小学校教育においては、平成29年改訂学習指導要領でも読解力や問題解決能力に主軸を置いた、課題解決型学習の重視および主体的・対話的で深い学びの実践といったことが強く打ち出されました。「令和の日本型学校教育」も同じ線上にはあるのですが、平成29年と令和3年の間には、1人1台端末によるGIGAスクール構想という教育のパラダイムシフトがあります。明治時代から教員は黒板、子どもたちは紙(ノート)と鉛筆だった環境が、1人1台の端末を使うようになったことで、授業も学習も大きく転換されたのです。この大転換こそが、従来の日本型学校教育をさらに発展させた「令和の日本型学校教育」のベースを形成しています。
「令和の日本型学校教育」の実現については、GIGAスクール構想の実現および学習指導要領の着実な実施はもちろんのこと、「自立」「協働」「創造」といった教育振興基本計画の理念の継承や、学校における働き方改革も含めて一体的に推進していきます。そして、誰一人取り残すことのない「持続可能な社会の創り手」の育成をめざします。
「持続可能な社会の創り手」の育成に1人1台端末が効果を発揮
では、「持続可能な社会の創り手」に必要とされる資質能力とはどのようなものなのか。いちばんには、「VUCA時代を生き抜く力」です。これまでも不確実で、なかなか先を見通せない社会ではあったものの、昨今はその不透明さがより加速化しています。「Society5.0」時代の到来、国内の社会情動や国際情勢など、社会の在り方そのものが刻々と変化していますが、そういった変化を前にしたとき、ネガティブに捉えるのではなく、人間ならではの感性を働かして前向きに捉え、より豊かなものにしていくことが求められます。
そういった資質能力がまさに「持続可能な社会の創り手」に必要とされるのではないかということが、「令和の日本型学校教育」でも示されています。そして、そのための個人の資質・能力に応じた教育、個性を伸ばす教育を実現するうえで、1人1台端末で様々なことが可能になったのです。
しかし、第1期のGIGAスクール構想の際、ネットワークは最低でも1Gbps、可能であれば10Gbpsほどの強さ、通信速度の速さが重要な柱の一つとされていましたが、なかなか実現できていないのが現状です。この課題に対しては現在、しっかりと予算を組み、回線のチェックを進めようとしています。
それから、自治体および学校間での端末の利用状況の格差も大きな課題です。こちらについては、文部科学省が運営している「StuDX Style」の周知徹底および活用、「学校DX戦略アドバイザー」派遣などの取組を着実に推進していきます。
次に「基本的な知識技能」も重要です。主体的・対話的で深い学びの実践と聞くと、探究や応用といった方向に意識が行きがちですが、課題解決型学習の前提には基礎的な知識技能の習得があります。
例えば、「書く力」や「文章を正確に読み取る力」といった力。教え込むことに関しては議論もありますが、基礎的な学力を築いていくうえで、ある程度教え込まなくてはいけない場面は必ず存在します。ただ、指導する際に子どもたちが「納得感」をもてることが大切であり、「どうしてそれを学ぶのか」「学んだその先に何があるのか」といった根本的なことを教員がしっかり伝えていく必要があると思います。
私は、先生方の仕事を心から尊敬しています。特に小学校の先生方は、1年生、2年生といった低学年の子どもたちを席に座らせているということ自体が高度な教育技術です。子どもを長い時間、椅子に座らせるべきではないという声もありますが、学びに向かう基本的な姿を育てるうえでは大切なことです。文部科学省では、「知識技能」に加え、「思考力」「判断力」「表現力」「学びに向かう力」「人間性」、以上を子どもたちが身につけるべき資質能力と捉え、そういった学びにおける基本的な力を軽視してはいけないと考えています。
つまり、「令和の日本型学校教育」は従来の日本型学校教育、つまりチョーク&トークで培われてきたことを否定しているわけでは決してないということです。むしろ、今日まで世界に冠たる教育環境の成果を出してきた小中学校の先生方に対しては感謝と尊敬の念を抱いております。これまで先生方が積み上げてきた土台の上に、1人1台端末の学習環境が乗っかれば、さらなる相乗効果を生み出せるのです。
