提言|心理学者が指摘! マスク生活は子どもにどんな影響を与えたのか 【「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営 #4】
コロナ禍は小中学生の子どもたちにどんな影響をもたらしたのかを知り、2023年度に学校は何をする必要があるのかを考える7回シリーズの第4回目です。3年間のマスク生活は子どもの心や体にどんな影響をもたらしたのでしょうか。視覚と脳や心の発達の関係について研究を続けてきた、中央大学の山口真美教授に聞きました。
山口真美(やまぐち・まさみ)
中央大学文学部心理学専攻卒業、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、現職。現在は、「視知覚世界の形成」を解明するため、生後1歳未満の赤ちゃんを対象として脳と心の発達について研究中。「こころと身体の心理学」(岩波ジュニア新書、2020)など著書多数。
■ 本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
●提言|赤坂真二 マスク世代の子どもたちのために、今、学校がすべき2つのこと
●提言|田中博之 2023年度1学期に学校が重視すべき活動とは?
●提言|森 万喜子 コロナ禍を言い訳に、学校がスルーしたことは?
●提言|心理学者が指摘! マスク生活は子どもにどんな影響を与えたのか(本記事)
目次
マスク生活を3年間続けたのは日本だけ
まず、学校関係者に知っておいて欲しいのは、3年間ずっと子どもがマスクをつけ続けてきたのは、世界中でほぼ日本だけだということです。
そもそも欧米人は相手の顔を見るときに、口に注目しますから、マスクをしていると、表情が読み取れず、何をしゃべっているのかがわからないのです。そのため、マスクを外さないと気持ちが悪いので、政府から「マスク外しましょう」と促されると、すぐにマスクを外しました。
それに対して、日本人は、相手の顔を見るときに目元に注目します。マスクをしていても目元を見れば、ある程度、相手の感情がわかるので、それほどマスク生活に不便を感じないのです。しかも、日本人は元々マスクが大好きです。コロナ前にも、花粉症の人たちは冬になるとマスクをしていましたし、風邪を引いていなくても学校でマスクをしている女子中学生や高校生がいました。女性アナウンサーや女子大生が、ノーメイクの時や「今日は気分が乗らない」などの理由でマスクをつけることもあります。マスクにあまり抵抗がなく、むしろ顔を隠せたほうがいいと思っている人たちもいるため、「マスクを外してもいい」と言われても、大人も子どもも外さないのです。そうやって日本人はマスクの存在をあまり気にしないまま、3年間も過ごしてきました。
「日本以外でも、イスラム教の国々では、女性が顔をベールで隠しているじゃないか」と思う方もいるかもしれませんが、あちらでは男性はノーマスクなのです。男女共に、国民のほとんどが、3年間も親しい人以外は全部マスクつきの顔を見て暮らしている日本は、やはり特殊だと言えるのです。
マスクを外さなくてはいけない理由
大学生を対象としたコロナ前の調査では、親しい人たちの顔を300~400人程度思い出せて、インターネット上で見かける有名人の顔なども含めると、約4000人の顔を「なんとなく、この人知っている」と判断できることがわかっています。
このように人の顔をたくさん記憶し、区別できる能力は、たくさんの顔を見ることで身に付くものです。そのための学習は、生まれたときから、大体30歳まで続くと言われています。このとき私たちは、両目と口の3点のパターンで顔をとらえ、インプットしています。目だけを見ても、学習したことにはならないのです。
大人は3年間マスクをしていても平気です。なぜなら、コロナ前にこの「たくさんの人の顔を見る学習」が済んでいるからです。しかし、子どもたちは「たくさんの顔を見る」という学習の途中なのに、3年間もそれができなかったのです。
そもそもなぜ、日本人はマスクをつけることになったかというと、急激に感染が拡大し、ワクチンも薬もなく、他に防ぐ手段がなかったからです。そして、子どもがマスクをつけるのは、学校で感染してウイルスを家に持ち帰るのを防ぎ、高齢者や持病のある家族を守るため、とされてきました。
コロナ禍の初期は、確かにマスクは国民の命を守るための一つの有効な方法だったと思いますが、その後、治療法が確立され、ワクチンを打てるようになりました。そんな中で、海外では現在のリスクと将来のリスクを天秤にかけて日常生活を取り戻す決断を行っていますが、日本はなかなかこの決断ができないようにみえるのです。
特にマスクについては、マスクをつけるのが、まるでマナーであるかのように思われてきました。このマナーは、何のためにあるのでしょう。少なくとも子どものためではありませんし、科学的な根拠は希薄で、誰もが何のためにしているのかよくわからないまま、習慣として続いているのではないでしょうか。その結果、子どもたちにとって適切ではない社会環境が続いているのです。
