教育漫才で、いじめや不登校知らずの学校づくり~子どもたちを温かく迎え入れる学校を
文部科学省が先日発表した、令和4年度(2022年度)「児童生徒の問題行動・不登校調査結果」が各所で話題です。不登校の児童生徒の数は、前年度から5万人強の増加で、29万9048人と過去最多になりました。その理由は様々ですが、この中には「本当は学校に行きたいのに行けない」と実は考えている子どもたちも相当数含まれていると考えられます。学校としてできること、すべきことは何でしょうか?
【連載】タバティのLet’sスマイル(レッツスマイル) 学校づくり #13
2016年12月に成立した不登校に関する法律「教育機会確保法」で「個々の不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援が行われるようにすること」や、令和元年(2019年)10月の文科省通知「不登校児童生徒への支援の在り方」では、「不登校児童生徒への支援は、『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではなく、児童生徒が自らの進路を主体的に、社会に自立することを目指す必要があること」と方向転換が行われました。
昭和・平成の時代は「とりあえず学校には行かなくては」という認識が社会全般にありましたが、令和の昨今、学校に行かないことも選択肢の1つだと社会的に承認されるようになってきました。フリースクールやオルタナティブ教育の場が増え、自宅で行える自学の教材も大変充実してきています。ほとんどオンラインだけで卒業できる高校なども出てきました。
多様性の時代、様々な選択や価値観を相互に認め合い、共存し合う時代に学校教育も入ってきたのです。不登校の児童生徒の中で、「学校に行く必要性を感じない」「学校でないほうが自分には合っている」などと考え、積極的に学校以外の学びを求める人は、尊重されて然るべきでしょう。
しかし、様々な理由から「学校に行きたくても行けない」と考えている人も相当数いるはずで、こうした人たちにアプローチしていくことは、時代がいかに変わろうとも学校の大きな使命です。
こうした児童生徒たち個々人の抱える個別的な問題に全力で取り組んでいくことは当然大事ですが、学校経営者にできることは他にもあるのではないか。学校という環境全体を、あらゆる子どもたちにとって居心地の良い、誰もが行きたくなるような場所にできないだろうか。そう考えて2014年に「教育漫才」を発案しました。
目次
子どもたちを学校から遠ざけるもの
⑴ 「人間関係の崩れ」による不登校
2013年に大津市の中学2年生がいじめを苦に自殺したことを契機に制定されたのが、「いじめ防止対策推進法」です。その5年後には、心の教育の充実も同時に求められ、道徳が領域から教科になりました。いじめ撲滅をこの法律の活用と、道徳教育の中核である「道徳」を教科にして、いじめを減少させ自殺をなくしたいと設定されたのです。しかし、10年経ってもいじめの認知件数も不登校数も増加傾向にあります。多くの学校では、「いじめ防止対策推進法」を活用して、いじめ予防対策や解決の際に活用していると思います。また、週一回の道徳の授業も価値項目に沿って行われていると思います。にもかかわらず、なぜいじめが起き、人間関係のトラブルが起きるのでしょうか。これは人間の性でいじめは永遠になくならないのでしょうか。
前出の令和4年度「児童生徒の問題行動・不登校調査結果」では、不登校の要因として、「無気力・不安」が51.8%と圧倒的に多く、続いて「生活リズムの乱れ、あそび、非行」の11.4%と示されています。
この調査結果は、各学校の判断により教育委員会に報告された数字である、ということを、是非認識しておいてください。
これとは別に文部科学省令和2年度の「不登校児童生徒の実態調査」では、不登校の当事者に対し、直接アンケートを行っています。これによると、学校に行きづらいと感じ始めたきっかけは、小学生では「先生」が29.7%。「友達(いじめやいやがらせ)」が25.2%でした。つまり、人間関係の崩れから学校を離れるケースが多いということです。私は、本人が答えた後者のデータに、より高い信ぴょう性があると考えています。
⑵ 価値項目の「腹落ち」は体験的活動で
