若手の先生は、若いという才能を生かす!【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話㉙】

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若手の先生は、若いという才能を生かす!【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話㉙】

先生の年齢、経験と子供たちの関係や教師力

一般的には、新任の先生は教師力が低く、ベテランになるほど教師力が上がると思われていると思います。もちろん、それは基本的に間違いではないと思いますが、今回は、そうした先生の年齢、経験と子供たちの関係や教師力について、記憶に残る何名かのベテランの先生の言葉を基に話をしてみたいと思います。

「若いというのは、それだけで大きな才能」

もう15年以上前、ある自治体の校長会会長を務められるような、力のある小学校の校長先生に学校経営についての取材をした後のことです。いつものように教育雑談をしていました。すると、その校長先生は若手育成についての話をしてくださった後、若手の先生によくする話というのをしてくださいました。多少のリップサービス? も含めてしてくださったのは、次のような話でした。

「子供たちは自分たちと同じように動いて、遊んで話してくれる若い先生が大好きです。若いというのは、それだけで大きな才能なんです。しかし、その若いという才能は年が経つにつれ、嫌でも失われていきます。だからこそ、その失われていく才能を補うために日々、それこそ『教育技術』を読むことも含めて、教師力を磨いていく必要があるのです」

特に小学校でその傾向が強いと思いますが、子供たちは若いというだけで先生のことが好きになるとはよく言われてきました。それを事実と認めつつ、若さを才能という視点で捉え、さらに「その才能は時と共に失われる才能だからこそ…」というところが、とてもおもしろい考え方だなと思ったのでした。

また、別のベテランの先生は、次のように話しておられました。

「子供たちは学齢が低ければ低いほど、大人(先生)からの承認欲求が強い傾向があります。けれども、学齢が上がるにつれて次第にその傾向が減り、同世代からの承認を求める傾向が強くなっていきます。だからこそ、子供たち同士での対話を通した協働的な学習を通して互いに承認し合うことが重要になっていくのです」

これも10年くらい前の取材の場での話で、まだ学習指導要領改訂に関する諮問もなされる前のことでした。しかし、子供の承認欲求や世代という視点から、子供同士の対話や協働的な学習、互いに承認し合うことの重要性について語っておられ、とても納得できたのを覚えています。

さらに、ある中学校籍の指導主事の先生は、先の先生の話と同様のことを話された後、少し悲しげに、またある意味達観したような雰囲気で、次のように話されました。

「しょせん、子供たちにとって私たち教師は同時代を生きる人間ではないんですよね。だからこそ、同じ世代をつくっていく子供たちの間で多様な対話と相互承認をしていけるような学びの場を創ることが大切なのだと思います」

若手のときには、子供の間に入って子供を見る目を育てる

ここから先は、若い先生の成長イメージについて、私が先の先生方の話をつないで勝手に解釈をしていくので、話半分に読んでいただければと思います。

新採用後の若手の頃は、子供たちも近い世代だと思っていたり、(学齢の低い子供たちは)承認してほしいと思ったりして近付いてきてくれるわけですから、その子たちとしっかり一緒に時間を過ごしていけばよいのだと思います。授業づくりや教材研究を考えることももちろん大切ではありますが、正直言って若手の頃は大半の先生が日々やるべきことに手一杯で、本当に大きな視点から単元や授業を考えたり、教材を捉えたりすることは難しいでしょう。だから、まずは「若いという才能」を存分に発揮して子供たちと一緒に遊び、学習をすることを楽しめばよいのだと思います。

ただし、そのときに大切なのは、子供同士や先生と子供の間で、誰かが何らかの言動をとったときの、子供たちの反応やそこにある考え方をしっかり見とるようにすることです。以前も授業名人の話で触れましたが、本当によい授業をされる先生はとても子供を見る目が確かです。ですから、若いという才能を生かしつつ、子供たちを見とる目を育てておくことが、ごく若手のときには必要ではないかと思います。

若手の時には、若いという才能を生かしつつ子供の姿を見とる目を育むことが大切。
若手の時には、若いという才能を生かしつつ子供の姿を見とる目を育むことが大切。

やがて少しずつ経験を重ねてきて、しっかりと日々の教育活動に慣れてきたら、徐々に教材研究や「単元・授業」のつくり方について考えていけばよいでしょう。ただし、重要なのは子供たち同士が互いを認め合えるような学びの場をつくるということです。やがて先生は、「同じ時代をつくり上げる同世代の人間」とは認識されなくなるわけですから、「先生が教えてあげる」という姿勢を受け入れてくれなくなる子供たちが増えてくるでしょう。そのときに向けて、子供たち自身が自ら追究して発見したとか、友達の意見で気付けたと思えるような「単元・授業」づくりを考えていくわけです。

当然そのときには、子供たちの間に入って一緒に遊び、学んだ若手の頃の子供を見る目が生きてくるわけです。「子供同士が主体的に学びに向かうためには、どんな教材の工夫が必要かな」と考えたときに、「ああ、あの子ならこんなことを言いそうだ」とか、「こんな工夫をしたら、きっとあの子がこんなふうにおもしろがってくれるだろう」とイメージができるはずなのですから。

よくベテランの先生方と教材研究や単元づくりについて取材をしているときに、「若手のときにはこんなこととても考えられなかった」という話を聞きます。だから、若手の頃に何もしなくてもよいと言うつもりはありませんが、そのときにある若いという才能を生かし、そのときに身に付けられる力を付けておけばよいだろうと思うのです。やがて訪れる、本質的な教材研究や「単元・授業」づくりに力を注ぐときのために。

さて、最初にお断りした通り、後半は私の勝手なイメージですが、若い先生方はどのように考えられるでしょうか?

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執筆/矢ノ浦勝之

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