今までのノウハウが通じない…「愛着障害」が疑われる子に向き合う
学級に気になる児童がいます。今までの発達障害に関わる指導ノウハウではなかなか通用しない児童たちです。最近何かと話題になっている、愛着障害の児童なのでは…? この児童の様々な行動から学級の規律が乱れていきます。担任は疲弊していきます。支援に入ってもなかなか改善しません。いったいどんな対応をしていけばいいのでしょうか。
【連載】マスターヨーダの喫茶室~楽しい教職サポートルーム~
目次
1 社会が… 学校が… 急激に変わってきた
コロナ禍の時期、家庭を取り巻く社会環境が変わり、地域コミュニティや学級保護者会で子育てをする機会が極端に少なくなりました。さらに、社会全体として少子化がどんどん進み、シングルマザーやシングルファーザーも増えてきました。貧困化も深刻になってきました。生活ではスマホやゲームが日常の中に入ってきて、便利に楽しくなった反面、育児ストレスが増大し、子育ての孤立化がどんどん進んできました。相談する人もいないままに日々を送っている家庭が多くなってきました。
こうした状況で、親子関係は希薄になり、ゲーム機やタブレットに子守りをさせる時間がどんどん増大してきました。子育てにおいて必要だとされる精神文化が衰退しています。
ここ十数年の間に教室の変化を感じることがあります。離席する児童、授業者に反発する児童、教科書を開かない児童、やる気のない児童、寝ている児童などが増えてきました。今までの生徒指導や発達障害に対応する指導や工夫では全然通用しない児童たちが、増えてきているのでしょう。そのため担任や支援スタッフは疲弊し、体調を崩す人も増えてきました。 なぜなのでしょうか。以前から、生徒指導の方法は研究されており、教員たちの発達障害に関する対応スキルも向上してきているのに、なぜ通用しないのでしょうか。
2 ノウハウが通じない!
こんな事例がありました。
ある学級が、うまく経営できない状態になってきました。
やんちゃ坊主のAさんが、離席をして好き勝手なことをします。ベテランの担任のせんせいは、生徒指導としての対応や今まで培ってきたLD、ADHD、ASDなどへの指導対応を参考にしながらAさんに向かい合ってきましたが、好転しません。
授業の妨げになるような行動が増え、日に日にエスカレートしてきました。中心となるやんちゃ坊主の真似をして暴れる児童も出てきました。複数のスタッフが計画的に入って授業を成立させるべく努力しましたが、焼け石に水でした。
「何かが今までと違っている」という認識を全員がもっていました。それが何なのか分からないまま、担任は心にダメージを負い、学校に来ることができなくなってきました。
そこで当該児童の家庭環境を見ると、全員がゲーム好きという家族で、きちんと面と向かって話をしていることがほとんどない環境でした。Aさんは常にわざと大人を怒らせるような行動をし、自分に注意を引こうとしていたのです。ある意味、SOSを発していたのではないかと思われます。
また、別の事例です。
ちょっといやなことやイライラが募ると教室の物を投げたり、担任をはじめ支援員のせんせいに食ってかかったり、暴れてしまう児童Bさん。
常に母親を求め、母親と離れたくないと思っているので、学校に来るとストレスが溜まり、このような爆発を起こしていたようです。友達とも遊びたいのですが、その気持ちを伝えられません。余計にイライラして攻撃的な行動に出てしまいます。ちょっと指導を加えると、「死ね!」「ハゲ!」「じじい!」「ばばあ!」「来るな!」「さわるな!」という暴言を吐きます。
この家庭では、母親はスマホばかりいじっていて、Bさんに関わる時間が少なく、親子の精神的なつながりが薄い関係にありました。母親に改善を求めましたが、なかなかできません。学校は困り果ててしまいました。
ほかに、こんな事例も…
●男子小便器に遺糞
●めだか飼育の水槽に餌を1瓶投入
●大便器にトイレットペーパーをまるごと投入
●物を壊したことを、なかったことにして記憶から消滅
●給食着や上靴を隠される事件が頻発
こういった事例に関わった児童は、すべて家庭での親子関係がうまくいっていない傾向にあるようでした。認められていない、関わりが薄いなどの共通の姿が認められました。ADHDなどの診断を受け、服薬もしているのに、ほとんど改善できないケースもありました。様々なことを調べていくうちに、これは『愛着障害』に当てはまるのではないかと考えられました。
3 どんな対応が必要なのか
和歌山大学教育学部の米澤好史教授によれば、「愛着とは、特定の人と結ぶ情緒的なこころの絆」と定義され、次の点が重要な特徴だと指摘しています。
① 愛着とは「特定の人と結ぶ関係」である。
② 「特定の人」とは「親」とは限らない。
③ 人間同士の絆は気持ちや感情でつながる「情緒的」なものである。
この3つの要素が欠けてしまっている児童が多いのです。「特定の人」がどのような人でも、自分の気持ちを表出でき、それを受け入れてもらえ、感情の交流ができることで「愛着関係」が築かれます。そして、児童の心は落ち着いていくものと思われます。
こうした児童に対しては、以下のような対応をするようにしました。
A キーパーソンを決める
不登校対策やいじめ対策を講じる際にも、特にその大きな対策となるものです。当該児童と信頼関係を結べるような個人、「キーパーソン」を設定します。担任はもちろんキーパーソンとなり得ますが、当該児童と相性がいいと思われる学級外職員や現業スタッフなどを位置付けました。
校長せんせいが対応の先頭となり、「これはもう、○○せんせいの担当だな」「この子に好かれるのは○○せんせいだよ!」とどんどん名指しするのです。校長せんせい自ら難しい保護者対応などの仕事を買って出てくれているので、部下の職員は「分かりました。全力をつくします!」となります。
最終的にはかなりの好結果が出ました!
