【松尾英明先生の学級にまる1日密着! 不親切教師の自治的学級づくり】 #2 自由な立ち歩きOK!の算数授業
昨年来論争を巻き起こしている教育書『不親切教師のススメ』(松尾英明・著/さくら社)。その本では、あえて「不親切」を意識しつつ子供とかかわる教師のあり方と、子供の主体性に任せる学級づくりが提案されています。著者の学級では実際どのような実践が行われているのでしょうか? 松尾学級(2年生)に、まる1日密着(2023年5月末)した記録をお届けする全5回の連載、第2回は2時間目の算数の授業レポートです。
<プロフィール>
松尾英明(まつお・ひであき)
1979年宮崎県生まれ、神奈川県育ち。「自治的学級づくり」を中心テーマに千葉大学教育学部附属小学校等を経て研究を続け、現在は千葉県公立小学校教諭。全国で教員や保護者を対象にしたセミナーや研修会等の講師を務めるほか、メルマガ、ブログ等でも情報発信を行う。学級づくり修養会「HOPE」主宰。『不親切教師のススメ』(さくら社、2022年)ほか著書多数。
目次
2時間目 算数
算数の授業を始める前に、松尾先生より子供たちに対し、感謝の言葉が語られました。
松尾先生「最初に、みなさんにお礼を言いたいと思います。1時間目の体育の時間に、雨が降り出したから『教室に戻ろう』と言ったときに、サーッと戻ってくれたでしょう。その後、雨が降ってきたよね。もしもみんなが『えー、やだー』とか言っていたらどうなっていた?」
子供「濡れちゃう」
松尾先生「そうだね。みんなが先生の話を聞いてくれて、さっと戻ってくれたから、すごく助かりました。ありがとうございます。しかも、その後、『先生、傘を差していくから、校庭に置いたままになっているコーンを片づけてきていいですか』と言って、雨の中、片づけてくれた人たちがいます。
今日、授業中にバトンを渡してくれた人たちもそうだけど、自分で『これが役立つな』と考えて動けるのは、素晴らしいことだよね。先生は感動しました。本当にありがとうね。自分から言ってくれたのがうれしかったよ。素晴らしい。
この話を聞いて、『自分は何もやってなかった…』って思っている人もいるかもしれないけど、とんでもない。さっと戻ってくれて、ちゃんと体育着から着替えて、次の授業の準備をしているでしょう。全員素晴らしいです。先生はみんなのおかげですごく助かります。ありがとうございます」
1時間目の体育の授業では、急に雨が降り出してしまったので、授業で使ったコーンを校庭に置いたまま教室に戻りました。後で片づけようと思っていたところ、休み時間に「先生、コーンを片づけに行っていいですか」と言ってきてくれた子がいました。
私は「後で行くからいいよ。まだ雨が降っているからね」と答えたのですが、その子は、
「傘を差したらいいですか」と言ってくれたので、びっくりしました。
これは、普段から「みんなのことはみんなでやろう」と声がけをして、自分から動くことを促し、行動してくれた子をほめているおかげでもあります。
自ら動ける子供を育てるために、様々な場面で意図的にほめています。
もちろん、「ほめられるために行動する」のはあまりよいことではありませんが、子供がほめられて嬉しいと感じる、その気持ちは大切にしたいと考えています。
想定外の雨により、1時間目の体育の授業は強制終了となりましたが、そのおかげでクラスの全員がほめられることになり、子供たちは気分をよくして算数の「長さ」の授業に臨みます。
本時の課題は「いろいろなものの長さを予想してからはかろう」です。
まず、前時の復習として、教室の中にある「10㎝のもの」を探しました。ホチキス、ノリなど身近なものの名前が挙がり、10㎝の長さを子供たちが再確認しました。
松尾先生「今日は最初に予想します。予想は適当でいいんだよね。覚えてる? 『よそう』を下から読むと、『うそよ』。「予想はうそよ」だから、当たってなくてもいいんだよ。
でも、あたったらラッキーだよね。なるべく近いほうがいいよね。例えば、このホチキスの長さを30㎝と予想したら外し過ぎだよね。10㎝の長さを元に考えると、これは何㎝なのかなって予想できるよね。ポイントは、『10㎝の長さをもとに考えること』です」
※編集部注・「よそうはうそよ」の原実践は有田和正氏によるものです。
松尾先生「ノートに表を書くよ。ものさしの長いほうを用意して、2本、線を引きます。
これでノートを縦に三つに分けます。まず一番左に物の名前を書きます。例えば、ホチキス。
次は、予想。よそうはうそよ。みんなは10㎝と知っているけれど、先生は知らないふりをして15㎝と書いておこうかな。それで、測った長さを一番右に書きます。
実際に測ると……ホチキスは10㎝1㎜でした。ほぼ10㎝だけど、ここがポイントです。測るときは、ミリメートルまで書いてください。なんでミリメートルまで書くと思う?」
子供「細かいところまで測る」
松尾先生「そう、みんなはそれができるから、細かいところまで測ってほしいです。では、練習しよう。…じゃじゃーん。黒板消し。これは何㎝でしょうか。まずは予想してください」
子供たちは班の友達と話し合いながら予想しています。
子供「10㎝より長いよね」
子供「13㎝」
子供「12㎝かも」
子供「11㎝だ」
松尾先生「では、聞くよ。書いた人? 早いね。予想は、うそでいいよ。書けた人? 増えたね。間違っていてもいいんだよ。全員予想するまで待とうか。……あと10秒待ちます。予想してください」
各班では、引き続き、いろいろな意見が出ています。
子供「12㎝」
子供「だいたいこれぐらいだと思うから、16㎝」
