「創造性を民主化する」STEAM教育の本質は「つくる」ことにある【連続企画 探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方 #07】
STEAM教育を通じて、「さまざまな境界を超えた心躍る共創(協奏)」や「多様な人や自然やAIとの豊かな共存」にあふれた、だれもがワクワクできるプレイフルな未来社会の構築をめざす株式会社steAm。代表取締役である中島さち子氏は、STEAM教育者であると共に音楽家・数学研究者など多岐のジャンルにわたって活躍している。今回は中島氏と、中島氏の思いに共感しともに活動する(株)steAmのメンバーである鈴鹿剛氏の両名に、日本の理数教育の現状や課題からSTEAM教育の可能性および実践のポイントまで話を聞いた。
中島さち子
音楽家・数学研究者・STEAM教育者。(株)steAm代表取締役、(一社)steAm BAND代表理事、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー、内閣府STEM Girls Ambassador、東京大学大学院数理科学研究科特任研究員。国際数学オリンピック金メダリスト。音楽数学教育とともにアート&テクノロジーの研究も進める。
鈴鹿剛
四国大学 経営情報学部 経営情報学科 准教授。(株)steAmでは、Earth School Architectを担当。2021年3月まで徳島県で高等学校教員も経験。PBLやSTEAM教育の実践に努め、ともに取り組む学校のネットワークを構築した。中島氏とは徳島県立徳島商業高校で教員をしていた際に、顧問を務めていたビジネス部との共同プロジェクトを通じて出会った。
この記事は、連続企画「探究的な学びがカギ! これからの『理数教育』のあり方」の7回目です。記事一覧はこちら
目次
自分の手で作ってみることで、子どもたちの「やってみたい」を刺激する
はじめにお話しいただいたのは、steAm社のメンバーとして実際にSTEAM教育の実践にあたる鈴鹿氏。鈴鹿氏には、これまでsteAm社が行ってきたSTEAM教育の実践事例や、STEAM教育における指導のポイント、子どもとの向き合い方などについて語っていただいた。
鈴鹿氏によると、STEAM教育は子どもたち自身の「やってみたい」と思える気持ちが原点にあるという。
「STEAM教育は子どもたちの『やってみたい』を見つけ出し、その目標に向け、実現するためにはどうしたらよいのか、課題にあたったらどう解決するのかといったところからスタートします。自ら問いを立て探究することで、子どもたちの学ぶ姿勢はぐっと前のめりになります」
また、「やってみたい」という気持ちと併せて引き出したいのが「作ってみたい」という気持ち。調べ学習だけに止まるのではなく、その先にある「自分の手で作ってみる」という「主体性」および「創造性」を引き出せる仕掛けが重要であると語る。
「STEAM教育の“E”の部分、つまり『Engineering(工学・ものづくり)』につながる学習です。『SPACEBLOCK』というSTEAM教育に対応したマイコンボードや、『レゴ®マインドストーム® EV3』という動くレゴを活用した授業を通じて、作る楽しさや喜びを体験してもらいます」
●SPACEBLOCK
「自分で学び、自分で理解していく」というSTEAM教育に対応したマイコンボード。ブロックを組み立てるように、子どもたちの考えるイメージをもとに直感的なプログラミングが可能。
※マイコンボード:プログラム開発するために最低限必要なハードウェアをあらかじめボードに組み込んだもの。
●レゴ®マインドストーム ®EV3
マサチューセッツ工科大学と共同開発された教育版レゴ®。プログラミングおよびSTEMの授業に対応したリソースや指導案など教員をサポートするコンテンツも充実。
子どもたちは、これらのプログラミング教材を用いた授業および学習活動に夢中になって取り組むという。そして、長時間席に座って熱中する子どもたちの様子に、保護者や教員たちからも驚きの声があがるとのこと。
「通常の座学の授業だと、どうしても子どもたちが受動的になってしまいがちですが、実際にプログラミングを体験し、頭の中で想像していたことが形になると、『次はここを動かしたい』『この部分を光らせたい』という子どもたちの創作に対する意欲を引き出せます。そうすることで、子どもたちが自ずと問いを見つけ、課題の解決を図るようになります」
学ぶこと・作ることを循環させていくことで創造性を引き出す
STEAM教育をより具体的に知るために、steAm社がこれまで小学校などで取り組んできたSTEAM教育に関わる事例をいくつか紹介していただいた。
3Dプリンターや専門的な工具を使って、自分たちが使う椅子を制作(新渡戸文化小学校)
新渡戸文化小学校の5年生と高知県佐川町のデザイナーが協力して椅子をつくったプロジェクト。欲しい椅子のアイデアを一人ずつ形にするところからはじまり、工作用紙でのプロトタイプ作り→10分の1サイズのミニチュア模型を作成。専門家と相談しながら、子どもたち自身で仕様書も作成した。ものづくりはもちろん、社会の授業で林業分野を学んだり、高知県の林業やものづくりについてインタビューするために国語の授業でその手法を学んだりと、教科等横断的な学びを実現。