ここで、児童本人に対し、誰をキーパーソンにするか、などと聞いてはいけません。
児童が主導権をとると、うまくいかないのです。
児童にとって、学校に自分を理解してくれる人・支えてくれる人がいる、というだけで、安心します。
自分の話に耳を傾け、否定しない。それが大きな心のよりどころになります。
担任が複数の児童のキーパーソンになるのは不可能ではないでしょうが、こういったまわりのスタッフの力を借りていいのです。「愛着障害」と思われるケースでも、このキーパーソンの設定がとても重要です。
先に紹介した事例でも、キーパーソンの設定で改善が見られました。まだ悪化と好転を繰り返していますが、大きな前進であると思います。
B 居場所を整える
物理的な意味でも、心理的な意味でも、当該児童の居場所を整えてあげます。
教室での集団活動ができないのであれば、まずはキーパーソンと別室で過ごすなど、心を落ち着けられる居場所をつくります。一方教室のほうでは、担任主導で、規律あるルールでの学級運営を回復させていきます。
そして、徐々に当該児童と学級との接点を増やしていきます。
例えば当該児童に役割を与えていきます。教室の環境整備などが取り組みやすいでしょう。役割を果たすことは、承認欲求を満たすことに繋がります。こうして自分が必要とされている、という気持ちをもたせていきます。
そして最終的には、当該児童も含め、児童全員の言葉を受け入れ合える、児童が自主的に運営する安定した学級をつくっていきます。
C 作業や活動を一緒にする
1対1で取り組めるような活動をしていきたいです。難しい課題を与えるのではなく、勝敗が生じるものでもなく、また教える、教えられるという関係でないものがいいです。例えば、工作などでものづくりをしていきます。活動を教室全体でやっていくとしても、キーパーソンを独り占めする時間をつくっていきます。
技術スタッフをキーパーソンにしたとき、ある児童は、中間休みや昼休みなどに技術スタッフの部屋に行き、けん玉遊びを一緒にしながら、自分の気持ちを話し、落ち着けるようになりました。
D 3つの基地を意識・キーパーソンに報告
米澤好史教授の指摘する3つの基地、「安全基地」「安心基地」「探索基地」を意識し、どの年齢からでも「愛着障害」を克服できるという強い気持ちをもちたいです。
多くの人が当該児童に関わると思いますが、その様子を確実にキーパーソンに伝え、キーパーソンは当該児童と周囲の人の関わりを全て把握している、という状況を整えます。
また第2のキーパーソンなど、サブキーパーソンの設定も必要です。状況次第では、このようにして確実に引き継ぎをした上で、キーパーソンの変更も考えていきます。
◆
発達障害のある児童に関しては、指導法や対応法がだいぶ確立されましたが、「愛着障害」に関しては、まだまだ未知のことが多いです。しかし、現実は待ってくれません。
上記の取組によって、長い目で見れば少しずつ改善してきているようです。とにかく、これまでのノウハウだけにとらわれず、対応していくことが必要です。
まずは、担任をしている児童の実態と、不適切な行動の原因は何かをしっかり見据えていくことから始めたいです。
そして、専門家の書籍を読んだりセミナーを受講したりと、新たな知見も増やしていきましょう。
イラスト/したらみ
【参考図書】
愛着障害は何歳からでも必ず修復できる 米澤好史/合同出版
特別支援教育 通常の学級で行う「愛着障害」サポート 発達や愛着の問題を抱えたこどもたちへの理解と支援 米澤好史ほか/明治図書出版
人的環境のユニバーサルデザイン 阿部利彦ほか/東洋館出版社
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山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。