教科等横断的にコンピュータサイエンスを学ぶ“情報探究”の取組【連続企画 探究的な学びがカギ! これからの「理数教育」のあり方 #03】
文部科学省の「授業時数特例校」の指定、印西市教育委員会の「情報教育」の指定を受ける印西市立原山小学校(生徒数253人/2023年9月現在)。生活科や総合的な学習の時間を年間25時間増やし、来年度からは“情報探究”を教科として進めていくなど、情報教育の充実を図っている。大学時代からコンピュータ関連を学びICTにも精通する松本博幸校長に、“情報探究”のカリキュラムを作った経緯やその内容、効果について語ってもらった。
千葉県印西市立原山小学校
千葉県印西市立原山小学校の松本博幸校長。先進的な情報教育を推進してきたことが評価され、日本教育工学協会より「学校情報化優良校」「学校情報化先進校(情報教育)」に認定されている。
この記事は、連続企画「探究的な学びがカギ! これからの『理数教育』のあり方」の3回目です。記事一覧はこちら
目次
情報に関わる6つの領域
平成29年に改訂された新学習指導要領において、情報活用能力は言語能力と並ぶ「学習の基盤となる資質・能力」として位置づけられた。その後、GIGAスクール構想が始まり、児童生徒に1人1台の端末が整備され、各教科の内容と結びつけながら情報活用能力の育成を図ってきた。しかし、ICT(情報通信技術)に精通する松本博幸校長はこれに対し、危機感を抱いていたという。
「GIGAスクール構想が始まって以来、コンピュータサイエンス、すなわちコンピュータを使いこなすために必要な仕組みや活用についての幅広い分野の学びが希薄だと感じていました。生成AIの進歩に代表されるように、時代は大きく変化しています。これらは実際に子どもたちの身近にもあるものであり、こうした変化に対応して豊かな人生を切り拓いていけるように、“情報探究”というカリキュラムを先生方に作っていただき、系統的に取り組もうと思いました」
そして、昨年度から実践していた「SDGsやコンピュータサイエンスなどについての探究的な学習」をさらに充実させたカリキュラムを開発。「データサイエンス」「情報デザイン」「メディア表現」「プログラミング」「コンピュータネットワーク」「デジタルシティズンシップ」の6つの領域を教科等横断的な授業で学び、1年生から段階的に力をつけていく“情報探究”のカリキュラムが今年度から始まった。
生成AIにも触れる探究
その学習内容とはどのようなものなのだろうか。例えば5年生では『AIって何だろう?』をテーマに、1学期の前半は「コンピュータネットワーク」と「プログラミング」の領域を融合したカリキュラムで学習。Googleの“Teachable Machine”という機械学習ツールを使い、まずは画像や身体を使ったポーズなどを学習させ、そのAIを使って解決できそうな身の回りの課題を検討。その後、課題の解決方法を考えたプログラミングを実際にやってみる、という学習を行った。
そして後半には、情報教育を支援するNPO「みんなのコード」の協力のもと、ChatGPTに代表される生成AIの特性を知るための学習を実施。ちなみにNPO「みんなのコード」は今年、印西市と情報教育に関する連携協定を結んでいる。また、生成AIの使用にあたっては年齢制限があるため、学校独自のガイドラインをPTAが中心となって作り、理解を得た上ですべての保護者から許諾を取った。
「現代は新しい技術がいろいろ出てくるので、ガイドラインは子どもや保護者、学校も一緒になって学んでいきましょう、というような内容になっています。このような新しい取組については、いろんな考えをもつ方がいらっしゃるので、こうした作業を通して保護者の方々のご理解とご支援をいただきながら進めていくことが大切だと思います」
地元のゴミ問題をテーマに算数、社会、総合と連携して学習
4年生では、算数科での「データ活用」を社会科の単元『まちのごみの課題を解決しよう』につなぎ、自分たちで問題を設定して仮説を立て、「データを集めて分析して結論を出す」という統計的探究プロセスを学習。印西市では年々ゴミの量が増えているというデータに対して、子どもたちは「印西市に来たばかりの多くの人がゴミの分別の仕方を知らないので、ゴミが減らないのではないか」という仮説を立て、市の広報誌や統計局の子ども向けのサイト、身近なアンケート調査などからデータを集めて検証。分別の仕方を知らないのだから、ゴミ新聞を作ってゴミの分別の仕方を正しく伝えていこう、という結論にたどりついたという。
「新聞を作って配れば、どれほどの効果があるのだろうか」「実際にゴミを捨てる人たちの行動を変容させるためにはどうすればいいのだろう」という課題を残して2学期では、総合的な学習の時間で行われる“情報探究”に続いていく。
デザイン思考を駆使して課題に挑む
2学期の“情報探究”の時間では社会科で残された課題解決のため、データサイエンスの考え方だけでなく、「デザイン思考」も取り入れるという。デザイン思考とは、ユーザーのニーズに「共感」することから始まり、ユーザーの視点に寄り添い、多様な意見をポジティブに受け入れる思考法で、これまでに前例のない課題の解決などに強みを発揮するといわれる。ここではNPO「みんなのコード」のほか、三菱電機統合デザイン研究所などの支援を受けながら学習活動を行っていく。
