管理職の汗と「イクボス宣言」―「特別支援教育」が校務のDX化を加速させる―【連続企画「教育DX」時代の学校マネジメント #05】
2022年度より職員室のクラウド化を進めた関町北小学校(児童数約600人/2023年5月現在)。吉川文章(きっかわ・ふみあき)校長(以下、吉川校長)は、校務のDX化の推進は昨年度まで副校長を務めた笠原秀浩・現杉並区立松の木小学校長(以下、笠原前副校長)と、その前年度まで着任していた主幹教諭の鈴木智裕先生(以下、鈴木主幹教諭)の賜物と語るが、もう1つ、同校の校務のクラウド化の礎となったのが、働き方改革のシンボルである「イクボス宣言」と学校経営の中核である「特別支援教育の推進」だった。
東京都練馬区立関町北小学校
Googleのソフトをカスタマイズして、従来1時間余りかかっていた校務がわずか10分に短縮されるなど、校務のDX化に積極的に取り組んでいる。
この記事は、連続企画「「教育DX」時代の学校マネジメント」の5回目です。記事一覧はこちら
目次
「週ごとの指導計画(週案)」を共通フォーマットで「可視化」。休んだ教員の補教もスムーズに
「本校は、DX化が進んだ公立校として注目されていますが、その原動力となったのは、笠原前副校長と鈴木主幹教諭です。私たちはその魂の部分を受け止めて、広げているのです」と語る吉川校長。「学校で一番パソコン操作が苦手」と語る吉川校長は、笠原前副校長が打ち出したDX化による校務改革策に対して「全権を委ねた」と語る。
校務のクラウド化推進のきっかけをつくったのは、鈴木主幹教諭だった。まず図工や音楽、理科などの週案のシートを「標準化」「可視化」「共有化」。例えば専科の先生が自分の教科を入力するだけで、他の先生のシートも自動的に反映されるようになった。
これにより、教員が当日休んでも、どの学年のどの教員が空いているのかが見える化されたため、スムーズに補教に入ることができる。事務作業が効率化されたことを教員の誰もが実感した。さらに笠原前副校長が「せっかく鈴木先生が作った財産を生かそう。失敗してもいいから」と校務のDX化を加速させたのだった。
こうしたDX化の推進は、校長や副校長が方針を打ち出して、実際はICT担当教員や若手教員が主体となることが多い。しかし、同校では、管理職が主体となって進めているところも特徴的である。吉川校長は、「校務のDX化を進めるのは先生方にやらせるのではなく、管理職が一緒に苦労することが大事」と話す。
クラス替えの連絡を当日の朝7時に保護者へ一斉配信実施
DX化は、笠原前副校長のやりたいように進めてもらった。吉川校長は、提案に対しては”イエスマン”だったと笑うが、吉川校長自身も汗をかいている。同校のホームページは区のICT担当教員の助言を受けながら吉川校長が作成の主体となっている。年間のアクセス数は約20万。「校長は学校の広報部長」が口癖である。
今年度は、校庭の全面改修工事のため、全児童が待機するスペースがなく、始業式では、クラス替えを通知する一斉メールの当日配信を実施した。当日は始業式後に入学式が行われるため、在校生のクラス替えはスピーディかつ間違いのないように行わなくてはいけない。「玄関でクラス分けの表を配る」「掲示板を掲出する」では大混乱が生じるのは「火をみるより明らか」。そこで、当日の朝7時に保護者宛に在校生全員分のメールを配信することにした。児童が学校についた時点で自分のクラスをわかっているので、そのまま教室に向かうことができる。
それでも当日には、機種の不具合や保護者の出勤が早く伝えられない、単純に忘れるなどの問題も生じるだろうと、「事前の告知」「当日の対応」に万難を配した。こうした体制を整えた結果、当日の問い合わせは1件もなかった。例年よりも円滑に入室が完了し、5分も早く始業式が始まった。
メールの振り分け作業は校長が全面的に行ったという。
「担任の先生が行う選択肢もあった。しかし、同時並行作業が出来ないため、かなりの負担になる。単純な振り分け作業だし、自分がやった方がよいとその場で判断しました。DX化によるワークライフバランスを実行するなら、そうやって管理職が率先して汗をかくことも大事です」
吉川校長は、名簿作成に関する個人情報の取り扱いについても、グーグルフォームを使ったシステムを自ら構築した。従来は、封筒に同意書を入れて児童に持たせ、保護者が同意するか・しないかに印をつけ、確認した部分を切り取って封筒に入れ、児童に持ってきてもらっていた。だが、封書でのやり取りなので、途中で紛失のリスクがないわけではない。個人情報を守るための取組に情報紛失の危惧があること自体が「本末転倒」。毎年教員がその扱いに気を使い、多くの時間を要していたため、吉川校長が電子化することにしたのである。
「すべて私がやります。皆さんの作業は一切ありません」と伝えたときの安堵の表情は、今でも鮮明に焼きついている。
1時間からわずか10分に短縮した保健日誌作成作業
同校の校務のDX化で最も業務の縮減につながったのが、保健日誌の記載作業だ。従来、同校では朝、クラスごとの欠席者の数を先生たちが紙(健康観察表)に書いて、日直児童がそれを保健室に持っていく。それを養護教員が全てチェックして保健日誌に入力していた。
それがまず、朝の欠席者の連絡を電話ではなく、保護者がグーグルフォームから入力する形にしたことで、教員は画面上で確認するだけとなった。これにより、担任が健康観察表に書き込むことも、クラスの日直が保健室に届ける必要もなくなり、学年、クラスごとの集計も自動化されるので養護教員が集計する手間がなくなった。
