正解のない課題を探究する「PBL」でさらなる学びの充実を【連続企画「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画 #06】

特集
「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画

2019年度から「戸田型PBL(プロジェクト型学習)」に取り組み、子どもたちの課題解決力や探究心などを育んできた戸田市立戸田東小学校(児童数1,091人/2023年4月現在)。その内容と成果、取組について、研修主任の中山真美教諭、副主任の下山優茉教諭に伺った。

埼玉県戸田市立戸田東小学校

写真左から、下山優茉教諭(副主任)と中山真美教諭(研修主任)。

この記事は、連続企画「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の充実をめざす学校経営と授業改善計画」の6回目です。記事一覧はこちら

特例校を活用してPBLの時間を充分に確保

埼玉県戸田市教育委員会では、主体的・対話的で深い学びの実現をめざして、2019年度から「戸田型PBL(プロジェクト型学習)」を推進。戸田東小学校でも4年前からこのPBLに取り組み、PBLの中で「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実を図っている。

PBL(Project Based Learning)は「課題解決型学習」とも呼ばれ、学習者が自ら課題を見つけ解決していく中で、課題解決力や創造力、探究心など、様々な能力や資質を育てる学習手法。「こちらが一方的に教えるのではなく、子どもたちが自分から学びたいという意欲を持って仲間と協力しながらプロジェクトを解決していく、というものです」と研修主任の中山真美教諭は説明する。アクティブ・ラーニングの一つとして2000年代初頭に大学の研究者から注目され、今も全国の学校で盛んに導入が進んでいる。

戸田東小で行われているPBLは、1年生から6年生まで学年ごとにテーマを設定。そこから課題を見つけ、「情報収集→整理・分析→実験・制作・改善→まとめ・表現……」などをくり返しながら解決策を探る、という活動を年間で展開する。このPBLが行われる「しののめタイム」という同校独自の時間について中山教諭はこう説明する。

「『生活科』や『総合的な学習の時間』にあたるものです。本校は教育課程特例校に認定されており、学習指導要領の標準時数よりも多くの時数を設けているので、PBLで活動する時間が増えています」

「市民を幸せにする」ための6年生の取組

PBLの具体例を挙げると、6年生は「戸田市に幸せの花を咲かせよう」というテーマのもと「自分の困りごと」から始めて、その困りごとを解決し、よりよくするためにはどうすればいいかという課題を設定。

「『自分の課題を探究し、解決策として何か成果物をつくったり、提案をしたりする』というのを第一サイクルとしてやっています」(下山教諭)

続く第二サイクルでは、その経験をもとに「戸田市の皆がもっと幸せになるために、自分たちの力をどのように役立てることができるか」についてチームで取り組む。1チームは4~5人程度。クラスの枠を越えて、子どもたちは取り組みたい課題ごとに集まってチームをつくる。今回の6学年は50チームほどになったそうだ。

あるチームは、「習字に使った筆を洗うのは大変で、親も洗面台が汚れてしまって困っている。市内の他の親子も困っているだろう」と考え、「浸けておくだけで墨が落ちる方法はないか」という課題に取り組んだ。そして、墨を落とすにはどんな成分がいいのか考え、外部(実社会)の専門家にも話を聞きながら、実験と改善をくり返したという。

洗濯のりの会社から墨を落とす方法を聞く6年生。

「最終的にできあがりまで達しないこともありますが、学年全体への活動報告会ではなく、聞き手の共感や協力を得られるようなプレゼンテ―ションをしていく流れでPBLに取り組んでいます」(下山教諭)

つまり、第一サイクルが「個別最適な学び」にあたり、それが第二サイクルの「協働的な学び」に活かされることになる。

学校から身近な町、戸田市全体へと広がるテーマ

1年生は生活科の内容である「季節」などをテーマに設定。2年生は、自分たちが1年生のときにしてもらったことを引き継いで、今度は自分たちが1年生のために「おもちゃをつくる」のがテーマ。3年生は給食を残す「残食」を、4年生は「校内をもっとよくするためにはどうすればいいか」をテーマにしている。そして5年生は少し校外に出て、「高齢者や妊婦さんが困っていること」をテーマにするなど、学年を追うごとに扱うテーマが学校から市全体へと広がっていく。

2年生が1年生のために、おもちゃの試作をつくる。

「中学年以下は初めての経験となるので、『こういう方法があるよ』とか『こういうときにはこんなふうにデータを集めるといいよ』とか、やり方についてある程度は教えます。後は子どもたちがやり方を取捨選択しながら、自分たちで活動を進めていきます」(中山教諭)

こうした経験を積み重ねて、6年生になると子どもたちの自主的な活動が中心になる。

「私たち教師は子どもたちに伴走して、『困ったなら、こうする方法があるんじゃない?』とアドバイスする程度。また6年生は外部(実社会)とつながる力もつけてきているので、外部の専門家にアポイントを取って、子どもたちとの橋渡しをするのが私たちの役目です」(下山教諭)

環境についての課題を扱っていたチームは、カードの製作会社とつながって「環境問題のカードゲームをつくりたい」と相談。外国籍の人たちも住みやすい町にするにはどうしたらいいかを課題にしたチームは、外国人をサポートする施設とつながって、一緒にイベントも開いたという。

何事にも自主的な姿勢が成果として感じられる

戸田東小では教育の特徴の一つに「子どもが学び続けるICT教育の推進」を掲げており、PBLでも端末を活用。調べものに使うほか、プレゼンをするときも端末の中にあるソフトを使って資料をつくり、「めあて」や振り返りを書くことにも端末を使用している。

