「データ駆動型教育」とは?【知っておきたい教育用語】
2021年6月、教育再生実行会議は、第十二次提言として「ポストコロナ期における新たな学びの在り方について」を発表しました。これからの社会の創り手の育成に欠かせない学習者主体の教育への転換の一つの視点として教育のデジタル化とそれに伴うデータ駆動型の教育体制の整備が強調されています。
執筆/創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴
目次
データ駆動型社会の進展
スマートフォンで買い物をする経験は一般的なことですが、それを可能にしているのは、現実世界のあらゆるモノに関するデータがデジタル化され、サイバー空間でそれらがインターネットによって流通する仕組みによるものです。
これらは目に見えないことなので、具体的な仕組みや、そこで動いているデータの種類および量などを実感することは難しいですし、利用者はそのようなことを考えて利用していません。しかし、商品を選択し、代金を支払い、ものを受け取ることができるデータ活用の仕組みは、様々な場面で生活のありようを大きく変えています。
1990年代後半以降のインターネットの急速な普及と、2010年代からの現実社会のあらゆるモノがネットワークでつながるIoTの進展により、これまでデジタル化されることのなかったデータが大量にインターネットに流通する社会となりました。その結果、社会全体に流通するデータの量が加速度的に増え、あらゆる分野でこのビッグデータを利用し、そもそものデータに付加価値を付けて、サービスや生産性などを向上する仕組みが整備されています。このような社会を「データ駆動型社会」と呼びます。
データ駆動型教育とは
教育界においても、上記のような社会の変化に伴って情報のデジタル化とビッグデータの活用による変革が起きています。教育や児童生徒の学習に関わる情報をデジタル化して収集し、分析したものを蓄積して、教育内容や方法を修正し、改善していく「データ駆動型教育」が提唱され、国による施策として進められているのです。
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、急ピッチで進められてきたGIGAスクール構想は、その具体施策の最たるものです。当初は、2019年から2023年の5年間で児童生徒1人1台のタブレット端末を配置する計画でした。しかし、コロナ禍が追い風となって施策実施を前倒しし、2020年度には児童生徒1人1台の学習端末と通信ネットワークの整備が始まりました。
これによって、理論的には児童生徒の学習履歴をデータとして収集・蓄積、分析し、個々の学習指導に活かす環境が整いつつあります。つまり、GIGAスクール構想はデータ駆動型教育を実現する第一歩の取組と言えるのです。
データ駆動型教育を担う教師の役割
「ポストコロナ期における新たな学びの在り方について」によれば、「データ駆動型教育への転換による学びの変革の推進」について次のように述べられています。
これからの教育は、ICTを活用してデータ駆動型教育へと転換する必要があります。これによって、学習履歴等の教育データを活用した一人一人に応じた指導や、子供の状況や発達段階に応じた対面指導と遠隔・オンライン教育とのハイブリッド化などが可能となり、学びの変革の推進が期待されます。
文部科学省(PDF)「ポストコロナ期における新たな学びの在り方について(第十二次提言)」2021年
つまり、教育のデジタル化やデータ駆動型教育を担う教師には、これまで大切にしてきた児童生徒理解や教材研究などに基づく授業実践力に加えて、児童生徒がより主体的・対話的に学習を深める手段としてICTを活用する授業をつくる力が求められています。
今後の課題
データ駆動型社会は、これまで以上にその進展のスピードを上げていくことでしょう。教育制度や学校現場の状況が「変革」という名のもとにそのスピードに対応できるかという根本的な問題を踏まえつつ、ここでは次の3点の課題について見ていきます。
①人材育成
教師一人一人がデジタルに強くなり、授業や校務の改善にICTを利活用できるようになることが不可欠です。しかし、教師はその専門家ではありませんから、教育の趣旨や学校現場の状況などを理解しながら学校でのICT活用をサポートする専門性の高い学校職員も必要です。また、「データ駆動型教育」そのものについて研究し、学校での実践に結び付ける研究者も必要です。デジタル時代の「読み・書き・そろばん」と言われる、数理やデータサイエンス、AIの基礎などを学校で児童生徒が身につけるための内容や方法を創り出していかなければなりません。さらに、教育施策として「データ駆動型教育」を主導する行政職員の育成という課題もあります。そしてこれら人材の育成という視点では、大学で学生が学ぶ内容や方法との関連も重要となります。
②環境整備
2020年度に児童生徒1人1台の端末が配置され、高速大容量の通信ネットワークが整備されましたが、日進月歩の機器や通信環境を常に更新していくことは大きな課題です。それに付随するOS、ソフトやアプリ等も同様です。また、配置機種を含めたICT環境の整備状況は自治体の財力に依存するために、ICT利活用教育格差も生じています。教師も異動するたびに異なる環境に適応していかなければなりません。
③テストなどのデジタル化
教科書をはじめとする学習教材や、これまでペーパーで行われてきたドリルや評価テストなどのデジタル化の課題です。単にデジタルにすればよいというわけではなく、デジタル化することのメリットや、学びの変革の可能性を探りつつ開発、実用、評価を繰り返しながら効果のあるものとしていかなければなりません。当然、それらを活用するシステムの開発も必要となります。学習履歴に基づく個々の学びを質的により向上させるには、どの教科・領域等のどのような活動で評価規準のシステムを活用すればよいかなど、実証的な研究と現場レベルの実践を融合させながら検討していくことが欠かせないでしょう。
教育のデジタル化が進み、データ駆動型教育に転換されていくことで、さらに新たな教育の形が実現および実践されていくことが期待されています。
▼参考資料
文部科学省(PDF)「教育委員会月報 2021年10月号」2021年10月
文部科学省(PDF)「ポストコロナ期における新たな学びの在り方について(第十二次提言)」2021年6月3日
経済産業省産業構造審議会(PDF)「中間取りまとめ~CPSによるデータ駆動型社会の到来を見据えた変革~」2015年5月
文部科学省初等中等教育局学びの先端技術活用推進室(PDF)「教育データの利活用に向けた最近の主な動向」
日本教師教育学会年報「『データ駆動型教育』がもたらす教師教育学の課題―教師の役割と成長はどのように変容するか―」2021年、斎藤里美