「リカレント教育」とは?【知っておきたい教育用語】
学校教育を修了して社会人となってからは「学び」から遠ざかる、というライフスタイルがこれまでは一般的でした。しかし、技術革新が進展し、社会構造が転換しつつある今、新たな能力を身に付けるための「学び直し」が必要になっています。
執筆/常葉大学教授・堀井啓幸
目次
リカレント教育のはじまり
リカレント教育とは、元々、スウェーデンの経済学者ゴスター・レーンがスウェーデン国内の教育機会の平等化を目指した施策であり、「回帰する教育、往還する教育」を意味します。1973年、OECD(経済協力開発機構)がスウェーデンの施策を踏まえて「リカレント教育─生涯学習戦略」についての報告書を刊行して以来、日本をはじめOECD加盟国に広まりました。
リカレント教育は、生涯学習の施策ですが、以下の2点において従来からある成人教育とは異なっています(OECD編『生涯教育政策:リカレント教育・代償教育政策』参照)。
- 過去の教育の不足を補足し教育の機会を利用するために、より多くの可能性を個人に与えるという「平等性」。
- 教育制度が労働市場の変化に対して柔軟性がないのに対して、教育と社会・経済の間の効果的な関係を保証するという「職業的柔軟性」。
すなわち、リカレント教育とは、伝統的な義務教育以後の教育制度、あらゆる企業内教育(OJT)、そして成人教育を統合する政策理論なのです。
こうした政策的指向をもつリカレント教育は、それぞれの国の経済や教育の状況によって取り組み方が異なっています。
現在の日本では、技術革新がますます進展するなかで、正規・非正規雇用労働者の格差問題、高齢者労働の問題など、労働環境のさまざまな問題が指摘されています。
このような状況を踏まえ文部科学省は、「誰がいくつになっても学び直し、活躍することができる社会の実現」に向けて、リカレント教育を一層推進する取り組みが必要であるとしています。
なぜリカレント教育が必要か
リカレント教育とは、狭義では大学等での社会人の「学び直し」を意味しますが、広い意味では学校教育を修了した社会人がいつでも必要に応じて職場や家庭から学習の場に戻り、生涯にわたって繰り返し学習する機会を制度的に保障する教育です。
日本では、これまで終身雇用制度を前提として企業内教育(OJT)は行われてきましたが、そのほとんどが社内での受け身的な学びか、外部の教育訓練機関を活用してのものでした。
大学を学び直しに活用するのはごくわずかしかなく、大学など高等教育機関は卒業すればそれで終わりという存在でしかありませんでした。
長寿社会となった現在、多くの人が定年後も収入を得るために何らかのかたちで働くことが求められるようになりました。また、少子高齢化によって、働き手が少なくなることが懸念されています。このような状況で、年功序列、終身雇用、一括採用の日本の企業風土は崩れつつあります。
一方、技術革新の進展などを背景に、日本の社会構造が急激に変化しています。それにつれて社会で求められる人材の資質も変化しており、これまで求められてきた「教育機会平等化」の原理はリカレント教育の視点から再検討が迫られているのです。
リカレント教育の推進のために
2018年、政府の「人生100年時代構想会議」は、リカレント教育を「人づくり革命」「生産性革命」の鍵として位置づける基本構想を発表しています。
こうした提言は、中央教育審議会答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」にも反映され、高等教育の目指すべき姿は、「何を教えたか」ではなく「何を学び、身に付けることができたのか」であるとし、リカレント教育がより重要であるとしています。
第3期教育振興基本計画(2018~2022年)では、「職業に必要な知識やスキルを生涯を通じて身に付けるための社会人の学び直しの推進」を教育政策の目標として位置づけ、大学・専門学校等での社会人受講者数を現在の約2倍の100万人にしようとしています。
こうした改革を実現するためには、リカレント教育を受けるための教育費負担を軽減することが求められると同時に、大学等が多様な学生を受け入れる体制を整備する必要があります。
その対策の一つとして、従来の教育訓練給付制度に加えて、労働者の主体的な能力開発の取り組みを支援する専門実践教育訓練給付制度が開始されました。「大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業」「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」など大学等における社会人受け入れ推進に関する取り組みにも多額の予算がついています。
教師自身にとってのリカレント教育
働き方改革の一環として、労働基準法が改正され、急速な経済社会の変化に応じて、職業のあり方が様変わりしています。このような状況のなかで、「ワーク」と「ライフ」を往還するリカレント教育の充実は、一人ひとりがそれぞれの幸せや生きがいを生み出すきっかけになると期待されています。
文部科学省は、リカレント教育は「転職や復職、起業等を円滑に成し遂げられる社会を構築していく」ために必要であるとしていますが、リカレント教育は教師自身にとっても必須のものになりつつあります。
「ワークライフバランス」を大切にする働き方改革が求められている現在、教師自身も、新たな能力を身につけ、自己のキャリアアップをすることが求められています。そのためには、教職活動を続けながら、リカレント教育を教師自らの資質・能力向上の手段として位置づける必要があります。リカレント教育が充実するなかで多様な人材が集まり、教員不足が解消されることも期待したいものです。
▼参考資料
OECD編(森隆夫訳)『生涯教育政策:リカレント教育・代償教育政策』ぎょうせい、1974年
日本生涯教育学会年報編集委員会編『生涯学習社会における高等教育の役割と機能』日本生涯教育学会、2017年
渡邉洋一『「新しい学び」でキャリアアップ!:リカレント教育のすすめ』幻冬舎、2020年
日本社会教育学会編『ワークライフバランス時代における社会教育』東洋館出版社、2021年
一般社団法人専門職高等教育質保証機構編『リカレント教育とその質保証:日本の生産性向上に貢献するサービスビジネスとしての質保証』ぎょうせい、2021年
文部科学省(ウェブサイト)「文部科学省におけるリカレント教育の取組について」2020年