「p5.js」を活用して、ハンドベルの音楽を映像に翻訳する(玉川学園中学校・高等学校 ハンドベル部)
玉川学園中学校・高等学校のハンドベル部のみなさんが部活の中で行ったプロジェクト。葛飾ろう学校の小学生たちにハンドベルの美しさを楽しんでもらうために、初めてのプログラミングに挑戦。雪だるまやホタルなどの音楽にあわせて、雪だるまが飛んだりホタルが出てくる映像表現に取り組み、五感の演奏会を行った。一方、葛飾ろう学校の子どもたちも、音の特徴を振動と光で伝える「Ontenna(富士通)」とプログラミング言語「Scratch」を使い、音楽を双方向に視覚や触覚で楽しんだ。
※p5.js:アートやデザインの分野で広く使われているプログラミング言語。
鈴鹿氏によると、STEAM教育の実践では「学ぶこと・作ることを循環させていく」ことがポイントだという。
「子どもたちにとって、机の上だけでの勉強はどうしても飽きてしまいますし、試験のためだけの勉強だと実践したり応用したりといった、学習のその先にある力が身につきません。理論などを学び、実際のモノを試行錯誤しながら作る過程の中で創造力は育まれていきます」
STEAM教育実践のカギは教員が「ワクワク」すること
STEAM教育の実践にあたって、「自分はプログラミングなんてやったことない」「間違えたらどうしよう」と不安を抱く教員も多いだろう。しかし、まずは教員自身も「やってみよう」という探究心をもって「プレイヤー」ないしは「ファシリテーター」になってしまえばいいと鈴鹿氏は言う。
「答えがないところからスタートし、問いを立てたり探究したりすることはとても難しいことだと思いますし、多忙な中で事前準備をするのも大変です。そのため、まずは『正しいことを教えなくちゃいけない』という肩の荷を下ろしてしまいましょう。子どもたちと一緒になって悩んだりアイデアを出し合ったりすることで、自ずと子どもたちの創造性を引き出すことにつながります。まずは、先生自身がワクワクしましょう」
さらに、公教育の中でSTEAM教育を実践したいと考えている教員に鈴鹿氏がおすすめしてくれたのが、経済産業省から公開されている「STEAMライブラリー」だ。
「私たちsteAm社でもコンテンツを提供しているのですが、STEAMライブラリーでは『桃太郎のフシギを科学的に考えよう』といったユニークなものからSDGsや防災教育など、多岐なジャンルにわたってSTEAMの視点を生かした教育コンテンツを紹介しています。教材作成が何よりも大変という先生方は多いと思いますので、使えるものはどんどん活用していってほしいです」
●STEAMライブラリー ―未来の教室
学びのSTEAM化を実現するため、企業・研究機関が参画しているライブラリー事業。「知る」と「創る」の循環的な学びを実現する教材コンテンツや指導案などを集約したプラットフォーム。
「子どもたちが悩んでいることに上手く解決策を提示できなかったり、手を貸せなかったりする場合は、それも子どもと一緒で、別の誰かを頼ればいいんです。学校は各教科の専門家たちが集まる場所なので、自分で解決できない分野があったら、その教科の先生に聞いてみましょう。もちろん、私たちのような民間企業をはじめとする外部人材に入ってもらうのも一つの手です。STEAM教育を通じて、先生たちの創造性も引き出し、様々な教育の形を模索していくことが未来の教育現場を創っていくことにつながると思います」
学ぶことの楽しさに出合える理数教育が必要
続いて話を伺ったのは、株式会社steAmの代表取締役を務める中島さち子氏。STEAM教育研究者である中島氏に、これからのSociety5.0時代を生きていくために必要とされる力や日本の理数教育の現状、そしてSTEAMの可能性と未来について語っていただいた。
中島氏によると、AIが学び成長できるようになってきた現代において、計算力やマニュアル通りに公式を運用するといった能力はいずれ代替されてしまうとのこと。AIと共存していくために、理数教育において重視されるのは「モデル化する力」および「俯瞰的に物事を捉える力」の育成であるという。
「問題を解決するために考えられた手順や計算方法を使えるようになるアルゴリズム的な要素ももちろん大事です。しかし、それ以上に大切なのが、複雑なデータの中から自分が知りたいことの本質だけを抽出し数学的なモデルに落とし込めるようになることです。また、そのデータはどんな文脈で収集され、どんなモデルを経て、その結果になったのかを俯瞰し捉えることで、データの傾向や可能性の解明につなげられるようになります」
また、その2つの力の土台となるのが「どうしてそうなるのか」「こうしたらもっと上手くいくのではないか」といった、自分なりの「問いを作る力」。しかし、日本の理数教育ではそういった探究的な学びが十分に実現できていないことが子どもたちの理数科目への意欲・関心を低下させてしまう要因の一つではないかと中島氏は指摘する。