道徳の授業で価値項目を学び、生き方を考える時間はとても大切です。しかし、子どもたちからすると、頭では分かっていても、価値項目を日常生活や、友達との円滑な関わり方につなげて行動できるようになるまでには、少し時間がかかります。
理屈では分かるが、感情的に深く納得すること。すなわち「腹落ち」することが必要だからです。そのためには「体験的活動」が欠かせないと考えています。自分の思考や行為と、他人からの反応をセットにした、生きた経験を積む、ということです。こうした活動の充実を図り、価値項目と学校生活との距離をつなぐことが、今の道徳教育には必要なのではないかと考えています。
⑶ 「マイナス言葉と暴力」がいじめの元凶
いじめの種類に注目してみます。文部科学省令和4年度の「いじめの状況及び文部科学省の取組」によると、小学生では、「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」が57.0%、「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする」が25.0%の順です。つまり、いじめのほとんどは「マイナス言葉と暴力」によって行われているということが分かります。だから、マイナス言葉や暴力を使用しないような指導を意図的に実施することが大切です。
教育漫才の実践へ
教育漫才の考案の直接的な理由となったのは、ある家族からの転入相談を受けたことでした。詳細は省きますが、通学中の学校で不当な扱いを受け、本人だけでなく家族も深く傷ついて、転出することを決めたとのことでした。
学校によって傷ついた心は、学校によってしか癒せない。この子と家族は癒やしがなければ一歩も先に進めないだろう。
そう考え、学校を誰もが行きたいと思える、魅力ある場所にする根本的な施策を実施しようと考えたのです。
「漫才」を選択したのは、テレビなどで最も馴染みのある笑いであるため、誰もがその手法を理解していること。笑うことで心を開放し、お互いに承認し合うという、「笑いの持つ力」を期待できること。複数人の言葉の掛け合いによって成立するという、対人関係構築に効果的であることからでした。
ただ、テレビで見る漫才では、他人を強く批判することや揶揄すること、「バカ」「むかつく」などの人を傷つけるような言葉もよく耳にします。さらに叩く、蹴るなどの暴力が使われることもあります。
いじめが「マイナス言葉と暴力」によって行われることを考えれば、こうした一般的な漫才のイメージから、私の施策を切り離す必要があると考えました。
そこで私は、この施策を「教育漫才」と名付け、次の大原則から教育漫才を周知していくことを決めました。
①人を傷つけるような言葉を使用しないこと。
②暴力を使用しないこと。
笑いには2種類があります。
1つは人を不愉快にする「冷たい笑い」(嘲笑、バカにした笑い)です。
もう1つは、人を愉快にする「温かい笑い」(朗笑、心を温かくする笑い)です。
教育漫才が扱うのは、「温かい笑い」だけです。
企画委員会から職員会議を経て全校の合意をとり、放送作家を招いて漫才研修を実施して「三段落ち」などの、漫才を作る上での基本を学びました。
PTAの広報部もこの漫才研修に関心を寄せ、広報誌で特集を組んでくれたほどでした。
こうした段階を経て、各学級、学年の教育漫才学習に入っていきました。
大まかな流れは次の通りです。
①教育漫才学習のねらい(理念)と手順(ネタの作り方)を、子どもたち全員に伝えます。
②子どもたちは、くじでコンビ・トリオを組みます。
③コンビ・トリオの名前をメンバーで考え、それぞれネタづくりをしていきます。
④クラス内の友達同士などでネタを見せ合いながら練り上げていきます。
⑤地区予選(クラス内の教育漫才大会)をし、子どもたちの投票によって学級代表チームを決めます。
⑥本戦(各学級代表による全校教育漫才大会)を、保護者や地域の方も招いて開催します。
子どもたちの考えた教育漫才のネタは、例えば以下のようなものです。
A「キミの好きなマジックってなーに?」
B「そーおーねー、ハンーカーチーかーらーおー花ーをー出すーとかー」(わざと超ゆっくり)
A「なるほどー、よくやるよねー。でも何でゆっくり言うの?」
B「スローで言ってみたー」
A「そうなの。じゃあ次は、もうちょっと速く言ってね。他には?」
