「誰一人取り残さない」学校づくりが不登校対策につながる【連続企画 多様化する選択肢 令和時代の不登校対策 #02】

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21年前から、「あったかハート」という学校テーマを掲げ、保護者や地域と協働・連携して多彩な教育活動を実践している山内小学校(児童数738人/2023年11月現在)。佐藤正淳校長が打ち出す「誰一人取り残さない」というスローガンのもと、校内フリースクール「あったかハートルーム」や、取り出し授業を行う「キラキラルーム」といった不登校児童とその保護者をサポートする体制づくりを実践してきた。今回は、校内フリースクールを開設した背景や「誰一人取り残さない」学校をつくる取組について伺った。

神奈川県横浜市立山内小学校

今年創立150周年を迎えた歴史ある公立小学校。「あったかハート」という学校テーマを掲げ、学校内だけでなく地域や地元企業と連携した共育・共創の教育活動を実践している。
山内小学校HP:
https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/es/yamauchi/
公式Instagram:
https://www.instagram.com/yamauchi.e.s/

この記事は、連続企画「多様化する選択肢 令和時代の不登校対策」の2回目です。記事一覧はこちら

不登校児童が学校で安心できる場所「あったかハートルーム」

2019年に山内小学校の校長に着任した佐藤校長は、21年前から同校で受け継がれてきた「あったかハート」という言葉をテーマに「誰一人取り残さない」学校づくりの実践にあたってきた。

特に校内フリースクール「あったかハートルーム」は不登校児童だけでなく、登校できても教室に入ることができない児童たちのサードプレイスとしても機能している。もともと、あったかハートルームの設置は一人の不登校児童の声がきっかけであったと佐藤校長は話す。

「1年ぶりに登校してきた子がいたんです。ところが、その日はあいにくにも保健室は健診、相談室は面談で使用中になっていました。せっかく勇気を出して登校してきてくれたのに『僕はどこで過ごしたらいいの?』と不安な気持ちを抱かせてしまいました」

そこで、佐藤校長は「いつ来てもよく、いつも同じ自分のスペースで過ごすことができ、いつも同じ先生がいる」、そんな子どもたちが安心できる空間をつくりたいと決心し、校内フリースクール「あったかハートルーム」を開設した。

●あったかハートルーム
・対象児童は不登校傾向(学校・学級への行き渋り)が見られる児童や、教室内での活動に困っている児童など、教室以外にも安心できる場所が必要な児童。
・常時開設されている。
・児童はいつ来てもよく、自分で時間割を決定できる。授業によっては通常学級の授業に参加することも可能(例:1時間目はあったかハートルームで算数の学習、2時間目は在籍するクラスで体育の授業)。
・児童支援専任の教員やサポートの非常勤、特別教育支援登録をしている学生など、あったかハートルーム専門の教員やスタッフが常駐。

「校内」フリースクールとしてのあったかハートルームがもつ特長は、在籍するクラスともつながりがあり、授業によっては通常の教室で受けられるという点。子どもたちは、自ら授業の時間割を確認し、あったかハートルームで受けるか教室で受けるか、もしくはオンラインで参加するかを選択・決定することができる。佐藤校長は、この「自己選択」と「自己決定」こそが重要であると話す。

「自分で選択し、決定できたという小さな成功体験を重ねていくことによって、子どもたちの自主性と自己肯定感を育てます。子どもたちが自信をつけ、次に向かう勇気につながるようサポートしています」

それぞれの座席はパーテーションによって区切られ、子どもたちは各々のスペースで学習できる。

子どもたちの自信を取り戻す「キラキラルーム」

子どもたちの自信を取り戻すサポートとして、あったかハートルームと同じ部屋に設置されているのが「キラキラルーム」。ここでは、苦手科目の授業についていけず不安を抱える子どもたちを対象に取り出し指導を行っている。

