新潟市教育委員会の考える課題と方向性【「先進的な自治体&小学校」の「ICT活用」実例Part2#4】
目次
新潟市のさらなる改善の方向性
新潟市立小針小学校の実践を紹介してきましたが、ここまで現場での実践を進めてきた新潟市で、今後、どのようなポイントに留意しながら、さらに実践を深めていくのでしょうか。課題やさらに進むべき方向性について改めて新潟市教育委員会の担当者に取材をしました。
2022年度も続く「情報モラルの問題」
まず現時点で、現場から上がってくる課題や悩みについて、主査の安藤達郎指導主事は次のように話します。
「現場の悩みは時期によって変わってくるのですが、2021年度、4月から段階的に持ち帰りを進めて、夏に一斉に持ち帰りを行うと示した当初は、『持ち帰りをやらなければならないの?』という不安の声もありました。とはいえ、実際に持ち帰りを始め、定着した後から出てきたのは”情報モラルの問題”です。これは本年度になっても続いています。
これについては、生徒指導担当と私たちとの理念共有ができており、テクノロジー制限で解決を図るのではなく、問題も起きる可能性はあるけれども、それも含めて学習に資するという方向で考えています。大事なのはあくまで子供たちの自己調整力の育成なので、ガイドラインで示しながら、大きな問題にならない範囲で子供たち自身が問題解決をしつつ、情報モラルを身に付けられるようにしていきたいと考えています(資料1参照)。
もちろん、『市の理想もその意味も分かるが、苦労している』という声もあるにはあります。私たちもそれを受け止めて、ご苦労をかけているとしながらも、しっかりと子供たちに力を付けていけるよう現場を支援していきたいと考えています。
そのほかには、端末への依存傾向に関するものもあります。それについては、持ち帰り学習のビデオを作成し、各家庭なりのルールを決めて活用していただくようにお願いをしています。ただし、ご家庭で制限をかけられるようなマニュアルも配付しており、本当に厳しいと判断されれば、ご家庭で制限をかけていただけるようにしています。これについては、家庭ごとにうまくいっているところと、そうでないところの差もありますので、理念を共有しながら困っているご家庭の声には耳を傾けつつ、学校と一緒になってどのように乗り越えていくか、私たちも考えるようにしています」
こうした家庭での活用なども踏まえ、今後、生涯にわたって必要となる情報活用能力の育成の重要性について、副参事の片山敏郎指導主事は次のように話します。
「私たちは今後、地域や保護者へのさらなる啓発活動が必要だと思っています。ICT端末を活用することによる先生方の授業の質の向上はもちろん必要ですが、地域社会の大人全体に、こうしたものを活用していくことの意義を理解していただくことも大事だと考えています。もちろん、理解してくださる方は増えていますが、鉛筆で漢字を書いて、とめ、はね、はらいを覚えることが大事で、ICT端末に置き換わるとそれがなおざりにされると考える方もいらっしゃいます。あるいは、旧来型のきちんと教える授業をしてほしいという声もあります。
それについては、私たちが育成をねらっている力についてお伝えしてきましたし、それをよく理解されて、『もっとうちの学校でもオンラインの授業をやってほしい』と言われる方もいらっしゃいます。ただ、これまで以上に分かりやすい形で、子供の姿として伝えていけるように工夫していくことが必要だと思っています。そこで、GIGAスクール運営支援センターの業務のなかに保護者啓発動画作成を入れ、教育長、教育次長、学校支援課長が教育の情報化ビジョンについて保護者に語りかける動画を作成しました。子供たちが、端末を活用するすてきな学びの姿もふんだんに盛り込み、YouTubeの「新潟市GIGAチャンネル」で発信しました(資料2参照)。今後、入学説明会やコミュニティ・スクールの学校運営協議会などで学校から活用してもらい、市民の意識をより高めていきたいと思います」
さらに、片山指導主事は次のように続けます。
「とはいえ、ある方法だけで、地域・保護者の考えが変わるというような簡単なものではないと思います。アプローチする相手を考え、それに対して効果的な方法を適宜考えて行っておくことが必要だと思います。もちろん、私たちのアプローチする先は、第一義としては学校の先生方であり、何よりもその先にいる本市の子供たちです。しかし、それをより効果的なものにしていくためには、彼らを取り巻く地域や保護者にもしっかり理解していただくことが必要だと思っています」
かつて、現場でオンライン授業も担当していた副参事の土田知之指導主事は、端末の追加配付によって、さらに実践の拡充が図られてきていると話します。
「今年度、Zoomなどを使って積極的に双方向授業を行っているような学校もありますが、まだロイロノートを使って、課題を配信し、学習成果を集積していくようなところまでの学校や学級もあります。そこで、12月にオンライン授業用に、各学級に1台ずつ新たに端末を配付しました。それにより、学校に登校できない子供がいるときには常に双方向の授業を行う学校が増えてきています。先日の寒波のときも休校にし、オンライン授業に切り替えた学校もありました。現在の法令では、授業時数にはなりませんし、状況によりますが、可能な範囲でできる限り学びを継続し学習を保障するという学校の姿勢はすばらしいと思います」
