教育は、今じゃない

連載
タバティのLet’sスマイル (レッツスマイル)学校づくり

前埼玉県公立小学校校長

田畑栄一

国語科教員として長年指導に携わり、10年間は校長職として学校経営に取り組んできた田畑栄一氏。公務員としての任期を満了した現在も、講演や研修など様々な形で教育活動を精力的に行っています。今回は、氏が校長職を始めてすぐの頃、出会った子との関わり合いの中で得た貴重な体験を紹介します。

【連載】タバティのLet’sスマイル(レッツスマイル) 学校づくり #02

学校の中には、様々な理由から集団に馴染めず、いわゆる「困っている子どもがいるクラス」があります。教室の中で、平均して8%の子どもがそうだと言われています。そういった子どもにどう対応していくのか。集団優先か個性尊重か迷うところです。
あなたならどうしますか。
 
まず始めに、教育は「目先の子どもの現象だけではない」ということを押さえておくことが大事です。
保護者や子ども自身と丁寧に向き合い、その子に応じた対応をすることがポイントです。その対応の結果はなかなか現れづらく、周りの先生や、保護者から疑問や不満を投げかけられることもあるかもしれません。
ぶれないで下さい。そんなとき、あなたにお伝えしたいお話があります。
 
3月29日の午後、高校3年生のCさんがご家族で校長室を訪ねてくれました。
私の校長任期満了を知った彼女のお父さんが、お休みを取って、Cさんともども来てくださったのです。ありがたい。
Cさんが、この春から都内の大学に進学することになったと、得意の英語を生かしてグローバル視点から日本を学ぶのだと、報告してくださいました。なんと素晴らしいことか。  
実はこのCさんは、拙著「教育漫才で、子どもたちが変わる 〜笑う学校には福来る〜」(協同出版/2018年)に登場するCさんです。Cさんとの出会いは小学校3年生の新学期前、準備登校の日。今を遡ること10年前のことです。
学校の玄関の方から泣き声が聞こえてきたので何事か、と思い、駆け付けると、
「ランドセルは相談室に置く!」と激しい癇癪を起して泣いている子がいます。3年生になったらランドセルは教室に置く、ということを、2年生の時に支援員さんと約束したのだそうです。その約束がプレッシャーになり、初日から大泣きをしていたのです。
お母さんも約束を守らせようと、一生懸命説得しています。
この事情を確認した私は、
「相談室に置いていいよ。好きなところに置いていいです」
と言うと、Cさんは、
「新しい校長先生が許してくれた」
と落ち着きを取り戻し、学校の中に走って入っていきました。
これがCさんとの出会いです。
Cさんは個性が強く、集団の雰囲気や規律には、なかなか馴染めない子でした。
暫くしてから校長室でお母さんとこんなお話をしました。
「お母さん、集団優先、規律優先の教育で、Cさんの個性がつぶされています。Cさんに応じた寛容な教育をすることが必要です。校舎内であれば安全を担保しますから、すべてが教室だと思って、気楽に過ごしてください。心の安定が必要な時期です」
と伝えました。お母さんは、その方針に驚かれた表情をされていましたが、大変に喜び、安心されたようです。この理念を教職員とも「共有」し、徐々にですが、学校は子ども一人一人の個性を受け入れる場所へと変容していきました。
これは、他の子どもたちにとっても相互承認の感覚が育ち、多様性の価値を学べる絶好の機会なのです。
Cさんは小学校を卒業するとき、
「お世話になったので手紙を書きます」
と言ってくれていたのですが、気持ちの整理ができていなかったのか、そのままお別れしました。
教育の営みへの答えは、なかなか返ってこないものです。しかし私は、Cさんが様々なトラブルを乗り越えて卒業していく姿を見送るだけで十分でした。
 
Cさんにまつわるその後のエピソードを2つお話しします。
1つは、英語スピーチコンテストのことです。
中学3年生になった夏のある日、お母さんから連絡があり、
「Cが市内の市民会館で『市内英語スピーチコンテスト』の学校代表の一人として選ばれ、発表することになりました。お時間ありましたらご覧ください」
とお誘いを受け、7月の日差しの強い午後、会場に向かいました。
壇上で流暢な英語を堂々と話すCさん。そのたくましく成長した姿に驚き、さらに内容にも驚きました。私への感謝が語られたのです。

前列/お父さん、お母さん
後列/元担任(新方小勤務なのです)・Cさん・筆者
スピーチコンテストを終えて
左から、拙著に登場するZさん・筆者・Cさん・お母さん
Cさんの英語スピーチ原稿

小6のときに書けなかった感謝の手紙。
あのCさんが、自分の個性を認め、それを学校代表として、大勢の聴衆の前で堂々と語れるまでに成長したんだなあと思うと、心の底から温かいものが湧き上がってきました。
 