●キラキラルーム
教員が常駐し、毎日午前中に4コマ行われている。週あたり1人1時間程度で原則、教室と同じ教科。補習、ときには予習も行い、保護者との協議のもと参加。

「教室だと授業についていけず、ずっと暗い顔をしていた子が、キラキラルームでは文字通りキラキラした表情で勉強に取り組みます。先生が1対1(ときに1対2)の指導を行い、やさしく背中を押してあげることで子どもたちの『できた!』が増え、自信を取り戻し教室に戻っていきます」

こうした子どもたちの自己肯定感を育てる取組が実を結び、同校が昨年度に実施した「自分にはよいところがあるか」という校内アンケートでは、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」という回答が「45.5%」「40.0%」にのぼり、全国平均の「39.4%」「39.9%」(全国学力・学習状況調査)を上回った。

パーテーションで仕切られてはいるが、あったかハートルームと同じ部屋であるため、不登校支援と連携した学習支援が実施されている。また、通常のクラスの授業進度についていけない子も対象としているため、不登校の未然防止策としても大きな効果を発揮している。

「子どもたちが不登校になってしまったり、教室に入れなくなってしまったりしたとき、そこに至るまでの背景が必ずあります。『他者の靴を履く』という姿勢をもつことによって、子どもたちの目線に立ち、抱えている思いを汲み取ることが大切です」

他者の靴を履く――保護者も取り残さない学校に

佐藤校長は、「他者の靴を履く」という姿勢を大切にし、子どもたちはもちろん、保護者の目線に立つことも意識しているという。

「『他者の靴を履く』とは、その人の置かれた立場や状況を想像してみるということです。もしかしたら、その靴はサイズが合っていないのかもしれないし、汚れていたり穴が空いていたりするかもしれない。様々な立場にいる保護者の方々に思いを馳せ、どんなに小さな声でも拾えるよう努めています」

さらに佐藤校長は、モンスターペアレントなる保護者は「一人も存在しない」と続ける。

「保護者の方々が学校に相談してくれるときの気持ちを想像してみてください。そのとき、自分の学校が相談しやすい学校であればモンスターペアレントなんて生まれません。保護者の方々の靴を履いてみて、学校の雰囲気は明るい? 相談しやすい? と自問自答を繰り返すことでよりよい学校の在り方が見えてきます」

同校では、数種の保護者アンケートを実施しているほか、専用電話・メールで相談できる「あったかホットライン」も設置している。佐藤校長が着任時より掲げてきた「誰一人取り残さない」というスローガンは、子どもたちだけでなく保護者も取り残さない学校を意味している。この思いが風通しの良い学校の体制をつくっている。

共育・共創の視点を生かした学校改革

「誰一人取り残さない」学校にするために、佐藤校長は「共育・共創」を推進する学校改革に取り組んできた。PTAの新たな形をつくった「あったかハートナー」もその一つだ。

●あったかハートナー
PTA役員とは別に特技や強みを生かしたい、何か手伝いたいという意欲をもっている保護者を募集し、活動するボランティアプロジェクト。これまで、英語の翻訳や写真撮影、モザイクアート、さらには学校のシンボルであるケヤキの葉っぱをイメージしたキャラクター「ケヤリーフ」のグッズ販売やLINEスタンプのデザインもあったかハートナーの力を借りて実現してきた。

「保護者の皆さまが『やってみたい!』と思えるようなPTAの形をめざしてきました。今年度は本校の創立150周年という記念すべき年ですが、実行委員会などは組織せず、あったかハートナーの方々との協働によって様々な企画を実施しました。あったかハートナー制度によって教員たちの働き方改革にもつながっていると実感しています」

あったかハートの輪は、地域の人々にも広がっている。たとえば地域学校協働本部「Yぷらす」による取組である。

●Yぷらす
「共育・共創の学校=山内小学校」の実現に向けた、保護者や地域の人々による教育支援ネットワーク。主な活動として、登下校時の安全見守りや、放課後の子どもたちの学習を見守る「放課後学び場」のスタッフ、読み聞かせなどのサポートを行う。そのほか、「Yぷらす:週末スペシャル」として、吉本芸人による作文教室や親子メルカリ教室、iPad活用講座など多種多様な活動を実施してきた。