なお、このような取組を進めるにあたり、同校は文部科学省の「授業時数特例校」の指定、印西市教育委員会の「情報教育」の指定を受けている。時数については、生活科や総合的な学習の時間を年間25時間に増やしている。
さらに現在、文部科学省に「教育課程特例校」の申請もしており、「来年度からは“情報探究”を教科として行っていく」と松本校長は意欲を見せている。
6年生が1年生へ端末を貸与し指導
低学年の学習に触れておくと、1年生の1学期はスタートダッシュで、その後の教科で使えるように、端末で写真を撮ってコピーして貼ったり、クラウドに上げたりするなど、静止画や動画、音声などの取り扱いについて学習する。
さらに、このスタートダッシュの時期は6年生が実行委員会をつくって、1年生にタブレットの貸与式を行い、注意事項などを説明。さらに1年生一人一人に6年生がついて、キーボードの操作や同校で使用されているGoogleの各種アプリや、授業支援アプリ「ロイロノート」、デザインツール「Adobe Express」などの使い方などを教えているそうだ。
その後はプログラミングを習い、1年生でもプログラミング言語“Scratch”が使えるようになるという。自分で魚をたくさん描いて動かし、水族館を作れるようになるほか、デジタルシティズンシップの領域としてアカウントの大切さやメディアバランスなどについても学習する。
情報の整理・分析力が向上
これまでの成果について聞いてみると、情報探究に取り組む前も含め、情報の整理や分析、表現の部分は伸びてきたという。
「全国的な傾向だと思いますが、本校では、GIGAスクール環境が整う前までは情報を集めて貼り付けて終わり。とりあえず発表はできるものの、整理・分析にじっくりと時間をかけて深く思考するという過程が希薄になっていました。なので、そこはこれからも力を入れたいところだと思っています」
同校ではベネッセの情報活用検定「Pプラスジュニア」を利用しており、対象は高学年に限られるものの、検定結果から、その部分のポイントが全国に比べても上がっていたことがわかったそうだ。
「ICTのおかげで表現の幅が広がった。これまでは『自分の気持ちを言葉で書き表すのが苦手』という子どもが結構いましたが、『書くことが自由になって、楽になった』という声が上がっています」
それまでは、原稿用紙への文章の書き方などでいろいろな規則があって面倒だったものが、ICTを利用すれば文章の並べ替えができるほか、添削も簡単で、画像や表なども自由に入れられる。
「表現の方法が多様になり、気持ちが楽になったと子どもたちから聞いています。普段の授業の振り返りで1行ぐらいしか書けなかった子どもが、2行、3行も書けるようになりました。内容はまだ拙いかもしれませんが、確実に書ける量は増えています」
課題は外部の支援
一方で、課題は新しいことを始めるにあたっては、やはり外部の方の支援が必要になることだという。
「例えばデザイン思考に関して、本校の教員はその学習経験がないため、外部の方に来ていただいてレクチャーしてもらったり、一緒にカリキュラムの編成に携わってもらったりすることが必要になります」
当然、教員も新しく学ばなければならないことが増え、そのための時間も取られる。
「本校の職員は、重点目標の達成に向けて、何が必要か、それぞれがどう行動するべきか、互いに知恵を出し合い、一丸となって進めてくれています。確かに、新しく学ぶ時間は増えますが、誰がやってもいいような単純作業は削減したり、ICTに任せたりしているので、その分をカリキュラム編成や開発、教材作成などに時間を費やして、勤務時間を削減するようにしています。また、本音を語り合い、多様性を認め合いながら協力し合う風土や、自由な発想で小さな取組からでもアジャイルに(素早く)進める環境を醸成しています」
理数教育をコアにどの教科の力も伸ばしたい
本特集のテーマである理数教育のあり方についても聞いてみた。
「理数教育は非常に大事なことですが、苦手とするお子さんも多いという現実があります。なぜ苦手になるのかを考えたときに、学び方がそもそもわからないという問題があります。私たち教員は、そこにしっかりと時間をとって丁寧に支援する必要があるでしょう。その点では、教員から一方的にやり方を説明されるのではなく、自分なりのペースで、自分の興味関心に沿って自己調整しながら学習を進められる、そういった経験を積み重ねる機会が、算数科や理科はもちろんのこと、それ以外のところにあってもいいのではないでしょうか。そして社会科など、どの教科でも理数の視点も持ちながら学ぶことができれば理想的です」
同校の取組は理数教育というより情報教育が中心。大きな意味で情報教育といっているが、理数的な学びがコアとしてあるという。
「本校の情報教育は、STEAMを基盤とした学びを実現できるようにしています。例えば、データに基づいて仮説を立てる、データに基づいて行動を決定するなどは今の子どもたちが苦手とするところです。データや情報の適切な活用は、子どもたちの豊かな成長と社会への貢献の鍵になると考えています。ですので、“情報探究”において、そういった力をさらに高めていくことができるようにしたいです。単純に計算や定理的な問題ができればいいのではなく、自分自身の行動を変容させたり社会の課題を解決したりするときに、その理数で学んだことを使えるようになってほしいですね」
取材・文/永須徹也
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