実は、私もはじめのうちは、GIGAスクール構想に対して否定論者でした。しかし、様々なデモンストレーションを実際に目にしたことで、その考えは一転しました。百聞は一見にしかず、食わず嫌いせずにぜひ一度その効果を実感してみてください。志のある先生方であればあるほど、主体的・対話的で深い学びの拡大、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を実感できることと思います。今までのチョーク&トークで培われてきた実績がさらに花開くことは間違いなく、その線上にある「持続可能な社会の創り手」を育てる教育につながっていくことでしょう。
学校の働き方改革によって「持続可能な学校づくり」を
「持続可能な社会の創り手」の育成には、当然「持続可能な学校」をつくっていかなければなりません。その一環として「令和の日本型学校教育」では、学校の働き方改革を推進しています。
まず、学校の働き方改革の目的の一つに「教員のウェルビーイング」の向上があります。これは、教員が子どもたちに関わる時間を少しでも確保できるように、という前提があります。この間、不登校の子どもたちの声を直接聞いたことがあるのですが、そのなかに「先生がイライラして怖い」といった感想がありました。これは、数多の業務に疲弊し、子どもたちに余裕をもって接することができていないことが要因であると考えられます。校務などの負担を少しでも軽減し、子どもたち一人一人をしっかり見ることができるよう働き方改革を推進していく所存です。
これらのことから、学校の働き方改革の根底には「子どもに余裕をもって接することができるよう、教員の心の余裕をつくる」ことが目的としてあります。ですから、仕事を楽にするために行うわけではなく、そのために機械的に学校行事などを削るということでもありません。
私は、日本型学校教育の真髄は特別活動にこそあると考えています。それは学校でしかできないこと、例えば遠足や文化祭、修学旅行などのイベント、入学式や卒業式といった伝統行事。そういった学校でしか経験できないようなことを教育的な価値を十分に検討せずになくしてしまう、というのは本来の学校の働き方改革において意図していないことです。
しかし、現実問題として特別活動の準備に先生方の時間が大幅に費やされている、という課題には当然目を向けなくてはいけません。そのため、「誰のためにあるのか」「何のためにするのか」といった特別活動の本来の意義を問い直し、子どもたちに将来どのように思い出してほしいのか、子どもたちのなかに何を残したいのかといった本質的な部分に目を向けてほしいと思います。そうすることで、従来のやり方とはちがった、新しい特別活動の形を見いだせるようになれればと考えています。
そしてこれは、部活動にもいえることです。月曜日から金曜日まで実施して、土日も休みなく行うというのは教員・子ども双方にとって、あまりにも負担が大きいでしょう。部活動は生徒指導という面でも効果を発揮しますし、とても重要な活動です。ただ、やはり「学校における部活の意義」「文化芸術およびスポーツの振興」といった本質的な部分を改めて見直し、地域への部活移行、外部講師の派遣などの新たな形を模索していくべきでしょう。
「持続可能な学校」「持続可能な教育」の実現のために
「令和の日本型学校教育」を構築し、「持続可能な学校」および「持続可能な教育」を実現していくために、今まさに中央教育審議会の特別部会で議論している最中です。様々なことが議論されていますが、全体的に言えることは「子どもたちに真に必要なことを確実に実行していく」ということ。そして、実行にあたっては、教員がやるべきではないもの、あるいは負担軽減が可能なものを見極めていくことを重要視しています。
その一つに外部人材を派遣することが挙げられます。コストがかかる話ではありますが、都道府県、市町村、文部科学省が一丸となって進めていこうと動いています。また令和6年度予算案では、教員業務支援員を全小中校に配置できるよう予算を組みました。それから、教職員定数の改善、勤務時間管理の徹底、教員の健康状態の把握といった環境整備を積極的に推進します。
残念ながら、昨年発表した「教育職員の精神疾患による病気休職者数」は過去最多という結果になってしまいました。この結果を重く受け止め、学校側には教員の健康および福祉の確保を徹底するよう呼びかけていきます。
「持続可能な学校」および「持続可能な教育」を実現するためには、何よりも先生方の力が必要です。先生方が教育にかける理想や思いを実現できるような環境を整備すること、そして、これから教職をめざす方々が安心して教員という道を選択できるようにすることを目標に掲げ、効果的な取組を推進していきます。
取材・文/鷲尾達哉(カラビナ)
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