松尾先生「全員立ちます。起立。立つのが早いね。まだ立ってない人がいるよ。全員立って。予想が書けた人は座ります。予想を書くのは誰でもできます。必ず書いてください」
松尾先生は机間巡視をして、まだ書けていない子に「書いてね」と促していきます。
松尾先生「班の仲間を見て。書いていない子がいたら書くように言ってあげてください。だって、授業に参加できないでしょ。予想はしてください」
松尾先生はできるだけ待って、全員参加を促します。
その後、「10㎝より少ない人」「10㎝から15㎝の間の人」……というように5㎝刻みで尋ねていき、子供たちが挙手で答えました。
松尾先生が実際に黒板消しに定規をあてて長さを測ると、16㎝5㎜だとわかりました。
続いて、先生用のロング黒板消しの長さを予想します。
子供たちは予想した数字をノートに書くのですが、ここでも全員参加を促します。
松尾先生「普通の黒板消しが16㎝5㎜だったから、10㎝の人はいないよね。15㎝より短い人もいないよね。では、いきます。20㎝から25㎝の間の人、手を挙げてください。けっこういるね。25㎝から30㎝の間の人? さっきより多いね。もしかするとこれが一番多いかな。30㎝から35㎝の間の人? これも結構いるね。35㎝から40㎝の間の人? いない。40㎝よりも長い人は?……いない。じゃあ測ってみますよ。…じゃがじゃがじゃがじゃが…(謎の効果音)」
松尾先生は教室の中央に立ち、ロング黒板消しの長さを測ります。その様子を見ながら、子供たちは自分の予想が当たるように、「お願い、お願い」と祈っています。
松尾先生「なんとなんとなんと~! ぴったり30㎝!」
子供たち「あー」
子供たち「えーっ!」
予想が外れてしまった子は、残念そうな声を上げています。
松尾先生「予想すると、楽しいでしょ?」
子供たち「楽しい!」
松尾先生「今度は教室の中にあるもので、測りたいものの名前を三つ、ノートに書いて、長さを予想してください。予想まで書いた人は席を立って、測りに行ってOKです。三つ書けた人から測りに行こう。GO!」
子供たちは自由に席を立ち、教室内を歩き回り、教室の中にあるいろいろなものに定規をあてて長さを測りまくっています。床のタイルを測る子、掲示物を測る子、窓の鍵を測る子、水筒の高さを測る子……などなど。
2~3人で話し合いながら楽しそうに測っている子たちもいます。
この活動場面ではあえて細かく指示せず、子供たちに任せて教室内を自由に動き回れるようにしました。
この活動の前に10㎝を参考にして予想したり、黒板消しの長さを測った後にロング黒板消しの長さを予想したりといった、布石としての事前指導を意図的に行ったので、任せても大丈夫だと判断しました。
松尾先生「席に戻りましょう。さっと戻れる人は、けじめがあっていいね。そうすると勉強が楽しくできるからね」
ここでも、早く席に戻れた子供をほめていました。
松尾先生「では、確認していきます。いろんな長さを測ったでしょ? ぴったり30㎝のものが結構多かったみたいだね。何が30㎝だった?
子供「床のタイル」
子供「壁に貼ってある紙の横の長さ」
松尾先生「予想は当たった?」
子供「はずれたー」
子供たちは大盛り上がりです。このクラスには算数の苦手な子が少なからずいるそうですが、それを感じさせない授業でした。全員が明るい表情で自ら動けていました。
今日の授業では、定規を使って「自分で長さを測る」ことを求めました。
記録せずにただ測るだけでは学びが混乱してしまうので、一人一人が予想し、見通しをもってから測り、結果とあわせて記録しました。
「20㎝に近いものって何だろう」などと考えながら探すと、測ることが楽しくなります。
いつもの算数の授業ではすぐに集中力が切れて遊んでしまう子も、今日は最後まで活動に参加でき、一生懸命測っていましたね。
<この時間の板書>
【編集部による参観後記】
1日中素直で子供らしい、のびのびとした学びの姿を見せてくれた2年4組の子供たち。
とは言え参観したのはまだ5月末でしたから、学習規律・生活規律を徹底させるため、松尾先生が厳しめの指導を入れる場面も随所に見られました。
前回レポートした体育の授業中にも、整列後、子供たちのざわつきが止まらない場面で、松尾先生は彼らが落ち着くまで辛抱強く待ちつつ、「体が止まらないね」「…難しいね」と声をかけていました。
その後も授業中、子供たちの私語が目立つ場面で、「しゃべってる人は誰としゃべっているのかな?」「今は誰と話す時間?」などと問いかけて指導。その口調はあくまで静かで穏やかながら、毅然としていました。
準備運動としての3分間走を走った後に、「3分間走は何のためにありますか?」と子供たちに問いかけ、「命を守るためにあります」と語った場面も印象的でした。
低学年の一学期前半、ゴールとしてイメージされた主体的・自治的な姿の実現に向けたかかわりと並行して、その土台となるルールを徹底するための指導も、両輪として繰り返し行われていることを再確認できた1日でした。
※このレポートは、第3回に続きます。(全5回)
取材・文/林 孝美
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第1回 子供たちとつながり、子供同士をつなげる朝の会
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※Edupediaのサイトでも、松尾学級への密着レポートを独自の切り口で公開しています。以下のリンクからお読みください。
https://edupedia.jp/archives/35118
https://edupedia.jp/archives/35121