生活困窮の子どもにとって学校は最後の砦。だからこそ、先生はぜひ周りを頼ってほしい【連続企画 多様化する選択肢 令和時代の不登校対策 #04】

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発達障害(ASD/ADHD)によるいじめや不登校を経験し、現在は不登校・中退経験者などのための個別指導塾「キズキ共育塾」を展開している、株式会社キズキ代表の安田祐輔氏。今回は、同塾の特徴や求められる不登校児童支援などについて話を伺いました。

株式会社キズキ代表取締役社長
安田祐輔

1983年横浜生まれ。国際基督教大学(ICU)を卒業後、総合商社を経て、2011年にNPO法人キズキを設立。同年、学習支援事業「キズキ共育塾」を開始する。2015年には株式会社キズキを設立。現在は、キズキ共育塾以外にも、うつ病・発達障害の方の就労を支援する「就労移行支援事務所 キズキビジネスカレッジ」や生活困窮家庭の子ども支援などを行う「公民連携事業」を展開している。著書に『暗闇でも走る』(講談社)や『学校に居場所がないと感じる人のための未来が変わる勉強法』(KADOKAWA)など。
キズキ共育塾:https://kizuki.or.jp/
キズキビジネスカレッジ:https://kbc.kizuki.or.jp/

この記事は、連続企画「多様化する選択肢 令和時代の不登校対策」の4回目です。記事一覧はこちら

「かつての私のような人の尊厳を守る仕事がしたい」という思いで開塾

株式会社キズキでは「何度でもやり直せる社会をつくる」というビジョンのもと、主に3つの事業を展開しています 。そのうちの一つ、学習支援事業では「キズキ共育塾」を運営しています。

当塾は不登校・引きこもりや発達障害のある方などをはじめ、年齢問わず「人生をもう一度やり直したい」と考えている方へ、学習指導および心のサポートを行う1対1の完全個別指導塾です。2023年11月現在、全国に10校を構え、オンライン授業も展開し、約850名の児童・生徒さんへの支援を行っています。

私が当塾を設立した背景には、「過去の私のような人たちの、尊厳を取り戻す手助けがしたい」という思いがあります。私自身、複雑な家庭環境や寮でのいじめが原因で全寮制の私立中学を辞め、高校へもほとんど通わない時期がありました。勉強は中学入学以降まったくしておらず、高校時代の成績はビリ。高校2年時には「勉強をやり直そう」と決意しましたが、そもそも勉強を教えてくれる場所すら見つけられませんでした。とある予備校の面談では「どうせ勉強しないだろ」と言われたこともありました。

その後、「自分の人生を変えたい」という思いのもと、ひたすら勉強をして、2浪の末、志望校に合格できました。大学時代には当時世界最貧国と呼ばれていたバングラデシュを訪れます。同国で娼婦として働く女性たちの深い孤独に触れ、自分自身と重なる部分を感じ、「人間の尊厳を守る仕事をしたい」というミッションを意識するようになりました。

大学卒業後に入社した総合商社はうつ病のため半年で退社しましたが、療養期間を経て、「不登校や中退した方々が学び直す学習塾があれば、かつての私のような人でも尊厳を取り戻すきっかけになるのではないか」という考えに至り、キズキ共育塾を開塾しました。

キズキ共育塾を不登校者にとっての居場所の一つにする

キズキ共育塾に通っている方のうち、1割程度が小学生です。不登校の子どももたくさんいらっしゃいます。とくに学校に行くことを一度断念した子どもの中でも、居場所が家庭しかない小学生に関しては、自身の支えとなるコミュニティが最低でもあと一つは必要です。そこで、当塾が不登校者にとって安心できる居場所になるために、私たちは「少なくとも通塾当初は勉強しなくても構わない」というスタンスをとっています。塾が居場所になるためには、まずは塾に通ってもらうことが大前提だからです。

加えて、塾を心のよりどころの一つにしてもらうためには、子どもと最も接する講師の人間性も重要です。当塾では「高圧的でない」「自身の価値観を押し付けない」など、不登校の子どもとコミュニケーションをとる上で重要な資質を持つ講師を、蓄積してきた事例データを踏まえ、採用面接段階で見極めています。このとき、面接担当者によって評価に差が出ないように、面接マニュアルを整備し、面接の属人化を防いでいます。なかなかシビアだと思われるかもしれませんが、塾に通っている子どもにとって講師は塾のすべてです。講師の採用には今後もこだわり続けたいと考えています。

こうした当塾での取組に対して、「子どもの生活リズムが整った」 「自分から進んで塾に行きたがっている」 などの評価をいただくこともあり、大変嬉しく思います。わざわざ私のSNSアカウントを探して、直接メッセージで感謝を伝えていただいたこともありました。不登校の子どもが塾に通えるようになり、中学受験を検討し始めるまで気持ちが前向きになるケースもあります。一方で、当塾との相性が合わずに「ほかの塾に行かせます」という厳しいお声も少数ながらいただきます。事業改善を続け、一人でも多くの子どもにとって、当塾がプラスに働くようにしていかなくてはなりません。

