「インクルーシブ教育」をいっしょに問い直しませんか【木村泰子「校長の責任はたったひとつ」 #5】

連載
負の連鎖を止めるために今、できること 校長の責任はたったひとつ

大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

不登校やいじめなどが増え続ける今の学校を、変えることができるのは校長先生です。校長の「たったひとつの責任」とは何かを、大阪市立大空小学校で初代校長を務めた木村泰子先生が問いかけます。
第5回は、<「インクルーシブ教育」をいっしょに問い直しませんか>です。

困惑する学校現場

最近はどこの学校現場に行っても同様のことを聞かれます。昨年(2022年)の4.27の文部科学省からの通知(特別支援学級に在籍している児童生徒については、週の授業時数の半分以上を特別支援学級において、一人一人の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた授業を行うこと)と9.9の国連の勧告(特別支援教育という分離教育制度は違法であり中止すること)について、現場はどのように考えたらいいのかと困惑している状況です。

中でもインクルーシブ教育を目指して実践している学校ほど困惑しています。これまで、特別支援学級に在籍している子どももできる限り通常学級に入って学ぶ形をとってきている学校は、支援が必要な時は特別支援学級の担任が通常学級に入って支援をしてきましたが、こういう形が認められなくなることについて、次の展開が見えなくなってしまっています。

文部科学省の通知を受けた各教育委員会からの指示も全国多様です。現場の声を聴くまでもなく、通知を徹底するようにとの指示が下りてくる学校現場は、保護者も教職員も管理職も、大人のみんなが困っています。大人が困る学校の中で、子どもたちはもっと困る現状におかれています。

ここで、少し立ち止まって今回の文部科学省の通知と国連の勧告について整理してみましょう。

国連の日本政府への勧告

日本は2014年に国連の「障害者権利条約」に批准しています。そのうえで国連はなぜ特別支援教育の中止を勧告したのかについて、大きく3点が述べられています。

特別支援教育は分離教育と統合教育でありインクルーシブ教育ではないから
インクルーシブ教育とは、すべての多様な子どもが安心して排除されずに学ぶ権利が保障される学校教育を構築するプロセスである
「障害児」を分離する学校は障害者を分離する社会につながる。優性思想や能力主義が「障害」をめぐる様々な施策に表れている。この観点から「津久井やまゆり園」の事件を検証し、そのような態度を社会に広めた法的責任を問うべき

インクルーシブ教育については次のように定義しています。

インクルーシブ教育とは多様な能力を持った児童・生徒が同じ教室で一緒に学ぶことである
つまり、「障害」のある児童・生徒、「障害」のない児童・生徒の両方が同じ教室にいるということである
すべての子どもがともに学び成長することが可能になる学校の教育システムをつくりだすことである
インクルーシブ教育を確かなものにするために、「障害児」への合理的配慮を保障する

「障害」について次のように述べられています。

「障害」とは社会的環境の中で成立してしまう「障壁」のことである 
その除去は人として生活していく権利を保障するための必須条件であり、そのための合理的配慮(調整)である
「障害者権利条約」は合理的「調整」がなされないことを「差別」としており、「人権モデル」が不可欠である

これらの国連の勧告に対する文科省の回答

インクルーシブ教育は推進する
4.27の通知は撤回しない

校長先生方、これが今の状況です。ここからは、校長の判断が不可欠です。

文部科学省の通知も国連の勧告も手段です。目的は「誰一人取り残さない自校をつくる」ことです。上から下りてくる通知や指示を守る校長ではなく、どの手段を生み出せばすべての子どもの学習権を保障する学校づくりができるかについて全教職員でアイデアを出し合いませんか。

「自立」から「自律」へ

新学習指導要領の目指す力は「自律」です。10年後の「多様性社会」「共生社会」「予測困難な社会」に、なりたい自分になるために必要不可欠な力が「自律」です。この「自律」の力は、すべての子どもに不可決な力です。

人に迷惑をかけないための「自立」から脱却し、「互いが適切に依存し合う」ための「自律」を、すべての子どもが自分なりに獲得するシステムをつくりませんか。

まさに、これまでの学校の当たり前は通用しない時代になっていることは、誰しもがわかっています。学校改革真っ最中の今は、うまくいかないことや教職員がまとまりを見せないことなど当たり前です。だからと言って、校長ができない言い訳をつくってしまうと、目の前の子どもたちは大人にあこがれを持たないでしょう。できるかできないかではなく、必要と思えば行動あるのみです。今こそ、新しい発想で現状を問い直し、「子どもを育てる学校」から「子どもが育つ学校」へのチェンジが急務です。子どもの「自殺・不登校・いじめ」過去最多の事実にストップをかけることが、校長の最上位の仕事です。学校は、子どもの命以上に守るべきものはありません。

校長の評価は指示や命令を守ることではありません。すべての評価は自校の子どもの事実です。周りの力を存分に活用しながら、失敗を恐れずに行動してくださることを願います。


 昨年9月、日本はなぜ国連から「特別支援教育という分離教育制度は違法であり中止するように」と勧告を受けたのかを知っておこう
 国連が求めるインクルーシブ教育について知り、日本の特別支援教育について改めて考えてみる必要がある。
 「誰一人取り残さない学校」をつくるためには、校長の判断が求められる

 子どもに不可欠なのは「互いが適切に依存し合う」ための「自律」の力


木村泰子(きむら・やすこ)
大阪市立大空小学校初代校長。
大阪府生まれ。「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに情熱を注ぎ、支援を要すると言われる子どもたちも同じ場でともに学び、育ち合う教育を具現化した。45年間の教職生活を経て2015年に退職。現在は全国各地で講演活動を行う。「『みんなの学校』が教えてくれたこと」(小学館)など著書多数。


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