B「あとはートゥルルルン」(聞き取れないくらいの早口)
A「え、何て言ったの?」
B「だからートゥルルルン」(聞き取れないくらいの早口)
A「今度は速すぎるよ! 普通に言ってね。他には?」
B「あとはー鉛筆を持って回すとかー」
A「それマジックじゃないでしょ! もういいよ!」
この他にも、
「〇〇ベスト3」「学校あるある」「好きな給食」「好きな教科」などなど。
罪のない天真爛漫なネタで観客の子どもたち、保護者、地域の人たちも大笑いします。
笑いの力でその場にいた全員が一つになり、学校という場の雰囲気が明るく温かなものへと転換していく、決定的な瞬間を目の当たりにしました。
そして保護者のほとんど全員が教育漫才を強く支持してくださり、「次はいつやるのですか?」という、たくさんの激励のお言葉に後押しされて、教育漫才大会は年2回実施されることとなりました。
教育漫才を実施してからというもの、日を追うごとに子どもたちの関係にも教師との関係にも温かな感情が通い合うことが感じられ、いじめや不登校は有意的に減少しました。
その最大の要因は、いじめの元凶である「マイナス言葉の暴力」を使用しないで笑わせた体験が、子どもたちの中で「腹落ち」していったからだと考えられます。
また、例えば、軽い冗談を言ったつもりが、友達を怒らせて泣かせてしまったとか、挨拶のつもりで後ろから肩を叩いたら、痛かったらしくトラブルに発展してしまったとか、子どもたちのトラブルの大半は、対人関係の未熟さに起因します。
どうすれば自分の言いたいことが相手に伝わるか、相手のことをどうすれば分かってあげられるか。
「相手を笑わせる」という最大限にプラスな方法で、そんな対人スキルを磨いていけるのも、教育漫才の良さではないかと考えます。
日頃の授業でも、子どもたちのクラスへの参加意識が高まり、自分の意見を発表し合うことが当たり前になっていくなど、学習面での効果も実感できました。
最後に
SNSなどで度々、若者が炎上騒ぎを起こしています。常識やマナーに反した行為をし、その場の笑いをとろうとしたことが理由であることが多いようです。
もっと幼い頃に笑いの文化を学び、「冷たい笑い」と「温かい笑い」があることをしっかり理解していれば、きっとこんなことにはならなかったでしょう。
私は、「笑い教育の価値」を全国の学校関係者に知ってほしいと、講演や研修会講師の活動をしています。いじめや不登校対応で困っている先生や、苦しんでいる子どもたちを救いたいと考えたからです。温かい笑顔で、「自殺・不登校・いじめを生まない学校」を一つでも多く増やしたいのです。
先日は、2023年現在、3年にわたり「全校教育漫才大会」を実施している愛知県の小学校を訪ねました。子どもたちの演じる教育漫才ネタに観客の子どもたちと保護者が笑い、惜しみない拍手を送っていました。会場の体育館には温かい空気が流れていました。
みなさんの学校も子どもたちの笑顔溢れる学校に変えませんか。
最後に、このたび、教育漫才を解説した「教育漫才をマナベ!-基本編-」を上梓しました。
また「クラスが笑いに包まれる! 小学校教育漫才テクニック30」も発売中です。
学校漫才にご興味のある方は、ご一読いただけると幸いです。
イラスト/坂齊諒一
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<プロフィール>
前埼玉県公立小学校校長。
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)、『クラスが笑いに包まれる! 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)、『学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)。 NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校国語科講師/一般社団法人「Lauqhter(ラクター)」教育コンサルタント/一般社団法人「アルバ・エデュ」参事/こしがやFM86.8 教育パーソナリティーなど。
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