「あったかハート」という共通言語のもと、保護者や地域の人も参加できる教育活動が実施されている。

「最近ではNPO団体や企業などとも連携を図っています。吉本興業の芸人である佐藤ピリオド.さんによる作文教室は、はじめ東急株式会社から『子どもたちの声を街づくりに生かしたい』との相談を受けたことがきっかけ。なにか企画できないかと考えていたときに、本校の保護者の方で、言葉で伝える力の養成に取り組む『マナビエル』というNPO法人で活動されている方がおり、さらにそのつながりで佐藤さんにも参加いただき作文教室が実現しました」

吉本芸人・佐藤ピリオド.さんによる作文教室。企業やNPO団体とも連携した「共育・共創」を実践している。

共育・共創の活動の一環として、同校では横浜市のダンススタジオから講師を呼び、ダンス出前講座も開催した。

「子どもたちはヒップホップダンスの楽しさを体験でき、保護者の方々にも発表を観て喜んでいただきました。先生たちは運動会などの参考にすることができ、ダンサーの方々からは『指導の勉強になった』というお声をいただきました。こうした活動を通じて、みんながWin-Winで幸せになれる学校こそ、誰一人取り残さない学校であると確信しています」

ダンサーにとっても「指導の勉強になった」という価値が生まれた。子どもたちを中心に、保護者や教員、ダンサー、参加した全員がWin-Winになる教育活動を実現。

学校とは「森」――みんなで大切に育てていく

あったかハートナーやYぷらすといった制度や活動は一見、不登校対策とは関係がないように思えるが、こうした全ての取組が誰一人取り残さない、子どもたちにとって「通いたい」と思える学校をつくっている。

また、「あったかハート」の概念は教員や保護者だけでなく子どもたちの間にも深く根付いている。そのため、あったかハートルームと通常のクラスを行き来するクラスメイトを訝(いぶか)しんだり、特別視したりする雰囲気は全くないという。この「あったかハート」の概念を広く浸透させるために、佐藤校長は着任時より様々なアイデアの種を蒔き、少しずつ、着実に育て上げてきた。

「『あったかハート』という概念をわかりやすく伝えるために、学校キャラクターである『ケヤリーフ』のLINEスタンプやオンラインショップでのグッズ販売を展開しました。さらに、公式インスタグラムを開設し、学校行事や普段の様子なども発信するようにしました。一見関係のないように思える取組のすべてが学校づくりにつながっています」

不登校問題について話し合われるとき、不登校生のケアやサポートといった話が議論の中心にされがちである。当然それらのことも重要ではあるが、同時に考えなければならないのが不登校生を生み出さない体制、ひいては学校づくりをすることだ。佐藤校長は、学校とは「森」であると語る。

「あったかハートルームやキラキラルーム、Yぷらすなどの活動は一本一本の木です。大切なことは、決して木だけでなく森全体で語ることです。太陽(教育目標)、土や水(組織・教員)、関わっている人々(保護者・地域)、だれのための森(子どもたち)なのかをよく考えることで、より豊かな森づくりを実現していきます」

一本一本の木を大事に育てることが、豊かな森をつくっていく。

佐藤校長がそう語るように、子どもたちにとって過ごしやすい森、つまり学校をつくっていくことが、不登校をはじめとする現在の教育現場における諸問題の根本的な解決方法につながっていく。そのために、教員だけでなく、保護者や地域の人々も巻き込み、大人たちが手を組んでいくことがこれからの学校づくりには必要なのだろう。

お話を伺った山内小学校・佐藤正淳校長。

取材・文/鷲尾達哉(カラビナ)

この記事は、連続企画「多様化する選択肢 令和時代の不登校対策」の2回目です。記事一覧はこちら

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