「理数科目において、子どもたちは早く正確に答えることを求められ、テストの数字を重視されてしまいがちです。できない子は失敗すると嫌な気持ちになったり否定された気持ちになったりしますし、理数科目の楽しさや学ぶ喜びを知ることができません。英語で『ティンカリング』という言葉があり、日本語だと『いじくりまわす』といったような意味なのですが、子どもたちが失敗を恐れずにティンカリングできる環境がもっと必要だと思います」
そうしたティンカリングできる環境を実現できれば、子どもたちもテストの結果に一喜一憂することなく、失敗してしまっても試行錯誤できるメンタリティが育っていくという。
「理数科目によらず、失敗するということは、まだ自分ではわかっていない世界があるということでとてもおもしろいことなんですね。逆に全部成功してしまっては大したものでなくおもしろくない。たとえ人より遅くても自分なりのペースで見て感じて学ぶことが大切です。そういった実体験によって、試行錯誤する苦しみや喜びを得られ、学ぶことの楽しさに出合えるのだと思います」
教科等横断的な学びを実現するSTEAM教育
子どもたちの創造性を引き出すために、子どもたち自身が研究者・技術者のように「考えて、作る」視点が大切であり、それこそがSTEAMの本質であるとのこと。もともと数学家・音楽家として活躍し、数学と音楽の両分野に共通項を見出していた中島氏にとって、創造的かつ実践的な学びであるSTEAM教育はとても魅力的だったという。
「自分で何か問いを立てたとき、解決策を提示したり実際にモノを作り出してみたりと、具体的な形にしていくためには『デザイン力』が求められます。デザインには、どの分野にも共通して流れる学際的な考え方が必要ですし、自分が好きな分野と他の誰かが好きな分野を掛け合わせる『共創』によって新たな価値観・世界観の創出にもつながります」
STEAM教育において中島氏が特に重視しているのが、A=アート/リベラルアーツの部分。中島氏によると、アート分野は理数分野と深く結びついたものであり、steAm社の“A”が大きいことの理由でもあるとのこと。
「より自由に多角的に世の中を見ることより、自分自身の自由なものの見方が求められていく中で、私はアートこそが『問いを作る力』であり、STEM(科学・技術・工学・数学)のどの分野にも含まれていると考えています。また、いわゆる学芸や教養といった文系的な分野はリベラルアーツの中に含まれています。理系・文系の枠を超えた教科等横断的な学びを実現するのが、STEMに“A”を加えたSTEAM教育です」
そして中島氏は、STEAMによる教科等横断的な学びによって多彩な分野の知や多様な価値観をもった人々をつなぎ、STEAMの概念を浸透させていくことで「創造性の民主化」を実現していきたいと語る。
「誰もが偏差値などの一軸では決して測れない多様な創造性をもっています。ただ、社会や文化などにおける様々な制限の中で、一人一人がそれを十分に発揮できていない状況があります。私自身も含めて全員のもつ創造性を上手く引き出し合えるような社会にしていきたいと思っています」
「創造性を民主化したい」STEAMでめざす日本の未来
そう中島氏が語るように、社会や文化における制限は確かに存在する。その一つに、理系分野を志す女子中高生・女子学生が少ないという問題がある。中島氏によると「コミュニティの存在」がその制限の要因に関わっているという。
「数学のことで言うと、周囲に数学を好きな女子がおらず孤独を感じたり、ロールモデルがおらず進路を思い描けなかったり。そういった悩みを相談できる場が少ないんですよね。ただ、国をはじめ文部科学省や各大学などが積極的に働きかけているので、少しずつ状況は変わってきていますし、私も参加している『数理女子』というウェブサイトでは、様々な方の多様な数学との関わりの記事掲載とともに、数学を好きな女子中高生のためのワークショップなども開催しています。そうしたコミュニティによって、話せる場および機会をつくっていきたいと思っています」
●数理女子
「数学の魅力をたくさんの女子へ」をテーマに、まるでファッション誌のようなカラフルでおしゃれなサイトページで数学に関する様々なコンテンツを発信。
また、理数分野と女子に関わる問題は、教育課題であると同時にジェンダーに関わる課題でもあるため、女性たちだけで議論されるものではなく、男性も含めて話し合っていくことが重要であるとのこと。そして、社会課題の解決に向けては、様々な人々が出会い、率直な意見で語り合える場が必要であり、2025年の大阪・関西万博はその大きなチャンスだという。
「『創造性を民主化』していくためには、ときに新たな社会の仕組みや文化の在り方などを変えていく必要も出てくることでしょう。その際、人種・国籍・性別・世代などを超えて、それぞれの立場から意見を出し合えることが大切です。世界中から多くの人々が集まる大阪・関西万博がそういった場づくりのきっかけになればいいなと思います。一人一人が未来を創る側です。STEAMを通してみんなでよりよい社会を模索していきましょう」
取材・文/鷲尾達哉(カラビナ)
この記事は、連続企画「探究的な学びがカギ! これからの『理数教育』のあり方」の7回目です。記事一覧はこちら