「一人で書いていくものもあれば、全員が入って書けるものもある。紙も使っていますが、8割方は端末で作業しています」(下山教諭)

教員も端末を通して、子どもたちそれぞれの状況とともにチームの状況を把握することができるので、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実に役立てることができる。

また同校には、産官学連携を進める同市教育委員会の取組として、ハイスペックなPCや3Dプリンターなどを備えた「STEAM Lab」というハイテク施設が設置されており、こちらでは主に3Dプリンターを活用している。

3Dプリンターに出力する製作物を設計している様子。

「子どもたちが課題を解決するため、こういうものをつくりたいとなったときに、今までは紙でポスターをつくったり、空き箱や廃材などでつくったりしていたのが、3Dプリンターでできる。自分の思い描いていたものが、その通りの形になってできるので、子どもたちはワクワクしながら取り組んでいます」(中山教諭)

では、このようなPBLを体験した子どもたちの変化や成長はどうだろうか。下山教諭に伺うと、「6年生では、その経験で自信がついて、他の教科の課題でもPBLと同じように動くことができるようになっています。算数で『このテーマでやるよ』とグループごとに課題を渡すと、自分たちで自走して授業をつくり上げていきます。自分たちが進んで動き、自分たちで何かをつくり上げるということが、高学年では当然のことになってきていると感じます」と語る。

課題を子どもたちの「自分ごと」とするために

PBLを展開するにあたっては「最初の導入がとても大事」と下山教諭は強調する。

「子どもたちがどんな課題を見つけて解決したいのか、そこのきっかけや動機付けをきちんとしておかないと、その後の活動すべてがやらされているものになり、全然主体的ではなくなってしまいます」(下山教諭)

6年生の場合は、自分の好きなものや嫌いなもの、困りごとは何で、どうすればもっと楽しくなるか……などの「深掘り」に時間をかけたという。低学年や中学年では、テーマは教員が用意する。

「『今年は残食について取り組むから、残食について調べて』と言うと、こちらがやらせていることになってしまう。『残食を減らしたい』と子どもたちに思わせるには、どのような言葉かけがいいのか、そこはファシリテーションの力になってくるかなと思います。そのため、4月はすごく忙しい時期ですが、最初の導入で『どう子どもたちに働きかけるか』『いかに子どもたちが自分ごととして捉えられるようになるか』というのを、毎年新しく組んだ学年の教員と前年度の反省なども引き継ぎながら考え、進めています」(中山教諭)

こうした子ども一人ひとりの「個に応じた声かけ」などは、「個別最適な学び」を充実する上での課題にもなるだろう。

教員の仕事自体をPBLとして楽しく取り組む

PBLが導入され、研究を始めてまだ4年あまり。「PBL自体、小学校でやっているところは全国的にもまだまだ少なく、何が正解なのかわからない。それをどうするか」と、中山教諭は課題を口にする。

「PBLに正解はないのかもしれませんが、やはり我々は正解をもとめがちなところがあるので。『自分がしていることが果たして正しいのか』と不安に思いながらやっているところも正直あります」(中山教諭)

さらに下山教諭は、「教員には、子どもが求めることに応じられる引き出しが必要」と指摘する。

「子どもがこういうことをやりたいと相談してきたときに、私たちに引き出しがないと応えてあげられないですし、子どもたちの活動も一時的にストップしてしまいます。子どもたちが壁にぶつかったとき、乗り越える手助けもできません。こちらに知識や外部の方とのつながりがもっとあれば対応してあげられるのに、と思うことが何度もありました」(下山教諭)

また、教員の異動も課題の一つだと中山教諭は語る。

「新しく来られた教員に共通認識を図っていく必要があるので、本校では月1回、研修の時間を設けて、誰かが違うことをすることがないようにしています。私自身、3年前に赴任したときに『PBL』と聞いて、『Pは何? Bは何?』という段階から始めて、理解するまでに自分の中で結構な時間がかかりました。ですが、研修で教えていただいたおかげでとても助かったことを覚えています」(中山教諭)

なお、戸田東小学校は戸田東中学校と施設一体型の小中一貫校で、中学に進んでもPBLは継続する。日頃からお互いの授業を見学し合うこともあるという。

「小中それぞれの研究部会で年度末と年度初めに一緒に会議を開き、『こういう方向性で、こんなふうに協力していきましょう』と話し合う機会もあります」(中山教諭)

正解のない問題に向き合い、課題を解決する力を養うのがPBLの大きな目的。「子どもたちは変化が激しく、先の見えない社会に生きていくので、自分で考え、創造して、それを自分で表現できることがとても重要になる。このPBLを通して、国語や算数などでは身につけられない、そういう力をつけてもらえればと思います」と二人は口を揃える。

また中山教諭は、「ワクワクすることがとても大事」だとした上で、子どもたちには「その体験を通して、自分からやりたいと思えるような力をつけてもらいたい」という。

「そのためには、まずは教員自身が『学ぶことは楽しい』と感じながら取り組む必要があります。そうすることで学ぶ楽しさが子どもたちに自然と伝わっていくと思います。正解はわかりませんが、教員も『失敗してもいいからどんどんチャレンジしてみよう』と、PBLだけでなく、研修も『先生のPBL』として考え方を変えていくと楽しくなると思います」(中山教諭)

取材・文/永須徹也

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