あたたかい人間関係を築く力を育てる【菊池省三流「コミュニケーション科」の授業 #1】

連載
菊池省三流 コミュニケーション科の授業

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三

教師と子ども、子ども同士のコミュニケーション不足こそ今の学校の大問題! 菊池省三先生が、1年間の見通しを持って個の確立した集団、考え続ける人間を育てる「コミュニケーション科」の授業の具体案と学校管理職の役割を提示します。
第1回「コミュニケーション科」の授業は、<あたたかい人間関係を築く力を育てる>です。

なぜ、今「コミュニケーション科」なのか

人がともに生きていく中で、最も大切なコミュニケーション力。この力を学校で育むことの大切さは、誰もが実感していることです。にもかかわらず、授業では技術的な手法に留まり、一つひとつの教科・領域の中に埋もれてしまっているのが現状ではないでしょうか。

2015年3月に北九州市の小学校を退職してから、全国各地の学校に呼ばれる機会が増えました。授業を参観したり授業を行う中で気づいたことは、「固くて遅い」学級が多いことでした。そのような学級では、担任も子どもたちと同様、「固くて遅い」のです。特に、荒れかけている学級では、担任の表情や声の調子、立ち位置、そして体の動きも全てが硬直しています。これでは子どもたちに何も伝わるはずがありません。あたたかい人間関係が築けていない学級では、一人ひとりの子どもが自分らしさを発揮し、他者を理解し、お互いを高め合う真の学びは決して生まれません。学ぶための根幹ができていなければ、活発な学びは成立しないのです。

2020年4月からいよいよ新学習指導要領が実施されます。ここに盛り込まれている「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)は、一人ひとりの子どもが自ら考え学ぶ授業の実現をめざすもので、従来の教師主導一辺倒による授業の転換を迫られるものです。現在、様々なアクティブ・ラーニングの実践例が提案されていますが、言語活動に偏りすぎているように感じます。

また、授業の進め方や板書方法、子どもの受け答えの仕方など細部に至るまで決められた「○○(県や市町村名、学校名)版ベーシック」「△△版スタンダード」が幅をきかせています。マニュアル化することで、教師が自分らしさを発揮した授業、一人ひとりの子どもが輝く授業が隅に追いやられています。
このような現状の中、最も大切な核となる授業は、もはや従来の教科では対応しきれないのではないかと、新しい教科「コミュニケーション科」を立ち上げる必要性を強く感じたのです。

教師時代、子どもに身につけさせたい力として、私が最も重点を置いてきたのはコミュニケーション力です。その実践と経験、さらには教育実践家として全国の学校を回る中で、次のような理由から「コミュニケーション科」の必要性を強く感じました。

1 コミュニケーション指導の経験から
かつて荒れていた学級を受け持ったとき、高学年でさえ、自己紹介ができない子が多くいた。コミュニケーション力は人間形成のために必要不可欠であること。

2 現行のカリキュラムでは不十分であるという指導経験から
一つの教科に限らず、総合的に取り組む必要性を感じたこと。

3 全国の学校、学級を訪れての実感から
様々な学校を回る中で、コミュニケーションの弱さを実感。“正解” にこだわり、人と “違う” ことを恐れる。学び合う経験がなく技術も身についていない。教師も同様で、学校現場全体が自分らしさを発揮できない状況になっていること。

4 コミュニケーション力不足が引き起こす現在の学校での問題点から
現行のカリキュラムの中では、いじめや不登校、学級崩壊の主根源に踏み込めないこと。

5 子どもから大人までが必要としている事実から
幼稚園・保育園から、小学校、中学校、高校、大学、企業、一般社会に至るまで、全てに必要があること。

通常、授業では、個別化、共同化、プロジェクト化しながら様々な活動を行います。それらの活動の連結の要はコミュニケーションが担っています。この要が抜け落ちると、個々がバラバラの単なる活動に終始してしまいます。各教科で断片的に指導するのではなく、独立した一つの教科として指導することが大切なのです。

授業を根底から変える

私が考える「コミュニケーション科」とは、「あたたかい人間関係を築きあげる力を育てること」です。

「コミュニケーション科」で育てたい力
●あたたかい人間関係をつくる力
●自分らしさを発揮しながら、他者と協力して「学び」ができる力
●相手を理解し好きになって、一緒に成長できる力
●意味や感情を、言語・非言語等を活用して伝え合う力

授業時数は、各学年年間35時間を想定。総合的な学習の時間を活用することで、現行のカリキュラムでも十分可能です。

「コミュニケーション科」の授業は、次の7つのカテゴリーに分類しました。

①人との関わり(人間関係向上力)
②言葉への興味関心(社会的語彙力)
③即興力(演劇的身体力、身体表現力)
④スピーチ力(非言語力)
⑤対話・話し合い力
⑥議論力
⑦その他の活動(学級活動や係活動など、子どもの自治力を高める活動)