保護者面談も予約フォームで入力するだけ。クラウド型で校内研修も活発化
面談日の設定も専用フォームを使用している。保護者が希望日と時間を入れ、面談日が決まる。また、面談自体もオンラインと対面から選ぶことができるようになっている。
保護者への「連絡帳」や「学級だより」もグーグルの「クラスルーム」を使って配信するようになった。紙では情報量に制限があったが、特に学級だよりでは、写真のほか動画なども配信できるため、保護者はより学校の様子が把握しやすくなったという。
同校は校内研修にもこのクラウド型を導入している。校内研修は同校の教員が講師となって教科の指導法や学級経営、機器の扱いや操作などについて教授するものだが、従来は時間や場所などの調整が難しく、研修内容を存分に伝えることが難しかった。
これに対し「クラウド型校内研修」は、あらかじめ講師が研修内容を動画に収録し、アップロードしておくため、各教員は自分の都合に合わせて動画を視聴できるようになった。研修動画は各教員が年に1本を制作するようになっているが、場所や時間の自由度が高まり、教員の負担が減った。
イクボス宣言で教職員の負担が激減。子どもを生む教職員が増加
同校の校務のDX化で特筆すべきは、吉川校長が掲げる「イクボス宣言」の効果だ。「イクボス」とは「育児」と「ボス」を組み合わせた言葉で、部下のワークライフバランスに配慮し、個々のキャリア形成を支援する上司のこと。同校のイクボス宣言は令和3年に掲げられたが、吉川校長は前任校でもイクボス宣言を出している。
当時は学校教員の過重労働が問題化しており、働き方改革と連動した学習指導要領の議論が始まったタイミング。都立高校でもイクボス宣言が出され、企業や自治体などでも宣言が相次いでいたが、小学校での導入はまだだった。吉川校長はこれを自校でもできないかと考え、インターネットで厚生労働省をはじめとする各自治体や企業の長や管理職が発出している宣言を調べるなどして情報を集め、以下の独自の宣言を学校で発出した。
前任校で発出した当時は、文部科学省の勤務実態調査で「教員のサービス残業の実状が浮き彫り」となり、「教員の仕事はブラック」とマスコミが報道する時期だった。まだ、何の軽減に対する施策も講じられておらず、吉川校長は先生たちの反発も覚悟した。ところが「意外にもマイナスの反応はなかった」という。特に「休暇の取得を率先してできる職務環境にしていくよう努力するとともに、働き方の意識改革を求めます。特に育児で忙しい職員が気を遣わず休暇をとれる雰囲気をつくります」の文言は、多くの教員から共感された。
宣言を出した年に、4人の教員が大事な命を授かった。偶然かもしれないが、そういった追い風も受けて、この「イクボス宣言」は働き方改革推進のシンボルとなっていった。吉川校長は「仕事とプライベート、どっちが大事ですかと問われたら、迷うことなくプライベートと答える先生になってほしい」と語る。
「児童を愛することは誰にも負けないでほしい。でも、児童の愛し方は時間の長さではない。時間はそんなにかけなくても、ICTやクラウドを駆使して、我が子同然と子どもを愛して、可能性を伸ばすことはできます」
GIGAと特別支援教育(STER)の推進を学校経営の両翼に可能性をより遠くへと飛躍させる
「DX化を進めるほど、先生たちから『このほうが楽じゃないの?』とか『これはもっと早くできるんじゃないの?』といった効率化のアイデアがどんどん出てきます。もちろんまだまだ課題は山積みですが、先生方の創意工夫でいろいろなことが短縮され、効率化されています」
同校の職員室は、特別支援教育の重点取組として「机上のフラット・グリーン化」を推進している。ペーパーレス化が進んだため、個人情報の漏洩の心配もほとんどなくなった。デジタル化とクラウド化を進めるが、同時に特別支援教育のプログラムにも注力している。同校では特別支援教室をスター、すなわち「Super Talent Educate Room= STER(才能開発ルーム)」と呼んでいるが、これは吉川校長の考えた独自の名称だ。
「才能のある子どもたちの芽を摘んでしまってはいけません。彼らは知的に課題があるわけではありません。むしろ、類まれなる才能を有しているのです。日本の集団教育が彼らの個々の発達の特性に寄り添うまでに進化をしていない現状によって、適応していないと見えてしまっているだけなのです」
「我々教育関係者が才能開発の視点をもつことによって、素晴らしい才能が花開くと考えています。これは私が10年来取り組んできたプログラムです。つまりGIGAとSTER(特別支援教育)を両翼にイクボス宣言という強力なエンジンで、学校の可能性をさらに遠くまで飛ばしていこうとしているのが、私たち関町北小学校の取組なのです」
「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する支援」に係る文部科学省予算が8,000万円計上された。これに関連する取組を10年前から行ってきた吉川校長の考えにも興味が沸く。
「Super Talent Educate Room=STER(才能開発ルーム)」の取組は大変興味深い、今後、機会があれば取り上げていきたい。
取材・文/佐藤さとる
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