大人にとって、3年間は短いですが、子どもにとっての3年間は長く、心身への影響は大きいのです。これから先も、子どもから人の顔を学習する機会を奪い続けていいのでしょうか。私たち大人は、発想を切り替え、子どもたちの未来のためにどうすべきなのかを考えていく必要があります。
様々な実験結果からわかること
ここで顔認識に関する興味深い研究結果をご紹介します。
まず、生後10か月間、顔を見る経験を剥奪された赤ちゃんの研究結果があります。その子どもは先天性の白内障です。目が見えるようになるためには手術が必要なのですが、その手術は生後10か月を過ぎないとできないため、それまでの間、顔を見ることができないのです。そのような子どもたちは、10歳ぐらいになってから、顔を区別する能力がやや弱くなるという調査結果があります。区別する能力とは、例えば、AさんとBさんというわずかに違う顔がわかることであり、人の顔の違いを認識する力がやや弱くなる、ということです。
同じ状況をサルで模した動物実験もあります。サルが生まれてから約4か月の間、世話をする人が顔に能面をつけて接したところ、同じように顔を区別する能力が衰えることがわかりました。さらに、そのサルの脳を調べてみると、顔を見るときに使われる脳領域の活動が弱くなったのです。生まれてからたった数か月でも、脳に影響が出たのです。
人間がマスクをつけて3年間暮らすとどうなるか、そのような実験はこれまでになされていません。人の顔を3点で見る機会を奪われ、人の顔の記憶のストックが少ないと、いったいどんな影響が出てくるのか、現状では誰にもわからないのです。
特に何も問題はないのかもしれません。そうであって欲しいと願っていますが、脳に何らかの影響が出る可能性、人の顔を区別する能力が弱くなる可能性がないとは言い切れないのです。だからこそ、子どもたちにはできるだけ早くマスクを外して欲しいと考えます。
マスクを外せないのはなぜか
ある調査によると、目元しか見たことのない同級生がいる比率が高いのは、学校生活が3年間しかない中学生と高校生だといわれています。小学生が低いのは、6年間ありますし、学年が低ければ、マスクを外す機会が多くなるからだと思われます。
今後、特にマスクを外すのが難しいと思われるのは、中高生ではないでしょうか。ちょうど自意識が発達してきて、自分がどう見られるかが一番重要視される時期にあたりますので、マスクつきの顔で安心している、そしてマスクを外すのが不安ということが考えられます。
これはどういうことかというと、「口元を隠すと、そこそこ魅力的に見える」という心理学の研究結果があるのです。読者の皆さんも、マスクつきの顔で出会った人が、マスクを外したときに、「ちょっと印象が違うな(がっかりした)」と感じることがあると思うのです。これは、人間にはマスクで隠された部分を平均的な顔で補う、という性質があるからです。私たちは平均顔との違いから、顔を区別しています。
赤ちゃんは生後8か月ぐらいから、お母さんとそれ以外の人たちを区別できるようになり、人見知りが始まります。そのころから徐々に顔を見る経験を積み重ねることによって、頭の中に、ものさしとなる平均顔が出来上がると言われています。
その平均顔は、平均化されることによってプラスもない分、マイナスもないので、そこそこ整った顔になっているのです。そのため、マスクで見えない部分が平均顔で補われると、実際よりも魅力的に見える、というわけです。
おそらく中高生はそのことを直感的に知っています。「マスクをつけていたほうが、自分を魅力的に見せられるかもしれない」、「マスクを外したらがっかりされるのではないか」という思いがあるようです。
それに「みんながマスクをしている」という集団圧力も加わって外しにくくなっていると思われます。「みんなが外さないから、自分一人だけ外すと恥ずかしい(自分が顔に自信があると思われたらどうしよう)」ということです。
「マスク依存症」の子どもたちが増えている
最近では「マスク依存症」という言葉を聞くようになりました。これには2つのタイプがいます。一つ目は、女子中高生に多い、マスクをつけたほうが自分は綺麗に見えるから外したくない、マスクを外すのは恥ずかしい、という子どもたちです。メイクをして学校に行くと怒られますが、 マスクならば怒られないので、マスクをつけて「そのほうがイケてるんだったら、つけていよう」と思っています。このような軽い程度の依存症であれば、マスクを外すことは可能です。
二つ目は、マスクをつけていないと、外に出られない子どもたちです。このような子どもたちは、コロナ前は全く外に出られなかったかもしれないのですが、「みんながマスクをつけているのなら、自分も出られるかな」と感じ、外に出やすくなりました。そういう子どもたちは、これからも外に出るときにマスクという補助手段を使っていいと思います。
つまり、学校では、「全員マスクをつける」のはおかしいですし、「全員マスクを外す」となるのもおかしいのです。マスクをつけることで外に出られる子どもは、マスクをつけていていいと思いますが、外せる人は外して欲しいと考えます。それが多様性の受容にもつながりますし、やはり、クラスの半分ぐらいは外していて、いろいろな人の顔を学習して欲しいと思うからです。