1対1の完全個別指導では生徒のペースで授業を進められる。

「業務効率化」によって「寄り添う時間」を確保する

キズキ共育塾を運営するにあたり意識しているのが、「子どもに寄り添い、支援する時間を増やすこと」です。そのために支援以外のオペレーションの徹底的な効率化=業務の無駄をなくす取組を進めています。

例えば、塾生のデータベースの入力方法一つとっても、面談時の子どもの発言や我々からのアプローチなどを、誰が読んでもわかりやすい日本語で、過不足なく記入しています。そうすることで、「〇〇さんってどんな子だっけ?」「あぁ、この子は□□で~…」という引き継ぎ業務をする必要がなくなります。

また面談についても、子どもの反応に応じてフローチャートに則り、フォロー・発言内容を決めています。 フローチャートの利用については、「システマティック過ぎないか」と思われる方もいるでしょう。しかし、一つ一つの事案に対して個別具体的に対応していては、時間がかかりすぎてしまい、良い支援をより多くの子どもたちに提供することができません。残業が増えて、社員の疲弊も招いてしまうでしょう。結果的に救える子どもが少なくなってしまいます。当塾では支援業務以外のオペレーションはできる限り効率化し、目の前の子どもに「寄り添う時間」をより多く確保するようにしています。

なお、小学校の先生方は、児童への「寄り添い」が本当にお上手で、私自身勉強させていただいています。一方で「寄り添う時間がとれない」と感じる先生も一定数いらっしゃるはずです。「会議では終了時間とアジェンダを事前に決めておく」「コミュニケーションツールを導入する」など、民間企業のやり方を参考に、学校全体で業務効率化を推し進めることで、不登校の子どもへの支援の時間をより確保できるかもしれません。

生活困窮世帯に対する不登校支援にも力を入れたい

キズキ共育塾を運営している中で、子どもたちには様々な塾へのニーズがあることがわかりました。例えば「ほかの子どもと交流したい」「遊びながら学びたい」など、単に机に向かって勉強をする以外のニーズもよく耳にします。当塾としては、そうした多様なニーズに応えられれば、より充実した不登校者へのサポートができるのではないかと考えています。

また現在、当社の主な事業の一つである、うつ病や発達障害による離職者向けの「就労移行支援事業所 キズキビジネスカレッジ」では、個々人の性格・特性によって有効であろう支援内容を提案してくれるAIを開発中です。同AIは発達障害のある大人向けのものですが、将来的には子ども向けのAIも開発したいと考えています。

全国の小中学校における不登校者は30万人 近くいますが、当社で支援できている人数は数百人程度にとどまります。正直、支援の手は全然足りていません。そこで、ほかの事業者様がより有効な方法で多くの児童・生徒を支援できるように、当社のノウハウを提供するポータルサイトの開発も進めています。

一方で、塾という形態でできる限界も感じています。今後は生活困窮家庭の子ども支援を行う当社の「公民連携事業」の強化を進めることで、塾の費用を支払えない生活困窮・生活保護世帯の不登校者支援も拡充していく予定です。

学校が最後の砦として機能するために「先生が周りを頼ること」が大切

学校現場で働く先生方にお伝えしたいのは「ぜひ、周りを頼ってください」ということです。

私どもが公民連携事業で支援している生活困窮・生活保護世帯では、子どもの習い事をさせる金銭的余裕がない家庭が大半です。そうした、習い事に行けず、場合によっては家にすら居場所がない子どもにとって、学校は最後の砦と言えます。

一方で、「子どもと向き合う時間を取れない」という時間的な問題や、「心配で話しかけてはいるが、子どもが心を開いてくれない」という相性の問題から、最後の砦としての十分な支援ができずに、忸怩たる思いを抱えている先生もいらっしゃるかと思います。

前者の時間的な問題については、自治体に予算をつけてもらい、当社のような支援業務を営む民間企業や学校支援を行う地域のNPO法人や教育・福祉系企業などと連携することで、改善が見込めるでしょう。また後者の相性の問題については、まず特定の子どもと相性が合わないからといって、気にしないようにすることが大切です。一人の人間(=先生)と、アトランダムに集められた地域の子ども2~30人全員との相性が合うわけがないためです。その上で、フォローが必要にもかかわらず相性が合わない子どもについては、ほかのクラスの先生や養護教諭などを頼り、代わりに話しかけてもらってはいかがでしょうか。その先生には心を開いてくれるかもしれません。各先生ができる範囲でできることをして、協力し合うことが大切ではないかと思います。こうした取組は不登校対策にも通じることでしょう。

私自身も不登校だった時期があります。また、いじめにも遭い「いじめが原因でコミュニケーションが苦手なんだ」と感じたり、「ちゃんと親に育てられなかったから、こんな自分になってしまったのではないか」といろいろ悩むこともありました。ただ、年を重ねて良い思い出をつくるにつれて、過去の辛い思い出は上書きされています。加えて、40歳にもなると、単純に過去の辛い出来事は遠くに過ぎ去り、勝手に忘れていっています。今不登校で苦しんでいる子どもには、「今の苦しさや悩みはいずれどこかに消えるもの」と肩の力を抜いて、まずは少しでも良い方向に進む気力を蓄えていただければ嬉しいです。

取材・文/加茂歩

この記事は、連続企画「多様化する選択肢 令和時代の不登校対策」の4回目です。記事一覧はこちら

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