詳しくは下記の授業案を参照ください。

新しいことを始めようとすると、「そんなこと言っても、どうせ変わらない」と否定する声が必ずあがります。確かに、これまで教師主導型の一斉授業の指導法にどっぷり浸かってきた教師にとって、「コミュニケーション科」は、大きな負担に感じるかもしれません。しかし、新学習指導要領でアクティブ・ラーニングの重要性が説かれていることからもわかるとおり、学校でも社会でも、コミュニケーション力の重要性は、誰もが感じていることでしょう。枝葉的に扱うのではなく、学校教育の核として「コミュニケーション科」を位置づけ、コミュニケーション力の育成を考える。今こそ、授業そのものを根底から変えなければいけないのです。

親しい先生方や呼ばれた学校で「コミュニケーション科」の構想を話したところ、「この4月から取り組みたい」という多くの前向きな意見を聞きました。現在、様々な試案を作成し、現場の先生方と話し合いながら、実践に向かっているところです。確かな手応えを感じています。

多くの方から、「コミュニケーション科」に対する意見をお聞かせいただければ幸いです。

「コミュニケーション科」の授業案

人との関わり

指導の内容と活動例

ほめ言葉のシャワー
ほめ合うことの意味や価値
導入までのステップ
レベルアップの授業群
質問タイム
導入
レベルアップの授業群
成長を祝う会
白い黒板

ねらいと指導のポイント

学級経営とつなげて指導する
教師と子ども、子ども同士の関係づくりを行う
速成指導ではなく実態分析からの指導を行う
子どもたちと一緒に活動レベルを決める
自己開示と相互理解を第一とする
ほめ言葉のシャワーと連動して行う
関係性の高まりを実感させる
各学期に1回行う
一人ひとりの違いを尊重する

言葉への興味関心

指導の内容と活動例

価値語の指導
価値語の植林指導
価値語を考える授業群
笑い(知識と教養)
言葉遊び
言葉ゲーム
しゃれ、なぞかけ、三段落ち
川柳、俳句  他

ねらいと指導のポイント

考え方や行動をプラスに導く
価値語の量と質、その種類を考えて指導する
価値語が生まれ育つ教室をつくる
自由度の高いあたたかい教室を育て合う
楽しいを第一とする
自分らしさに気づかせる
日常の言葉への関心を高めさせる
言語感覚を磨き高め合う意識を育てる

即興力

指導の内容と活動例

コミュニケーションゲーム
質問系
スピーチ系
対話系
身体系
演劇
インプロ系

ねらいと指導のポイント

論理的な表現力を育てることを中心とする
自分のことを自分の言葉で語れるようにさせる
覚える学習からつくり出す学習の楽しさを教える
他の活動とのつながりを意識させる
コミュニケーションの体づくりを意識させる
身体論の立場に立つ
協働的な学びの楽しさを実感させる

スピーチ力

指導の内容と活動例

パフォーマンス力
声と表情・態度スピーチ
スピーチのボクシング
プレゼンテーション力
「3つあります」スピーチ
「良いとこ見つけ」授業

ねらいと指導のポイント

コミュニケーションの公式〈(内容+声+表情・態度)×思いやり+α〉の( )内の指導を心がける
非言語の価値を体験させ理解させる
公式全てを体験させて身につけさせる
筋道を立ててまとまった話ができるようにする
低・1分、中・2分、高・3分の話をさせる
子ども同士の伸び合いを基本とする

対話・話し合い力

指導の内容と活動例

子ども熟議
子ども熟議の基本
子ども熟議の指導群
ディベート的話し合い
ディベート的な話し合いの基本
ディベート的話し合いの授業群

ねらいと指導のポイント

自分たちの生活向上とつないだ学習にする
全員参加を基本とした学びの価値に気づかせる
学びの規模の拡大を意図的に図る
少人数による話し合いを教科学習につなぐ
話し合いの基本形にそって体験させる
立ち歩きのある基本形を踏まえたディベート的
な話し合いを教科学習に積極的に活用する

議論力

指導の内容と活動例

学級ディベート
学級ディベートの基本
学級ディベートの指導群
競技ディベートの体験授業

ねらいと指導のポイント

議論することの意味や価値を学ばせる
ステップを踏んで体験させる
技術よりも意味や価値に重きを置いて指導する
議論し合う楽しさを生き方とつないで指導する

その他の活動

指導の内容と活動例

学級会の充実
子ども座談会の実施
係活動との連携

ねらいと指導のポイント

みんなのこと、みんなの幸せを考えてみんなで話し合う学級会(代表委員会)で学級力を伸ばす
休み時間や放課後に数名で雑談的な座談会を行い、子どもたちの学びや学級の様子などを語り合う
自治的な学級の成長度を係活動(クラブ活動、委員会活動)の充実度でふり返り合う

『総合教育技術』2020年4月号より

構成/関原美和子


菊池省三(きくち・しょうぞう)
教育実践研究家。
1959年、愛媛県生まれ。山口大学卒業後、北九州市の小学校教諭として崩壊した学級をこの20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『菊池省三流奇跡の学級づくり』(小学館)他著書多数。


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