そう思うのは、親しい数人以外のクラスメイトの顔も頭に入れて欲しいと願うからでもあります。今は、同じクラスにいても、親しい数人以外のマスクを外した顔を知らない状態ですから、人間関係が親しい数人たちだけで完結してしまいます。それでは大人になってから困ると思うのです。社会に出たら、親しい数人だけと付き合って生きていけるものではないからです。例えば、高校時代には特に仲良くなくても、25年後にクラス会で再会し、「懐かしいね」と言い合えるような関係を作っておくのは大切なことです。そのような人間関係の奥行きの広がりが、大人になってから社会生活でいろいろなグループを作ったり、チームで行動したりするときの土壌になると思うからです。
もしもこのままマスクをつけて暮らしたとして、今は特に人間関係に問題は感じないかもしれませんが、20年、30年と年月が経ったとき、今の子どもたちの人間関係が狭まり、日本の社会全体が閉塞したものになってしまわないかと心配になります。
マスクを外すために学校がすべきこと
2023年になり、4月に高校や大学に進学したら、多くの人が新しい友だちを作るためにマスクを外すのではないかと思っていたのですが、意外にも高校生も大学生も外しませんでした。大人は花粉症患者が減る5月ぐらいで、外す人が増えた気がします。今後は、夏の暑さに耐えられず、外す人が増えるかもしれません。しかし、去年の夏の運動会の際に、マスクを外して徒競走をしていた女子中学生が、腕で顔を隠しながら走っていた、という話もあります。子どもによっては、暑くてもマスクを外さないかもしれません。
結局、女子中高生がマスクを外さない理由は、一言でいえば、「恥ずかしい」からです。自分の顔をどう見られるのかが非常に気になる時期に、マスクで顔が隠され、それで安心して過ごしてきたわけです。そんな子どもたちに対して、大人たちが無理やりマスクを外させようとしても、現状は変わらないと思います。
子どもたちがマスクを外すには、まず、学校の先生が外す必要があります。「どちらでもいい」と言いながら、先生がマスクをしている姿を見たら、子どもは「やっぱり外さない方がいいのか」と思ってしまうからです。
カナダでは、コロナ禍の段階でも、感染状況が落ち着いたころ既に、「学校の先生は口元を見せるように」といわれていたそうです。カナダには多国籍の子どもがたくさんいて、英語を学ぶときに口元を見せないと、ヒアリングの勉強ができないからです。日本語はあまり口元を見て発音をチェックしないからでしょうか、教育上のマスクの問題について議論されないことは不思議に思います。
先生方に考えてみて欲しいのは、マスクをつけて授業を行う場合、目だけで、子どもに教えるべきことを、十分に伝えられているのか、ということです。その点を検証する必要があります。もしもご自身の気持ちの安全のためだけにつけているのなら、子どもの未来のために教師としてどうすべきなのかを考え、発想を一人一人が切り替える必要があります。
それから、子どもへの指導も必要でしょう。コロナ禍では「子どもたちが感染を拡大させる」などと言われ、学校の中での感染を防ぐために、子どもたちはたくさんの我慢をしてきたわけです。これからは我慢しなくてよくなったのですから、子どもの将来に目を向ける責任があります。これから20年後、30年後、どんなふうに人と付き合いたいのか、そのときマスクはつけているのか、などについて子ども同士で意見を出し合い、イメージする場をつくる必要があると思います。
また、マスクが「いい」「悪い」の話になるのを避けるために、対話が必要だと思います。マスクが必要な人がいる一方で、マスクをつけていると苦しく感じる人もいます。どちらがいいか悪いかをジャッジするのではなく、どちらの意見も尊重して共存する社会をどうやってつくるのかを考えるために、互いの意見について話し合う対話の場をつくることが大切です。いろいろな立場の人たちの考えを理解し合い、共存することが重要なのであり、マスクがインクルーシブな社会を作るための題材の1つになりえます。
今は同調圧力で、みんな横を見合っているのではないかと思います。それがちょっとしたきっかけで、「外す」に変わるかもしれません。ただ、そのときに、今度は「みんな外す」といった同調圧力にならないように、先生方は気を付けて欲しいと思います。
最後に、校長先生たちに申し上げたいのは、子どもの未来を考えて欲しいということです。子どもたちに3年間のマスク生活がどんな影響を与えたのか、その結果は、20年後か、30年後か、そのぐらいの年月が過ぎないとわからないと思います。だからといって、校長先生たちは現実から逃げないでいただきたいのです。このままマスクに守られた安全の中にとどまり続けたら、子どもたちが閉塞した状態になってしまうのではないでしょうか。子どもたちの未来のために、今後、マスクをどうやって外していくのかを、責任を持って考えていただきたいと願っています。
取材・文/林 孝美