2つ目は、「9年後の手紙」についてです。
高校2年生の春休みにお母さんから連絡があり、Cさんが「学校に遊びに行きたい」と言っているとのこと。
忘れもしない、本校の卒業式を翌日に控えた、3月24日の午後に来校されました。久しぶりの再会です。高校生活の充実したお話を笑顔で楽しそうに語ってくれました。
帰り際には、赤い封筒の手紙をくれました。

田畑校長先生へ
小6の時に書けなかった感謝の気持ちをいまなら伝えられる気がして便せんを大きいものに変えました。自分の思いをそのまま表すには言葉が足りないのですが、先生に9年分のありがとうが伝わればうれしいです。
まず、小3の時校門で優しく声をかけてくれてありがとうございます。校門はいつも私の戦場のようで、自分と周囲の人の怒りと泣きたい音であふれていました。それがあの日から少しずつ優しい音が加わって、卒業する頃には通学班などの声が明るく聞こえるようになりましたのも嬉しかったです。(最後まで大変な日はあったけど)〜中略〜
田畑校長先生、小6の時に書けなかった感謝の気持ちを今なら伝えられます。私を私のまま認めて大切にしてくれて本当にありがとうございます。これからも私を見守っていてほしいです。ずっと伝えたかった事を伝えられて私は満足しています。
変わり者のCより


ずっと、思いを整理し続けていたんだなあ。
あのスピーチコンテストで十分に伝わっていたのに、自分の言葉で改めて伝えてくれたCさん。
「私を私のまま認めて大切にしてくれて」
ここにこそ、子どもへの関わりのヒントがあります。
規律や集団を優先しすぎると、個性の強い子たちは、息が詰まってしまいます。

そして同年、夏休み前の7月中旬の朝、お母さんから連絡がありました。
「おはようございます。Cが英検1級に合格しました。本人はものすごく喜んでいます。こうした嬉しいことがあると、いつも小学校の頃のことを思い出します。得意を伸ばすことができたのは、小学校時代に根っこをしっかり育てていただけたお陰です。小学校の頃、○○が出来ない……がたくさんありました。でも、『今○○が出来ないとしても、将来困ることはない』と校長先生は力強くおっしゃってくださいました。それが私の力になっています。同じように悩むお母様方にも伝えています。そのお陰で、出来ないことより出来ることを応援する余裕が生まれました。Cは、個性を生かして、可能性を今どんどん伸ばしています。様々なことに挑戦しています」
と。

ここで私がみなさんにお伝えしたいのは、決して目の前の子どもの現象面にだけとらわれないでほしい、ということです。
その内面や発達状況を鑑み、その子を俯瞰的に見ることです。

学校やクラスには、様々な個性的な子どもがいます。担任はそうした個性の表出を承認できない場面があります。先生の指示に従う教育が一般化しているからです。「落ち着いたクラスこそ良いクラス」と思い込んでいるからです。
この概念をほぐして、本当に大切なことは何なのか、と教員各々が思いをはせるようにすること。そして、それを実現しようとする努力に、共に関わっていくこと。
それが管理職の大事な役割であり、管理職のなすべき支援とサポートです。

自分の価値基準や学校のルールを基準に画一的に指導することが、子どもたちの個性をいかにつぶしてきたことか。どのくらいの子どもたちが、苦しい思いをし、教室を、学校を離れていったことか。
子どもは学校の主人公であるべきなのに、その主人公が学校を離れることが、何となく認められようとしている時流があります。
しかし、本当にそれでいいのか疑問をもちます。
もちろんポジティブな、個性をさらに伸ばすための学校離れは、あっていいと思います。
しかし、「個性を尊重し合えないから」「相互承認できる関係が作れないから」と学校を離れていく子がいるとしたら、これほど残念なことはありません。
「誰一人置き去りにしない教育」が求められています。一人一人の個性を寛容に受け入れ、笑顔で関わることで、子どもは皆、安心して学ぼうとする意欲を起こすのです。
教育は、今じゃない。3年後、9年後です。本質とは何かを問い続け、そこに向かって倦まず弛まず、着実な毎日の一歩を重ねていきましょう。
答えが、その子の成長した姿として返ってくることもあるのです。
それは、寛容な学校づくりから始まります。


前回記事はこちら
うまく回らないときこそ笑顔と対話で 【タバティのLet’sスマイル 学校づくり #01】

イラスト/坂齊諒一

<プロフィール>
田畑栄一(タバティ) 前埼玉県公立小学校校長。 
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)『クラスが笑いに包まれる 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)『「カウンセリング・テクニック」学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)。 NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校日本語科講師/一般社団法人「Lauqhter」温かい笑い教育アドバイザー/一般社団法人「アルバ・エデュ」参事/こしがやFM86.8 教育パーソナリティー等。


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