ICT端末の導入を契機に、学習者主体の授業へ質的転換を図る
では、ICT活用教育の先進市である新潟市にとって、今後さらに深めていきたい点は何なのでしょうか。自らも現場での先進的実践者であった経緯を踏まえ、片山指導主事は、より質の高い実践を進めていくための課題や方向性について次のように話します。
「端末が入ったことで授業の質が変わるというのは、私自身、以前から現場で実践していたから分かるわけですが、多くの先生方にとっては2021年度の導入は突然のことですし、それによる授業観の転換などにはまだ思いがいかないところもあるのではないかと思います。
これまでの教育の技術としては例えば、教師がすばらしい発問をして、子供たちが考え、あるところで教師が隠しておいた情報を『これが…』と示すと、『すごい、先生!』となるというような、教師も主人公になりつつ、子供も学ぶようなイメージがあったかもしれません。しかし、ICT端末を活用すれば、教師が隠しておいた情報を子供たち自身が見付けたり、あるいはそれ以上の質の高い情報を見付けだすことができたりします。さらに子供同士が自ら発見した情報を出し合いながら対話し、情報の妥当性を検証したり、考察したりするなどして到達する深い学びは、事前に教師が用意した情報によって教師の手のひらの上で学ぶだけでは届かないような質の高いものになり得ます。それは、教師の教材研究が足りないということとは質を異にします。今の教育は、学習内容を効率よく伝達するのではなく、資質・能力の育成を目指すわけですので、子供主体の授業に改善していく必要があるのです。
ただし教師がうまくコーディネートできないと、当初考えていたのとは違うことを子供たちが始めてしまって、目指すゴールに向かわないという不安が起こるかもしれません。実は、明確なゴールと評価規準が設定されていて、それを子供たちと共有できていればそんなに難しくはない部分もありますが、旧来の知の伝達型授業モデルで鍛えられてきた先生方にとっては、ICT端末の導入を契機に一気に授業の質的転換を図るのは簡単ではないとも思います。しかし、確実に変わり始めていることを感じています。
ICT端末が入ってきたことで、子供たちに方向性を示して共有しつつ、任せるところはしっかり子供に任せる授業が増えてきています。先日参観した1年生の生活科では、家庭で行う仕事を自分で決定し、その様子を保護者に動画にとってもらい、それを友達に見せながら、仕事がうまくいくポイントを協働的に明らかにしていきました。先生は、学習の個性化や家庭との連携を意識しながら単元を構想しており、子供たちは伸び伸びと学びを進めていました。個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実の一端が垣間見える気がしました」
2021年度、中学校の現場に在籍していた安藤達郎指導主事は現場の状況をこう説明します。
「本質的な授業観の転換まで議論できている学校は、まだ多くはないかもしれません。私も現場にいた2020年度末から昨年度当初は、『まずICT端末をどう使えばよいのか』という不安を感じている先生も少なくはない状況でしたからね。そこから昨年度、1年間かけてやっとどの先生も活用できるようになってきたところで、これから次第に授業観について考えられていくようになるのだと思います」
さらに、安藤指導主事は次のように続けます。
「土田指導主事が現場でGIGA推進リーダーを担ってくれていたように、各校のGIGA推進リーダーがちゃんと核になってくれている学校では、うまく改善が図られているように見えます。私たちも現場の支援をしてはいますが、直接に学校に出向けるのは年に1回程度に限られますし、多様な通知も出していますが、多忙ななかでの見落としもあるかもしれません。ですから、先生方の最も近くにいて多様な支援ができる、各学校のGIGA推進リーダーやICT支援員さんが重要なポイントだと考えており、その方々の研修にも力を入れています。それを通して先生方の授業観、教育観の質的転換も図っていきたいと考えています。
ちなみにアプリの選択肢があるというのも、本市の取り組みのキーワードなのです(資料3参照)。子供たちに端末を貸与したとき、全部一様に同じアプリを入れるという考え方もあるわけですが、本市ではあえてそうしていません。今年度開始時点で250ほどのアプリを選定してアプリカタログとして示しており、そのなかから子供たちが必要に応じてアプリを選択し端末に入れて使えるようにしています。ただし、入れられるアプリのデータ量は限られますから、必要なものだけを残し、必要がなくなったものはアンインストールしてまた必要になった別のアプリを入れて使っていくわけです。そうやって、トライアル&エラーができるようにしています。それは、子供が自分で自分の学びやすさを選択する力を身に付けられるようにしていきたいからです」
最後に、片山指導主事は次のように話しました。
「繰り返しになりますが、子供たちに一定の方向を示して共有し、任せるところは任せていけば、多様なアプリの活用も含め、自ら選択・決定し、活用する力は必ず付くと私たちは信じています。そのような学習者主体の実践が広がっていくように私たち教育委員会も現場の支援を続けていきたいと考えています」
執筆/矢ノ浦勝之